アメリカンショートヘア大輔のブログ -97ページ目

最愛の夫の死⑩

どうもこんにちは。
大輔の飼い主です。

2019年1月3日。
再入院の話をきいて、私の両親がかけつけてくれました。
パパが、また入院になったときは、会社の人に来ないでほしいと、私に言っていました。
そんなこともあり、せっかく来てもらった私の両親にも、面会させず帰ってもらいました。
軽度の認知症の父が、義理の息子の闘病の姿をみたら、号泣確実です。
奇しくも今日は父の誕生日。
申し訳なかったです。

私は一旦家に帰りました。
和室をきれいにしておこうと思いました。
余計なものは片付け、掃除をしました。
覚悟をしたのです。
パパは亡くなる。
だからその準備をしようと。

急変するのは夜中だったりするのよ、なんて耳にしていましたから、
大学病院そばのホテルに一晩泊まることにしました。
妹家族も一緒にホテルに泊まりました。

なので、今日は遅くまでパパのそばにいることができました。
消灯すぎても付き添っていました。

パパはもう多くを語りません。
私の話に、うん、ううんで返してくるだけです。
それでも夫婦二人きりでの会話ができて嬉しかったです。

ホテルはこじんまりとした部屋ですが、キレイで、フリーwifiや加湿器もあり、子どもたちはベッド上でゲーム大会です。
私は寒がりなので、フロントにお布団の追加をお願いしました。
子どもたちはぐっすり寝ていましたが、私はとうとう浅い眠りでした。
いつ病院から連絡が入るかもしれないと思うと、緊張感が襲いました。
相反して、自宅ではないところに身を置いたことが、すこしだけ気持ちを楽にしてくれました。

朝になりました。
フロントわきの朝食会場で、食事をすませ、また子どもたちは妹夫婦に預けて、私はパパのところに向かいました。
今日はパパに早く会いたくて、こんなにはやく来ちゃった、と言いました。
パパは喜んでいたと思うな。

今日は午後から抗がん剤投与です。
義理の家族が来たこともあり、一旦家に帰りました。
抗がん剤は点滴で、3時間かかるそうです。
私が再び顔を出したのは、抗がん剤終了後です。

夕方遅くまたパパのところに行きました。
抗がん剤をやったからといって、すぐ気持ち悪くなったり、何か症状が出るわけではないので、午前中と同じパパがいました。
苦しみも辛さも取れたわけでもありません。

モニター画面を自分の方へ向けてくれ、とお願いされました。
自分の体を確認し管理したかったのでしょう。

心拍数が100を越えています。
血圧は上が150を越えています。
酸素濃度は93前後です。

こうして1月4日も過ぎていきました。
つづく。