結論を先に申しますと、宗教(行為)とは何の関係もございません。
宗教の定義をひと言いますと、
「神さまというようなアプリオリ(前もって)で絶対的な存在(情報秩序)を自分の脳の中で認知して幸福感に浸れるか否か」と表現して差し支えないと思います。
現代においてどんな宗教の上位者や司祭者も神さまに代表される絶対的な存在を、このような科学的側面から信じている人はほとんどいません。
また、彼らは世界の名だたる大学の博士号をいくつも取れるような高度なインテリ達ばかりで時の為政者と手を組めるだけのお金持ちでもあります。悲しいことかもしれませんが、日本の大乗仏教の僧侶達を含め近代世界における宗教家の多くは寄付金の多寡でその地位を獲得せざるを得ないのです。そういう意味においては、彼らのほんとんどは確信犯とも言えます。
さらに現代を代表するの仏教教義の内容においては釈迦が身を捨てて宗教哲学を説いた2500年前のものとは大きく異なっています。(そのあたりのことを詳しくお知りになりたい方は、仏教評論のパイオニアである
ひろさちやさんの著作物を数冊お読みになると良いでしょう。たいへん分かり易く書かれています。)
その歴史的な背景はさておき、重要なことは
一神教に代表されるような絶対的な真理を謳うモノに頼ってみたところであなた個人は本当の意味で救われたことにはならないという事実です。
確かなことは、あなたと神さまの関係はどちらかが変化すれば互いに変化し合う相対的なものに過ぎず、あなたの脳の中身が変れば否が応でも神さまの姿も変ってしまうということです。
能望真言を唱えるということは、より高い次元にあなたがアクセスするための身体的なデバイス開発であるということにつきます。
そこには、科学的な論拠も存在しています。
北海道で長らく右脳教育に携わっておられる「能望真言」に詳しい鈴木公一さんのもとへも、
冒頭に挙げたような能望に関する質問が、数年前から増えているそうです。以下は鈴木さんのメルマガからの抜粋です。
―転載ここまで―
宗教との大きな違いは、神さまのような絶対的な存在を代用してその気になるだけでなく、
能望を唱えることで誰もが個人の力によって高次のエネルギー領域にアクセスできる可能性が開かれているということです。
つまり、
あなた自身が共通意識そのものになるということを意味しているのです。―開催セミナー・講座のお知らせ― 10月27日【脳幹気功×空海能望 スーパー 脳望&大回転】大阪セミナー
~ガンマ波超伝導と0ゼロ・ポイントエネルギーによる願望実現への旅~ 