子の国際的連れ去り実例① お家に帰りたい からの続き

 

 

アメリカ人の元配偶者である父親に、子供たちを夏休みにアメリカに連れて行かせたところ、行方をくらまされた挙句、ここからは一切弁護士と話せ(自分には連絡してくるな)と言われてしまった僕の知人のナミさん。

 

 

とりあえず言われたとおりに相手の弁護士に連絡してみると、面会交流の予定と養育費の支払いを請求されました。

 

 

いやいや、子供本人は帰りたいって言ってるんですが?

 

 

と言ってみるものの、鬼弁は取り付く島もなく、

 

 

 

あなたには面会交流を行う権利がありますが、日本に子供たちを連れていくことはできません。

収入に見合った養育費を今後払ってください。真顔

 

 

とただただ繰り返します。

 

 

埒が明かないと判断したナミさんは日本に帰国し、自分で調べて何人もの弁護士に会いに行き、更に裁判所にも出向いて相談しました。

 

 

これはハーグ条約締結前の出来事でしたが、その時初めてナミさんは国際離婚での子供の連れ去りが、大きな国際問題になっていることを知りました。

 

 

そしてわかったこと。

 

 

いくら母親だろうが、子供たちの身体が日本にない以上は、日本の機関は何もしてくれない、ということ。

 

 

海外から日本に子供を連れ去るという逆の場合でも、一度こっちに連れてきさえすれば、連れ去られた側の親は何もできない。

 

 

とにかく先に連れ去ったもの勝ちが日本なんだという現実。

 

 

 

中には、

 

 

「元夫さんに、冬休みに子供を面会交流で日本に連れて行きたいと言って連れてきて、返さなければ大丈夫です。お子さんの体が、一旦日本国内に入りさえすれば相手は何もできませんウインク

 

 

などと言いだす弁護士も。

 

 

しかし、相手は既にそういう日本の連れ去り問題をじっくり調べ、計画を練った上で子供を連れ去っており、

 

 

「アメリカに来れば面会はさせてやる。しかし、日本には行かせない」

 

 

という姿勢をはっきりと打ち出していたため、子供たちを連れてアメリカを出ることはまず不可能でした。

 

またこっそり子供たちを連れ去ろうとした場合、アメリカでは最悪、空港で子供の誘拐で逮捕されてしまうわけで、そんなことがあれば、子供に会いにアメリカに入国することすら今後できなくなる可能性も出てきます。

 

 

本当に声を大にして言いたい。

 


弁護士が全員、クライアントの人生を心から考えてアドバイスをしたり戦略を立てたりしているわけではないんです。

 

 

一方の親が、自分が相手を嫌いだから、今後子供も相手に会わせたくないムキーという。

 

わかりました!じゃ、連れ去ったら大丈夫ですよ、養育費請求して、面会無視したらいいですよニヒヒと弁護士がアドバイスする。

 

 

本当にとんでもないと思うし、そんなことをいう弁護士は人としてまともじゃない。

 

 

子供が一人前になるまでの20年近く、結局責任を取ることになるのは当事者だけです。


弁護士は裁判に勝てたら、その後の子供の生活や思春期、進学、成長に、何のかかわりも責任も持ちません。

 

 

相手側とどれだけうまく行かなくて離婚したとしても、相手に子供に会いたいという気持ちがある時点で、そこには子供への愛情と可能性があるキラキラんです。

 

弁護士の何百倍も子供のことを想っているのは、相手方なんです。

 

 

子供の未来まで考えるのであれば、連れ去りや面会拒否をせず、ずっと会わせて欲しいし、連れ去られた側も面倒事から逃げず、諦めずに、会う努力をし続けて欲しいと心から願います・・・。

 


とにかく、結論としては日本では何にもできない(どんな国なんだよ…)から、相手の国に行って裁判を起こしてください、ということになり、ナミさんは再び渡米しました。

 

 

 

 

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今、また現場では新たな動きが起こっています。


でも内容については、もう少し動いてから整理して、お伝えしていきたいと思っています・・・。

 

*********************

 

というわけで、本日からまたしばらく閑話休題ということで、数回に渡って僕の知人がアメリカに子供を連れ去られ、アメリカで裁判をしたときの話を書いていきたいと思います。

 

アメリカでの裁判や裁判官の考え方も、参考にしていただけたらと思います。

 

 

 

連れ去られた側の僕の知人は、日本人女性です。

相手の父親は、アメリカ国籍の男性でした。

 

 

離婚当時、2人は日本に住んでおり、父親は子供たちの親権を欲しがりました。

 

 

長男が心臓病を患っており、アメリカで定期的に治療や手術をしていたため、アメリカでこれからも治療を受け続けさせるなら、保険のある自分が親権者にならなければならない、と。

 

 

当然、母親は難色を示しました。

 

アメリカでは共同監護が一般的ですが、日本の親権は単独の監護者を指定するものです。

日本で離婚をする場合には日本法が適用となるため、共同監護は認められません。

 

しかし父親が、

 

「日本で生活を続けたいという子供の意思は尊重する」

「監護はそのまま母親がしていてもいい」

 

と約束したので、母親はそれを信じて、親権を父親に渡しました。

 

 

そして離婚成立から約1年、夏休みに子供たちを連れて里帰りがしたいという父親に、子供たちを連れてアメリカに行かせたところ、そのまま連絡が途切れる事態となりました。

 

 

しかし、最初母親は、単にいい加減な父親が連絡を忘れているのだろう、あるいは何か予定が変更になって、少し長く滞在しているのだろうと思い、父親のメールアドレスにメールを入れつつ待ちました。

 

 

それでも帰国予定から1週間が経過し、父親から相変わらず返信がなく、さすがに焦り始めた母親は、父親の実家の親や兄弟にもCCを入れるようにしながら、連絡をしろと何度もメールをするようになりました。

 

 

数日後、息子から電話が入りました。

父親の母である息子たちの祖母が、祖母の自宅から電話をかけさせてくれたようでした。

 

「パパが、このまま帰らないって言ってる。新しい学校にも連れていかれた。いやだよ、おうちに帰りたい。助けて!えーん

 

 

母親は慌てて渡米し、泊まっているホテルをまた親族へのCC付で父親にメールし、子供たちをホテルまで会いに連れてくるように言いました。

 

 

母親が到着した日の夜、父親は子供たちをホテルまで連れてきました。

そして子供に向かい、

 

僕たちはママに言わなきゃいけないことがあるんだよね?ウインク

 

と兄を促しました。

 

兄は顔をこわばらせながら、

 

「ママ、僕らはこれからアメリカに住むんだって。もう日本には帰らない」

 

と言いました。

 

 

母親は、

 

「あなたはそれでいいの? アメリカに住みたいの?」

 

と息子に尋ねました。

 

 

息子は、

 

嫌だよ、帰りたい。ママと暮らしたいえーん

 

と泣き出しました。

 

 

母親は怒りを抑えながら、

 

「本人が帰りたいって言ってます。連れて帰ります」

 

と父親に伝えました。

 

 

すると父親は、

 

「一度子供がいないところできちんと話し合いたい。〇〇日の○○時に話せるか?」

 

と言いだしたので、あまり子供たちの前で大騒ぎしてこれ以上動揺させたくないと考えた母親は、それから2日ほど子供たちと一緒に過ごした後、子供を父親に返し、その翌日に子供たち抜きで父親と話し合いをすることに同意しました。

 

 

当日、指定された時間、ホテルの部屋で待っているとドアにノックがあり、開けるとホテルのベルマンが立っていました。

 

「メッセージをお預かりしています」

 

待ち合わせを変更したいのか、それなら電話すればいいのに、と思いながらメッセージを受け取って開いてみると、

 

 

「以降は全て弁護士と話せ」

 

 

と一言だけ殴り書きが書いてあるメモに、弁護士の電話番号だけが残されていました。

 

 

ここでやっと、彼女は自分の置かれている状況を理解するに至ったわけです・・・。

 


続きます

 

 

 

 

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何と言われようと続行 からの続き

 

 

というわけで、2度目の「勝手に面会交流」も、元妻ユリから鬼のように全否定され、朝のほんのわずかの時間、息子の顔を少しでも見に会いに行くことすら、息子への虐待みたいな言われ方をされているDragonです。

 

 

勝手に会いに行くことについては、僕も悩みはしました。

 

 

でも、ここまで全く会わせてもらえない以上、司法がいつか何とかしてくれると思って待っていたら、子供は高学年になり、思春期になってしまう。

 

 

そして、このまま元妻側の洗脳が進んだら、はっきり「お父さんには会いたくないショボーン」等自分の口で言う(言わされる)ようになり、僕が裁判所を通して息子に会える可能性は、本当にかなり低くなってしまう。

 

 

つまり、まだ息子のカイトが低学年の間が勝負だと僕は考えました。

 

 

相手方や裁判所が、「子供がもう少し大きくなるまで、しばらく待って」と言ったとしても、その通りにしていていいことなんかありません。

 

 

実際に会わなければ、子供と直接言葉を交わさなければダメなんです。

 

おはようだけでもいい。

 

笑顔であいさつを交わして、通り過ぎるだけでもいい。

 

 

お互い、どんな顔をしていてどんな声でどんな姿形なのか、町で偶然すれ違ってもきちんとお互いのことがわかるように、せめて毎月1回は会いに行きたい。

 

 

そして、例えユリ側が絶対に面会交流に応じず、家裁の決定が何の効果も生み出さなかったとしても、もしカイトが僕を必要として会いたいと思う時が来るなら、カイトの手が届く立ち位置に僕は立っていたい。

 

 

というわけで、2016年7月。

 

 

元妻ユリに対する諸々の損害賠償民事訴訟への高等裁判所の決定(これはまあ、不服も多いが結果としては痛み分けみたいな決定だった。現在最高裁へ抗告中)が降りた直後。

 

 

夏休みに入る前に、僕はもう1回カイトの元に会いに行きました。

 


カイトは子供の頃から、派手なスニーカーがとても好きでしたw

 


僕が目立つ色のスニーカーを履いていると、必ず

 

「ダディ、それカッコいいね!爆  笑

 

と言って、褒めてくれました。

 


僕はカイトにも、子供用のかっこいいスニーカーを時々買い、カイトはとても喜んでそういうスニーカーを履いて走り回っていました。

 

また一緒に靴を見に行って、買ってやりたいなぁ・・・。

 


と、話が逸れました。

 

 

とにかく、そういうわけで、前回まで2回の勝手に面会交流は、僕もどうしても自分の気持ちを伝えたいという想いが先走り、ちょっと雰囲気が重たくなりがちな気がしたので、今回はさらっと行くのをテーマキラキラ(そう、俺はめげないw)に、カイトにアピールできそうな目立つスニーカーをチョイス。

 

 

 

それがこちら。

 

 

 

 

 

 

さらっと・・・じゃないかww

 

 


でも、この時もあまり話はできず、挨拶して、靴を見せて、カイトがおおっ!びっくりという顔で何か言おうとしたときに、カイトの友達が電車に乗り込んできたため、僕はただ、「またねウインクと言ってその場を去りました。

 

 

ううう、本当はじれったい・・・。

 

 

しかし、僕の周りの友人にも

 

「それでいいよ! とにかく、重たくない声掛けを続けていくのを積み重ねていくのが、今は大事だよ」

 

と言われたので、このままこれを続行していきたいと思います。

 

 

この時はユリから鬼メールが来なかった。

 

カイトは僕が行ったことを、黙っていたのかな・・・?

 

 

 

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