意と、

信頼と、

優しさと、

裏切りと、

それに利害と道徳と倫理と、

そんなものの微妙なバランスを保って、

人の間で生きていかなくてはいけません。


言いたくないことを、

言わなくてはならないときがあるように、

つきたくない嘘をつく。

つかなくてはならない。


そんな嘘、

つきたくないのだから、

つかなければいいのに、

そんなものの微妙なバランスで、

つかなくてはいけないように思ってしまう。


それが、

世の中の常識に縛られて、

そうすることが当たり前のように思ってしまう。


そんなことないのに。

気持ちの問題なのだから、

解決は気持ちですればいいのです。

好意の問題なら好意で解ける。

というより、

答えは始めから出ている。

問題を認識するより少し早く、

答えが先に出ている。

しかし常識や、

道徳や、

そんなものが邪魔をするから問題を認識してしまう。


バランスを崩して、

衝動的に答えを出しても、

それはうまくできたもので、

また違う配分でバランスを取り戻す。

そんな気もします。


問題を必死で考えて、

そうしつつも、

非常に常識的な判断で、

嘘をつきました。

答えは最初から自分のなかにあったのに、

世の中が用意した答えを使いました。

当たり障りのなく、

ちゃんと現状維持ができ、

それでいて確実に変化を誘う、

そういったものでした。


小さな存在の曖昧な態度が、

時間を止めてしまう。

分岐点で立ち止まってしまう。

苦しい嘘で、

「時が動き出す」なら、

それでいいのです。

 in 地元。


久しぶりに地元に帰ってきました。

いや、そう久しぶりでもないかな。

前に帰ったのは正月の時でした。


ここは岡山県の片田舎。

中国地方の真ん中にどんと構える中国山地、

その只中に私の地元はあるもので、

もうまさに周りは山、やま、ヤマ。

私の実家がある場所は一方の山の麓で、

ここから歩いて5分で他方、反対側の山の麓に着く、

そんな場所です。


皆さんは地元に帰ったとき、どんなことをしますか?

私の大学の友達の一人は、

地元に帰ったときはとりあえず、

高校までの友達と遊びまくるらしい。

実家で食事はせず、だから実家へは寝に帰るだけ。

そういうのもいいかもしれません。

私は実家に帰っても、あまり友達と会いません。


うーん、「会えません」と言った方がいいでしょうか?

なにせ、私は地元に帰る期間が毎度短いのです。

今回は特別に短く、3日間。
このプランではなかなか友達と会うのは難しいのです。

ましてや今は盆。

両親の実家訪問もあるし、お墓参りもあります。

それにもちろん家族団欒もしなければなりませんね。

そんなことをしていると、

3日間など余裕で過ぎ去ってしまいます。


ちなみに、今日はその3日間のうちの2日目。

12日から13日になる境の頃に福岡県を車で出発し、

道中で休憩をしつつ岡山の実家に着いたのが、

13日の午後2時頃。

実家でしばらく母と談笑していると父から電話が。

「今パチンコで勝ってて、玉を分けてやるから早く来い」。

呼び出されて近くのパチンコ屋に行きました。

車で夜を越して帰ってきた息子を、

いきなりパチンコ屋に呼び出す父親。
「酷い父親」だとは言いません。
むしろ、「あの父親にしてこの息子あり」といったところ。

(使いどころがちょっと違いますが…)

要するに、私は父に似ているな、ということです。

だからほいほいとパチンコ屋に出向きました。

…勝ちました(・v・)


徒然と書いてきました。

私に残された地元での時間はあと1日。

地元で元気を補給するどころか、

疲れを溜め込むために帰ったような感じですが、

それでもいいのです。
表に出して言うことはありませんが、

特に私の父は、私に帰ってきてほしいようなので。

これで私の学生最後の帰郷となります。

冬は研究で忙しくなるので帰れぬでしょう。

それが過ぎれば卒業、そして就職です。

就職活動の成果は北九州市に本社がある、

冠婚葬祭業の企業です。
次に地元に帰るのは春か、

それを逃せばいつになるかわかりません。


とりあえず、あと1日を充実させます。

といっても、何か特別なことをするわけでもありません。

例年の通り、父の実家に行き(母の実家は近い)、

お墓参りなどをしながら過ごし、

夕方には(私の家に)帰ってくる。

そして15日深夜か、16日未明に私は実家を出発。

16日正午までには福岡県に着く。

特別なことをせずとも充実させることはできますし、

そうすることが逆に意味がある場合もあります。

今回の帰省はそれに当てはまっていると感じます。

だから、その通りに、そうします。



皆さんも、何もせず意味のある帰省を。

いうのは、正しくありません。

正しくは、今まさに花火大会の真っ最中だ!!

というのが正しいです。


今もたまに花火の音が聞こえます。

20kmほども離れているのに、花火の音というのはよく響いてくるものですね。

花火の音は好きです。

これぞまさに空気の振動だ、といわんばかりの極低音で、

お腹にズドンとくるあの音、いいですよね。

花火大会の最中に敵国(どこか知りませんが)が攻めてきても、

気づくのに時間がかかりそうな、そんな音ですよね。

そんなことはないですよね。


私、花火の音はそれはもう、

喉から手が出るくらい(日本語大間違い)好きなのですが、

では花火大会が好きなのかというと、そうではありません。

私は人ごみが嫌いです。

なぜか大学に通うようになった頃から、人ごみに酔うようになってしまって。

体質変化でしょうか、そうなってしまったのです。

というより、大学入学以前はそんな人ごみのなかに行ったことがなかったという、

そんな単純なことかもしれません。

つまり、それまで単に気づいていなかっただけ、というお間抜けな話。

どれが本当かわかりませんが、どうでもいいです。

とりあえず、私が人ごみに酔うという事実に変わりはないので。


ずっと考えていたことなのですが、

「人に酔った」状態というのは、どういった状態なのでしょう?

私は、人の多い日曜日の繁華街(表現が古い)に出かけると、

もう息苦しくなってしまって、頭がぼうっとしてきます。

なぜ自分がそうなってしまうのか、その理由を考えると、

直感的に「人ごみのせいだ」と思うので、

私は人ごみに酔う体質なのだと考えているわけなのですが、

実際のところ、「人に酔った」状態の一般的な症状は知りません。

ですから、私が勝手に納得してきた「人に酔った」状態というのは、

案外ただの勘違いなのかもしれませんね。

うん、本当はどうなのだ?



そういえば、今日、私の通う大学に、

“ヤンキー先生”こと義家弘介先生が講演に来られました。

確かテレビドラマ化もされたはずです。

ヤンキーであった過去を背負い、それを乗り越え、

その経験から得られた教訓をもって、

子どもを温かく指導し、育てていく、いい先生だと思います。

などといいつつ、私が“ヤンキー先生”について知っているのはそれくらいです。

なんと薄い知識でしょう。

そんなに彼に関心がないからですね。

私は“ヤンキー先生”よりも“夜回り先生”の方が気になります。

そういえば“夜回り先生”はもう現職の教員ではないので、

言ってしまえば“夜回りおじさん”ですね。

確か本人もそんなことを言っていました。



とりとめもないことを徒然と書き綴ってしまいました。

私は今日の花火大会へは、人ごみを嫌って出向かなかったのではなく、

バイトがあったから行かなかったのだし、

“ヤンキー先生”の講演にも同じ理由で行きませんでした。

だから何なのかと問われても、答えることはできません。


最後に、本当にどうでもよく、かつ日常生活に深く関わる一言を。



最近の私のエンゲル係数 高っ!!

は今日、行政主体(あらためていえば「違う」といわれるでしょうが)の

ある構想の策定委員会に出席しました。


それは、私が住んでいる「市の再生はこの構想にかかっている」と

市長がいうくらい重要な構想の策定委員会だったみたいです。


なぜ一介の学生である私がそのような委員会に出席できたかというと、

もちろん、私のゼミの先生の力が働いたからです。

私の修論のテーマにつながる内容が話し合われるということで、

先生に口添え(用法合ってる?)をしてもらって出席できた次第です。


その委員会で話し合われていたことは、

まあ一言でいえば「まだスタートライン手前」といった内容でした。

まず、委員の皆さんは、自分たちがなんのために集められたのかわかっていない。

第二回の委員会だったのですが、

未だ自分たちが何について論議すればいいのか、

という基本的なことや、

その委員会の仮題について、

「本当にこれでいいのか」といったことの話に

今日の委員会の時間のほとんどを費やしてしまっていました。


この委員会を設置しようとした者、つまり行政(動かされているのかもしれませんが)が、

はっきりと(仮のものであれ)この構想の終着点を思い描いていない。

しかも、この構想で話し合い、計画を策定し具体的に実施していくべきものは、

市の再生という大きな目標に向かっていくものということ以外は、

それがハード面に重点を置くのか、ソフト面に重点を置くのか、

それすらこの第二回の委員会で決まらないほどに、

出発点が曖昧なまま始まっている。

以上が、今日その委員会に出席してみて感じた率直な意見です。


委員の皆さんのなかには様々な思惑があり、

それらが錯綜するなかで市の再生を考えていくという、この委員会。

前途多難だなぁ、と勝手に心配してしまいました。

委員の皆さんも、まずは何を話し合えばいいのかわからない、

といった感じで戸惑っておられましたし、

なかには「実りのない議論に費やす無駄な時間は持ち合わせていない」

という意味の発言をされる方もいました。


委員会の設置、議論の場を設けることも論文を組み立てる場合と同じで、

まず明らかにしたいことを決め、検証するための仮説を立て、

それにもとづく方法を定めて進めていかなければならないのですね。

ただ人を集めて、さあこの場から何か創り出そう、といっても、

それはなかなか難しいことです。


で、いったい私はその委員会にどういう役割をもって臨んだか。

それは、私の所属するゼミの先生の話を、

パワーポイントを使ってサポートする役割なのでした。

実際にやったことといえば、クリック7回。

スライド数はなんと1つ。

先生の指示に従ってカチカチやっていただけなので、

私の実質稼働時間は10秒にも満たないものでした。

なんか、委員会が開かれている2時間はとても眠かった。

当然ですね。

話を聞く以外、ほとんど何もしていなかったのですから。


ちなみにうちの先生はその委員会の委員長です。

今日のその委員会のなかでの議論を簡単に図式化しますと、

この(そしてこれからの)話し合いから、

実質的に何か実になることが出るのか、と問う大半の委員に対して、

少数の熱意をもった委員(私のゼミの先生もこれに含まれる)が、

情熱的にこの委員会の意味を述べる、というものでした。

論理に対して感情。

冷静に対して情熱。

こう言ったら怒られるかもしれませんが、私はふとそう感じました。

そして、帰りの車のなかでも、私のゼミの先生と、

他に招かれていたうちの大学の他学科の助手の先生との間で、

同じようなやりとりが行なわれていました。

助手の先生の口ぶりは、どうなってもいい、といった感のするものでしたが。


これからどうなっていくのやら。

一抹の不安を感じつつ、私はこれから4、5か月ほど、

委員会に出席し成り行きを現場で見守らなければならなくなりました。


およよ。

ごく前にここで紹介したんですが、「青春たまて箱」というイベントがありました。

4月17日に開催しました。私はメイン司会をしました。

そういえばその開催後記を書いたなあ。


そのイベントの打ち上げをすごく手遅れなくらいに遅いタイミングですが、

次の日曜にすることに決定しました。

いやあ、長かったね。

うん、まさに手遅れ。


それはなぜかというと、「第二回青春たまて箱」の開催が決まってしまったからです。


これははっきり申し上げてショックだったわ。

大学院の修士論文中間発表を前にしているこの時期に、

そんなに忙しくなりそうで、そしてとても楽しそうな話をもってくるんじゃない!Kさん!!


でもどうやら、第二回は小規模に開催するらしい。

というより、本当はKさんがバンドを中心としたイベントを

ちょっとしたホールのあるバーでやることになっていて、

どうせだったら異色なやつらも集めて一緒にやったらどうよ、

って話になったらしく、

え、それって「あおたま」(青春たまて箱の略)じゃん?

みたいな話の流れだということでした。


この書き方は誤解を招きますね。

実際に私はその場にいたんだから。

そう、そういう話の流れでした。


そしてKさんというは、このイベントの発案者であり、

プロデューサーというかプロモーターみたいな位置づけの人です。


要するに、私がここで何が言いたいかというと、

Kさん、イベント名を使い回ししないで!

ということ。


「第一回あおたま」のときには、力が足りなかったとはいえ、

それを成功させるためにできる限りの努力をしました。

私は形だけでもメイン司会をしたしね。

そういえばテーマ曲に振り付けもしたな。

まあ、そんなこんなで、「あおたま」というイベントには、

私は少なからず愛着を抱いているわけです。


それが、いきなりの第二回開催決定だなんて。

しかも取って付けたように。

こういうときに使う言葉だったんですね、

「取って付けた」という表現は。


学生中心で開催していた「あおたま」は私たちの手を離れ、

私の「あおたま」司会連続出場の記録は一回でストップ。


つまり、現在の私の筆を走らせているのは、

修論中間発表前という混沌とした心の海の底から浮かび上がってくる

単なるエゴであるのだな。


「第二回あおたま」に関しての話し合いの席で請われた協力は、

私たちのサークルがそのイベントに出演することでした。

それはそれで気合い入れなければならないことなんですけど、

イベントをまわすことに比べたら、

こんなこと言っちゃだめですけど、楽勝です。



なんだ、不完全燃焼が約束されているから落ち着かないのか、私は。

ついに10回



記念すべき回こそ言葉少なく本編に入りましょう。


もうぜんぜん見当がつかない方向に行きつつ、

いちおう最後のシメというかオチに向かいつつ…。


とりあえず第10回、始まります。


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「おねえさん、そりゃ本当かい?」

彩都が小粋なのかどうなのかわからない口調できき返した。

「『本当かい?』って、お客さん、ラジオ聞いてないの?」

「ああ、ラジオね。うん、ぜんぜん聞いてないよな?」

「ああ、聞いてないな」

そう答えながら、私はラジオを聞いて情報を収集することなど

考えてもみなかったことに気づいた。

そう、この時代のメディアはラジオなのだ。

私の仕事は、何も人に聞き回って情報収集するだけではないのだ。

最新かつ確かなニュースは新聞かラジオ、もしくは活動写真か。

終戦間近のこの状況で、それらメディアの発信する情報が

どれだけ信頼できるものなのかはわからないが、

その問題は置いておいて、とりあえずラジオは聞いてみようと思った。


「はっきり言って、この国は負けるよ。

 全国の社会状況なんてわからないけどさ、

 この街を見るだけでそれがわかるってもんだ」

そう捨て台詞を残して、ウェイトレスは店の奥へと消えた。

あのウェイトレスも彩都と同じようなことを言った。

もう誰もがそう思っているのだろうか。

K氏の言ではないが、この場に憲兵がいたら

このウェイトレスも引っ張られるだろう。


ウェイトレスの後ろ姿を目で追っていた彩都が

こちらに視線を戻しながら、

「さて、これからどうするんだい?」

と言った。

そう尋ねられても、私には何も思いつかない。

「さあ、どうすればいいんだろう?何かないかな?」

それが本心だった。

「そう言われても、俺にはあんたが

 何をしているんだかわからないんだから、

 助言のしようもないだろう」

確かにそうだ。私はいまだ彩都にそのことを話していない。

話せるような内容でもないし、話しても信じてもらえないだろう。

しかし、私が何をしているかも知らないでここまで付き合うというのは、

やはりこの男には何かあるのではないかと考えずにはいられない。


食事をし、一旦宿に戻った。

そういえば、と思い、部屋に備え付けのラジオのスイッチを入れてみた。

チューニングの必要はなく、控えめな音量で

けして鮮明とは言えない音声が流れてきた。

よく聞くと今朝聞いたK氏の声である。

国民に向けてのメッセージだろうか。


「国民の皆さん、こんにちは。

 私がこの場でこの話をするのはもう何度目でしょうか。

 しかし聞いてください。戦争はもう終わります。

 この度の戦争で、敵味方に関わらず多くの尊い命が犠牲になりました。

 私は今朝、『こんな馬鹿馬鹿しい殺し合いは早く止めるべきだ』と

 青年に言われました。

 確かに過激な発言です。しかし間違ってはいない。

 天皇陛下のためとはいえ、命を粗末にすることはもう止めましょう。

 戦争は人間の行為のなかで最も愚かなものであると、

 もはや誰もがわかっているでしょう。

 私がこの戦争を終わりにします。

 そして国民の皆さんが安心して暮らせる世の中を、

 ともにつくり上げていきましょう」


K氏の言葉はそう締め括られた。

「おお、俺の話が出てきたぞ。な、名言だっただろ?」

彩都は嬉しそうにベッドの上をごろごろと転がっている。

「だが過激だったよ」

「いいんだよ。過激だとか不敬だとか、

 そんなもの名言の前には意味のないものだ」

彩都は意味不明なことを口走り、益々上機嫌になったらしく、

転がりすぎてベッドから落ちてしまった。


「何がそこまで嬉しいのかわからないが、

 私はこれからもう一度首相官邸に行ってみようと思う。

 彩都はどうする?」

彩都が鼻をさすりながら答える。

「もちろん俺も行くさ。俺の言葉をラジオで紹介してくれたんだ。

 ちょうどもう一度会いたいと思っていたところだよ」

ラジオの熱狂的なリスナーの心境と似たものだろうか。


彩都はとにかく上機嫌で、車の運転にもそれが表れ、

今朝の首相官邸までの移動時間の記録を塗り替えた。

「そんなに急がなくてもよかったんだが」

私が車から降りながらそう言うと、彩都は

「急がばまわれと言うけど、たまには最短距離というのもいいだろ」

と応えた。


首相官邸の前にはもう朝のような人だかりはなかったが、
それでも数人が開かれた門の外側に立ち、中の様子を窺っていた。

朝と同じように門のところに二人の男が官邸に背を向けて立っている。

朝はK氏のボディーガードのように見えたが、どうやら本当は門番らしい。

「お忙しい人は、やっぱりこんな時間には顔を出さないのかな」

同じように中の様子を窺っていた彩都がそう言ったとき、

軍用車が私たちのすぐ背後に止まった。

陸軍所属であろう軍人が運転席から転がり出るように降り、

そのまま門を駆け抜けようとして門番に止められた。

「なんだ、一体どうしたんだ」

門番は軍人を止めながら尋ねた。

「とにかくK氏に会わせてくれ!電話で連絡は入れてある。

 重要機密事項を伝えに来た!」

その男はなんとか門番をふりほどこうともがいていたが、

途中で諦めて代わりにこう言った。

「ならばあなたがK氏に伝えてください。

 本来なら人を介してはならぬものですが、この情報は時間が勝負だ。

 通信機器で伝えることは米軍や宮内庁に

 傍受される危険性があったので避けたのだ」

「わかりました。必ず伝えます」

門番の一人がそう言うと、軍人は小声で門番に情報を伝えた。

軍人は興奮していたのだろう。

誰にも聞かれまいと気をつけたのであろうが、私には聞こえてしまった。

いや、私に聞こえたぐらいの内容なら、

その場に居た人間全員に聞こえていただろう。

聞こえたといっても、すべてが聞こえたわけではない。

しかし、いくつかの単語は明瞭に聞き取ることができた。

それは、連合軍、長崎、新型爆弾、である。


to be continued…

父の日ですね。


私の父親はどこにでもいる、まるでふつうの・・・

などと言うつもりはありません。

父は父で、私にとっての父もまたひとりです。

風貌は親類には似ているでしょうが、

行動はといえば、誰に似ているわけでもなく、

もし似ているとしていても

私は他家の父親を深く観察したこともないので

もちろんわかりません。


私から見れば、私の父は古い価値観を持っていると思います。

それは、固定的な夫婦の役割だとか、「朝は味噌汁だ」とか、様々です。


うちは私と妹の二人兄弟だったのですが、

息子、娘に対しても無関心なのか放任主義なのか

わからない態度でした。


ですが、稀に父親らしく、私たちを叱ったり、

注意したり、または励ましたりしてくれました。


本当にありがたかったです。



しかし、そういうときはきまって

女言葉でしゃべるんです。

「~しなさいよ」等。











なぜだ、父さん。

4月17日、前回の記事で紹介したイベント“青春たまて箱”が

F大学内コンサート広場にて開催された。

 

一時は降雨も心配されたが、開催当日の3日前ほどから

週間天気予報で晴れの予報となり、いよいよ迎えた17日の朝、

快晴という表現が相応しい澄み渡った青空の下、イベントはスタートした。

 

通称“あおたま”と呼ばれたこのイベントだが、

“出てこい!BIG!青春たまて箱”というのが正式名称。

携わったのは地元地域のボーカリスト養成スクール関係者、

F大学の学生やOBらで、まさに学社融合のひとつの成果であるが

本人たちにはそういった堅苦しい意識はなく、

同じ気持ちをもった仲間と一緒にイベントをつくりあげようという、

若者らしい元気で純粋な態度で準備に臨んでいた。

 

来場者数は予想を下回る結果となったが、スタッフたちの表情は明るい。

「お客さんの数が少なかったなら、それはPRが足りなかったということ。

 それより、自分たちの力でこれだけのイベントをつくりあげることが

 できたということが、まず嬉しいです」

と、スタッフの一人は語る。

来場者数が振るわなかったことは確かに残念なことであるが、

スタッフはそれを前向きに捉え、次回へと繋ごうとしている。

 

今回のイベントはスタッフや出演者たち、そしてF大学周辺地域においても

初めての試みであった。

初めてであるからこそ、それを成功させるため、スタッフ一人ひとりが

これまで培ってきたノウハウを活かし、 全力で臨んだ。

その一人ひとりのノウハウや経験がなければ、スタッフが一人でも欠けていれば、

“あおたま”は実現しなかっただろう。

人と人、人と地域のつながりを感じることができる、いいイベントだった。

 

いよ             !!

ひさびさにUPです。

 

いや、休みすぎた。

空白の2週間(ぐらいかな)ですね。

 

 

えっと、前に書いたことですが、

私の通っている大学の新入生相手にイベントPRをするにあたって、

どうやったら彼らの度肝を抜けるか、というか、印象に残れるか、

ということについて作戦を練っていたわけですが、

その結果について報告をここに。

 

 

4月6日、F大学新入生歓迎オリエンテーションにて私は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり女装しました        !!!!!

 

 

 

 

 

だって、他に何も思いつかなかったんですもの。

 

 

 

 

 

アイデアを捻り出すことを応援してくれ、

私を「軍曹」と命名までしてくれた うっちーさん、

私のインスピレーションが不甲斐なくてすみませんm(_ _)m

 

 

終わってしまったものはしょうがないよね。

 

ちなみに衣装は浴衣でした。

桜模様。

 

 

 

 

 

そして、来る明後日はそのイベントの日でございます!!

もうなにがなんでもやらなきゃです。

なにせ女装までしたんだからなぁ!!!

 

あと2日間しかないのに、まだまだPR活動の真っ只中。

昨日、今日と、学生でごったがえす昼休みの大学生協で、

生協委員からマイクとスピーカー借りてPRしました。

 

昨日は「なんだこいつら」みたいな目で見られてたんですが、

今日はPR終了と同時に、ご飯食べてる学生から拍手が。

こんなことで感動するのは単純な気もしますが、嬉しかったな。

 

でもなんでイベントの宣伝して拍手をもらったんだろ?

 

拍手はいらない。

当日来てくれるだけでいい。

 

などと面白くないことは言いません(手遅れ)

 

 

 

なにはともあれ、明後日だ。

眠れぬ日々が始まる。

 

だいたい小さいイベントでも前3日間は寝不足状態になりますね。

どれだけ余裕をもって準備していても、

なにかしら出てくるもんです。

と言っても、私が深く関わったイベントなんて

片手で数えられるくらいなんですが。

 

 

では明後日がんばります!!

「青春たまて箱 2005」実行委員会、

当日ディレクター兼司会のがお送りしました!!!

 

 

 

イベント名を実名で出しちゃった。

それくらい良いよね。

終わりません


なんか話が勝手に膨らんで…
っていうのは前にも言ったんですが、
本当にもうどうにでもなれっていうほどに
話が膨らんでしまっているので、
最近はサボり気味な更新です。

さてさて、今回から伏線(と言えるかどうか微妙)
を顕在化させてみようかな、
とか新たな伏線を引いてみようかな、
とか考えていますが、気が赴くまま勝手に書いていくので
どうなるかはわかりません。

ではまいりましょう

***********************************************************************

「おい、いい加減に起きたらどうだ。
 首相官邸に行くんだろう?」
彩都の声で目が覚めた。
どうやら昨日の酒場での情報収集が一段落した後、
近くに宿を取ったのだろう。
起きた瞬間、自分がどこに居るのかまったくわからなかった。
部屋のインテリアにもまったく覚えがない。
昨日は珍しく飲みすぎたようだ。
それに慣れない時間旅行で疲れていたのだろう。
おかげで夢も見ずにぐっすり眠ることができた。
私は夢の始まりで自分が眠りに入っていくことを自覚する
ほどに夢を見る質なので、まったく夢を見ない眠りからの
目覚めというのはなかなか新鮮だった。

「ああ、そうだな。もう出るかい?」
私はできるだけ寝起きの声には聞こえないように発声した。
彩都に起こされたのだから、そうすることはまるで無意味である。
覚醒した印象を与えようとしたのだが、
それこそ寝惚けたことをしてしまった。

「ああ、出ようぜ。昨日聞いた情報によると、
 Kさんは毎朝官邸の前で市民の声を聞く機会を設けているそうだ。
 今から出れば、まだ間に合う」
なんだ、私より私の仕事に向いているのではないか。
というより、やはり私の目的を知っているかのような言動だ。
そういえば、昨日の記憶があまりない。
何かまずいことをしゃべってしまっただろうか。
「昨日、私は何か言っていたか?」
「いや、宿を取るかどうするかって言っているうちに
 酒場のテーブルで寝ちまったんじゃないか。
 しっかりしてくれよ、お客さん」
「彩都、私は君の客じゃないよ」
未だあまり頭が働いていないなか、意味不明なことを言いながら
私は出発の準備を始めた。
「いやだな、お客さん。
 昨日一蓮托生だって言ってくれたじゃありませんか」
彩都が卑しい声を出す。
「それは君の想像のなかでだろう」
私は口の片方を吊り上げながら言った。
準備は完了していた。
彩都は上機嫌そうに勢いよく立ち上がって言った。
「だな。さあ、行こうか」
その言葉が合図となって、二人で部屋を後にした。
時刻は午前8時15分だ。
広島への原爆投下はどうなったのだろうか。

首相官邸までは他愛もない話をしながらの道中だったので、
何分かかったかは記憶にないが、さほど大した距離ではなかっただろう。
仕事柄も手伝って人見知りの激しい私も、
どうやらこの男には心を許してきたようだ。
私は、私が他人と世間話ができる人格だということを
久しぶりに思い出した。

彩都は首相官邸の塀に車を寄せて停めた。
数十メートル先に門がある。
そこに人だかりができていた。
どうやらK氏が出てきているようである。
人だかりの近くに行ってみると、さすがに騒々しい。
背伸びをして前方を眺めてみると、
門柱の間に立っているK氏が確認できた。
ガードが二人付いている。

人々は次々にK氏に質問をしている。
国策のことから戦況についてなど、様々だ。
それら一つひとつに丁寧に対応していたK氏が、
ふと我々に目を留めた。
「君たち、君たちはもしかして私と同郷なのではないかい?」
K氏はいきなり質問してきた。
それにしても初対面の人に対して、なんという質問だ。
「ええ、うちはすごく近所ですよ」
彩都が陽気に答えた。
人だかりが、K氏と我々を結ぶ線を境にして左右に割れたようになる。
「だと思った。何となく雰囲気でそうかな、とね。
 君たちも何か聞きたいことがあるのかね?」
K氏はまた質問してくる。
何か見透かすような目だ。
「この戦争はいつまで続きますか?」
今度は私が発言した。
彼は何か考えるように少し俯き気味になった後、
私の方を向いて言った。
「それは何とも言えないが、ただ、終戦は近いとだけ言っておこう。
 この戦争が一刻も早く終わるよう、
 私は全力を尽くすつもりだ」
そう言う彼の厳しい表情からは、決意が窺える。
「そうしてください。手遅れにならないうちに」
私の後に、彩都が言を繋いだ。
「そう、その結果、日本が負けたことになろうが関係ない。
 こんな馬鹿馬鹿しい殺し合いは、さっさと止めるべきだ」
周囲の目が一気に我々に集まる。
軽蔑するような視線を送ってくる者、怒りの表情で睨みつけてくる者、
脅えた表情で隠れるように我々を見る者・・・。
K氏は咳払いを一つして人々の注意を自分に向け、
過激な発言だな、と言った。
「今の言葉を憲兵が聞いていたら大変なことになっていたよ。
 君は運が良かったな。
 しかし、私は君と同意見だ。それに隣の君ともね。
 本当に手遅れになる前に、何とか手を打たねば。
 勇気があるな。私と同郷の者よ、そうでなくては」
K氏は気分が良いのか笑みを浮かべていた。

我々は首相官邸を後にし、一度宿に戻った。
「K氏と同郷だなんて、本当なのか?」
私は彩都に聞いてみた。
「いや、適当に話を合わせてみたんだ。
 人間はお互いに何か共通点がある方が親しくなれるだろう?」
彩都はベッドに仰向けになり、天井を見ながらそう言った。
「なるほど」
私は何気なく相槌を打ち、この男はいつも飄々としている、
などと考えていた。
「まあ、人間は元を辿れば母なる海から生まれたんだから、
 同郷って言えば同郷だろう?
 俺の言ったことの半分は本当だ」
彩都は満足そうにそう言って布団を被った。

我々はそのまま宿で昼過ぎまで何をするでもなく無益に過ごした。
実際、私にはこれといってすることはないのである。
K氏が関わることによって変化する歴史を
レポートする役目なのだから、あまり動かずとも良いわけだ。

遅い昼食を取ろうと近くのレストランに行き、
そこのウェイトレスに何気なく、
戦争はいつまで続くのでしょうね、と尋ねてみた。
そして、驚くべきというか、案の定の答えが返ってきたのである。
「何だい、お客さん知らないの?
 広島に何やら新型の爆弾が落とされたって話だよ。
 日本ももうおしまいかもね」
これでまず一つ目だ。


to be continued・・・