8月の中旬から今まで、

私は修士論文の研究活動をストップしていました。

理由はいろいろあるのですが、

それらを一言で表わすならば、

要するに、逃避したかったから、ですね。


8月中旬に実家に帰り、

そしてまた福岡に戻ってきて、

それから精神的に辛い状態になってしまい、

何もする気が起きなくなっていました。

そして現在に至ります。

精神的に辛い状態になったというのも、

その理由はほんの些細なことの積み重ねでした。

だから、何か大きな変化や事件があったわけではありません。

じわじわと追い詰められていたんでしょう。

体調を崩し、無気力になり、それ故に、

一番のストレスの原因となる研究活動をストップさせました。


なぜ研究が一番のストレスの原因だったのかというと、

見通しが立たず、どうすればいいかわからなかったからで、

逃避して先延ばしにすれば、

より大きなストレスを生み出すことになるわけです。


だから、そろそろ動き出そうと思います。

時間がないのに、半月余りを何もせず過ごして、

非常にもったいないことをしてしまったのですが、

少なくともリフレッシュはできたと思います。

このまま何もしないことを続けていると、

それこそどうしようもない状態に陥ってしまいそうなので、

そろそろ再開しようかな、と、

そう思い至りました。


そう思えるようになったこと自体、

かなり回復してきた証拠だと思います。

8月下旬の私は、サークル活動をしたり、

友達と遊びに出かけたりしていたものの、

本音を言えば、人に会うのも嫌でした。

友達と会う、会わないというのは、

どうにでもできるのですが、

サークル活動に関しては、

私が責任者をしていることもあって、

すべてに参加しないということはできません。

ですから、自分で自分の尻を叩いて、

活動していました。


それは不自由だと言えるでしょうか。

精神的に辛い状態にも関わらず、

立場を無視して活動に参加しないということもできない。

それが私を囲む檻なのでしょう。

私はよく周囲の人から「自由だ」と言われますが、

そんことはなく、強固な檻のなかで不自由とともにあり、

檻の外の自由を羨望しているのです。


しかし、私はそれでいいと思います。

精神的に追い詰められても、

不自由に突き動かされたおかげで持ち直した。




不自由っていいですね。




またこれで若さの一欠片を失ったわけですが。