「アカペラで歌う リマタラ (Rima Tatara o Rimatara)」
「リマタラの歌詞を考える 最終報告 (7/1 修正 7/14 追加)」
「リマタラの一番の日本語訳の第一案(6/4 修正、二回目、6/26 誤り発見)」
【はじめに】
「リマタラ」は思い出深い歌です。これを歌っている動画は YT上でたくさん見つかりますし、中には歌詞を提示してあるものもあります。これらは 歌詞データベース [1] に「Rimatara Fa」という名前であげられている歌詞と殆ど同じです。リマタラ島は タヒチ島からさほど離れては居らず、王国でもありましたから、パウモトゥ語の「ファカテレテレ」とは異なり、正統なタヒチ語で書かれているでしょうから何が歌われているかは容易に分かると思っていました。ところが大事な一行が分かりません。あれやこれやと調べているうちに、歌詞データベース [2] に「Rima Tatara o Rimatara」という名前で別の バージョンがあることが分かりました。先に見つかった歌詞を A版、後のものを B版としましょう。どちらもほぼ同じですが、A版では タヒチ語として読めなかった行が B版では意味の取れそうな形で書いてありました。そして、そこが長い探求の旅の出発点でした。たどり着いた先には、リマタラ王国の気概と誇りがありました。そして、この素人カメラマンにとってはもっと大事な、何故、この「リマタラ」がこのような踊りなのか、そして ウアケアさんが「妙齢の女」を感じさせる踊りをされたのかが、ようやくにして分かったことでした。
歌の アロハをお踊りになる ウアケアさんは、歌に合わせて、様々な踊りの表情をお見せになってきました。しかし、「妙齢の女」を感じる踊りは「リマタラ」が初めてでした。それで、この歌にとても興味が惹かれました。歌の意味は分かるけど歌うのが難しかった「ブルーレイ」の後には、歌は ポリネシアンだけれど奥の深い「リマタラ」を歌ってみることにします。( でも、「ブルーレイ」はまだ終わりではありません。)
以下の様に項を進めて参ります。
【アカペラで歌う「リマタラ」】
【日本語歌詞について】
【作者「Sue Mareikura」についての考察】
【歌詞と拍の関係】
【背景動画について】
【おわりに】
【アカペラで歌う「リマタラ」】
アカペラで歌う日本語歌詞は以下のものです。歌詞の解析は「リマタラの歌詞について 中間報告」の 前編、中編、後編 で行いましたが、その概略を後の章でお示しします。
Rima Tatara o Rimatara
by Sue Mareikura
Fa'ahei ta'oto hia ra vau e 夢を見たのさ この前 わたしは
E rima tātara 'o Rimatara e 自由な指だよ リマタラは
E tara 'ē e matara e 戻るのさ 自由だよ
Motu iti ha’i ha’i ta’u fenua iti e とても小さな島 私の国は
'Ua para ovine hia te porohiti だから 実り付けられてます porohiti は
'Ia he'e te hupe nā oromona ra e やって来たので オロモナおろしが
'Ua titi hia te 'ura e e te rupe e 守られたよ あの赤 と あの鳥が
Puehu te miti puehu te miti 海が払われ 海が払われ
Tatahi hiava e 海辺で Hiavaの
Te ti'a maira te ti'a maira 立ち上がれ 立ち上がれ
Aue te niu o tamaeva e そうさ それが Tamaeva さ
Puehu te miti puehu te miti 海が払われ 海が払われ
Tatahi hiava e 海辺で Hiavaの
Te ti'a maira te ti'a maira 立ち上がれ 立ち上がれ
Aue te niu o tamaeva e そうさ それが Tamaeva さ
Aue te niu o tamaeva e そうさ それが Tamaeva さ
以下のようになりました。
【日本語歌詞について】
歌詞は 歌詞データベース [2] によります。作者として書かれている「Sue Mareikura」については検索しても該当者は見つかりませんでした。この名前については後ほど若干の考察をします。歌詞中の番号は便宜上付けたものです。
Rima Tatara o Rimatara
by Sue Mareikura
1
Fa'ahei ta'oto hia ra vau e
E rima tatara o rimatara e
E tara e e matara e
Motu iti ha'i ha'i ta'u fenua iti e
Ua para ovine hia te porohiti
2
Ia he'e te hupe na oromona ra e
Ua titi hia te ura e e te rupe e
Puehu te miti puehu te miti
Tatahi hiava e
Te ti'a maira te ti'a maira
Aue te niu o tamaeva e
歌詞解析の前に、地理的な関係を見ておきましょう。以下の図では、丸印は島の位置を示し、タヒチ島以外は、島の実際の大きさとは関係ありません。なお、ソサイエティ (Society) 諸島の タヒチ島、オーストラル (Australe) 諸島の リマタラ島、そして後ほど出てくる クック諸島の アティウ (Atiu) 島、ラロトンガ (Rarotonga) 島と マンガイア (Mangaia) 島は色をかえてあります。「Isls.」は「Islands (諸島) 」の略です。
【リマタラ島と関連する島の位置】
ご覧になれば明らかなように、リマタラ島は クック諸島、正確には 南クック諸島 のすぐ隣にあります。早い時期から タヒチの勢力下にあった トゥブアイ (Tubuai) 島とは異なり、リマタラの王の一族は クック諸島に類縁を持ち、ルルトゥ (Rurutu) 島と共にクック諸島と文化的に近い関係を持つようです。逆に言えば、タヒチ島の文化とは肌合いが違ったのではないかと思われます。リマタラ インコ (後述) に関する話題から考えても、現在でも、クック諸島とは近い関係にあるようです。
[補足]
最近、文献として リマタラ島の考古学的調査 [14] を見つけました。タヒチの付近の東ポリネシアでは、各島の考古学的な調査が行われてきて、それぞれの間での類似点や相違点を比較することにより、欧米人が記録を残す前、つまり先史時代の様子について調べられています。その一環として、1993-4年に リマタラ島でも考古学的な調査が行われましたが、何らかの理由で報告書が刊行されませんでした。その後、フランス領ポリネシア政府が、その英語で書かれていた報告書をフランス語化して 2004年から公開しています。この時点で既に学術結果としては古い部類に入っていたのですが、リマタラ島に関する学術調査としては革新的なものであったので公開したということです。ネット検索の上では、更に新しい結果の公表が見あたらないので、現在でも、これが リマタラ島に関する最新の考古学的調査結果なのかもしれません。ここには、考古学的な調査に関連して、リマタラ島と南クック諸島や、リマタラ以外のオーストラル諸島の島々との関係など様々な事柄が書かれていて、大変に参考になります。ただし、リマタラ以外についてはもっと新しい調査結果があるので、その部分の記述は古くなっていると注意書きがあります。
本文献によれば、南クック諸島の ラロトンガ島から リマタラ島、ラパ イティ島までの一連の島々は、ラパ イティ島の東約 229km付近の海底火山 マクドナルド (Mac Donald) におけるマグマ上昇部 (ホットスポット) の過去の活動によって隆起し、環礁になり、そしてさらに隆起しを繰り返してできたもののようです。ハワイ諸島の場合と同様に、西側の南クック諸島の島嶼が古く、東側のラパ イティ島の方が新しいという年代順になっています。それぞれの島は (海底) 火山を本体として、そこに サンゴ礁由来の石灰岩が乗っている構造を持ち、その時の火山活動の活発さに応じて、火山由来の玄武岩の露出の程度が異なります。ラロトンガ島では玄武岩の露出が多いので マラエなどの建築構造物の材料として玄武岩が多く使われていますが、リマタラ島では玄武岩の露出が少ないので、材料としてはサンゴ礁由来の材料が多く使われています。
南クック諸島から オーストラル諸島までの島嶼の間には様々の文化的関係があります。歴史を調べる上では、通常は、伝承が重要な役割を果たします。しかし、この付近では、民俗学的な関係性に対して、政治的な影響が大きく、伝承が後から改竄される傾向がある様です。この素人カメラマンの印象としては、伝承の改竄はそれほど古い話ではなく、リマタラ島が仏領ポリネシアに編入された頃にもあったように思われます。このようなことから、本文献では考古学的な調査が一番信頼できると述べられています。この文献の考古学的な結果を見ていくと、リマタラ島は、トゥブアイ島よりは、東クック諸島、特に、岩盤構造のよく似た隣のマンガイア島との関連性が強く、そして交流も古いようです。
[補足 : 終わり]
前項「リマタラの歌詞について 中間報告:中編」において行われた歌詞の解析を簡単に振り返ります。単語の意味については、特に何も記述がなければ、辞書 [3] もしくは辞書 [4] からのものです。
まず、1番から考えていきます。
Fa'ahei ta'oto hia ra vau e
fa'ahei 誰かの首や頭に花輪をかける
ta'oto 寝る
fa'aheita'oto 「fa'aheimo'e」と同じ
fa'aheimo'e 睡眠中に夢を見る様にする
hia 受動態を示す接尾辞
ra 時間、空間的に遠く
vau 私
e 歌の詩の行末でよく使われる分詞
Fa'ahei ta'oto hia ra vau e
この前、わたしは夢をみた
「 fa'ahei-ta'oto-hia 」は「夢を見る」という意味であると考えられます。この様な形で動詞を新たに作る方法はタヒチ教会関係の文献に多く出て来ますので、当時のタヒチ文化の一つであった様です。
E rima tatara o rimatara e
rima 手, 指
tātara 解く, 解放する
'o 主語としての固有名詞の前
E rima tātara 'o Rimatara e
リマタラは自由な指です
ここでは文献として挙げませんが、あるタヒチ舞踊教室の方のブログによると、「 rima tatara 」は親指のことだそうです。確かに、手指の中で一番自由に動くのは親指です。そうすると リマタラ島が親指だと述べているのですが、それは リマタラ島が属する オーストラル諸島の中で、リマタラ島が居住可能な五つの島の中で一番西端、つまり、右手親指の位置に在るからだそうです。実際、踊りの中で何度か手指を見せる シーンがあります。ちなみに、居住可能な島とは、東から、ラパ イティ (Rapa Iti) 島、ライヴァヴァエ (Raivavae) 島、トゥブアイ (Tubuai) 島、ルルトゥ (Rurutu) 島、リマタラ (Rimatara) 島です。しかし、「リマタラは親指です」とすると次の行との関連が分からなくなります。ですから、ここでは、そのまま「自由な指」としました。
E tara e e matara e
tara 解く
tarā 回復し, 平和な国の状態になる
matara 解く, 緩める, 絡まりを解く
e 時制の不特定な動詞句を導く
'ē そして
E tarā 'ē e matara e
復活する、そして自由になる
先の行が「リマタラは親指」と主張しているのであれば、確かに (他の指と比べて) 自由であると述べてもおかしくはありませんが、逆に、「リマタラは自由な島」と主張したいがために親指に例えたのかも知れません。「Rimata」と「rima tātara」の語感の近さから出てきた洒落が大元にあるのだと思います。ポリネシアでは言葉の中の一つの音節、例えば「ta」を繰り返して「tata」とするようなことが良く見受けられます (特にサモア語に多いようです) ので、「rimatatara」は私達が思う以上に感覚的に「rimatara」に近いのだと思います。
Motu iti ha’i ha’i ta’u fenua iti e
motu サンゴ礁, 環礁, 小島, 島
iti 小さい, 不十分, (詩で) 可愛い
iti ha'iha'i とても小さな
ta'u 私の (弱い所有)
fenua 国
Motu iti ha'iha'i ta'u fenua iti e
私の愛する祖国はとても小さな島です
「Iti」が一行の中に二つも出てきます。「ta'u fenua iti」という書き方から、この詩を書いたのは女性であるように思います。これは、踊りと詩の関係から大事ではないかと思います。
Ua para ovine hia te porohiti
'ua 完了形
para 熟する
ovine 羊
porohiti 赤い実のなるフルーツ
'Ua para ovine hia te porohiti
Porohiti は豊かに実を付けるようになりました
ここも「 para ovine hia 」或いは「 para-ovine-hia 」は聖書風の言葉です。ただし、タヒチ語聖書 [9] には見つかりませんので、聖書の言葉になぞらえて人為的に作られた動詞であると思われます。何故なら、リマタラに羊が居た筈がありませんから。一般的な認識では、我々一般人は「迷える羊」であり、キリスト教徒は迷える羊を守り導く牧者であリます。その牧者の目的は我々を成熟した羊とすることです。成熟した羊(我々)は豊かな社会を作り、豊かな文化や豊かなものを生み出します。「 Para-ovine 」はそのようにすることであり、「 para-ovine-hia 」はそのようにされることであり、そのようにされた「もの」は豊かな生産物を生み出すことになる、と考えるのではないでしょうか。この推論が正しいとしても、しかし、こんな分かりづらい言葉をもってくる必要は無いでしょう。この言葉は、タヒチ教会を揶揄している様に思えます。
ここで出てきた「Prohiti」について、もう少し考えて見ます。この「porohiti」は現代 タヒチ語の辞書と言って良い [4] にありました。年代の古い辞書 [3] にはありませんから、この名前は タヒチにはなかったもののようです。リマタラ島との近さから、クック諸島マオリ語で調べてみました。そうすると、「poro」には一般の果実の意味もあり、「poro + 'iti 」で、辞書 [5] にはこうあります。
poro'iti 皮をむくと香りのする赤または黄色の実をつける植物(ナス
属)で, 皮をむくと香り, 花輪に用いられる
オンライン辞書 [6] には、それが リマタラ島の西側に位置する Rarotonga島 と Mangaia島 で使われていることが記されています。クック諸島マオリ語の花飾りを表す言葉「'ei」が タヒチでは「hei」となっているように、この「poro'iti」が この歌の「porohiti」でしょう。そうすると、「porohiti」は リマタラ島と クック諸島 リマタラ近辺の限られた地域で利用されてきた名前であって、歌詞は「『私達の』 porohiti も、お陰様で豊かに実っています」と言うことになり、揶揄に辛辣さが加わります。なお、クック諸島は立憲君主制国家ですから、今でも島ごとに国王に相当する方が居られます。その事が、王族が健全でありながら、王制を廃されてしまった リマタラとしては残念なのかもしれません。
次に、2番です。
Ia he'e te hupe na oromona ra e
'ia ( 動詞の前) 願望や欲求を表す; 参照時点でまだ起こっていない、
または完了していない出来事について、それがあったなら
(when、if) ということを表す
he'e 滑る, 転がる;
hupe 山から吹き下ろす夜風, 露
nā 名詞の前において弱い所有を表す
Oromona リマタラの中央部の高原
ra 空間的, もしくは時間的に間があることを表す
'Ia he'e te hupe nā Oromona ra e
オロモナの山下ろしがやって来たなら
「オロモナ下ろし」とは何でしょうか。オロモナ高原は海抜が精々が 80メートル強の丘の様なものですから、強い吹き下ろしの風はありません。観光ガイドを読むと、オロモナ高原にはタマエバ家代々の「へその緒」が納められている所があるとあります。つまり、ここではタマエバ家の権威を指すのではないかと思われ、タマエバ王、歌われている事績の時期にはタマエバ女王、の王権が発動されることが暗示されているのでしょう。
'Ua titi hia te ura e e te rupe e
'ua 完了形を導く
titi ピンや杭で地面に固定する, 釘や杭で留める
ura 炎, 炎を出して燃える
'ura 赤 (古式の), かつて神々に捧げられた赤い羽
rupe 鳥
'Ua titi hia te 'ura e e te rupe e
赤と鳥は守られた
「 Titi 」は船などを嵐から守るための処置を行うことを表しています。この「 titi 」の守るという意味合いから、「 titi hia 」を「守られた」と考えました。何が守られたのかは「'ura (赤)」と「rupe (鳥) で暗示されます。これは リマタラ インコを表します。「リマタラ インコ (the Rimitara lorikeet)」 は、学名 Vini kuhli、和名 ムスメ インコと呼ばれる インコ科の鳥です。この鳥は、かつてはもっと広い領域、南クック諸島からリマタラ島まで [14]、に生息していたようなのですが、この詩の物語の頃には、本当に リマタラだけにしか居ませんでした。ただし、考古学調査 [14] には、多くの リマタラ インコが棲息していると書かれています。
リマタラ インコがこの様に減少した理由は、一つには ヨーロッパの船が持ち込んだ 黒鼠が繁殖して天敵となったこと、もう一つには、ポリネシアでは高位のものの装飾品として赤い羽根が重要視されたことがあります。このため、リマタラ インコは中央ポリネシア全島から狙われていました。そこで、宣教師からの助言もあり、時の王、タマエバ5世 (Tamaeva V) 女王は リマタラ インコの捕獲を全面的に禁止したのです。これは、当然、他島との軋轢を生みました。
Puehu te miti puehu te miti
puehu 散り散りになる, 風に吹き飛ばされてバラバラになる
miti 海, 塩水
puefu te miti puehu te miti
海が吹き払われる 海が吹き払われる
不穏な雰囲気があります。リマタラ インコを諦められない側とタマエバ女王の下で団結した島民 (国民) の間で海が荒れます。次がその衝突の現場でしょう。
Tatahi hiava e
tātahi 海岸、海辺、ビーチ
Hiava リマタラの海辺の地名
Tātahi Hiava e
Hiava の海辺で
リマタラ島はポリネシアの他の島の例にもれず、環礁で守られていて、そこには3つの出入り口があります。その一つが「ヒアヴァの開口部 (Passe Hiava) 」で、 Hiava の海辺につながっています。攻防戦があるとすれば、こんな所でしょうか。
【リマタラ島 (Wikipedia [11] の図に観光ガイド [10] の地名(フランス語)を記入) 】
補足 : 文献 [14] の説明によれば、ヒアヴァ以外の二つの開口部の付近の海岸はサンゴ台地の崖になっており、海岸へ接近する道もなく、そこから内陸部へ入ることが難しいようです。他方で、ヒアヴァの開口部の付近には道も整備されており、開口部を見渡す所には タマエバ王家の墓もあり、舞台として十分です。
Te ti'a maira te ti'a maira
ti'a まっすぐに立つ、直立する
te 動詞的(〜する)
maira mai ra
Te ti'a maira te ti'a maira
立ち上がる 立ち上がる
合成語「maira」は、話し手のすぐ近く (時間的もしくは空間的に) で行われている行為「 〜している」を表す構文「te + [動詞] + nei」に対して、行為が話し手のすぐ近くとは限らない場合に「nei」の代わりに用いられます。[7] ここでは、行われている争いを離れたところから見守っていることを表しているのでしょう。とすれば、見ているのは女性たちです。ここで大事なことは、女性たちは隠れずに見守っているということ、つまり、男も女も気持ちを合わせたということだと思います。
Aue te niu o tamaeva e
niu (壁の) 基礎
Tamaeva リマタラの王族の名前
Aue te niu o Tamaeva e
やあ それが Tamaeva のやり方だ
ここで始めて「 Tamaeva 」の名前がでてきました。リマタラの人々は タマエバ女王のもとで一致団結したのでしょう。
詩では、親指ということで誤魔化しているように見えますが、リマタラの自由や復活が強調されたり、タヒチ教会を揶揄するような言い回しがあったりと、リマタラには可能ならば併合前の昔に戻りたいという思いがあるのでしょう。これは、フランス領ポリネシアの島としての一体化が強く求められた過去の裏返しでもあるのでしょう。仏領ポリネシアの様々な島に住む若者は、一様に、首都である タヒチ島の パペーテに住みたいと希望するのに対し、リマタラから働くため、或いは勉学のために タヒチに出た若者たちの多くは リマタラ島に戻りたいと希望しているのだそうです。[8] このような背景が在って、リマタラの最後の王であった タマエバ女王の下で リマタラ インコを守り抜いた事績を誇るのがこの詩なのでしょう。浜辺で侵入者たちを迎え撃つべく奮闘する男達。そして、その男たちの奮闘を顕彰するのは、それを見守った女達。ですから、男たちの奮闘を、そして女王を讃える妙齢の女性たちのエレガントな踊りになっているのでしょう。
この様にして守られた リマタラ インコも 黒鼠によって圧迫されてきています。最近、クック諸島の中でもネズミの居ない アティウ ( Atiu ) 島の「女王」と リマタラ島との話し合いで、リマタラ インコの繁殖が アティウ島でも行われていることを書きました。
【作者「Sue Mareikura」についての考察】
先に申し上げたように、作者とされる「Sue Mareikura」については分かりません。しかし、「Māreikura (マレイクラ)」という名称が アオテアロア (ニュージーランド) の マオリに於いて特別な名前であることを念頭に置く必要があります。マオリ語辞書 [12] にはこうあります。
māreikura 1. 高貴な生まれの女性
2. 女性の超自然的存在における階級
3. 大切な友人、宝物、愛しい人 ― 愛情を込めた呼び名
人名に関するデータベース [13] によれば、この「マレイクラ 」は名前としては次のように要約されます。
「マレイクラ」は ニュージーランドのマオリ語で「海の女神」または「海の精霊」
を意味します。マレイクラという名称は、特に19世紀から20世紀にかけて、マオリ
の人々がニュージーランド国内だけでなく世界各地へ移住したために世界に広がり
ました。この名称にゆかりのある著名人としては、マオリの伝統を守り、その文化
遺産への理解を深めるために尽力した地元の指導者や文化擁護者などが挙げられま
す。この姓はマオリ社会における文化的な誇りと不屈の精神を象徴しています。」
クック諸島の言語は クック諸島 マオリと呼ばれていますが、アオテアロア マオリと直接的な関係があるわけではなく、言語としても違います。ニュージーランドが英国からクック諸島の支配権を譲られた時にポリネシアの言語としての マオリ語の名称をクック諸島の言語にも当てはめたのが名称の由来なのでしょう。しかし、現在の立憲君主制国家としてのクック諸島は ニュージーランドと自由連合を結んでおり、ニュージーランドとの間では ビザ無し交流が行われ、クック諸島の人々と ニュージーランドの マオリの人々には密接な交流があります。そのため、クック諸島南部にあたる アティウ (Atiu) 島、ラロトンガ (Rarotonga) 島と マンガイア (Mangaia) 島などでは「マレイクラ」の名称はよく知られているでしょう。それならば、それらの島との交流の深い リマタラ島においても、その名称はよく知られているものと考えられます。
以上のようなことを背景として推察するなら、「Sue Mareikura」は、リマタラの普通人の名前とは考えづらく、タマエバ王家に連なる一族の一人であるか、タマエバ家との関係を意識した名前であると思われます。
【歌詞と拍の関係】
ポリネシアンに限らず、民族音楽は、話されている言葉と調子で大体が決まりますので、拍子が大事です。以下に、タヒチ語で歌われている時の拍子と、日本語で歌う時の拍子を示します。ドラムが二拍子で刻まれますから、先拍を「❍」で、後拍を「●」で表すことにします。
次の背景動画から採った、タヒチ語で歌われる時の拍子です。
Rima Tatara 'o Rimatara
by Sue Mareikura
日本語で歌われる時の拍子です。
Rima Tatara o Rimatara (リマタラは自由な指 )
by Sue Mareikura
【背景動画について】
背景動画は ポリネシアン グランドステージ, 虹 ~ Mana'o Aloha (愛の予感) 2024.2.13 から取りました。
この シリーズ「虹 ~ Mana'o Aloha (愛の予感)」はこの動画の翌月 3月で次の シリーズ「翔~To the new world~」に変わりますから、時期的には シリーズ終わり頃の撮影です。サムネイルではウアケアさんが真ん前で「決め」の ポーズをされていておられます。このように指を見せる ポーズは タイトルの「Rima Tatara 'o Rimatara」を「リマタラは親指」の意味に誘導するためです。「リマタラは自由だ」と宣言してしまうと差し障りがあるのでしょう。しかし、我々のような異邦人が言うのであれば、「リマタラは自由な指」と言ってしまっても問題はありませんし、その方が歌の意味もよく解ると思います。
この回の踊りでは、無理無く ウアケアさんに焦点を当てることができたのでも良かったです。始めからこの方を狙って撮るのはファンとしてはあり得るかも知れませんが、(素人) カメラマンとしてはあくまでも踊りの舞台を撮るべきであるし、この方も皆で舞台を作り上げるおつもりだと思って居りました。そのために最後のポーズでは ウアケアさんがアングルの外になってしまいました。始めから狙えばよかったのでしょうが、すーっ と外に出てしまわれたので置いて行かれた格好です。
男たちを、そして女王を讃えて妙齢の女たちがエレガントに踊ります。
素人カメラマンは撮影に夢中でしたが、今見れば、妙齢の女を踊る ウアケアさんが目前で ポーズを取っていらっしゃるとても幸せな瞬間です。
そして、とても素敵な後ろ姿。後ろ姿だけで、「妙齢の女」でいらっしゃることが分かります。
この シーンだけ拝見すると、そこに静かに立って居られるよう。でも、もうカメラは動きでぶれ始めているように、次の瞬間には視野の外へ出てしまわれるのです。この、可愛らしいお人形さんの滑るような動き、それが ウアケアさんの踊りなのです。
【おわりに】
「リマタラ」は思い出深い曲でしたので、説明を書くのに思いの外に時間がかかりました。また、背景動画を拝見していると、当時が懐かしく思い出され、つい、時間を費やしてしまいます。背景動画の最初の所、当時は気が付かなかったのですが、カメラが向けられた時に ウアケアさんのお顔が思わずほころんで、すぐに気を引き締められている様子に素人カメラマンも顔をほころばせてしまいます。この様に アロハ溢れる ウアケアさんの踊りを間近で拝見できる日は再び訪れると信じて。
【付録 01 : 原歌詞と拍】
1
❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
Fa'ahei ta'oto hia ra vau e
● ❍ ● ❍
E rima tātara o rimatara e
● ❍ ● ❍ ● ❍ ●
E tara 'ē e matara e
❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
Motu iti ha'i ha'i ta'u fenua iti e
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍ ●
'Ua para o--vine hia te porohiti
2
❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
'Ia he'e te hupe nā oromona ra e
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
'Ua titi hia te ura e e te rupe e
● ❍ ● ❍ ●
Puehu te miti puehu te miti
❍ ● ❍ ● ❍
Tatahi hiava e
● ❍ ● ❍
Te ti'a maira te ti'a maira
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
Aue te niu o tamaeva e
3
● ❍ ● ❍ ●
Puehu te miti puehu te miti
❍ ● ❍ ● ❍
Tatahi hiava e
● ❍ ● ❍
Te ti'a maira te ti'a maira
● ❍ ● ❍ ● ❍
Aue te niu o tamaeva e
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
Aue te niu o tamaeva e
【付録 02 : 日本語歌詞と拍】
1
❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
夢を 見たのさ この前 わたしは
● ❍ ● ❍
自由な 指だよ リマタラは
● ❍ ● ❍ ● ❍ ●
戻るのさ 自由だ よ
❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
とても 小さな 島 私の国 は
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍ ●
だから 実り 付けられ てます porohiti は
2
❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
やって 来たので オロモナ おろし が
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
守ら れたよ あの赤と あの鳥が
● ❍ ● ❍ ●
海が 払われ 海が 払われ
❍ ● ❍ ● ❍
海辺 で Hiava の
● ❍ ● ❍
立ち 上がれ 立ち 上がれ
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
そうさ それ が Tamaeva さ
3
● ❍ ● ❍ ●
海が 払われ 海が 払われ
❍ ● ❍ ● ❍
海辺 で Hiava の
● ❍ ● ❍
立ち 上がれ 立ち 上がれ
● ❍ ● ❍ ● ❍
そうさ それ が Tamaeva さ
● ❍ ● ❍ ● ❍ ● ❍
そうさ それ が Tamaeva さ
[1] "Rimatara Fa," Paroles de Chansons Tahitiannes.
[2] "Rima tatara o rimatara" in Carnet de chants , http://tahitiansongs.fr/.
[3] H. J. Davies, A Tahitian and English Dictionary: With Introductory Remarks on
the Polynesian Language, and a Short Grammar of the Tahitian Dialect,
London Missionary Society's Press, 1851. (Classic Reprint).
[4] Sven Wahlroos, English-Tahitian Tahitian-English Dictionary. Sven Wahlroos,
2002.
[5] Jasper Buse and Raututi Taringa, ed. by Bruce Biggs and Rangi Moeka'a,
Cook Islands Maori Dictionary. The Ministry of Education, Government of the
Cook Islands, 1995.
[6] Dictionary of Cook Islands Languages, on line dictionary.
[7] D. T. Tryon, Conversational Tahitian: An Introduction to The Tahitian Language
of French Polynesia. Univ. California Press, 1970.
[8] Jean-Michel Charpentier and Alexandre François, Linguistic Atlas of French
Polynesia . Walter de Gruyter GmbH and Université de la Polynésie française,
2015.
[9] Te Bibilia Moa Ra, 1878, London.
[10] What to do in Rimatara, Austral islands? Top 4 Must-Do Activities,
MylittlePolynesia.com.
[11] Rimatara, Wikipedia
[12] Te Aka Māori Dictionary , マオリ語オンライン辞書
[13] Mareikura, Discover the origin of your last name, MyHeritage.com.
[14] Mark Eddowes, Etude archéologique de l’île de Rimatara [Archipel des
Australes] (リマタラ島の考古学的調査 [オーストラル諸島]), Ministère de la
Culture de Polynésie française, Service de la culture et du patrimoine
(フランス領ポリネシア文化省 文化遺産局), Tahiti 2004.











