「ブルーレイの歌い直しについて」

                    「アカペラで歌う ブルーレイ (Blue Lei) 原曲

                     「原曲で歌う ブルーレイ (Blue Lei)

                     「青いレイ (ブルー レイ、Blue Lei)

                               「ポリネシアの歌

 

【はじめに】

 

「ブルーレイ」を歌い直ししたことについて少し申し上げ、思い出した幾つかについても少し書かせていただきたいと思います。

 

 

 

 

【歌い直しについて】

 

前項 でご紹介した「ブルーレイ」のアカペラ

 

 

これを歌い直しました。同時に、サムネイルを元の抜き出し動画のものに戻しました。

 

 

前回のアカペラはひと月以上かかっているので、素人にできる範囲としてはそれなりかとは思いましたが、更に二週間ほど練習を重ねて歌い直すことにしました。それは、この「ブルーレイ」は素人カメラマンの「ブルーレイ」であるからです。( 上手く歌えていないことは事実ですが、上手く歌うことが目的ではありません。)

 

彼が ハワイアンズ訪問を始めた理由です。それ迄に YT で踊りを随分と拝見し、ウアケアさんが素晴らしかったので、この方の踊りを自身で感じてみたいと思って ハワイアンズを幾度か訪れました。そして、訪問の三回目ほどのとき、グランド ステージ「未来〜Hau'Oli」の「アイナ ふくしま」でお会いしました。この演目は、奥舞台から、「プア カーネーション」の衣装の方が出ていらして始まり、最終的にはハワイの部の総締めくくりのような形で終わります。彼は今でも不思議に思い返すのです。ウアケアさんが出ていらしたと思ったら、いち二度の前ふりで目前に進み来られ、微笑みをお浮かべになって、踊り始められたのです。

 

<アイナ ふくしま ここからイムア 未来へ>

グランドステージ 2022.10.31 より

 

そして演目終了まで、ウアケアさんしか記憶の中にいらっしゃいません。

 

「アイナ ふくしま」フィナーレ

グランドステージ 2022.10.31 より

 

これで、ウアケアさんの後をついて行かせていただくことになりました。

 

そして、長いようで短く、短いようで長い ハワイアンズ訪問が始まり、美しい踊りの記憶をいただきました。ですから、「ブルーレイ」は素人カメラマンの「ブルーレイ」なのです。

 

 

 

 

【「ブルーレイ」が ポリネシアン?】

 

さて、下手なりにとは申し上げても、納得できるように歌うのは難しいです。難しいところは練習して、ある程度こなしたつもりでいれば、今まで気に留めていなかったところ「あの日 初めて 会った時」の音程ずれが顕になっていたりします。それも、YT に公開してから分かったりします。前項の楽譜から抜き出してみます。

ちょっと考えれば、「あった時」なんて音符のところは注意しなければいけないところです。

 

継続的に難しかったところと言えば、この三連符がその一つです。

この ♯レ に続く三連符をクールに歌いたかったのですが、ちょっと力んでしまいました。

 

最後の半音下降音階「五月のあの日」は最後までできませんでした。

その前の「太陽 ( ド  ♯ソ )」からずっと下降して来ているので、この半音音階のところで微妙に音程がずれてしまいがちで、半音の所にずれが加わっておかしくなります。不思議なことに、まともそうに歌っていますが、この様に不安定なところなので、漏れ聞こえた ヴォーカルに引っ張られたのでしょう。

 

( ジャズや若い人たちの歌では半音の半分より少ないくらいの音程を上げ下げして フィーリングを作るのだそうですね。) 

 

ポリネシアンの歌は、歴史的な観点からも、音程については許容的だと思ってきました。「間」のとり方には大変に精妙な日本の音楽でも、音程はもう少しおおらかなものがあります。ですから、作詞家こそ ハワイ音楽の大御所ですが、「ブルーレイ」自体は室内独唱曲としか言いようがありません。

 

 

 

 

【ウアケアさんについて思い出したこと】

 

この三年間、これまでにない音楽的、舞踊的、そして芸能的な経験をしました。特に、ウアケアさんが中心的にご活躍されていた時の演目の ユニークさには目を見張るものがあると思います。訪問を始める前には、ポリネシアというものに ディズニーランドの ティキハウスくらいのイメージしか持っていませんでした。しかし、踊りもさることながら、歌詞の内容にまで分け入ってしまうと、伝統的なところは勿論ありますが、伝統と現代の相克であったり、現代社会でおいていかれる人々であったり、人々が力を合わせて困難を克服することの素晴らしさであったり、歴史的経緯を嘆いて自主独立を目指したりと、広い世界が広がっていきます。その中で、道標となって居られたのが ウアケアさんであったように思います。このような素晴らしい方が、何故、ここに、そして、此の時にいらしたのか不思議です。そして、此の方は多くの踊り手の方々の道標にもなっていたのではないかとも思います。

 

今頃、このようなことが浮かんでくるのです。昨年までのシリーズ、グランドステージ「Emau~100年へ、つなぐ笑顔~」の タネ イ ムアには「倒れ込み」の演技がありました。ウアケアさんのこの演技を初めて拝見した時、ここに「飛翔の要素」が入っていました。( 5/14  ご覧ください。シーン中、つま先の下に見えるのが奥舞台、その下が舞台前縁です。)

 

「飛翔  (タネ イ ムア) 」

グランドステージ 「Emau~100年へ、つなぐ笑顔~」2025年3月 3日

 

これは、とても魅力的なのですが、美しく演じるほどに危険性が増すものでもありました。それで、この素人カメラマンは ウアケアさんの「倒れ込み」に強く反対を表明しました。そうしましたら、次の訪問時に拝見したサンライト カーニバルの「ウイラニ」では、通常は演奏ボックス側から ウアケアさんらが数人で登場されるはずの所、四名 (以上?) の集団で登場されたのでした。他の二箇所の登場口からは一,  二名ずつでしたのに。このアンバランスに、この時は、ウアケアさんをサポートするためかと思いました。真実は、どうも、「ウアケアさんの『倒れ込み』に強く反対を表明し」たことに対する、皆さんの ウアケア支持表明だったのではないかと思い始めています。知りませんから、あるいは真実を外しているかもしれません。しかし、演目の選定や振り付けなどに ウアケアさんがとても大きく関わって居られたのは確かなのではないでしょうか。

 

この様に批判するなどという、だいそれたことをしたからでしょうか、最後の五月と6月には、ウアケアさんの「タネ イ ムア」を拝見して区切りとすることができませんでした。ですから、彼は終わっていないのです。

 

ただ、「ポア」はとても素敵でした。

 

 

お声を発することもなく、素踊で良くぞここまで表現されたものだと思います。精進の賜物でしょう。張り詰めたものが抜けた頃に、「どう?」というご表情を浮かべて居られます。声をお出しになったことは、グランド ステージ「未来〜Hau'Oli」の「光の女神」の踊りで一度だけ記憶にあります。しかし、その後は寡黙さを貫いてこられています。無言で決める所に強い力を感じます。もし、この素人カメラマンが カメラを抱えていなかったなら、決めのところで、「ウアケア!」と一声入れたと思います。

 

 

 

 

【まとめにかえて】

 

さて、上手く歌うのが目的ではないと申し上げました。では、何が目的なのか? 少しずつ考えるところもあります。それについては別の項で議論したく思います。日本語で歌う ポリネシアン、次は、「リマタラ」を歌います。歌のシンプルさとは裏腹に、複雑な由来があるようです。