上空を舞う黒い影。

鳥の鳴き声が響き渡る。

いつもは木陰で休む猫も、この日は川原を歩いている。

小川には鴨の親子が泳いでいる。

七つの子鴨を連れて、親鴨が泳いでゆく。


いつものことなのか、小高い丘で烏が一羽、とまっている。

トントンとリズムをとるように、その場で烏は軽く跳ねる。


なにかのタイミングに合わせているかのようである。

そして烏の眼光は、少し先の小川を見つめている。


まるで獲物を捕らえるスナイパーのように見える。


その時、鴨の群れに警鐘が鳴った。

二羽の子鴨が、親子の群れから遅れをとった。

羽根をバタつかせて、水しぶきをあげた。


そのことに親鴨は気づいていない。

そして残りの五羽の子鴨も気にしていない。

あきらかに烏は一羽の鴨を狙っていた。

それは一瞬の出来事だった。


軽く跳ねていた烏が、瞬間的に水面に飛んだ。

狙いを定めた獲物を、烏は決して逃がしはしない。

遅れをとった一羽の鴨を、確実に標的として捕らえた。


少年は不安な時間を過ごしていた。

いつもと変わらぬ授業を受けていた。

夢の中で見た光景が、現実に起きるのかは疑問だ。

しかし朝から不安が膨らんでいた。

その不安が的中しないように、少年は最善を尽くした。

なにも起きなければ良い。なにも変わらなければ良い。

ありのままを受け入れたいから、なるべくなら災いは遠ざけたい。

不思議と時間が進むごとに、不安が薄らいでゆくのを少年は感じた。


その頃、公園の川原には暖かな陽射しが差している。

平日とは言え、穏やかな午後。

そこでは猫や鴨もくつろいでいる。

ただ過ごしやすい空気が辺りを包み込んでいる。

そんな穏やかな雰囲気が、ひとつの気配で一変する。


「聞いてくれ。鴨の親子を襲わないでくれ」


猫は、ただ少年を見つめる。

まるで少年の言葉が分かるかのように耳をすまして聞いている。


「キミが何を考えているのかは分からない」


当然のことだが、少年は猫の気持ちを知ることなどできない。

しかし気持ちを知ることができなくても、最悪の結末だけは避けたい。

そんな強い思いが、少年から猫へ伝わってゆく。


「もしかするとボクの思い違いかもしれない」


少年は夢で見たことを、すべて事実だと受け取りたくはない。

少年は猫の胸に渦巻く良心を信じたい。


「それでも一つだけ約束してくれ」


淡い希望は少年の特権かもしれない。

もしくは若者の熱い思いが、いつしか現実を書きかえるのかもしれない。


「鴨の親子に手を出さないと誓ってくれ」


猫に願いを込めて、背中を撫でながら語り掛ける。

猫は黙って少年を見つめ、最後にコクリと小さく頷く。


そして少年を、もう一度見上げて、いつものように

「ミャー」と鳴く。


少年の言葉をすべて受けとめて、承諾したかのような鳴き声である。


(もしも他の何ものかが襲うようなら…)


小さな声が頭の中で囁き掛けるような気がした。


(わかった。カモのおやこはボクがまもる)


もう一度、猫は欠伸(あくび)をするように

「ミャー」と鳴き声をあげた。


そして少年の後ろ姿を眺めていた。

いつもとは違う何かを感じて、少年の姿が見えなくなるまで見送っていた。