春休み、剣道もあるけど週3回だからちょうどよく、またあまりにも暇すぎて勉強でもするか、とデニーズへ来てみるもいまいち勉強する気も起きず、ブログを読み返していてハタと気づく。
イタリア旅行の続きを書いてないじゃないか!
2017年の3月、ミラノについて、パルマからフィレンツェ、ローマに行ってヴェネツィアへ行き、またミラノに戻って、までしか書いていないようだ。っていくかよく見るとローマも書いてない。
ちなみに過去記事。旅中に書いたけど、いまいち旅のことは書いていない。さすが。
飛行機の中
https://ameblo.jp/daisuke2140/entry-12255231283.html
ミラノ
https://ameblo.jp/daisuke2140/entry-12255232337.html
https://ameblo.jp/daisuke2140/entry-12255232629.html
フィレンツェ
https://ameblo.jp/daisuke2140/entry-12255232629.html
そのつづき
https://ameblo.jp/daisuke2140/entry-12260625144.html
ヴェネツィア
https://ameblo.jp/daisuke2140/entry-12278532597.html
ミラノに行った後はチェルノブイリに行ったのに、それを書いてないのはなんだか。ってことで書いておこうと思いなおす春休み。
チェルノブイリはウクライナ(南側)とベラルーシ(北側)の国境のウクライナ側にあって、風の向き的にベラルーシからロシアにかけて放射性物質がひどく拡散されたらしい。我々はウクライナの首都キエフに夜ついて、翌朝キエフからバスで延々3~4時間かけてチェルノブイリに向かった。
宿は僕がとったのだけど、キエフの中央公園的なところに面した場所に取ったので割と栄えてるだろうと思ったらとんでもない。
公園の周りに王宮とかあってちゃんと中心地ではあるのだけど、該当はあんまりついてないし、ホテルは恐らく共産主義時代に作られたおばけがでそうな内装で、まぁかなり怖かった。天気も悪いし、陰鬱系の音楽家とか、目がいっちゃってる警察とかにエンカウントしそうな感じ。いなかったけど。
でも宿の近くにあるレストランはとっても良かった。たしかTripAdvisorで調べたのだけど、SPOTKACH(読めない)というお店で、USSRテイストのあるアメリカンポップアートがたくさん飾ってある店内で、たくさん食べて、日本の2/3くらいの値段だった記憶がある。ついた夜と、チェルノブイリから帰ってきたその夜の2回ともそこで食事した。
ちょっとアメリカンだけど、ちょっとコミュニズム感ない?
何のスープだったか、目の前の赤いスープの方がおいしかった。
食べ物の写真はやたら同行者が撮ってたけど、そういやもらってない。でもね、とっても美味しかったよ。
ここの評判はチューブに入った宇宙食cosmomealで、ちょっとこわ面白いから同行者をそそのかしたところ、おいしそうに食べていた。僕もちょっともらったけど実際おいしかった。
中身はトマトスープで、チューブはあったかくてチューチュー吸ってた。
それと、印象に残ってるのはウクライナ名物のサーロという食べ物。豚の脂身の部分を塩漬けにして、パンと一緒に食べる。
日本人的には数枚食べたら脂がしんどくてもういいやと思うのだけど、もともと寒さをしのぐハイカロリー保存食だったらしく、ウクライナ・コサック兵は食料の30%をサーロで持っていたらしい。周りにウクライナ人がいたらサーロ好き?って聞いてみるといいかも。
誰に聞いたか忘れたけど、ウクライナ人みんなサーロ好きってわけじゃなくて、若い人的には結構きついらしい。
http://osoroshian.com/archives/38541912.html
4枚目の写真が近い、手元には写真がないけどかなり脂肪。
…この旅行では、同行者がどうしてもチェルノブイリに行きたかったらしく、スペイン周遊をイタリア周遊に変えたのは上の記事のどこかに書いた。そんななので僕のテンションはもともと別に高くなかったし、なんならイタリアの海の方や南の方へ行きたかったけど、キエフのちょっと共産感のある街の感じにあてられて、楽しみになっていた。
チェルノブイリ観光はオフシーズンで、バンの同乗者はイギリスのLeicesterからきたおじさん二人だけ。岡崎とか、あとsnookerのMark Selbyの話で結構打ち解けた。
チェルノブイリって立ち入りできるの?ってことなんだけど、人は住んでいない一方で、中心へ続く道には兵士がいてID見せなくちゃいけないこと以外の管理は基本的にない。ガイド曰く、あたり一帯の土を全部根こそぎ掘ってよそへもっていったので、例えば道路沿いの森のなかとかに入らなければ、基本的に被ばくすることはない。ガイガーカウンターも持たされたけど、実際大丈夫そうであった。
バスに乗って1.5時間で休憩。そのあとチェルノブイリ周辺へ着く。以下、おそらく国境付近ウクライナ側の写真
放置されて崩壊している住居。
放置されて怖い感じになっている車。売れるものは持っていかれたとみることもできる。
”ここから原子力の町”的なやつ。たぶん事故の前からあるもの。この先に兵士がいて、入管的なのを済ませてたっぽいから休憩時間。国境かな?
内側にあると、鎮魂のアートが多数並べられていた。説明こそない(あるいはあっても読めない)ものの、強く胸を打つオブジェが多数。
裏から見ると黒地に白抜き文字、赤い斜線が引かれていて、壊滅した町の名が捧げられている。
続く。