最愛の夫の死⑫
どうもこんにちは。
大輔の飼い主です。
病院の1階フロアは、会計やらコンビニの出入りやらで混雑しています。
すれ違ったとある男性が私を見るや、目で追ってきました。
私に何かついていたのでしょうか。
さて、1月6日の話です。
パパはベッドの上で、あーあーと呼吸し今日も苦しみに耐えています。
先に義理の家族が来ていました。
テーブルには水のかわりに氷が置かれていました。
義母は息子の足をさすっています。
その足は冷たく、むくんで、指で押すと痕が残るまでむくんでいます。
でも体が暑くて、頭と脇にアイスノンを入れて冷やしています。
水が飲みたいときは、看護師さんが酸素マスクをはずして、水を口に含ませるのですが、酸素マスクをはずすと、モニターの酸素濃度が80台にぐっと下がります。
ベッド上部をリクライニングして上げて寝ているので、体が徐々に下へ下がってしまいます。
体勢を整えるのに、男性看護師さんを含め、4人ががりで、パパを持ち上げます。
夕方、義理の家族が帰ったあとのことです。
氷じゃなく、水、水がいい
と、パパが言い出しました。
私と二人きりになった途端、苦しい辛いと言い出しました。
あー自分の親や兄弟の前では、いい子ちゃんするんだこんな時まで、と思いました。
氷がいやならいやだと、素直に言えばよかったのに。
苦しいなら苦しいとありのまま言えばいいのに。
そして、
「○○(私の名前)ちゃん、泊まってってくれ」
とパパが言いました。
泊まる用意などして来ているわけではなかったのですが、パパのお願いです。
断るはずがありません。
看護師さんに宿泊を確認し、
実妹に電話し、子どもたちを託し、
コンビニに歯ブラシや夕飯を買い出しに行きました。
看護師さんが、ベッドサイドのソファーをフラットにして、布団を敷いてくれました。
パパが苦しみをとってくれと言いはじめました。
わかった。
麻薬(モルヒネ)を使おうと、先生にお願いしました。
先生は、私の意思が優先だとしつつも、義理の家族の強さを考慮して、電話して確認した方がいいと言ってきました。
私が何言っても、真っ向否定をする義理の家族。
案の定、モルヒネなんてダメだの一点張りです。
電話を切りました。
廊下にパパの低い声の、あーあーが響きます。
病室に戻ると、まだ楽にしてもらえないの?とパパが息絶え絶え。
意を決してもう一度電話をしました。
パパを楽にしてあげられるのはもうモルヒネしかありません。私の意志が第一優先です。やります。私がパパを殺したと思ってもかまいません!!
私の強い口調に、じゃあ…お願いします。
と同意を得ました。
モルヒネの投与が始まりました。
夜10時ぐらいだったと思います。
1ミリリットルと少量からです。
夜中に何度も看護師さんが来ては、ミリ数を上げていきました。
私もまったく眠れません。
暑いと言うパパ用の設定で、冷房が入っていて私は寒くて寒くて。
朝方4時ごろでした。
私は少しうとうとしました。
すると、急に体がかーーーっと熱くなったので飛びおきました。
ちょうど看護師さんが来ていたので、部屋の温度上げましたか?と聞いたら、
いいえ、18度設定になったままですよ、と。
看護師さんが出ていった後のことです。
上を向いたまま、体を動かすことができないパパが、突然、私の方に体をガバッとむけて、手を伸ばしてきました。
そして、私の手を握ってきたのです。
手をにぎりあって私は号泣しました。
その後、体を元に戻し、またうなり出したパパ。
天井をむいて、何かしゃべっています。
何をしゃべっているのか、酸素マスクをしているので聞き取れません。
でも、
「いやだ、まだ、いやだ、まだ」
と、顔を横にふっています。
私も天井を眺めましたが、私には何も見えません。
私はのどが乾きました。
部屋を出てフロア奥にある自販機に水を買いに出ました。
明け方のしんと静まったフロアに、どこかの部屋からのモニター音と、パパの低いあーあー口呼吸音だけが、悲しく響いていました。
モルヒネが効いてきたのかわかりませんが、朝には苦しそうなあーあーがなく、アゴでカクカク呼吸をしています。
先生が出勤してきました。
今、モニターではいつも通りです、とのこと。
では一旦帰ります、と伝えた矢先、
急激にモニター数が低下しだしました。
パパは私に側にいてくれ、帰らないでくれ、と伝えたんだと思いました。
すぐさま、身内に来るよう連絡を入れました。
1月7日朝8時ちょうど。
パパの心拍が0になりました。
主治医と私とでパパを看取りました。
つづく。