鴨の親子が見えなくなると、猫は水面を掛けるかのように、ピョンっと川岸へ跳ね上がる。

そこで小川をふり返ると、波紋が広がる水面を眺める。

その後に、いつも少年がやって来る、丘の上も眺めている。


そこを懐かしむように見つめている。

なにかを思い出しているようである。


すこしの時間を、そこで過ごす。

そして猫は、なにかに気づいて丘を登る。

いつもとは違う場所に歩き出す。


烏の首に喰らいつく猫は、子鴨が親の群れに追いついたのを確認すると、口先の力を緩めて、牙を抜く。


猫の意思は、どこにあったのか。

だれも判断することはできない。

しかし一つだけ言える事がある。



この場で深く傷ついたものはいない。



烏は予期せぬ形で猫に噛みつかれた。

しかし猫の牙が抜かれると、川の水面に一度は落ちて、軽く跳ね上がって飛んで行った。

烏は何かを怖れるかのように、ふり向くこともなく、その場を去った。


烏の首に噛みついた猫は、パシャっと水面に波紋を広げて、何ごとかつぶやくように空を見上げた。

そして、「ミャー」と鳴き声をあげて、いつものように軽く欠伸をする。

猫が見つめる小川の先には、何ごともなかったかのように鴨の群れが泳いでいる。

どのような気持ちで、この光景を眺めているのか分からない。

それでも少しの間、水面につかり、穏やかな風景を眺めている。

静かに猫は、眺めている。


そこで、もう一つの黒い影が丘の上から下りてくる。

まるで二羽の少し後ろを目掛けるように掛け下りる。


猫は丘を掛け下りながら、タイミングをはかって飛び掛かる。

鴨をとらえようとする烏の首すじに、猫の牙が襲い掛かる。



烏に喰らいつく猫の姿は、誰の目にも止まらない。

しかし使命にかられた行動を、鬼の形相で成し遂げた。




二羽の子鴨は、慌てて親の群れを目指して泳いでゆく。

後ろから烏に狙われていたとは気づかずに泳いでゆく。



その烏へ目掛けて飛んできた存在など、二羽の子鴨には確認できない。

先ほどは、二羽の子鴨がピシャピシャとあげていた水しぶき。




そこでビシャっと水しぶきが上がり、水面の裂ける音が響く。



親鴨は軽く後ろをふり返ると、子鴨が追いついたのを確認して前を向く。


その時、わずかに猫へ挨拶するような眼差しを見せる。


そして、それまでと変わらず前を向き、子鴨を連れて泳いでゆく。