パソコンが欲しいよー。
つなぎっぱなしのネット環境も欲しいよー。


パソコンはありますが、5年前のノート(HD容量5GB
しかしネット環境はありません。
そういえば大学の生協のプロバイダに登録していた気がしないこともないな。
でもたぶん気のせいでしょう。
もしくは、もう契約が切れているのではなかろうか。

ネット環境について、今の気持ちは「あればいい」という感じ。
ISDNでいいんだよう。
で、いざ手に入れたら物欲は上へ上へといくんでしょう。
人間の性とはそんなものさ。


実は私、このブログの更新も、メールでのいろんなやりとりも、
いきつけの掲示板の書き込み等々…
それらすべてのことを学校のパソコンでやっております。
たった今書いているこの記事も学校で書いています。
ブログについてはモブログというのがあるみたいですが、機械音痴(パソ系音痴)な私には
そんなことムリです(-.-;)


いつでもブログの更新、訪問ができて、メールが見れて、
掲示板に書き込めて…

ああ、家でインターネットがしたい☆


本気で考えてみようかなー。
でも、学生生活も残すところあと1年ちょっと。
就職してからにするかぁ。
どうしよかな…

家にネット環境があったら、確実に出不精になってしまうでしょうね。
絶対、なる。
声を大にして言えます。

「私、ぜったい出不精になる!!」と。

最近、そうでなくても活動的ではなくなってきているのに…。
このままでは指先と目だけアクティブな人になってしまふ…。





























無論、それでもいい♪







等々、悶々と考えつつ、
それでは帰宅いたしましょう( ´ー`)y─┛~~
大学の講義、2限が休講でした☆
じゃないと、さっきの記事を書けるわけがない。
うちの大学は、2限が10:30~12:00ですから。

今日もまた、先生にぶっちぎられました(-.-;)
2限の講義は私と先生のマンツーマン講義なので、先生がぶっちぎったところであまり支障はないのですが…。
「大学の仕事が忙しくて、今日は休講にさせてください」というメールが、本当に直前に来ました。

そういえば、「サボる」ことを「ぶっちぎる」というのは方言なのかな。
北九州の方で使われますね。
「ぶっちぎる」というのはそういう意味です。
ですから、私の使い方は少々間違った使い方と言えます。
先生はちゃんと(ぎりぎりでありながらも)事前に連絡をしてきているわけですから。
でもなんとなく、「ぶっちぎられた」と言った方が私の気持ちを如実に表現しているような気がするので、そのように表現することにします。

先生のぶっちぎりは今日で何回目だろう?
6、7回はいっているでしょう。
前回は「徹夜で仕事をしてきついので休講にさせてください」でした。
…あらためて考えてみると、ブラボーな理屈だ

むむむ。
その講義は、私が毎週行政の文化振興施策について調査をして、それを発表していく形式ですので、休講になっても困ることはありません。
むしろ嬉しいぐらいです。
でもなあ、(一応)一生懸命調査をして前日の深夜までかかって準備しているのに、いきなり休講にされるのは、なんとなく納得できません。

大学の先生というのは、そもそもそういう人種なのかもしれない。
私のゼミの先生もそういう人です。

じゃあ、私も「深夜まで勉強をしてつらいので休みます」とか言ってみようかな。
言えるわけない。
立場が違いますからね。
まさに先生の特権だ。
それに、準備に深夜までかかるのは、直前まで私が何もしないせいだ。

まあ、そんな講義もあと1回。
月日が経つのは早いものです。
毎週毎週、調査をして発表なんて、できるわけがないと思いながらも、これまでやってきたわけです。
たまに先生の絶妙な、休講というアシストを受けながら。

しかーし、来週の最後の講義もこんなことならば、
そろそろプッツンいくぜ!?















何時代の言葉だろう
本日午前11時8分をもちまして、ブログタイトルを変更だー!!
よし来た☆
ただ今をもちましてブログタイトルを「黒い光に魅せられて」から、
「黒いダイヤに魅せられて」に変更いたします!!


やっぱり、ダイレクトに表現しないとですね。
本来は、石炭のことを「黒いダイヤ」といいます。
それをもじって「黒い光」だなんて、まったく、
聞きようによっては下ネタに聞こえるっつーの!!
だから変更しました。
直接的表現はやっぱり気持ちがいいですね♪

大規模な独り言だ…(-.-)



独り言が多い方もいますし、少ない方もいますね。
私は独り言は、うーん、少ない方だと思います。
気がついたら1日しゃべってなかったということも、
まあ本当にたまにあります。
昔、私のアパート(私が住んでいるアパート)の隣の部屋に住んでいた人は、とりあえず何があろうと独り言を絶やさぬ人でした。
笑顔を絶やさぬ人なら救いようがあるんですがね(._.)

言ってしまえばブログに記事を書き綴っていくことも独り言。
しかし彼は本当に独り言が多かった。
よくしゃべり、ときに歌い、またしゃべり。
彼が料理をしようものなら、声を遮断する障壁もなくまる聞こえです。

ちなみに、私のアパートのつくりは、キッチンスペースが隣の部屋とつながっているんですね~☆
共同キッチンという意味ではございません。
完全に別の部屋なんですが、左右対称につくられたキッチンの冷蔵庫をはめこむスペースがつながっておるわけなんです。
確かにはじめは面食らった。
でもすぐに慣れました。
今はそれが普通です。


…それは嘘です。よければつながっていないアパートに住みたい;;


なにはともあれ、隣人の独り言はすごかったよ、と。
それが言いたかったわけです。
いや、言いたかったわけでもない。
思いついたことを勝手に指が打ち込んでいっているわけだ。

彼のその日の晩ご飯、晩酌の内容、そのときどきのマイブームなど、すべては彼の言葉となって聞こえてきてました。
だから、「ははーん、最近は大塚愛が好きなのか」とか、
「今日はテレビに長渕剛が出てるのか」とかいった具合に、いろいろ知れたわけです。
今思うと、彼はサトラレだったのかもしれません。

まあ、確実に違いますけどね。
彼は同級生で友達ですから。
その彼は大学を卒業し、地元に帰って就職しました。



こんなこと言ってはなんですが、他人の秘密をこっそり探ることが大好きな私にとっては、なかなか楽しい生活でした。
一方通行で流れてくる個人情報。

と言っても、私はそこまでヤバイレベルではないので、あしからず。

聞こえすぎて嫌なときもありましたよ。
「なんか声が聞こえるけどAVかな」と思っていたら、振動が伝わってきたときとかね。



それにも慣れたけど☆
でございます♪
早くも1年が経ってしまった。
1年間が過ぎる体感速度は、年齢というより忙しさに比例しているのではないでしょうか。
本当に何もない1年を過ごしてみたい。
仕事も勉強も悩みも困ったこともない1年。
人間にとって、それは夢でしかないのでしょう。

しっかし年をとった気がしない。
でも公的には今日でまた1歳年をとったことになっているわけで。
まあ今日を区切りに「年をとった」と実感できる人は、装飾を錯覚できる、非常に人間的な人でしょうね。
そんな人は数少ないと思いますけど。

年をとるのは大人になることと同義ではありません。
それは誰もが知っていることでしょう。
年齢を重ねても子どもな人もいるし、若くして大人っぽい人もいますね。
何があっても騒ぐことなく、冷静で合理的。
大人のイメージはいろいろありますが、概して大人になるためには、ひとつの事柄にこだわることなく、切り捨てるときは切り捨てる判断をしていかなければなりません。
大人になるというのは諦めることの蓄積のようです。
まず大人になるということの定義づけが難しいですね。

大人になることだけでなく、人間が生きていくこと自体が諦めの蓄積で成り立っているのではないでしょうか。
目の前にあるすべての選択肢を選択できる人間はいません。
そして、すべての選択に表裏一体のように、諦めることは付き纏う。

日常にある諦め。
諦めなければ生きていけない。
人間は諦めることで成長し、最後には生きていくことを諦める。

「意志による選択は諦めではない」と言われるかもしれません。
それは錯覚かもしれません。
もしくは、諦めるという感覚が錯覚なのかもしれません。
人間はすべてのことに感情を付与したがる。
それらはあまり意味のないことです。
意味のないことが人間らしいということでしょう。

などと、わけのわからない思考の連鎖は止まることがないわけですが、とりあえず今日は私の誕生日です♪
ご飯食べてケーキ食べるぞ~!
あの、頭の上のあたりで手をヒラヒラさせながら踊る沖縄の踊りって何ていうんでしょう?
熟練者になると頭の上に一升瓶を乗せて踊っても、その一升瓶が落ちないという、なんかよくわかんないけどすごい踊り。
かちゃーしー???
は、違う気がする(-_-)

「あの沖縄の踊りを、ビデオを見て覚えて、教えて」と、ついさっき電話で言われてしまった。
その人から付け加えて「ビデオはこちらで用意していますので」とも言われた。

うん?


















じゃあ自分らで覚えなさい!!!


と言おうと思ったけど…まあ、言ったけど…とりあえず引き受けちゃいました。
サークルのダンスの振り付けをする都合で、踊りのネタは豊富に頭の中に入れておかないといけませんので。
最近、曲に振り付ける場合、ほとんどがファーストインプレッションです。(“ファーストインプレッション”の使い方あってるのかな?)

まあ確かに、私らの踊りは無ジャンルです。
だからといって便利屋ではない。
しかし、おもしろそうだから、サークルとしてではなく個人的に受けちゃった。
なるほど。
便利屋になるのは私個人か!!
そして、当日現場に赴くのはうちのサークルメンバーなんでしょう。
おもしろそうなことには、どこへだってついてくる奴らだから…。

にしても、行政関係は大変ですね。
その話の大元は行政なんです(そのはず)。
話をもちかけてきたのは婦人会(?)。
そこの言い分は、「自分たちで覚えてもいいけど、もう講師料を予算としてくんでしまっているから、それはなんとかして払わなくてはならない」ですって。
行政さんて大変なんですねぇ。
私なら、「支出が減った。らっきー」と言うこと間違いないだろうに。

しかし、ここで「人の税金を…」などと月並みなことは言いますまい。
なぜなら、その行政の都合のおかげで私らが潤うのですから…。



はー、なんか、これが学生の思考でしょうか?
おいしい臭いにホイホイついていく。そう純粋な(?)感じに考えれば、まあ学生っぽいかなぁ?というより子どもっぽいか…。
でも、違いますけどね。
もらえるもんはもらう!」という思考です。
使えるものは全部使って得をするという…あまり言うと自分の株を下げることになるのでやめておきましょう(汗)

学生闘争とかあってた時代の学生さんに見られたら、私はなんて言われるかな。
必死に日本の将来を考え、例えば60年安保、70年安保のときに、過激な方法になろうと信念を持って運動していた当時の学生たちの方が、現在の学生よりも純粋であるといえるのかもしれません。
“学生”と一括りに言われますが、彼ら一人ひとりは青春のただ中にいる、けして強くはない一人間だった。思春期ならではの内面の葛藤もあったでしょう。
確かに時代は変わっていますが、考えることを放棄しがちな者と必死に考え抜こうとする者、どちらが純粋なのでしょう?


“純粋だ”というのは、“単純だ”という意味ではありません。
彼らは複雑であるがゆえに、純粋だった。

























どういう締め方やねん
今回もまたまたサークルネタです。
昨日、私が所属するサークルの対おじさん連中の精鋭(つまり女子だけ)を集めたメンバーが、青年会議所の新春懇親会のステージに出演いたしました。

そのチーム名は、かの有名な女性グループ“モーニング娘。”に肩を並べる大所帯女性グループ“女子十二楽坊”をパクったものにしました。

その様子はどうであったか。
おっさんども、お酒飲むか挨拶してまわってるか大騒ぎしてるかで、
ステージをぜんぜん見てねぇの(-_-)
いい度胸だぜ☆

まあ、こちらとしては呼んでいただいただけで嬉しいし、光栄なんですけど…やっぱり皆に見てほしいです(-o-)

でも、昨日のステージは身内目から見ても、なかなか良い出来でした。

私はサークルの代表である以上、その場では(一応)きびしいコメントをしましたが、実際昨日のステージは出来が良かった。
初めて実戦投入した新曲もなかなか良かった。ちゃんとみんな振り付けを覚えてくれていたし(^o^)

最近、振り付けをよくするようになって、お客さんの反応ももちろんだけど、メンバーの反応が気になる。その分、喜んでもらえると人一倍嬉しさや楽しさを堪能できます。
だけど毎回、初実戦投入は緊張するなぁ…。

実際のところ、うちのメンバーはどう思っているんだろう?
私が代表だから遠慮して何も言えずにいるではないだろうかー。
気になる。
振り付けや楽曲で気に入らない点は言ってほしいなぁ。
でも少し怖いので、まだ今はここに書き綴るだけ。
昨日、テレビに出ました(「ピース」っていう九州のローカル番組)
私が、ではありません(T_T)
私の所属するサークルが、です。

今までも何度かテレビに出たことはありますが、それらはニュースがほとんどでした。
あ、そういえば、成人式の開式アトラクションに出たこともニュースで流れていたなぁ。
テレビラッシュか?(2本だけだけど。)

でも、「ピース」出演は今までとは意味が違うのだ。
それは視聴者の年齢層が違うから。
夕方のニュースの視聴者なんて、ほとんどが中・高年層の方々。
しかし、「ピース」は違う。この番組を見ている年齢層はほとんどが私と同年代、もしくはその周辺。
メンバー増強策(特に男メンバー)を試行錯誤している現状において、同年代がたくさん見ていると思われるテレビ番組に出演したことは、真に意味深きものでございました。

にしても、私が出れなかったこと、この一点が悔しいのです。
確かに、私はテレビや新聞紙面に出ることがあまり好きではありません。
その理由はわからないのですが、なんとなく好きではないのですね。
なので、今まで幾度かテレビや新聞紙面に出ることはありましたが、自分から好き好んで「私、載ったよー☆☆☆」などと宣伝することはありませんでした。

しかし、昨日の番組は、これまでの出演した番組とは違った。
番組のなかの「キャンパーサーさやか」というコーナーで、ほとんどメインとして扱われていたんです(自惚れ?)。
テレビ出演があまり好きではない私でも、今までのチョイ出とは違う、まるでメインのような取扱いは、されてみたかったなーと思いました。
うーん、この気持ちは悔しいというより羨ましいだな。

愚痴ばかりになってしまいました(-_-;)
昨日テレビ出演したメンバー、お疲れ様でした。
実際に取材に来たのは去年の暮れでしたけど、とりあえず、お疲れ様でしたー(-.-)

それにしてもあのコーナー(「キャンパーサーさやか」)、展開がダルかったなあ。同じカットの使いまわしが多かった。それにCMも多かった。ただのつなぎのコーナーなのかな。
と、批判的なのも自分が出れなかったからかもしれない…虚し(ToT)

すねてても何も実りがないので、ここらで一発気分を切り替えるかー!
あまり普段からお酒を飲む方ではないので、ビリヤードゲーセンにでも行って遊んでやるぞー!ちきしょー!!(変化なし)
さて、年が明けました
どうでしょう?1月4日ともなれば、もう普通の生活リズムになっているのが日本人のデフォルトなんでしょうか。

やっぱり正月明けは眠いですねぇ。
たっぷり寝ているのに、生活リズムがずれているから、テンションも上がらないし、だらだらと眠い。今はバイト中ですが、暖房ががんがんに効いているので眠い眠い。
あ、そんなこと言っていたら暖房が切れた。なんでだろ?

昨年はいろいろなことがありました。
ここに書けないほど様々なことがあった。
ですから、ひとつも書かない。

BUT,今年の抱負は書かせていただきます。
今年の抱負は「就職する!」です。
厳密に言えば「就職先を見つける」かな。
まだ学生ですから。

正月明けて早速、就職活動のことを考えるなんてなんだか気が重いなあ。
しかし避けては通れぬことだ。
あと数日、「正月明け」と呼ばれる期間内に気合いを入れねば(-_-;)

学生の人はお年玉をもらえるのが普通なのでしょうか。
私はまだ学生なんですが、年々、20歳も過ぎてお年玉をもらうのが心苦しくなってきています。
「子ども扱いされたくない」という意識はありません。
でも、なんだか、だんだん「もうオトナなんだし、もらいにくいなぁ。。。」と思うようになってきました。
みんなはどうなんでしょう?

お年玉の話をもう一件。
私はもうそろそろお年玉をあげる側になるんじゃないかなーと思うんですが、お年玉をあげるようになるのは、いつからなんでしょ?
就職してからかな?
こんなことを考えていると、正月の従妹の視線が痛く感じられます。
がんばります。
がんばって就職して、従妹どもにお年玉をあげられるようになります(T_T)

オトナたちはすごいですね。
子どもたちが楽しみにしている年中行事は、オトナにとっては支出日ですものね。
そうか、これも子どもとオトナの違いか。
ふーん、いやだいやだ。
あ、でも、若いカップルにとっては、クリスマスだけは違いますね。
まあなんにしても、財布的には正月が一番の痛手となることは間違いない。

とりとめのないことを書くのが癖です。
今回もそうなりました…。

なにはともあれ、今年もがんばるぞー!
本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m
あとわずか
あああとわずか
「宝塚」

語感重視です。
「宝塚」は今後も続いていくでしょう。

今年もあとわずかとなりました。
年末ということで、いろいろ忙しくされている方もいるんでしょうねぇ。
アパートで一人暮らしをしていると、そのへんの意識が鈍くなってしまいます。
勝手に年が明けていく…。

去年の年末は、30日に実家に帰りました。
実家に帰った翌日、つまり大晦日、大掃除がまだ終わっていないうちの状況を見て見ぬふりをした父親に、「ラストサムライ」を観につれていかれました。
車を運転していたのは私なので、正式には「ラストサムライ」を観につれていかされました。

今年は去年を省みて、早め(29日)に帰ろうと思います。
でも私は帰っても帰っただけ。親孝行はどうやったら成せるのでしょう。
まず目の前にある親孝行要素は、大学を最短で卒業することかな。
そして就職もバリッと決める。
目に見えることだけでいうと、そんなところかな。

年齢を重ねるごとに、1年過ぎ去るのが早く感じられるようになっていくといいますが、今年はもう本当に早かった。
忙しかったからかなぁ。
今年は私の人生のなかでのベストラップをたたき出したことでしょう。

私の実家は、パソコンに代表されるハイカラなものの存在確立が一様に低いので、次回ここを更新するのは来年になるのかな。
あ、でも、携帯からも更新できるんですよね?
自身がまったくないけど…(^_^;)

年末間近になってアメブロに登録をして、お二方に読者になっていただきました
文章は苦手なのですが、書くことは好きなのです。
だから、更新するのが楽しい。更新頻度は低いんですが…。
インターネット環境が学校にしかないもので。
それも携帯から更新すればいい話になりますね。

なにはともあれ、今年のラスト近くになって面白いものを見つけた気分です。
いや、実際面白い
いろんなブログを見ていくと、「やっぱり人は多種多様だなー」と思います。
個性はがんばって出すものではないな、と。

来年はがんばらなくては。
毎年そう思っていますが、来年こそは本当にがんばらないと。
来年は将来につながる年ですので。
…将来につながらない年などないですね。
来年は論文を書かねばなりません。
時期的にはこちらが先になるんですけど、来年は就職活動もしなければなりません。
今から考えてもプレッシャーです(;_;)

来年のことを言っていると鬼が笑いますね。
じゃあ考えない。…あと5日ほどはね。うー。

今年もいろいろありましたけど、私に関わったすべての人にこの場でお礼を言いたいです。
今年1年、ありがとうございました
読者になってくれたnaokinosukeさん、nanatanさん(あいうえお順で失礼します)、
本当にありがとうございます&今年はお世話になりました。
来年もどうかよろしくお願いいたします。

このまま何もなく今年が終わりますように。
そう言ったら何か起こる、ということを期待しながら…
この間カラオケに行きましたー♪

私の後輩が絶体絶命(山口百恵さんの曲)を歌っていました。
どうやら彼女はカラオケに行く度に、結構この歌を歌っているそうです。

なぜよりにもよってこの歌を歌うのか?
その理由として、
1.ウケ狙い
2.単純にこの歌が好き
3.自分に同様の経験がある
4.知人に同様の経験がある

大きく分けて、この4つのケースが挙げられると思います。

彼女の歌い方は結構マジ…。
うん、とりあえず1は違うね。
2は、まああり得るとは思うけど、おもしろくないから却下
残るは3か4。
三角関係は、知人の範囲にまで広げて探すと
わりと見つかるものである。
知人にそんなことがある度に歌っているのか。
それも違う。
なぜなら彼女は毎回歌うからだ。
それに彼女は、三角関係にある知人を常備しておくようなファンキーな人ではありません。
うーん、そうか、仕方ない。
3に決定ですね。

そうかー。自分にそんな経験があるから、カラオケに行く度にこの曲を歌ってたのね。
忘れられない若き日の過ち、か。
まだまだ若いながらも修羅場をくぐってきたわけだね。



…待てよ。ははーん、なるほど。
ということは、カラオケに行く度に「勇者王誕生!」(勇者王ガオガイガーのOP曲)を歌う私の友達は、






勇者王の経験があるのか!!!