トラックバックステーションのお題「ユニークな少子化対策」についての記事です。


少子高齢化が日本にどういう影響を与えるかはすでに語り尽くされた感があります。大きく分ければ、


①年金・健康保険を維持できなくなる。

②国の活力が無くなる。


というところでしょう。それについては異論はないのですが、ボクはひねくれ者なので違った切り口でこの件について記事にしてみようと思います。(皆さんの記事を読むと、もうこれ以上“ユニーク”な少子化対策は思い浮かびそうにないし・・・)


さて、そもそもどうして国民一人一人が必死になって「少子化対策」なんて考えているのでしょうか?それを考える義務があるのは政府であって、皆さんではないはずです。年金・健康保険を維持しなければならないのは政府なのです。年金や健康保険に国家からのプレミアムを望むのなら、国民は言われたとおりお金を払うことしかできません。どっちにしても。


つまり、皆さんはだまされているのです。誰にかと言うと政府にです。


そもそも年金や健康保険がいきづまっているのは、少子化のせいではありません。簡単に言えば厚生労働省の役人のせいです。ビジネスに適性のない人たちが巨額の資金を運用したり、天下り先確保のためにグリーンピアなどの無駄な施設を作ったりしているのが現時点での主な理由です。


だって、今の時点では少子化って言ったって、団塊の世代も挽回の世代 (ボクの造語です。俗に言う団塊ジュニアです。)はまだ払うだけで貰ってないし、子供はまだどっちもしてないじゃないですか。なのに今の時点でもう破綻寸前って言われているんですよ。つまり昨今、少子化、少子化って役人たちが言い出したのは自分たちの失敗の責任を国民に押しつけようとしているからです。おまえらが産まないからだ、と責任転嫁してるんです。


だから、いくら手当が増額されようと、いくら保育園ができようとごまかされてはいけません。本来、子供を産む・産まないや何人持つかってのは、個人の問題です。政府の甘言によって左右される類のものではないはずです。


国からお金が貰えるから子供を持つなんて、そんな浅はかな考えはニートを増やすだけです。ニートがいくら増えたって、税収は上がらないし、国家の活力も蘇りません。そればかりか余計な税金が投入されることになります。こういうやつ が増えるだけです。税金が投入されるということは、役人の天下り先が増えると言うことです。風が吹けば桶屋が儲かりますが、ニートが増えれば役人が儲かるのです。


昔なら周囲のプレッシャーや農業などの労働集約的な家業のために個人の意志に反して作っていたかも知れない子供を今は夫婦の自由な意志だけで作ったり作らなかったりできるのです。その結果、多数の選択として少子化になっているだけです。素晴らしい世の中じゃないですか。


少子化は、素晴らしい。少子化万歳!

今朝、起きたらあまりに寒くて、ついに今期初めてストーブをつけてしましました。

我慢すればできないこともないのですが、この先もっと寒くなったときのために試運転も兼ねてみました。


聞けば、本州では昨日真夏日だったそうで・・・


日本は広い。

来週、奥さんの親戚が我が家に遊びに来るので、週末は奥さんと一緒に部屋を大掃除しています。


我が家では年末にもするのですが、それ以外でもお客さんが来る時にちょこちょこと掃除をします。こう書くとすごく綺麗好きのように見えますが、逆に普段は何もしません(笑)。クイックルワイパーで見えるホコリを取る位です。


昨日は朝から僕は風呂とトイレ、奥さんは台所周りを整理しながら掃除しました。いらないものはすべてゴミ箱に捨てたら、すっきりと使いやすくなりました。

今日は朝からお客さん用の布団のシーツを洗い、乾燥機をかけてました。これであらかたOKでしょう。午後は、奥さんと歩いて花でも買いに行くかな。


何気ない一日が幸せな今日この頃です。

先日、体調が悪いにも関わらず遅くまで仕事をしようとする奥さんを叱りました。夕方頃電話をかけてきて(僕は単身赴任中です)、こう言うのです。


「気持ち悪いから1時間ごとに車で横になりながら仕事をしている。早く帰りたいけど明日が締め切りの仕事があるのでやらざるを得ない。今日も遅くなりそう。」


僕も勤め人ですから、お客さんにはこっちの事情は関係ないことくらいは分かっているのですが、聞けば話をすればどうにかなりそうな相手でしたので、すぐに客先に電話をして締め切りを延ばして貰った上、残った仕事は従業員に振り、速攻帰宅して休むように言いました。

それでも、奥さんは納得いかないようでしたので、少々きつい言葉で叱りました。すると、ようやく納得してくれてその通りにしてくれました。


おそらく風邪とかなら、本人ができると言っていればこれほどは言わなかったでしょう。しかし、彼女は妊婦です。もしものことがあれば、一番悲しんで後悔するのは彼女自身なのです。僕ではなく。そこで、心を鬼にして叱りました。


仕事と家庭生活の両立については、僕たちはうまくやっている方だと思うのですが、仕事と妊婦の両立はなかなか難しいです。何せ初めての体験で、どのくらい無理ができるのかとかいう加減が全く分からない。ましてや彼女は従業員10人を抱える会社の社長です。僕の方もこういうときどこまで言っていいのか正直とまどうことが多いです。


じゃあ、何もさせないで休ませればいいのかと言っても、それはそれでストレスが溜まりそうです。おそらく無理でしょう。奥さんは僕とは違い(笑)、仕事大好き人間なのです。


答えはきっとありません。その都度、ぶつかりながら悩みながら、僕らなりにやっていくしかないのでしょうね。だけど、正直なところその悩みがちょっと誇らしくもあります。


関西のある都市で青年期を過ごした僕は、何を隠そう阪神ファンです。


85年の優勝は地元で迎え、03年の優勝は北海道で迎えました。

そして、今回生涯3度目の優勝・・・


地元関西では、阪神の優勝に関して古来より次のような言い伝えがあります。それは、


「人は生涯3度だけ阪神の優勝を見ることができる」


85年の優勝は21年ぶりで、03年の優勝は18年ぶりでした。

平均インターバルがだいたい20年ですから、人生70年とすると、だいたい当てはまることが分かります。


しかし、今回は何と前回優勝から2年(しか)たっていません・・・

うれしいですが、ちょっとありがたみが薄れます。どこぞの球界の盟主は3年くらい優勝しないとすぐに大騒ぎですからねえ。


それにしてもちょっとペース早すぎますね。それとも次の優勝が40年くらいないのかな?(笑)


先日奥さんが診察に行った際、子供のエコーの画像(動画)をダビングして持って帰ってきてくれました。


ほんの3分あまりの映像でしたが、指が一本一本見えたり、指しゃぶりをしているように見えたり、存分に「生物感」を楽しむことができました。頭と目がえらくでかく、心臓の鼓動ばかりがすごく目立ち、おまけに透明感があり、僕の子供はまるでミジンコのようでした。


最近、胎動を感じられるかも知れないと思ってたまに奥さんのおなかに耳や手を当ててみるのですが、全然その気配はなく、聞こえるのは奥さんの胃が何かを消化している音ばかり。にもかかわらず、映像では結構激しく動いているのが見えて不思議なカンジでした。まあ、まだ数cmですからね・・・


しかし、あれはどうひいき目に見ても人間ではありません(笑)。宇宙人です。自分の子であること差し引いても今の段階では神秘的ではあるにしろ、人としてはあまり可愛くないですね。ははは。

連休は、体調のよくなった奥さんと一緒に青森まで2泊3日の小旅行をしました。


レンタカーとフェリーを駆使して、津軽半島と下北半島をゆっくりドライブしました。

天気も素晴らしく良く、いろんな話をしながら気分良く過ごすことができました。


大間でマグロを食べたり、金木町(現五所川原市)で太宰修記念館(斜陽館)に行ったり、十三湖でシジミ釜飯を食べたり。僕たちのお気に入りの料理屋のある三沢というところにも行き、おいしい青森の食材を堪能しました。(食べ過ぎた!)


来年子供ができたらなかなかこういうこともしばらくできなくなるかも知れませんが、それはそれでまた他の楽しみも増えるので、今は今の楽しみを満喫したいと思います。


来月は3回目の結婚記念日があります。その日は札幌で過ごす予定です。楽しみです。

僕の会社では、だいたい今の時期に来年度の人事が始まります。

それで、直属の上司が「何かあるなら言っておいてね」と言ってくる時期です。


昨年はフライングで「来年度育児休業します♪」なんて言ってしまって(子供もできてなかったのに(笑))、ちょっと恥ずかしかった経験があります。(だって、つくろうと思ったら簡単にできると思っていたんだもの・・・)

今年は、晴れて妊娠5ヶ月、堂々と宣言できます。(「堂々と」はしませんが)


僕の会社では、比較的そういう制度が整っていて人事的な配慮もちゃんとあるらしく、取得に関しては心配をしていません。しかし、そんな恵まれた環境にも関わらず、相変わらず男性の取得実績はゼロです。

今年先に取ってくれる人がいたら目立たなくていいなあ、と密かに思っていたのですが、やっぱりいませんでした。


まあいいや。僕が先達をつけてあげましょう。ここ でも書きましたが、僕は長男気質なので、何事も勝ち取るのが好きなのです。僕の後に道はできる。


さてさて・・・

トラックバックステーションのお題 子供ができたら仕事は続ける? 辞める? に対する記事です。


本来的にはまさに個人による、としか言いようのない問題です。パートナーが稼ぎが良いか、それなりでも生活費のコントロールができていて、十分ストレス無くやっていける環境にあるなら、仕事を辞めるのも一つでしょうね。

また、うちの奥さんみたいに経済的に必要と言うよりも、生き甲斐としてやっている場合はできうる限り辞めないと言うのも一つの選択だと思います。まさに、人生いろいろ、家族もいろいろですね。


私個人として言えば、そもそも「仕事と育児」というのは対立するものではないと思っています。どっちも大切でかけがえのないものではないでしょうか。なんで対立させるのか。


たとえば、一度仕事を辞めてしまうとなかなか元のキャリアに戻ることができにくいという問題があります。特に女性の方はそうでしょう。経済的にもそうですが、仕事をすることにアイデンティティを求める人にとっては、大変苦しいところです。


また、子供が幼いときに共通の時間を過ごすということもとても大事なことです。3歳くらいまでの愛らしい時代はもう二度とありません。その時期にどう接するかで、後に訪れる思春期の危機を乗り越えられるかどうかが決まる、という人もいます。


この構造って何かに似てますね。よく昔のドラマなんかである「私と仕事どっちをとるの?」ってやつです。そのはざまで主人公が悩むっていうのは、バブルの頃のドラマのありがちなパターンです。だいたいは恋愛を取っちゃうんですけど。


結論を言うと、「どっちもとる」っていうのが僕の選択です。そのためには、どこに勤めるか、誰と結婚するか(どのくらい協力的なパートナーか)、いくら稼げて、いくら貯金があるか、いくらの生活費で生きていけるか、という一朝一夕ではできない準備が必要なんですけどね。僕にはその用意があります。


いろいろ悩んでいる方、なんだかんだ言っても今あなたがおかれている状況によって、実はほとんど選択肢はないのでは?


※参考までに過去記事です。

いつか主夫になる日。

共働きをやめない。

街を歩いているとおなかの大きな女性に出くわすことがあります。

おなかの大きな女性には2種類あって、一方はただのデブ。もう一方は妊婦さんです。


デブと妊娠中の女性の区別はだいたいにおいて簡単です。全体的にデブなのがデブで(ややこしいな)、下腹部あたりだけ不自然にデブなのが妊娠中の女性です。わざわざ言うほどのことではありませんが。


もちろん、たまに区別の付かないこともあり、先日ただのデブだと思っていた知人がいきなり子供を産んだのには少々びっくりしました。その間、何度も会っていたのにも関わらず、僕は一度も彼女のおなかのことを話題にしませんでした・・・ごめん。


しかし、昨日本屋で見た女性は、他の部分は普通でおなかだけが出っ張っている100%完全な妊婦さんでした。旦那さんらしき人と幸せそうな様子でマタニティ関係のコーナーで熱心に雑誌を見ていました。


こんな時、皆さんどうしますか?


僕は、怪しくない程度にじっくり見てしまします。おなかのあたりから体のラインをなぞるように。十分怪しいですね(笑)。でもいやらしい気持ちは全くなく、あえて言えば不思議な生き物を見る感覚かもしれません。あの中に子供が入っているんだ・・・という神秘的な気持ちなのです。あくまで。


ちなみにうちの奥さんは先日妊娠5ヶ月になりましたが、おなかのラインはほとんど変わりません。楽しみのような、怖いような。