こんにちは。多聞です。

 

前回の記事で、自分の考えや欲に動かされながら生きていたのかもしれない、ということについて書きました。

 

今回は、その時に内なる導きから伝えられた「宝物」のたとえについて書いてみたいと思います。

 

その話は、単に宝物はこれだではなく、子供の頃に聞いた物語のような話でした。

では、始めます。

 

 

ある人が、自分の大切な宝物を土を掘りその中に埋めました。

 

誰かに宝物が取られてしまうのが怖かったからです。

 

ところが、長い時間が過ぎるうちにその人は自分が宝物を埋めたことをすっかり忘れてしまいました。

 

そして、自分には宝物自体が最初からなかったように思いました。

 

とうとう大切なものが何も持ってないと信じるようになりました。

 

周りを見ると、他の人はみんな立派な宝物を持っているように見えました。

 

「あの人のようになりたい」

「あの人が持っているものを、自分も手に入れたい」

 

その人は、自分にはないものばかりを探すようになりました。

 

けれど、他の人が持っている宝物は、その人のものです。

 

たとえ同じものを手に入れたとしても、それが自分にとって本当に大切なものになるとは限りません。

 

やがてその人は、ふと思いました。

 

「もしかすると、自分にも何か大切なものがあったのではないか」

 

そこで、自分の足元からもう一度探してみました。

 

すると、ずっと探していた宝物は、自分の足元に埋まっていたのです。

 

 

 

私はこの話を聞きながら、自分も物語の主人公と同じだったのかもしれないと思いました。

 

他の人の能力や環境を見ながら、自分には何かが足りないと思っていました。

 

  • もっと才能があれば。
  • もっと良い環境にいれば。
  • もっと多くの人から認められれば。
 

そうすれば、自分も幸せに見えた人らのようになれると思っていました。

 

けれど、自分の中にも、すでに大切なものがありました。

 

  • これまで経験してきたこと。
  • 長い間続けてきたこと。
  • 失敗や苦しみの中で学んだこと。
  • 今までの危機も乗り越えてなお生きていること。
 

そして、究極の考えにたどり着きました。それは、

他の誰とも同じではない、ようやくわかった本当の自分自体が宝物の中の宝物であること。

 

自分の宝物は、誰かのものと比べる必要がありません。

 

比べて初めて価値のあるものだと思うものは宝物ではなく全部「幻」です。

 

 

また、自分の宝物は、誰かに取られてなくなるものでもありません。

 

自分が忘れていたとしても、なくなったわけではないのです。

 

もし今、自分には何もないと感じている方がいたら、すぐに外へ何かを探しに行く前に、一度だけ自分の足元を見てみてください。単に気づいていなかっただけかもしれません。

 

最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。