さて、稀代の痛い変人集団(身内談)である、

我々筑豊ろめんてぃっく学園ですが、

なんとなくぎりぎりで準備も整い、

晴れてお祭り当日を迎えました☆


今年のふくこいアジア祭りは10月1日、2日に開催されました。

私たちは2日のみの参加でした。


当日は朝6時前に起きた私。

これはメンバーの大半である大学生・高校生には、

さぞ辛い時間だったことでしょう。

なにせ私など夕方に目覚めるのが普通ですから。

とりあえず早かったですからね。


会場となる福岡市中央区は天神に余裕をもって着いて、

はじめの会場まで移動。

私たちが会場入りしたのは9時頃でしたが、

いるもんですね、いろいろ派手派手な格好をした人たちが。

よさこい祭り当日はそういうもんです。

会場となる街は傾き者で溢れるのです。


そんななかをカッターシャツにズボン、ブラウスにスカートという、

学生的フォーマルスタイルで闊歩する我々筑豊ろめんてぃっく学園。

確実に浮いてましたね。

数の暴力です。

マジョリティとマイノリティです。

常識的に判断すれば、他チームの方がかなり傾いた方たちばかりなのに、

比較的きちんとした我々の方がより傾いて見える。

不思議ですね。



第一回目の演舞は、

市役所前のふれあい広場(本部会場)でした。

初めて人目に触れる機会が本部会場で、

そして同時にここは我々の審査会場でもありました。

さすがに緊張しましたね。

私は筑豊ろめんてぃっく学園の母体となる、

炭坑節アレンジサークルの代表もしておりまして、

年間30以上(たぶん)のステージをこなしておりますが、

まあ要するに緊張するときゃする、と。


初めての晴れ舞台。

緊張するメンバーが体育座り。

高校生にはギリギリ年齢オーバー。

鳴り響く下ネタ。

リアクションに困るお客さん。

笑顔の他チームメンバー。

真顔の審査員。



だいたい予想通りだ。

我々が踊っているときは、

だいたいこんな雰囲気になるであろう、

と容易に想像できていた。


よさこいっぽくない曲。

よさこいっぽくない振り付け。

時間帯の早すぎる下ネタ。


よさこいとはこんなものだろう。

そういう固定的な概念を打ち壊すことを、

目的の大部分としていた私にとっては、

上々の成果を上げた演舞だったといえます。



しかし、私の考えはあまかった。

我々のスタイルがうけるのはコアな一部の観客のみであろう、

そう予想していたのですが、思わぬ伏兵にやられました。

それがこの日MCをされていた、

タスマンさんとむすびさん。

この二人に気に入られてしまった我々学園生。

いったいこのあとどうなってしまったのか。


どうにもなっていませんが、次回を待て。

                           つづく

ということで、テンション低くはじめさせていただきましょう。

おーい、テンション低かったら誰も読まねーだろう、だろうがよぅ。


語尾、わかる人はわかりますよね。

中国4000年の食文化複数形みたいな人たちのネタね。



それで、ろめんてぃっくなプロジェクトが実際に動き出したのは

7月の中旬ったような気がします。

7月の中旬ということは、

本番まで3ヶ月をきっている。

この時点でも、振り付けも、衣装小道具も、

なんもかんもできていませんでした。


しかし、楽しそうだしやろうよ、という具合で(本当か?)、

急いで話を進めていった結果、

最終的には私が所属しているサークルを母体に、

一般参加者10人ほどをプラスした、

総勢40人ほどのチームとなりました。


でも名前は確か今年の2月には決まってました。

筑豊ろめんてぃっく学園



その痛々しいネーミングから、

深夜のテンションから繰り出されたことが容易に想像できますね。

そういう勢いで名前が決まった段階で、

このチームの命運は決まっていたのではないでしょうか。

                 <筑豊ろめんてぃっく学園代表者談>



あ、代表者って、私のことか。




まあ急ピッチでつくっていったですよ。


一番深夜っぽいのは、当然曲でしょうね。

あんなのやりすぎですもんね。


「♪ルート201から ろめんてぃっく ろめんてぃっく」

「♪そびえる山越えて 繋ぐヤングな絆」


はっきりいって意味わからんですよね。


会場でじっくり曲を聞けた方なんていなかっただろうと思いますが、

歌詞や曲の構成など、それらは本当に痛かった。



そして、それが良かった。



つくってるときは楽しいんですよ。

もうやりすぎればやりすぎるほど、

「いいねいいね」って感じでどんどんイッちゃう。

これも中国4000年…の人たちの言葉を借りると、


「夜だから面白いんだ」


そういう状態でしたね。

いわゆる悪ノリか。


やっぱり一番悪ノリしたのはアレでしょうか。

曲のはじめにキーンコーンカーンコーンというチャイムを入れてましたが、

そこに女子高生を想定した(本当は年齢オーバーした)女の子たちの声を、

上にかぶせて録音していたんです。

が、

そこにあるんですね。

一番の痛みが。



「おしっこに行きたいよ、先生」



出た、下ネタ!!


「公共の場で」とか、

「公序良俗に反する」とか、

そんなことどうでもよくて、

要するに下ネタ!!



審査員のなかに教育長さんがいたような気します。


私たちが決勝審査に残れなかったことの原因のひとつには、

それがあるのではないか、と。


こう考えるのは逃げですか?




あ、ろめんてぃっくについては、まだもうちょっと続きます。

なんつって。

実はまだカチャーシーの続きを書いてませんが、

どうしても書きたい、筑豊ろめんてぃっく学園!!


このブログ、私の所属するサークル内の人には、

極力見られないようにしていく予定でしたが、

もう知らん!!


だって書きたいんだもの。

10月2日ふくこいでぶちかましてやって、

もう2週間近くもがまんしてたんだから。

もういいよね。

書いていいよね。

はい、許可します。


よし、内なる自分の承諾もいただけたことだし、書くか。

しかし問題は、ここに書いていると、

検索かけられたときにピンチだということ。

筑豊ろめんてぃっく学だなんて、

なかなかないだろうから、

たぶん上から5件以内には入るんじゃないの?

そんなことになったら一発でここが発見されるけど、

でもブームも去った頃かもしれませんので、

あんまり発見されないかも。

良心の呵責に苛まれて、もうなんかすごいことになっちゃう人は、

このテーマ、ろめんてぃっくのところだけ読んでください。


まあ、もういいか。

もう知らんということで。

では次回から、

ろめんてぃっく連載いってみまっしょい☆






目痛いわ、今回の記事。

さて、

もう何を書いているのかわからなくなってきました。


最初は、というか、

これを書こうと思ったきっかけは、

これまでじわじわと書き進めてきたこのお話の

いろいろ飾られた部分をすべからく削ぎ落とした、

非常にシンプルな流れの夢を見たことでした。

急激な展開で進んでいく話でしたが、

確かに夢で見たんです。

これは嘘じゃありません。


首相も過去に行ったし、

私も過去に行ったし、

人工衛星はハンパもので落ちてくるし・・・。


なんでそんなファンタジーな夢を見たのかは、

もちろんわかるはずもありませんが、

見たものは仕方がない。

誰かにそれを聞いてもらいたくて、

機会があるごとに友達に言ってまわりました。


そして、じゃあこれをお話仕立てにして、

何度かに分けて書いてみよう、

そう思い立ったのでした。

そしたら膨らんでしまった。

文章の練習のつもりでもあったのですが、

うん、これは続きすぎたね。


しかし、それもあと2回で終わります。

(その予定です)


で、11回目始まります。


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軍人は門番にそれだけ伝えると、

また慌てて車に乗り込み、行ってしまった。

私がそれらのキーワードから連想したことはひとつ、

長崎への原爆投下だ。

私の知っている歴史では、

長崎に原爆が落とされたのは8月9日。

今日はまだ7日である。

劇的に歴史が変化している。


「長崎、新型爆弾、か。

いよいよやばくなってきたな」

深刻な顔で彩都が呟いた。

「長崎には造船所があったな。

 あそこにも落とされたんじゃあ、

 いよいよこの国もお終いかな」

「いや、まだ落とされたとは断言できないだろう。

 はっきり聞き取れなかったわけだし」

そう言いつつも、私はすでに確信していた。

長崎に原爆が落とされたのだ。

大きく変わっていく。

もう先は読めない。


K氏と私のタイムトラベル、

豊田のオーバーテクノロジー、

それに誘発されたかのような、

長崎原爆投下の早まり。

すべては仕組まれたことなのか。


そのとき、首相官邸前に集まっていた人たちが騒然とした。

K氏が官邸から出てきたのである。

誰も伴わず、一人で出てきたようだ。

「君たち、君たちは先日もここに居たね。

窓から見えたので、もしやと思ってな」

首相の言葉に、彩都は陽気に応える。

「あ、総理、こんにちは。

前もここでお会いしましたね。

あなたと同郷の者です」

「いきなりで悪いのだが、君たちに話がある。

 一緒に来てくれないか」

K氏は無表情に言った。

私は得体の知れぬ危機感を覚えた。


私たちは首相官邸のなか、

執務室のような部屋に招き入れられた。

ドアを背にして軍服を着た男が立っている。

K氏はデスクの椅子に腰掛け、

視線を窓の外に向けたまま言った。

「君たちに突然こんなことを言うのもなんだが、

 昨日、広島に米軍の新型爆弾が投下された。

 それは原子爆弾でな、威力は凄まじいものだ。

 現在までの報告だけでも甚大な被害が出ている」

初老の首相は目を細めた。

「一体どれほどの犠牲者を出せば気が済むんだ。

 この国も、アメリカも。

 科学の発展は称えるべきだが、

 こんなことが人として許されるのか」

彩都はK氏を見つつ、私に言った。

私はそれには応えなかったが、

代わりにK氏に向かってさっきの確信を述べる。

「そして今日、長崎に二つ目の原爆が落とされた」


しばしの沈黙。

K氏はゆっくりとこちらに向きながら、

「そう。私は何もできなかった。

 自分が無力だということを実感したよ」

と言い、そして私を見据えた。

「いや、それは変えられないと、

 はじめからわかっていたのだ。

 それは君たちだって同じだろう。

 同郷の者ならば、わかっていたはずだ」

K氏は私の後ろに向かって目配せをした。

突然、私は背後から羽交い締めにされた。

ドアのところに立っていた兵士だろう。

どうやら屈強な男だったらしい。

抗ってもまったく意味がない。

彩都が静かに近づいてきた。

私の上着の内ポケットを探る。

“キャラメルの箱”を取り出しながら、

彩都は諦めたような口調で、呟くように言う。

「変えようと思っても無理さ。

 理由から矛盾してしまう」

K氏は羽交い締めにされた私を見ながら、

目だけで笑っている。

彩都は“キャラメルの箱”を手に持ち、数歩下がる。

私は強烈な力から解放された。

彼は“キャラメルの箱”を一瞥し、

次に私の目を見た。

「お前の仕事は終わったな。

 いい東京観光だったろ?

 何もなかったけど」

そう言って、彼は箱のボタンに指を掛け…


to be continued

い、火曜日ですね。

今週は文字通り忙殺されそうです。

国勢調査員のバイトをするんですが、

その予告のチラシを撒くのが今日から3日間。

撒けるわけないだろ。

いや、如何なる手段を使っても撒きますけどね。

臨時国家公務員として。


さて、昨日は敬老の日でしたね。

私が所属するサークルが、

近隣の町の敬老会(昨日・一昨日の2Days!)への

出演依頼を受けており、

もちろん私自身2日間とも出演したため、

なんやかんやで2日間丸々時間を取られてしまいました。


その出演依頼は夏休み前にされたのですが、

これがまた僅かな勘違いと、

昔蒔いた種が発芽した感じを含んでいました。


以前書いたんですが、

私たちはその町の婦人会の方に頼まれて、

沖縄のカチャーシーを介護予防のための健康体操として

指導したことがあるんです。


その町の役場職員の方はそこから勘違いしたらしく、

初の打ち合わせのときには、

私たちは沖縄舞踊をやっているサークルと思われていました。

その初打ち合わせのときには、

昨年私たちに別件で出演依頼をしてきた、

同じ町役場の職員の方も一緒に来ていました。

私は、「おい、説明しとけ!」と思いました。


私は初めに、

「私たちは炭坑節を活動の中心に置いた創作ダンスサークルです」

と説明し(本当に大まかで少し言語矛盾)、
「沖縄舞踊はしません」と伝えました。


そうすると、職員の方はわかってくれましたが、

近隣の市の大学のサークルにも声をかけてある、

ということを言い出しました。

それは沖縄県人会でした。

大勢でエイサーをやってもらう予定だ、

と言っていました。

「沖縄好きだな、この町」と思いました。

そして、職員の方が言いました。

「あなた方と県人会で一緒に数曲やってもらえませんか?」


「いや、ですから、沖縄舞踊はしませんので

と伝えました。


そんなことがありつつ、打ち合わせを幾度かしました。

最終的に、沖縄県人会は出演されませんでした。

予定が合わなかったようです。

まあ、こちらとしては助かったわけですが。






しかし、先方が譲らなかったことがひとつ。

「職員、婦人会、会場の高齢者の方々全員でのカチャーシー総踊り」!

これはどうしてもやってほしい、と言われました。


「それは・・・」と難色を一応は示しましたが、

これは断るができません。

なんせ、私たちが婦人会の方に指導したんですから。

自分で蒔いた種というより、

それこそ揚げ足を取られたような気分でした。

「まあ、やるしかないか」と思い、それは承諾しました。


さて、それからが大変です。

時は夏休み。

実家に帰っている学生も多いですし、

十分に練習時間も取れません。

それに、当日出演するメンバーは、

婦人会にカチャーシーを指導したときには

いなかったメンバーが多い。

いわばカチャーシー初心者。

というか、私自身もそれ。

そして本来の練習に加え、カチャーシーをやるとなると・・・。


ということで、

「どうやればそれっぽく見えるか」

を重点的にやりました。

短い練習時間では基礎からやることはできません。


はたして、いきあたりばったりで、

張子の虎のような作戦はうまくいったのか。


一度には書けないので次回に続く。




昨日、「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」と言われていることについて、

駄文をしたためたのですが、

ありがたいことにazumincleさんがコメントをしてくれました。

それによると、

「夜になるまで爪を切ることを放置しておくような、だらしない人間は、ろくなことがない」

と戒める言葉だとか・・・・。

ということでした。

私の見解が誤っていたのか、と自らの無知を反省しかけたとき、

もしかしたらと思い、いろいろ調べてみました。

そうしたら出てくる出てくる。

様々な見解が入り乱れて、もうどれが正しいのか、

そもそも正しいものなんてないのか。

いや、失われてしまったのか。

諺や格言の意味は、

時代によって変わっていっていいと思います。

そして一番効果を発揮できるようにされていけばいい、と。

まあしかし、言われ始めの意味を知るのも大切だと思います。

歴史の勉強になるからです。

が、元来私はそういう雑学なこと大好きなので、

私的な楽しみも入ってますね。



さて、「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」の解釈というか、意味ですが、

それはもう本当にいろんなものがあって、

ここですべて紹介するのは困難なので、

いくつか、本当にいくつかだけ紹介したいと思います。


まず一つ目は、

「夜爪を切る」つまり、徹夜で詰めきりになるようなことになる、

夜寝ずに枕もとに詰めるような不幸な事態の招来という、

日本語の語呂と一致するから、

というもの。

私は思ってもみなかった内容だったのですが、

語呂から縁起につながり、

諺や格言となるという点で、

ある意味でありがちだと思うので、

当初の意味として信憑性が高いと思います。

そして二つ目、

「夜、爪を切るな」と言われましたが、その理由は語呂からとのことでした。

“世をつめる”からだと。世を縮める、命を縮めるといけないから、

というもの。

これもまた語呂ですね。

まったく同じ理由で、一つ目と同じか、

それ以上に信憑性が高いと思います。

まあ、ここで信憑性が高い、低いなどと言っても、

それは単なる私の勘ですし、はっきり言って意味はありません。

それに言われ始めの時代がわかっていないのですから、

手がかりなく答えを見出そうとしているわけです。

わかるわけありません。

この二つ目が一つ目以上に信憑性が高いと感じた理由は、

語呂への繋がり方がシンプルだからです。

そして三つ目、

「夜うるさくするな」という事をいましめる為のことわざなのではないかと思います。

爪を切ると意外に大きなパチン、パチンという音がするものです。

家族が寝しずまっている時に大きな音を立ててはいけないよ、

というもの。

この説については私の友人も言っていました。

音がしてうるさいとか、怪我をするからとか、

そういった直接的なものは、

なんとなく言われ始めの意味としては、

間違いであるような気がします。

まあ、これもただの勘ですが。


それでは、今回取り上げるなかでは最後のものです。

江戸時代に儒教の教えで「親からもらった体の一部を夜切るのは親不孝の始まり」とされ、

そこから「親の死に目に会えない」に発展したようです、

というもの。

これもなかなかですね。

語呂と同じくらいに怪しい(正解かもしれない)のが、

こういった宗教的な見解です。

特に儒教や仏教が怪しいですね。

日本なので当たり前なことなのですが。

こういった宗教的な思想は、

私たちの様々な考えや言葉のなかに、

さりげなく内在されているものなのです。

それは日本の文化として、すでに取り込まれているものですね。



4つほど紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

言われ始めの意味が気になるもので、

信憑性が高い、低いの話を挟んだのですが、

まったく気にしないでください。

いくら考えても、決定的な手がかりがないために、

本当のことはわからないのですから。

ただ、それは、直接的な戒めではなく、

語呂や宗教的な思想からきたものだと考えた方が、

なんとなくしっくりくるというのが、私の考えです。

考えというより、気分です。

そんな気がするというだけです。

それは、単純に、「音がする」や「怪我をする」では、

「親の死に目に会えない」理由にならないからです。


そもそも、現代において、

言われ始めの意味を知ったところで、

それは使えません。

諺や格言は、その言い回しは変わることは少ないでしょうが、

その意味は、使われる時代によって、

一番効果的なものに変わっていっていいと思います。

むしろ、変わっていくべきだと思います。

例えば今回の話の中心である、

「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という言葉は、

要するに、夜に爪を切らせないこと、

そしてそれを通して、

親を大切に思う心を養うことを狙うものだと、

私は考えています。


何度も言いますが、意味が時代によって変遷していっても、

その言葉を伝えることによって成される結果が変わらなければ、

それでいいのではないでしょうか。

先日、かおりんさんのブログにお邪魔していて、

そこでしゃっくりの止め方について考えさせられました。


・・・ちょっと嘘です。

厳密に言えば、しゃっくりの止め方から飛躍して、

いろんな関係について考えたのでした。


まずはここでかおりんさんのブログにあった、

斬新なしゃっくりの止め方を紹介したいと思います。


それは、

「ナスの色は何色?」

と聞いてもらい、
「むらさき~!」

と答えるだけというもの。


これを見たとき、まさに斬新だと思いました。

確かに、いきなりそんなことを問われれば、

しゃっくりのことなど忘れてしまうでしょう。

そして、気がつかないうちに止まってしまう。

要するになんでもいいんじゃないか、とも思いました。

しかし、そのとき、私は思い出したんです。

この間、後輩が言っていた、驚愕の因果関係を。



と、その前に、

皆さんは「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という、

迷信といえばいいのかなんといえばいいのかはわかりませんが、

その言葉をご存知でしょうか?

夜に爪を切ろうとすると、よく母にそう窘められたものでした。

昔からよく言われていることのようです。

これは常識的に判断、解釈すれば、

昔は一般家庭には優れた照明器具はありませんでしたので、

夜に爪を切ろうとすれば、

手元がよく見えず怪我をしてしまうのでお止しなさい、と、

そういう意味の教示の言葉だと考えられます。

この言葉を知っている人は、

概ねそう解釈しているのではないでしょうか。


なかには、

「夜に爪を切ると怪我をする」

という方もいらっしゃいます。

これは、「親の死に目に会えない」と回りくどく言うのではなく、

その言葉の意味を解釈し、

意味をストレートに伝えようとしたものでしょう。


どれが正解かはわかりません。

なにしろ迷信として、

長年人々の間で言われ続けてきたのでしょうから、

「親の死に目に会えない」という言葉の意味が、

「怪我をするから止めなさい」という意味だと断定することは、

最早不可能なのではないでしょうか。

これは私見ですので、

詳しく調べてみなければなんとも言えませんが。

ただ、そういう意味ではなかった場合、

「夜に爪を切ると怪我をする」というのは、

甚だしい勘違いをしていることになります。

言ってることは正しいのですが。


さて、「親の死に目に会えない」と言った場合と、

「怪我をする」と言った場合、

どちらも結果は似たり寄ったりではないかと私は思います。


「親の死に目に会えない」と言われ、

「おや、それはいけない」と、

現代社会で育ってきた者は思うでしょうか。

思う人は思うのでしょうし、

そういう人はそれを守り、夜に爪を切らないでしょう。

しかし、「そんなことあるわけないだろう」と思うのが、

まあ大半を占めているでしょう。

そういう人は夜でも爪を切るわけです。

「親の死に目に会えない」というのは突拍子もないことで、

根拠も乏しいので、理解されにくいことだと思います。


次に、「怪我をする」と言われた場合はどうでしょう。

そんなこと言われても、現代の夜は明るいのです。

部屋に蝋燭やランタンしか照明器具がない、

という家は少ないでしょう。

蛍光灯という安価で強力な照明のおかげで、

手元はいやというほどはっきり見えます。

よほどのことがない限りは怪我をすることはないでしょう。

頭の片隅で気をつけておけばいいことなので、

この場合も切る人は切るでしょう。

こちらのケースの方が切る人は多そうですね。


さあ、本題です。

私の後輩が言った迷信、訓示はこういうものです。


「夜に爪を切ると鼻毛が伸びる


・・・すばらしい。

ここまでくると理屈ではない。

まったくもって突拍子もなく、

そして本意を推理することもできません。

冷静に考えれば、夜に爪を切ったところで、

鼻毛の毛根が刺激されるとも考えにくいです。

これは迷信でしょう。

しかし、嫌だ。

根拠もなく、まったく馬鹿馬鹿しいことですが、

なんか嫌だ。

理屈ではないのです。

この言葉は、感情に訴えてくる。

意味はわからないが絶対嫌だ、となる。

すばらしい教訓だと思います。

実に効果的だ。



あ、もしかして、

夜に爪を切って本当に鼻毛が伸びてしまって、

慌てて鼻毛を切ろうとすると怪我をしてしまうから危ないよ、

という、余計に回りくどいものなのでしょうか。

いや、まず鼻毛が伸びるというところでアウトでしたね。

もし本当にそう考えられたものならば、

考え出した人はアホですね。



つまり、私はアホですね。

8月の中旬から今まで、

私は修士論文の研究活動をストップしていました。

理由はいろいろあるのですが、

それらを一言で表わすならば、

要するに、逃避したかったから、ですね。


8月中旬に実家に帰り、

そしてまた福岡に戻ってきて、

それから精神的に辛い状態になってしまい、

何もする気が起きなくなっていました。

そして現在に至ります。

精神的に辛い状態になったというのも、

その理由はほんの些細なことの積み重ねでした。

だから、何か大きな変化や事件があったわけではありません。

じわじわと追い詰められていたんでしょう。

体調を崩し、無気力になり、それ故に、

一番のストレスの原因となる研究活動をストップさせました。


なぜ研究が一番のストレスの原因だったのかというと、

見通しが立たず、どうすればいいかわからなかったからで、

逃避して先延ばしにすれば、

より大きなストレスを生み出すことになるわけです。


だから、そろそろ動き出そうと思います。

時間がないのに、半月余りを何もせず過ごして、

非常にもったいないことをしてしまったのですが、

少なくともリフレッシュはできたと思います。

このまま何もしないことを続けていると、

それこそどうしようもない状態に陥ってしまいそうなので、

そろそろ再開しようかな、と、

そう思い至りました。


そう思えるようになったこと自体、

かなり回復してきた証拠だと思います。

8月下旬の私は、サークル活動をしたり、

友達と遊びに出かけたりしていたものの、

本音を言えば、人に会うのも嫌でした。

友達と会う、会わないというのは、

どうにでもできるのですが、

サークル活動に関しては、

私が責任者をしていることもあって、

すべてに参加しないということはできません。

ですから、自分で自分の尻を叩いて、

活動していました。


それは不自由だと言えるでしょうか。

精神的に辛い状態にも関わらず、

立場を無視して活動に参加しないということもできない。

それが私を囲む檻なのでしょう。

私はよく周囲の人から「自由だ」と言われますが、

そんことはなく、強固な檻のなかで不自由とともにあり、

檻の外の自由を羨望しているのです。


しかし、私はそれでいいと思います。

精神的に追い詰められても、

不自由に突き動かされたおかげで持ち直した。




不自由っていいですね。




またこれで若さの一欠片を失ったわけですが。

近、アルファ波の出そうなシチュエーションを欲しています。

ということで、私が「時間よ止まれ!!」と思ったとき、

というか、最近よく「時間よ止まれ!!」と思うときは、

深夜のNHK教育の番組「MUSIC BOX」を飽きるまで眺めたら、

壁にもたれて小説を読み、

また飽きたらテレビを眺める、

そんなことを繰り返しているときに、

「時間よ止まれ!!」と思います。

「MUSIC BOX」をやっている時間帯は、

非常に不健康な時間帯ではあるのですが。


ちなみに、「MUSIC BOX」という番組は、

どこかの街並みだとか自然の映像だとかを、

延々と流しながら、

2、30年前の音楽を、

これまた流しっぱなしにしているという、

つまるところは早朝までのつなぎ番組ですね。


そういう時間がずっと続けばいいのにな、

と思います。

常識的に物事を考えれば、

時間が止まってしまえば、

そう願った自分にもそれは認識できないんです。

また時間が動き出せば、

止まらなかったのと同じ。


それは面白くないだろう、ということで、

時間が止まっていても自分には意識があり、

不自由なく行動できるという特例を認めてみましょう。
私が「時間よ止まれ!!」と思うのは、

テレビを眺め、小説を読む、

そんなぼーっとアルファ波の出そうな設定のなかに

限りなく居たいという欲求からです。

テレビは、時間が止まってしまうと、

静止画像を映し出しているだけでしょう。

つまり、写真と大差ありません。

うちのテレビはブラウン管なので、

「部屋の真ん中にある、ひどく場所を取る写真立て」

になってしまうでしょう。

次に小説ですが、

これにはページをめくるという動作で、

私が物に働きかけるため、

より細かい特例の設定が必要になるでしょう。

私が物に働きかけた場合、

その物体は移動したり変形したりできる、

ということにするならば、

私は少なくともずっと小説を読んでいられるわけですね。

時間が止まっているうちは、

新しい本を買ったり借りたりすることはできませんが。

…道徳を無視すればできますが。


要するに、本当に時間を止めてしまえるとしても、

その場合には様々な特例を適用しないと、

止まった時間に満足できないばかりか、

下手をすると時間が止まったことに気づかない、

なんてことになるわけです。






そもそも、

「今この時がずっと続いてほしいから、時間よ止まれ!!」

というのは、ひどく論理矛盾しているのですけれどね。

て、地元に帰って3日目が終わりました。

今日が、私が地元で過ごす最終日で、

明日の朝一番に福岡に向けて出発します。

うん?

じゃあ最終日は明日になるのかな?

まあ、いいや。


この3日間、何をしたかな?

何をしたかと問われれば、

答えられるだけのことはしているのですが、

それらは言ってしまえば何もしてないようなことかな。

実りは、

うん、

あったあった。


これで学生生活最後の帰省が終わります。

あとは本当にスケジュールとにらめっこして、

針の穴を通すような日程で帰省をするようになるのでしょう。

就職したらそうなりますよね。


地元で過ごす日々も確かに忙しいけど、

気分は非現実。

福岡に戻れば、

勉学に勤しむわけでもなく、

半分以上趣味のことをしてても、

気分は現実。

やっぱり休暇というのはいいものですね。

普段生活している範囲から、

遠い地元に帰るということは、

別世界に来たように感じるのでしょうか?

それが休暇と感じさせるのではないか、と。

学生生活を送っていくなかで、

地元に帰ることに無頓着だった私ですが、

精神的休暇としての帰省には、

意味を見出せたし、

また惹かれもします。

それに気づいて、

そうなれたことが、

私の成長の証でしょうか?


といっても、地元に執着しているわけではありません。

就職活動も地元ではやりませんでした。

地元での就職先を探そうともしませんでした。

一度地元から離れてみて、

初めて感じたことですが、

実家から職場に通うようになるということは、

精神的休暇を送るための別荘をなくすということなのです。

今の私には、それはできません。

ということで、私は針の穴を通す方を選びました。

その選択のせいでこれからずっと、

地元で生活することができなくなったかもしれません。

それはそれで仕方がないけど、

少し残念です。

いつかは地元に帰りたい。

休暇としてではなく、

生まれてから高校卒業時までそうしていたように、

また地元で暮らす毎日がいつかやって来ればいいなと、

そう思います。


地元って、いいもんですね。

実家って、いいもんですね。

休暇って、いいもんですね。

たぶん、初めて私はそう思いました。

年を取ったのかな。



明日は朝に出発して、

昼過ぎに福岡県に着いたら、

すぐダンスの練習です。



待ってろ福岡!!

5時間かけて移動した挙句、

着いた早々踊ってやるからなぁ!!!






絶対 疲れるわ。