西方十万億土乃皇命

西方十万億土乃皇命

A wanderer former JW

What is the difference between Jehovah's Witnesses and others?
They are the bad Pharisees of the 21st century.

"Vanity of vanities, all is vanity."【King Solomon】

"The world is fake and vain"【Prince Shotoku】


耶和華見證人與別人有什麼區別?

空之空、一切都是空哉 (所羅門王)

又曰
世間是虚仮也 (聖徳太子)
Amebaでブログを始めよう!

もう辟易します

不気味なしつこさ

また来ましたよ
公開講演の勧誘ハガキ!

まったく自分たちの奉仕報告のダシにしようってことですよ
今までなんの接触もせずに何ですかいきなり!

生活上で不愉快を一番感じるのがコレです。

こんなハガキ書いて、イイつもりでいるこの無神経さは、集会の洗脳度合いと、どんなに社会常識や人間らしい良識を失っているかを表す証拠ですよ。

呆れ返るのと、その下心の醜さ、汚らわしさに身震いすること想い!

第一、交わっていないからには、それなりの理由や傷があるはずで、その重要な事は一切問わないし聞かないで、ただ一方的に「こっちに来い」だけ!バカなんですか?

人格無視も甚だしいし、それで誰が喜んで参加すると思うのか?
「多分、参加しないだろう」とも思っているでしょうね。なら余計に迷惑千万!


これから、毎週ハガキ出すつもりか? 自分は奉仕したという自己満のために
「それで参加でもしてくれたら、手柄にもなるし」くらいは考えていそうな・・
 

ロシア政府への手紙送付作戦もこんな動機か?

統治体が個人を軽視するのも、こんなところに出ています。

離れている人間の理由や事情など配慮も何もないただの押し売り!
今後あまりしつこかったら、ベテルと警察に通報しようかな

しかし、ベテルの塩対応もひどいので、警察だけにしておくか?
ベテルに電話すると、まず会衆を特定しようとするばかりで、ひとの訴えなんぞうわの空で、個人情報を根掘り葉掘り聞きはしても(非通知でかけてるのに番号聞いて来ましたからね)、結局は地元の長老に回して丸投げするだけ。 「おまいらの管轄から苦情が来たぞ!オレに迷惑かけるな!立場弁えろ!ベテルの邪魔するんじゃねえ」
これじゃ問題意識なんて持つわけもないし、話聞いてないのとおなじですよ。
何しろ、自分たちは絶対に正しいんですからね。

とにかく、非常に不快!気持ち悪い!
これを例えるとなると、どんな気分か?
ゴーカンされる感じ?それもホモ!

女子高生が「お父さんのパンツとわたしのを一緒に洗わないで!」と絶叫する感じ?
とオッサンのわたしが言うほどなんですよ!

ああ汚らわしいっ!・・っと清純とは縁もゆかりもないこのオッサンが叫びたくなるほどの汚水管並みに忌避したい、ものみの塔のオッサンの汚らわしさ!

その裏の動機の無知さ野蛮さ貪欲さ!
もう堪りません!


ふと、自分も伝道していたときには、こんな動機でもいたのかと思うと、ガッカリしますね。

もっとも、交わらなくなった人に、わたしはこんな事はしませんでしたよ。
ちゃんと事情を聞いて、その立場を理解しようと努めたもんです。

だから、このハガキ出してくる下劣漢はやっぱりそれなり非常識か変態です。

何が下劣かといえば、ひとの事情を考えず、自分の事情だけで行動すること、それもインチキカルトの自覚なく、人を少しも顧みない傲慢さ野蛮さ頑固さ無能さバカさ・・・

ものみの塔のレベルがどんなに低いか、これがその一例ですよ。
百害あって一利なし!

ハルマゲが来るとか来ないとか云う問題なぞ、遥かに超越したバカさ加減です!

この変態性も先天性ではなかったのでしょう。集会・奉仕の洗脳から来た後天的獲得形相で、それに人を誘うという・・・

それとも・・断絶させたい?? それも有り得る??

もう一通来たらいよいよ行動起こしますかね。

まず、本人に通知、「もし、また次を送ったら・・・」



みなさん!この道理も弁えないバカ宗教、なんとかしてくださいっ!

 

 

 

 

いつもみなさんの投稿を読ませて頂きましてありがとうございます

「ものみの塔」という団体だけの問題を云々することの空しさを感じ、数年間、読むばかりではありましたが

それでも、自分からこの宗教の影響が去ってはおらず、かえってひしひしと迫ってくる状況にあります。
それは精神面でも肉体面でも避けられず、組織に交わりはしないものの、忌避はされていませんので、周囲からは良いつもりで、関わってこられます。

とくに最近では、戸外の伝道ができないことから、手紙などの攻勢を受けることがあり、送り手と受け手の想いの隔たりの大きさには嘆息せざるを得ません。

それは「証人」を自称する信者らが、他の意見には耳を閉ざすところから来るもので、そらがどれほど傲慢な態度であるのかをまったく自覚させない洗脳的「指導」に原因があることを知る身なので、よけいに辛いものがあります。

この「エホバの証人」という宗教信者と、それを実質的に統括している「ものみの塔」なる宗教団体について、わたしが思う事を書かせて頂きますと・・

普通に考えて
「この宗教は罪深い」としか言えません。
子供への暴力犯罪、大人への忌避での精神犯罪の数々

それらを「キリスト教」の名の下に行って来たのは、紛れもない事実で、いまさら長老、また支部や統治体がどんな言い訳をしようと、打ち消し難く積み重なってしまっております。

もはや一般社会の誰に対しても言い逃れできないでしょう。常識外れも甚しく、ただ、情報統制された信者だけが、集団から脅されて命惜しさに加担しているだけの姿をさらします。しかし、もう社会から卑しめられる形で孤立しています。

この宗教は、巧妙な洗脳悪の暗部として、歴史の教科書に載る典型例の中でも、輝かしい代表格にはなれるでしょう。

しばらく後に、人類は過去を振り返り、聖書を使ってこれほどの悪業があたかも良いものとされた事に驚かされるでしょう。

子供を打ち叩き、大人を忌避する。
こんな程度の低い「宗教」の本質を見抜いて、賢く行動することの方が、本当に人間らしく生きるためには必須になっています。

もう、この宗教は沈みゆく大船であり、その行先は「楽園」のはずでしたが
多分、救命ボートは足らず、船長以下の船員は情報を隠し続けて、それが助かる方法たからと、乗客には留まることばかりを吹聴するのでしょう。

そんな大きな悲劇が目の前で進行していますが、中の人は聞く耳がないようです。
人間というものは、そこまでも幸せを求めて不幸になる生き物なんですね。

他の人々より幸福になったつもりで、実態はと言えば、気位だけ高い傲慢人間であり、それが「ものみの塔」の指導の結果です。

どうして、その指導が成功してしまったかと言えば、人間に共通する欲望に適ったからで、死にたくない、偉くなりたい、自分は清い人間でありたい、仲間が欲しい、などを一気に満たせるからでしょう。だから、信者にはそれが「真理」にならざるを得ません。

しかし、それが本当に「真理」かどうかは別問題なのですが、そこは知ろうとしません。
だから、他の意見を無視します。

これは、ただのわがままなのですが、統治体からして極端なわがままで、支部、巡回、長老も自分たちの欲望の奴隷でしょう。

ものみの塔という団体は、巨大な利権の塊であり、それは統治体から末端まで同じです。
聖書はその言い訳であり、やっていることは「エホバ」と名付けた神に、「好かれるか嫌われるか」という、「宗教遊び」に過ぎません。

いまでは、すっかり俗化してしまい、閉鎖社会の中で卑近な話題の動画を見て、新しい歌を覚えて、寄付をして、他人を裁いて、ほぼそれで終わりです。

「二十世紀のエホバの証人」がこれを見たら、間違いなく落胆するでしょう。
少しずつの変化に慣らされ、騙されたことに、今の証人は気付けないか、気付きたくもないからです。

これほど空しい実情にありながら、信者は自分の感覚を働かせて判断することを放棄しています。統治体がそれをさせまいとしているからであり、人間が人間であろうとすることに罪悪感を抱かせようと画策してきました。

何のためですか。
自分たちの支配体制の維持のためであり、彼らの眼中には、人々の人格はもちろん、神さえありません。これは断言ができます。
というより、事例がありすぎるのです。


 

自分がイニシアティヴを執るか・・さもなければ壊してしまえ!

オフ会で楽し気な他人は許せない、支配することだけが自分の愛し方

↑これは誇大妄想的に歪んだ自己愛でしょう。

ひょっとして最初から破壊が目的の異分子だったのか?

 

周囲は大迷惑・・破壊を見て満足する達成感!

でも、どこにでも必ず居ますこの種の・・自分が偉い人

特に「某団体」など特権クレクレの養成機関のようです。

ひとの上に立って指導したい「お山の大将」いい迷惑!

わずかな兆候も見逃せません。兇悪サタニズム長老とかサイコ元エホとか

早めに察知して、この自己中からできるだけ離れるしかありません。

 

 

さて、国際的な港湾で見つかっている「ひあり」

「火蟻」と書くそうで、つまり「ファイヤー・アント」

 

とうとう東京都も注意喚起始めました。

東京港、大井ふ頭でも見つかったそうです。

 

「ヒアリ」は相手を問わず攻撃し、しかも集団で襲ってきます。ネズミや爬虫類などの小さな生き物なら、集団で食い殺してしまいます。人体や自然環境に大きな影響を及ぼすことから、世界各地で大きな問題となっています。

(ヤフー・ニュースから引用)

 

もう、日本も浸食されてしまうか?

  • 刺されると、アルカロイド系の毒(ソレノプシン)によって非常に激しい痛みを覚え、水疱状に腫れる
  • さらに毒に対してアレルギー反応を引き起こす例が、北米だけでも年間で1500件(本種を含めた“fire ant”全体の件数)近く起こり、100人以上の死者が出ている。
  • ソレノプシンは、呼吸困難や意識障害等を起こす場合がある。
と東京都は知らせます
 亜種もいるんですね!
 
万一、刺されたら・・by 東京都
  • ○刺された直後の対処
  • 20~30分程度、安静にし、体調の変化がないか注意
  • 症状が悪化しない場合には、ゆっくりと病院を受診
  • ○症状が悪化する場合
  • 一番近い病院を受診する(救急受け入れのある病院が望ましい)
  • 「アリに刺されたこと」「アナフィラキシーの可能性があること」を伝え、すぐに治療してもらう
「アナフィラキシー」ってなに?

毒蜂でも起るんですね

 
 

但し、蟻、有り!と見れば怖がって駆除しては、在来種までやっつけ

生態バランスを崩すとも

 

ああ!

それから、日本の在来種の蟻はヒアリの増殖を抑えるという

それなりの情報も

ヒアリの天敵は日本の蟻だそうです。縄張り意識が強い蟻は、他種の蟻が縄張りに入ってきたら殺しにかかるそうです。

☞ これはツイッターからの情報(#ヒアリ)

日本古来のものは、なにかと大事ですね~

 港湾の周囲に在来種を誘致してはいかがなものでしょう?

 

そこで、ありありと見る見分け方・・

 

それ本当にヒアリ?―「アリ違い」で駆除は逆効果、侵入ふせぐ在来種が減ることに
危険な外来種「ヒアリ」。関西に続き東京の港湾でも見つかり、不安を広げている。一方で別のアリを間違えて..........≪続きを読む≫

まず色が黒くない

 

しかし、しかし

すんごい天敵がいました

☞ ミノバエの幼虫

 

し、しかし、ハエが増えても・・・

自然界はすごい闘争の現場です

人間社会とよく似てます

 いや、人間が真似してるのか・・よく分かりません!

とにかく生きるのもサバイバル・・強く生きよう!(とは思うのですが)

 

 

 

世界中が物流でつながっている現代

日本だけは安全というのも無理なのか?

 

日本の池にアリゲター・ガーが普通に居て

横浜川崎の狭い運河に4mのホオジロザメが迷い込み

多摩川をワニが泳ぐという(冬には死ぬそうです)

居ないはずの場所に、居ないはずのモノが居るという

きょうこのごろ

 

みなさまにおかれましてはいかがおすごしでしょうか。

熱帯化してゆく列島、、

猛暑&大会お見舞い申し上げます

 

 

西方十万億土 西荻窪 大兄の王子

 

 

多摩川流域の原住民らが、この川を「タマゾン川」と呼ぶようになっているとまでは知りませんでした!

ピラニアもいるそうです!

東京とブラジルは意外に近いようです。

 

 

 

大河ドラマでとても良かったと今でも思う「風林火山

 

井上靖の描く「山本勘助」が、諸国を放浪して築き上げた兵法を使って、はじめは甲斐武田を討とうという強い意志と怨みを宿す。

身重の妻を武田の当主、信虎に惨殺されていたのだ。

 

晴信(後の信玄公)との最初の出会いで、その恨みを見抜かれ

「怨みでは、この武田は討てぬぞ!」

 

 

「大望無ければ、怨みを晴らしたとて、なんになる」と言われるシーンがあった。

 <span style="color:#0000ff;">https://youtu.be/-lDXIPxbIqM?t=24m40s</span>

 

このあたりの言葉は、主人公の活躍を予感させるもので

ドラマを見る側に大きな期待を呼び起こす井上靖渾身の台詞でもある

それを、いずれは仕えることになるその主君直々に語らせた。

 

その怨みは、山本勘助がその名の通りの桀人になるために越えねばならない峠なのだ。

<人には何かしら克えるべきものがあるのだろうと思う>

「絶望の中から大望はうまれる」とも・・

 

それでも

この物語では、彼に怨みは解消はしていないのだが、状況が変わってゆくことで、勘助も怨みの先を生きるようになってゆく・・

 

 

--- そこで、我が本心をすこし書いてみる ---

 

自分の場合、友人身内を洗脳され、日々苦衷にあるこの身だが

 

その洗脳はまったく硬く、取り付く島もない

思えば、ひどい宗教団体であろうと、入信する者は絶えず

地下鉄サリン事件を起こしたような教団さえいまだに解散もしていない。

 

ものみの塔といえば、あそこまではっきりとした悪業では知られていないから、大きな波乱があったとしてもどうなのか?

 

ものみの塔という宗教から出たくても出られない方々も多く、そのために微力を供するのならともかくも

 

どっぷりとあの宗教の正義感に浸かってしまっている人々を動かすことは、本当に僅かな可能性に懸けるばかりのことで

 

このごろは、何か非情な限界を感じる。

 

そこで

これからは、自分のためにひたすら生きようか?

 

身内であれ、友人であれ、皆がそれぞれの自己責任と判断で、どんなカルトであっても、その道を歩いているのだろうから

 

それとも、実態に気付くなら、さっさと信じるのを止めるのだろうか?

 

養老孟司が「バカの壁」で主張したように

結局、人同士が「話せばわかる」なんてことは理想の絵空事

実際、人間二十歳を過ぎれば、みんな硬~く凝り固まったアタマになっている。

自分のアタマが柔軟だと思う方が、よっぽど硬いのだろうとも思う。

そうでないと生きてもゆけない世の中でもあるし・・

 

エホバの証人が、「世の人々は心を閉ざし、真理に耳を傾けようとしない」と言うとき、自分自身のアタマの硬さは、まるで眼中にない。

もちろん、都合の悪いことには自分たちがどんなに頑なか、話し合いにおいて公平ないことは棚に上げている。

 

この世界の正義感も十人十色

その最小公約数のようなもので、社会はなんとか動いてはいるけれど

それを突き詰めると、どうしようもなくバラバラだ。

証人もそのひとつでしかない。かなり傲慢なひとつ。

 

だから、政治と宗教の話はタブーだし

社会でうまく波にのってゆきたければ、主義主張は出さないことだ。

 

そこで、まるで考えも正義も一致させたように見えるのが宗教という仮想現実なのだろう。

自分も「兄弟姉妹の一致」に、理想と安心を夢見た。

 

だが今は

「自分の人生を壊された」という被害者意識をものみの塔に対して

自分は強く持っている。実際、再起不能なところも随分と感じる。

被害者の近くに居ればこそ、強大な組織に刃を向けたいと思わざるを得ない。怨みは無いとは到底言えぬ。

 

 

だけれども、自分が証人をやってる最中は親からの反対も、乗り越えるべき「迫害」くらいにしか思っていなかったのだ。

 

戸別伝道に出ても、ほとんどの人は、無関心か敵意を持つ人も少なくなかった。

そこも、これも、みな、サタンの世の中だからしようがないと思い、せめて自分はしっかりとエホバの証人であろうと決意を固めていたのだ。

 

その時の自分に、今の自分が話しかけたとしても、まるで聞く耳などなかったろうし、仮に説得に成功しても、昔の自分に、大きな荷を背負わすことにもなったろう。生活のほとんどがエホバの証人で出来上がっていたのだし・・

 

そして今

自分がエホバの証人に戻ることは考えられない。

それは、エホバの証人という生き方が虚構に基いていることが、人から言われてでなく、何かネガティヴなニュースを知ってからでもなく、自分で理解できたからなのだ。

嘘だと分かっているものを本気で信じて、自分を犠牲にはしないという当然の理由による。

 

それでも、人間が考える「正さ」というのは、絶対のものでなくて

個人個人の認識次第でどうにでもなってしまう。

 

だから、自分というひとりの中でも、過去と現在の「正さ」が違っている。

 

自分がエホバの証人であったことの責任は誰にあるのか?

それは間違いなく、周囲の反対を押し切っていた自分だと思う。

「騙されていた」というのは確かだが、それも突き詰めると、アタマを硬くして「壁」の中に閉じこもったことの自己責任なのだ。

 

いまさら、「自分が証人であった全部の責任が組織にある」と言えば、それは自己判断能力を全否定することにしかならない。まるで赤ん坊の理屈になってしまう。

 

だからこそ

自分はこれからも当分は、反エホではあり続けるだろうし、同じ信仰に戻ることは有り得ないと思う。

 

ではエホバの証人ではない自分とは、どんな自分なのか?

 

自分の場合、止まったままの25年間の時を戻す必要はなさそうだ。

幸いに、その間にまるっきりのエホバの証人ではなかったからで、正規開拓には遂に一度も入らなかった分、そのせいで差別もされてきたが、十代から常に二本の道を歩き続けてきたから、これはまだ幸いだったと思う。社会復帰の必要もほとんど感じない。これはよかった!

これでまだ何とか息はしてゆけそうだ。しかし、それもやっとのことだ。

 

しかし、「人生間違えた!」という想いを死ぬまで痛々しく感じながら生きなければならない。正直、これはかなりつらい・・

だから、この想いを他の人にしてほしくない!

そこで、結構な無理をして、証人の近くに住んでいるのだが

 

だが、周囲の人々、ものみの塔に居るかつての仲間たち(ほんとうに愛すべき)のことは、自分の感情が及ばない「壁」が立ちはだかり、聳え立っていて、恐ろしいことだけれど、それはもうどうにもならないらしい。

 

これが「人はそれぞれ自分の荷を負う」ということなんだろうか?

自分がなにか働きかけて、誰かの洗脳を解いたからといって、その人は、その人なりの苦しみを負うことになる。

特に、年齢がいっていれば尚更だ。

 

いや、それでも、後で「何で知らせてくれなかった?」と言われるか?

一応は言うだけの事を言ったなら、もうそれで良かったか?

 

だが

組織に仇はあっても、中の人々が「壁」のなかに閉じこもっていたのでは・・

 

今後は、自分のためにだけ生きるか?

半分は諦めの境地で、どこか「遠く」に旅立つ日が

そのうちに訪れるような気がしてくる。

 

本心を封じての日々になるか

それでも、折あらば・・

 

自分の信玄公は現れるだろうか?