アメリカンショートヘア大輔のブログ -95ページ目

最愛の夫の死⑫

どうもこんにちは。

大輔の飼い主です。

 

病院の1階フロアは、会計やらコンビニの出入りやらで混雑しています。

すれ違ったとある男性が私を見るや、目で追ってきました。

私に何かついていたのでしょうか。

 

さて、1月6日の話です。

パパはベッドの上で、あーあーと呼吸し今日も苦しみに耐えています。

先に義理の家族が来ていました。

テーブルには水のかわりに氷が置かれていました。

義母は息子の足をさすっています。

その足は冷たく、むくんで、指で押すと痕が残るまでむくんでいます。

でも体が暑くて、頭と脇にアイスノンを入れて冷やしています。

水が飲みたいときは、看護師さんが酸素マスクをはずして、水を口に含ませるのですが、酸素マスクをはずすと、モニターの酸素濃度が80台にぐっと下がります。

ベッド上部をリクライニングして上げて寝ているので、体が徐々に下へ下がってしまいます。

体勢を整えるのに、男性看護師さんを含め、4人ががりで、パパを持ち上げます。

 

夕方、義理の家族が帰ったあとのことです。

氷じゃなく、水、水がいい

と、パパが言い出しました。

私と二人きりになった途端、苦しい辛いと言い出しました。

あー自分の親や兄弟の前では、いい子ちゃんするんだこんな時まで、と思いました。

氷がいやならいやだと、素直に言えばよかったのに。

苦しいなら苦しいとありのまま言えばいいのに。

 

そして、 

「○○(私の名前)ちゃん、泊まってってくれ」

とパパが言いました。

泊まる用意などして来ているわけではなかったのですが、パパのお願いです。

断るはずがありません。

 

看護師さんに宿泊を確認し、

実妹に電話し、子どもたちを託し、

コンビニに歯ブラシや夕飯を買い出しに行きました。

 

看護師さんが、ベッドサイドのソファーをフラットにして、布団を敷いてくれました。

 

パパが苦しみをとってくれと言いはじめました。

わかった。

麻薬(モルヒネ)を使おうと、先生にお願いしました。

先生は、私の意思が優先だとしつつも、義理の家族の強さを考慮して、電話して確認した方がいいと言ってきました。

私が何言っても、真っ向否定をする義理の家族。

案の定、モルヒネなんてダメだの一点張りです。

電話を切りました。

廊下にパパの低い声の、あーあーが響きます。

病室に戻ると、まだ楽にしてもらえないの?とパパが息絶え絶え。

 

意を決してもう一度電話をしました。

パパを楽にしてあげられるのはもうモルヒネしかありません。私の意志が第一優先です。やります。私がパパを殺したと思ってもかまいません!!

 

私の強い口調に、じゃあ…お願いします。

と同意を得ました。

 

モルヒネの投与が始まりました。

夜10時ぐらいだったと思います。

1ミリリットルと少量からです。

夜中に何度も看護師さんが来ては、ミリ数を上げていきました。

私もまったく眠れません。

暑いと言うパパ用の設定で、冷房が入っていて私は寒くて寒くて。

 

朝方4時ごろでした。

私は少しうとうとしました。

すると、急に体がかーーーっと熱くなったので飛びおきました。

ちょうど看護師さんが来ていたので、部屋の温度上げましたか?と聞いたら、

いいえ、18度設定になったままですよ、と。

看護師さんが出ていった後のことです。

上を向いたまま、体を動かすことができないパパが、突然、私の方に体をガバッとむけて、手を伸ばしてきました。

そして、私の手を握ってきたのです。

手をにぎりあって私は号泣しました。

 

その後、体を元に戻し、またうなり出したパパ。

天井をむいて、何かしゃべっています。

何をしゃべっているのか、酸素マスクをしているので聞き取れません。

でも、

「いやだ、まだ、いやだ、まだ」

と、顔を横にふっています。

私も天井を眺めましたが、私には何も見えません。

 

私はのどが乾きました。

部屋を出てフロア奥にある自販機に水を買いに出ました。

明け方のしんと静まったフロアに、どこかの部屋からのモニター音と、パパの低いあーあー口呼吸音だけが、悲しく響いていました。

 

モルヒネが効いてきたのかわかりませんが、朝には苦しそうなあーあーがなく、アゴでカクカク呼吸をしています。

先生が出勤してきました。

今、モニターではいつも通りです、とのこと。

では一旦帰ります、と伝えた矢先、

急激にモニター数が低下しだしました。

パパは私に側にいてくれ、帰らないでくれ、と伝えたんだと思いました。

すぐさま、身内に来るよう連絡を入れました。

 

1月7日朝8時ちょうど。

パパの心拍が0になりました。

主治医と私とでパパを看取りました。

 

つづく。