10月から『純と愛』を見ています。
でも朝の正規放送ではなく録画で。
もしこの番組を朝見ていたら続けて見ることは無理かもしれない、
そう思えるほどこの番組は、人を傷つけ傷つけられる場面があるし毒もある。
従って放送直後から、朝からこんなドラマを流すんじゃないという批判の声が多数上がったし、
見ることを放棄した人も多いらしい。
見ていない人のために登場人物を少し紹介します。
知ってる人はここを飛ばして下さい。

(ヒロインと相手役の生い立ち)
ヒロイン・純は沖縄宮古島生まれ。
沖縄で小さなホテルを経営する家で育った。
父は利益をもたらす人にはペコペコするが目下には威張るタイプで、
純との間柄は悪く万事にぶつかっている。
母はそんな父の言いなりで自分というものを出さず、そういう母に不満である。
長男は二枚目で父の家業を継いでいるもののふわふわしていて、無責任ぶりに純は不満を持っている。
次男は外に出たいと望んでいるが実力が伴わず突飛な行動を繰り返すところが気に入らない。
純は家族みんなに強い不満を持っているが、放っておけない気持ちもある。
純はお節介が好きなのか、使命感を持っているのかわからないが、周りから見るとウザい。
そんな家族の中で、純の唯一の心の拠り所は小さい頃のオジイの優しさだった。
相手役の愛(イトシと呼ぶ)は大きな苦悩を抱えている。
人の顔をみると、相手が胸の内で思っていることが分かってしまい、
それがおぞましい顔として見えてしまうので、
人の顔を見ると気分が悪くなって吐き気をもよおすので、
顔を見ることができないのだ。
愛がそういう風になったのは生まれてからのものではなくて、
弟の死以来である。
愛は家族から離れて8年、定住場所もなくネットカフェで暮らしている。
愛は双子の弟が白血病(だったかな)なのに、
自分の血を輸血できずに死んだことで自分を攻め続けて苦しんでいた。
愛の家族も、父親は母親に何も言えずオロオロし、
妹もイヤイヤながら母親に服従し、
そして母親はソルジャーのように周りに言葉の弾丸を発し続けていた。
父親は人と話すと耳鳴りがし、
妹は人から悪臭を感じていつもマスクをし、
母親は大量の薬(精神安定剤だろうか)を飲んでいた。
純も愛も、心落ち着かない家族の中で育ち、問題を抱えているのだ。
(ストーリー)
純は将来はホテルを経営したいと夢見て大阪のホテルに就職した。
家族にうんざりしていて、家族と離れたいという気持ちもあったのだ。
純はおじいちゃんが言った「夢のホテル」を作ることを夢見ているのだが、
仲間や上司との軋轢やいざこざが絶えない。
純は思ったことをズバズバ言ってしまうのも周りの人の感情を逆撫でするし、
ホテルウーマンとしての実力が備わっていないので、
いいことと思ってやったことも中途半端だったり逆効果だったり
裏目に出て迷惑をかけるので、周りから嫌われ総スカンなのである。
そしてホテルの職場仲間からは「社長」とからかわれている。
純はある時相手役の愛(イトシと呼ぶ)に出会う。
いや出会うというより、愛が純を見つけたと言った方がいい。
愛は人の顔をまともに見ることができないのだが、純はそうではなかった。
愛は外の顔と胸の内に違いがない純のことを気にするようになる。
純は大阪でも、内面ではビクビクしていて何かあるとすぐに怒り出す上司、
逆に鉄仮面のように氷の表情の指導担当、
優しいことを言って下心を持って近づく先輩、
親しいふりをして出し抜こうという同期に囲まれて悪戦苦闘の連続である。
職場で孤立し誰とも心が通えない純は、いつしか愛といると素直になれて心休まるようになり、
愛に親しみ以上の感情を持つようになる。
そんな純と愛の生活が始まるが、
ギクシャクすることが続く。
お互いが相手を必要としているのだが、
気持ちがどんどんすれ違ってしまいついに別れてしまうことになった。

ここまでが今週までの主な登場人物とストーリーである。
心に傷を持っている人と
自分の表の顔を維持するために内面に問題を持った人たちが次から次へと登場するドラマなのである。
心理学で言うトラウマや強い抑圧を抱えている人と
精神病理学でいう統合失調症に近い人たちが出てくるドラマである。
現代は、ウツを始め心に傷を抱えて生活している人や
精神安定剤を飲んで何とか心を保っている人が多い。
そういう人にはこのドラマは辛いかもしれない。
そういう人への配慮が足りないのではないかという批判もあるだろう。
又心の中の悪意を表現するなどもっての他だと批判する人もいるだろう。
子供の教育に悪いというだろうし、
「子供に『ママも悪いことを思って生活しているの?』と聞かれて困ったじゃないの!」とクレームを言う人もいるかもしれない。
我々は大なり小なり表面ヅラを繕って生きている。
内面の核心を他者に悟られないように生きているので、
そういう内面を晒すようなドラマは都合が悪いと非難する人がいるかもしれない。
でも自分はこのドラマを見ることを楽しんでいる。
それはこのドラマの製作者が挑戦意欲を持って取り組んでいることがわかるからである。
ドラマが成功するかどうかはわからないがその意気は買いたい。
この『純と愛』は、今のところ何が言いたいのかわからないのだが
何かを投げかけられている気がするのである。
それに普通のドラマでは主人公か主人公の相手役の心象とシンクロするが、
このドラマでは純や愛に「辛いよね」と同情(シンパシー)はしてもシンクロすることはない。
相手の思っていることがわかる愛にはシンクロしないし、
表も裏も同じの純ともシンクロしない。
寧ろ素知らぬ顔をしていてもよからぬことを考えている周りの人間の方の肩を持つ。
自分の内面に毒もあれば悪魔もいるのだから、シンクロするのも当然で
「ああそれ、自分もあるある。俺も悪いところ持ってるもんな」と思いつつドラマを見ているのである。
スネに傷の無い人などいない、悪意を持ったことが無い人間などいないと
このドラマは思い出してくれる。
なかなか辛い展開のドラマだが、
それでも最後はハッピーエンドになるんじゃないかと期待して見ているのである。
それはドラマのクレジットの時に出てくる絵本のような絵が見ているものを期待させる。
小さな子どもが書いたような王子とお姫様の絵であり、「ねむりひめ」ということである。
その絵は見るものをなごませるので、
今は辛いことがいっぱいだがいずれ展開が変わるのではないかとぼんやりと期待させるので、
ドラマを見続けることができる。
ねむりひめはこのドラマの中にも登場してくる。
そうするとねむりひめは何かの暗示なのかメタファー(暗喩)なのだろう。
「眠りの森の美女」に詳しい人が教えてくれたことだが、
「王子は最初はヘナチョコだけど、
姫の眠りを覚ますために苦難を経験して行くうちに強くなっていくのよ」だそうである。
なるほどね。
この絵を描いた方は荒井良二さんというれっきとした絵本作家である。
だが荒井良二さんの作風を見てみると、ねむりひめの筆致は異例である。
そういうところにも、製作者側の意図が感じられるのである。


10月はノーベル賞とハロウィンで盛り上がる。
今年のノーベル賞は山中教授が医学生理学賞を受賞した。
めでたしメデタシ。
デパートのお菓子売り場はハロウィンに占拠されている。
どの売り場にもオレンジ色に彩られた丸くて大きな口のカボチャの絵で満たされている。
10月と言えばハロウィン!という現象が日本に定着した。
12月のクリスマス、2月のバレンタインに続いて10月は3つ目のイベント月になった。
日本にハロウィンを認知させたのは東京ディズニーランドである、多分そうだ。
東京ディズニーランドではミッキーやミニーを主体にしたパレードがお客を呼び込む目玉の一つだが、
パレードの内容を毎月のように変えて新鮮味を出す必要がある。
パレードは言わばお祭りなので「その時限定」という要素をお客に強く訴える必要がある。
10月はハロウィンということになったのだろう。
アメリカでは当然のイベントだし、それにディズニーにはジャック・スケルトンというハロウィン・タウンの主を主人公にした映画もある。
子供が安心してお化けに接することができるように
ディズニー映画とディズニーランドがハロウィンを編集して日本人に提供したわけだ。
丸くてオレンジのカボチャはジャックランタンと言って、日本の文化習慣でいうならお盆の時に死んだ人をこの世に呼び戻す灯籠である。
でもオレンジのカボチャから灯籠を想像したのでは気分は高まらない。
日本人はハロウィンの歴史や意義に捉われることなく、
その「お祭り性」と「期間限定」性と、丸くて口が横広でオレンジ色のカボチャに好感イメージを持つようになったのである。
ディズニーの世界で認知されたハロウィンは、何時の間にかディズニーの世界から飛び出して街の中の「売り場」に出没するようになった。
お客の購買意欲を高めたい売り場側が、お祭り性と期間限定性に着目したのだろう。
それにアメリカ映画(『E.T.』でも『チャーリーとチョコレート工場』でも)ではハロウィンでは子供達が大人達からお菓子を貰っている場面が出てくるではないか。
ハロウィンでは子供がお菓子を貰えるのである。
だからハロウィンはプレゼントというところにリンクした。
お祭り性と期間限定性とプレゼント性。これこそ購買意欲が高まる3大要素である。
クリスマスとバレンタインに続いて、ハロウィンをビッグイベントに仕立てあげて消費者の購買意欲を盛り上げて商品を買ってもらおうと、売り手側はメディアも巻き込んで盛り上げていったのだろう。
日本人はそういう盛り上げにすぐに乗る民族である。
自分も先週東京に行った時のお土産にジャックランタンを模した和生菓子を買った一人である。
(和生菓子とジャックランタンは本質的には遠い存在だと思うのだが、
今やジャックランタンは10月のアイコンなのである。)
始めてジャックランタンを知った時は「ケッタイなもの」と思った男が、
今や「カワイイ」と思うようになった。

日本人はそういう購買戦略に染まりやすい民族なのだろうかと考えると、
そういうのとちょっと違うのではないか。
むしろ日本人はそういうイベントを好ましいと無意識的に思っているのだ、きっと。
お祭りが好きで時間限定が好き、
プレゼントが好きなのである。
そして買い物が好きなのである。
「買いたい」欲望を強く持った民族である。
買いたいから、
お祭りですよ、期間限定ですよ、誰々にプレゼントすることが公認されているんですよ、
と言われると財布の紐を緩めることに躊躇しないで良いのである。
そういう日本人にとって、民族の歴史や文化と関係がない方が消費を楽しむために好都合なのかもしれない。
正月は日本人にとって重要なイベントである。
お祭りであり期間限定でありお年玉というプレゼント性もある。
正月には福袋という購買を促すイベントがあるが、ごくごく短期間で熱が冷める。
松があけると正月は終わりというように、福袋も終わりというムードになるのではないか。
そういうことを含めて考えると、
クリスマスやバレンタインやハロウィンは日本人にとって文化的なつながりもタブーもない。
つながりもタブーもないものに盛り上がれる理由は、
盛り上がるためにそういうイベントを外から持ってきた、と考えるしかない。
イベントがあるから消費するのではなく、
消費するためにイベントを見つけてきたのだ。
こんな民族に経済学は本質的に語れない。
需要と供給のバランスのもとに理性的に振舞う人を前提に経済学は構築されているが、
日本人はこの経済学の大前提から逸脱している。
日本人のメンタリティを多分に持っている人は、
経済学を理性的に詰めることに無意識の抵抗がある。
そんな日本人にノーベル経済学賞はノーベル賞各賞の中で最も遠い。
でも日本人は経済が落ち込んで経済理論的には消費が落ち込んでいくに違いない状況でも、
お祭りと期間限定とプレゼント性を訴求できれば
買い物そのものを楽しんで経済理論ほどには消費が落ち込まないようにできるだろう。
需要と供給のバランスとは少し違う動機で買い物を楽しむのが日本人である。
前の会社のシステム開始25周年記念パーティーに行ってきた。
当時システム開発に関わった人たちの集いであり、いわば同窓会である。
「同窓会ってね、その本質は祭りなんだよ」と、ユング心理学の大御所が語ってくれたことがある。
神戸から祭りに行く気分で会場のある東京に朝の新幹線で出かけたのだが、
その場の気分と先生の言葉を照らし合わせると、先生の言葉に間違いはないと納得するしかない。
このパーティーに300名の人たちが参加したのだから、人の賑わいだけでも凄い。
当時の開発に従事していた社員は約500人だから、25年経っての出席率も相当なものである。
自分はこのシステム開発が一段落した時に別の部署に移っていったので、25年ぶりにお会いした人は多い。
25年も経てば髪の色も体型も違っているのだが(人のことだけではなく自分も)、
皆さん持っている雰囲気は総じてあまり変わっていなかった。
当時仙人みたいだった人は(多分仕事をリタイヤされているのだろう)白くて長い髭を伸ばされていて、長い杖を持っていたらまさしく現代の仙人である。
当時入社したてでキャピっとしていた新人女性は、家族を持って落ち着きは身につけているけれども、他の女性と比べればやっぱりキャピっている。
因みに前の会社というのは某銀行であり、25年前に開発したシステムはOSやハードの変遷はあったけれども、未だに現役として日々のシステム処理の主役を堅持している。
開発パートナーだったI社のK元社長が言うには、25年間もシステムが存続している例などこれ以外に知らないそうである。数々のシステムに関わっている会社の社長がいうのだから、そうなのだろう。
そういう祝辞を受けて、集まった人々の気分が高揚していった。
パーティーに、このシステム開発のプロジェクトリーダー(当時専務)であったK元会長をはじめ、システム部長だったY元副頭取、副部長だったK元会長も来た。
一番ご高齢のK元会長は車椅子での参加だったのでスピーチされなかったが、Y元副頭取とK元会長はスピーチをした。それも熱く長々と。
長い話が聞いていて嫌にならないこともある。
思い入れが強く且つ当時注いだエネルギーが尋常でないから言葉が溢れてくるのであって、
そういう言葉ならば聞き飽きるということはないのである。
話した内容は異なるのだが、二人とも言わんとしていたことは共通していたと思う。
我々は先人が築いてきたものを台無しにしてはいけない。
このプロジェクトは石に噛り付いてでも成功させなければならない。
このシステムは基幹であり、礎であり、柔軟であり、永遠でなければならない。
「今」の問題に対応することが一番大事ではあるが、先を見通すということも必要である。
しかしプロジェクトの進行は常に遅れ、もうダメかという局面を何度も迎えながらその都度ギリギリでくぐり抜けてきた。いつもギリギリなのである。
そのギリギリのシステムが、永遠を目指して今も稼働し続けている。
このプロジェクトは、それに関わった人々のエポックメイキングである。スピーチする二人もそうであるし、集まった人みんながそうであるはずだ。
まあ、こんなところだった。
自分は当時ペーペーだったが同感である。

このプロジェクトは別のリーダーによって進められていたのだが、状況は最悪でフリーズ状態に陥っていた。
当時のI頭取の大英断により、プロジェクト責任者を替えK、Y、Kに役割分担させた。
プロジェクトコードは6210と言われ昭和62年の10月にスタートするプロジェクトが、
そのたった2年前の昭和60年にこの改革が実施された。
銀行基幹システムを入れ替えるプロジェクトとしては、時間の猶予がない状況の決断だった。
この改革を仕掛けた(と噂されていた)K専務とI頭取を別にすれば、Y部長とK副部長は命令によってプロジェクトに参加することになったのである。
二人ともシステム開発に関わったことなど、全くない。
今まで開発を行っていたシステム部員からすれば、システム素人が突然自分たちのボスになったのである。
その時のシステム部員の気分は、「進駐軍がやってきた」と内うちで囁いていたことでご理解いただけるであろう。戸惑い、今後に対する不安、反発などがカオスのようになっていただろう。
(自分はこのプロジェクトのために外からきた人間などで、やや中立の気分だった)
着任したお二人も多いに戸惑っていたに違いない。
「何で俺がやらなければならないんだ」という気持ちがあったろうと思う。
同じ会社とはいえ、ある種隔離した仕事をしてきた部署に来たのであるから、システム部独特のルールに戸惑ったであろう。
リーダーを替えたぐらいでプロジェクトは好転しなかった。
日常的の発生する問題に対応する以前に、お互いが何を考えているのかを理解するために多くの時間が必要だったのだ。
システム専門家がどういうロジックで物事を考え何故そういう進言をするのか部長副部長が理解するのに時間がかかったし、
部長副部長が何故そういう質問や指示をするのかシステム専門家が理解するのに時間がかかった。
それでも徐々に場面場面で決定が行われるようになったので、徐々にゆっくりではあるが少しずつ回転しだした。
そうするとそれまでああでもない、こうでもないとぐるぐる回っていた個々の会議が結論を出す会議に変わっていった。
物事が決まり出すと、開発の前線業務に従事している者たちも何をすべきか、要求されていることも明確になり、それに応えようとして作業もはかどるようになった。
しかし行員だけで500人、外部企業のエンジニア1000名という人が携わっているプロジェクトである。そして行員の半分強の人間は自分を含めシステム知識がない全くの素人なのである。
伝達ミスや間違った思い込みなどのヒューマンエラーが絶えず発生したし、
それも思わぬところで発生するのでエラーの予測も成り立たない。
一つ解決したらその先に3つのエラーが待ち受けていることが常だったので、
開発は遅れもうダメか間に合わないと諦めざるをえないような局面が多発したのである。
第三次オンライン導入というイベントは銀行にとってとても大きなエポックである。
監督官庁である大蔵省(今なら金融庁)の承認をとって進めるし、
そのリリースに向けて本部も支店も準備を進める。
そのリリースが予定の日にできないとなるとその再調整に要するコストは甚大であるし、
逆に不十分なままリリースしてシステムダウンにでもなったら、
お客様に多大な迷惑をおかけするしマスコミをはじめ社会から厳しい避難を浴びることはまぬがれないのである。
だから一発勝負という何が起こるかわからないリスクは取れない。
プロジェクトにいくつかのフェーズというものを設けて、そのフェーズの移行前に移行判断をするのだ。
そしてその全ての判断時期に問題が残っていて、その問題をどういう風に解決するのかという道筋を決めて次のフェーズに移行するということを腹を括りつつ決めてきたのである。
そんな局面をギリギリであっても乗り越えてこれたのは、
石に噛り付いてでもやり遂げる意思であり、
その意思の出どころは先人が築いてきたものを台無しにしてはならない思いであったと思う。
そして多くの人々が(嘘でも)そう思っていたのは、厳しい状況にあってぶれないリーダー達がいたからだろう。
当時の頭取も専務も部長も副部長も人間である。
内心はダメかもしれないと思っていたかもしれないし、多分そんな気分で眠れない夜を過ごしたことがあるに違いないのだ。
それでも他者に対してぶれない態度を貫けたのは、
簡単に聞こえるかもしれないが、そのプロジェクトを背負っていたからだろう。
死んでも背負った荷は降ろさないと思えば、人はぶれないものである。
なかなかできないこととはいえ人は自らの態度をぶれなくできるが、
それでも判断はぶれるものである。
偉い人でも判断ミスは免れ得ない、と思う。
もしも判断ミスをしないという人が仮にいたとしても、
その人に判断する情報を提供する人が思い込みや推測、果ては知的不調のもとに情報をまとめたならば、判断は間違ったものになる。
ましてやプロジェクトのミドル層や下っ腹の判断ミスは排除できない。
だからプロジェクトを遂行する上で、間違った判断をしないという前提は失敗の元となる。
そうではなくて、
いかに判断ミスを少なくするか、
判断ミスとわかったらいかに早くリカバリーするか、
ということが勝負の分かれ目である。
小さな判断ミスをぐじぐじあげつらいそこから進もうとしない上司やリーダーで構成されていたら、プロジェクトの成功率は著しく低下する。
リーダーはいかに判断ミスを少なくするかと判断ミスとわかったらいかに早くリカバリーする集団に作り上げるかに、エネルギーを注がなければならない。
そこには、学習進化と相互扶助というキーワードが生かされるはずだ。
学習進化が判断ミスを減らす。
相互扶助が判断ミスのリカバリーを成し遂げる。
そういう集団環境を作ることがリーダーの大事な仕事である。
こういうリーダー観を自分はこの開発プロジェクトを通して醸成したようだ。
そのことが、このパーティーに出たことでよく解ったのである。

リーダーの資質や振る舞いを整理すると、
責任を背負える気概、
必ず成し遂げるという意思、
目標を他者に明示できるデザイン力と説明力、
先を見通す力、
知的不調を乗り越えて行く思考力、
諦めない精神力と忍耐力、
学習進歩力(学ぶ力)と、
相互扶助の精神、
となる。
しかしこう並べてみると、巷間で語られる流行のリーダー論とは大きく異なるかもしれない。
流行のリーダー論ならば
責任を背負える気概よりも勝負を勝ち抜く戦略性が優位を占めるだろうし、
知性不調を乗り越えて行く思考力など説いているリーダー論など見たことがないし、
学習進歩力よりもできる人を集める力がもてはやされているだろうし、
相互扶助の精神よりもこの世は強いものが勝つと言われているだろう。
巷ではグローバルスタンダードというルールが今ももてはやされている。
世間の常識は今も右肩上がりの経済状況下でのリーダー論であり、
勝負に勝つためのリーダー論である。
それに対して自分のリーダー論は「生き残る」(サスティナビリティ)ためのものである。
状況が悪い時でも何とかして生き延びるにはどうすればいいのか、
それを誰よりも深く考える人がリーダーであるという発想である。
勝ち負けではなくサドンデスにならずその上で少しでも良い状況になるためのリーダー論である。
2012年の現在はもはや右肩上がりの経済状況にはなく(この説明は今日はしない)、
右肩上がり状況を前提にしたゲームに勝つためのリーダー論では現実対応ができないと自分は考える。
その中でも危機に必要な資質がある。
危機とはどういう状況かというと、
想定された状況に比べて現実の方が著しく悪い状況である。
「あってはならない」状況が目の前に展開されている、それが危機である。
危機はリーダーにとって困難な状況に違いないが、
色んな危機の中で最も対応が容易なケースは、外敵出現による危機である。
外的に襲われないようにするという方向性が固まるので、
内部の結束が容易だからである。
しかし危機が外部ではなく内部事情によって引き起こされている場合や
周りの状況変化に対応しきれずに危機を招いている場合は困難さが増す。
「あってはならない」ということは、
自分の常識に照らして考えたら起こらないはずのことが起こっているのだ。
ところが内部要因が危機を招いている状況であればあるほど、
自分の常識では危機を招いている要因が見えないことになっている。
冷静に分析すれば危機の要因を特定できても、同じ環境にどっぷりつかっている人には見えていないことが多いのである(見えていない又は見ようとしない→改革を実施しない→危機を招く)。
この状況で「これは何かの間違いに違いない」と考えて思考停止状態になってしまったら
一歩も前に進まないことになる。
これでは危機に対応できない。
危機にあってリーダーに求められる一番の資質は、
今起こっている事態を冷静に見つめ判断する知性である。
更に時には自分の常識を変えなければならない状況ならば勇気を持って変えなければならない。
これが知的不調を乗り越えて行く思考力であり、最も必要でありながらかなり困難な資質でもある。
それができないリーダーなら組織はそのリーダーを変えるという荒療治もあり得る。
リーダーを変えることで多くの混乱が起こるだろうが、
組織のパラダイムを変える必要がある時はそういう荒療治もありうる。
生き延びるために求められる資質はいろいろあるけれど、
そのすべてを一人のリーダーが持っている必要はない。
足りないところは誰かが、サブリーダー的な人が保持していて、その資質をリーダーの求めに応じて発揮できれば良いのである。
生き延びるためには、主となるリーダーとそれを支えるサブリーダーで構成されるリーダー群で運営されてよいと思う。
そうすると諸々の資質の奥にある究極のリーダーの資質というものが見えてくる。
リーダーが生き延びるために活動しているように、
サブリーダーもその下に従っている人たちも生き延び生き残るために活動している。
彼らの究極の思いはただ一つ、このリーダーについていって良いのかどうかである。
「一緒にやっていける」と部下が思えること、これが究極のリーダーの資質である。