ロックとテロワール 序章
テロワールと言えばワイン。
最近ではコーヒー、チョコレート、オリーブオイル、塩…
さまざまなものがテロワールを意識して作られ、送り出されています。
その土地の土壌、空気、太陽、季節そして文化、人。
それらが凝縮し、伝わる…
と何の話かというと
そのテロワール、ロックにもあるんじゃないかと。
詳細はまた今度、として
そのテロワールのことをいつも考えちゃうのが、
THE VIEW
スコットランド南東部、15万人あまりの
製造業の町。
この町で生まれ育ったTHE VIEWの4人は
全英1位となったデビューアルバム、そしてセカンドアルバムで
この町の影と闇と絶望と、でも、もがいて血を流して、またもがいて、
その先に少しだけ覗く、希望という名の光を紡いできました。
そして日本ではひっそりとリリースされたサードアルバムには
その少しだけ除く、希望という名の光が、サウンド面に。
エッジは変わらない。
ナイフは隠さない、だしっぱなし。
でもそのナイフは人と自分を傷つけるためではなく
きっとわずかに除く光をもっと広げるためのもの。
あまりにもせつなくキレまくっていた前2作に比べて
第3作 Bread And Circusesは、生きるという実感がある。
彼らが綴り、体現するダンディーシティの情景。
ロックとテロワールを実感せずにはいられないロックンロールバンドです。
The View - Tragic Magic
最近ではコーヒー、チョコレート、オリーブオイル、塩…
さまざまなものがテロワールを意識して作られ、送り出されています。
その土地の土壌、空気、太陽、季節そして文化、人。
それらが凝縮し、伝わる…
と何の話かというと
そのテロワール、ロックにもあるんじゃないかと。
詳細はまた今度、として
そのテロワールのことをいつも考えちゃうのが、
THE VIEW
スコットランド南東部、15万人あまりの
製造業の町。
この町で生まれ育ったTHE VIEWの4人は
全英1位となったデビューアルバム、そしてセカンドアルバムで
この町の影と闇と絶望と、でも、もがいて血を流して、またもがいて、
その先に少しだけ覗く、希望という名の光を紡いできました。
そして日本ではひっそりとリリースされたサードアルバムには
その少しだけ除く、希望という名の光が、サウンド面に。
エッジは変わらない。
ナイフは隠さない、だしっぱなし。
でもそのナイフは人と自分を傷つけるためではなく
きっとわずかに除く光をもっと広げるためのもの。
あまりにもせつなくキレまくっていた前2作に比べて
第3作 Bread And Circusesは、生きるという実感がある。
彼らが綴り、体現するダンディーシティの情景。
ロックとテロワールを実感せずにはいられないロックンロールバンドです。
The View - Tragic Magic
4月になれば彼女は
April Come She Will--Simon & Garfunkel
「四月が来れば彼女は」
四月
川が満ちて空気が雨で潤うころ
彼女は来るだろう
五月、彼女はここにいてくれるだろう
僕の腕の中で安らぐんだ。
六月、彼女の調子は変るだろう
落ち着きなく歩いて、夜にはほっつき歩く。
七月、彼女は旅立つ。
でも僕は、彼女に警告などしないんだ。
八月、彼女はきっと死んでしまう。
秋の風が冷たく吹く九月に、僕は思い出すだろう。
新しい愛も、移ろい過ぎてゆくことを
(それでも四月が来る)
(川が満ちて空気が雨で潤うころ、また愛はやって来るだろう)
(そして、また五月、彼女はここにいてくれるだろう)
(そして、また僕の腕の中で安らぐんだ)
()はもともとの歌詞にはありません。
シニカルな中に本音の愛への渇望を描くポール・サイモン。
どうせ愛なんて移り変わるから、僕は傷つきはしないさ
といいながら内面では、「もう一度取り戻したい」という願いがあるのではないだろうか…
なんて想像してみる。
美しいメロディ。
失ったもの。でもあきらめてはいけないのかもしれない。
桜がいつものように4月に咲くように
また美しい季節は戻ってくる。
時は時に残酷で、でもだからこそ美しい。
巻き戻せないけれど、また戻ってくるものもある。
震災から1か月。
それでも4月、再び、
川が満ちて空気が雨で潤うころ、
また幸せはやって来るだろう
「四月が来れば彼女は」
四月
川が満ちて空気が雨で潤うころ
彼女は来るだろう
五月、彼女はここにいてくれるだろう
僕の腕の中で安らぐんだ。
六月、彼女の調子は変るだろう
落ち着きなく歩いて、夜にはほっつき歩く。
七月、彼女は旅立つ。
でも僕は、彼女に警告などしないんだ。
八月、彼女はきっと死んでしまう。
秋の風が冷たく吹く九月に、僕は思い出すだろう。
新しい愛も、移ろい過ぎてゆくことを
(それでも四月が来る)
(川が満ちて空気が雨で潤うころ、また愛はやって来るだろう)
(そして、また五月、彼女はここにいてくれるだろう)
(そして、また僕の腕の中で安らぐんだ)
()はもともとの歌詞にはありません。
シニカルな中に本音の愛への渇望を描くポール・サイモン。
どうせ愛なんて移り変わるから、僕は傷つきはしないさ
といいながら内面では、「もう一度取り戻したい」という願いがあるのではないだろうか…
なんて想像してみる。
美しいメロディ。
失ったもの。でもあきらめてはいけないのかもしれない。
桜がいつものように4月に咲くように
また美しい季節は戻ってくる。
時は時に残酷で、でもだからこそ美しい。
巻き戻せないけれど、また戻ってくるものもある。
震災から1か月。
それでも4月、再び、
川が満ちて空気が雨で潤うころ、
また幸せはやって来るだろう
今日の西日はあったかい
デスクでPCに向かう。
日曜日の午後。
僕の左の窓からは西日が射す。
柔らかく、温かく。
太陽のチカラは少しずつ強くなって、春という季節を運んでくる。
昨日の雨が、きっと、冬の最後と、春の最初のクロスフェードが終わった合図で
今日からは春一色。
東京の季節は速くなっているから、4月の終わりからは、今度は
春と初夏のクロスフェードが始まる。
仕事中の音楽も、だから、春。
そして今日のBGMは、90年代、バブル崩壊から失速した東京が
少しずつ本来の元気を取り戻しつつあるころの曲。
ふしぎにあのころも、少しだけほっとしたような微笑みが街にあふれていた。
急速に回復するわけではなく、すこしずつ。
だから、あったかかった。
浮かれるわけではなく、ささやかな幸せが、心地よかった。
バブルの狂乱ってなんだったんだろうと思った。
狂乱がカットアウトして、静寂の後、少しずつ、自分たちらしさの時代が
ゆっくりフェードインして、そしてふわっとAメロがはじまった。
apple eys by swoop
その後時代はIT革命という名のしあわせが再びバブルを巻き起こし
狂乱のマネーゲームに、また東京を巻き込んでいった。
激しい旋律の中で、ささやかな幸せという主題は忘れられた。
そして再び…3月11日というカットアウト。
まだ不安だらけで、先行きなどわからない。
だけど僕の東京は子供の頃から変わらず桜が咲き、柔らかな西日と柔らかな風。
都知事選の日曜日。
再び、ささやかな幸せの時代が、ゆるやかにフェードインしてくる。
もしかしたら僕たちの生活は30年前に戻るのかもしれない。
あのころ、できたばかりのセブンイレブンは本当に7時~23時の営業だった。
湘南新宿ラインはなく、品川駅は帰宅客でごったがえしていた。
ただし、それは夕陽がまだ残っている時間だ。
その時、駅の表示板は蛍光灯で光っていない、鉄とプラスチックの板だった。
ノスタルジックになっていたくはない。
いまさら、携帯もPCも手放せない。
CSをつければ世界中のスポーツがライヴで楽しめる、
ナポリの上質で新鮮なモッツアレラチーズが翌日には恵比寿のレストランで食べられる、
お酒が足りなければコンビニがある、青森まで新幹線で快適に運んでくれる
そんな便利を手放したくはない。
三丁目のなんとかが決して幸せなだけの時代ではないことは体感している。
river of dreams by billy joel
それでもなお、ほっこりとした日曜日を過ごせること、
20時にもなると暗くなる都心の夜を見れば
きっと父親は子供と家で晩御飯を食べ、居間で一緒にテレビを見て笑っている。
人の心だけでも、なにかを取り戻せるんじゃないか。
自然に時は流れ、自然に歴史は螺旋階段からの景色のように繰り返される。
だからこそ、今日の西日が真実。
さあ、F1が始まる前に、はやめにキッチンに入って
豚とナスのラグーソースでも仕込もう。
軽めの赤が気分かな。
窓を開けて、西日が残る中で、ゆったり過ごそう。
隣の家で、おばあちゃんとお父さんと子供たちが
笑点とサザエさんを見ながら、楽しい夕餉を過ごしていることを祈りながら。
Any way the wind blows by Southern Pacific
日曜日の午後。
僕の左の窓からは西日が射す。
柔らかく、温かく。
太陽のチカラは少しずつ強くなって、春という季節を運んでくる。
昨日の雨が、きっと、冬の最後と、春の最初のクロスフェードが終わった合図で
今日からは春一色。
東京の季節は速くなっているから、4月の終わりからは、今度は
春と初夏のクロスフェードが始まる。
仕事中の音楽も、だから、春。
そして今日のBGMは、90年代、バブル崩壊から失速した東京が
少しずつ本来の元気を取り戻しつつあるころの曲。
ふしぎにあのころも、少しだけほっとしたような微笑みが街にあふれていた。
急速に回復するわけではなく、すこしずつ。
だから、あったかかった。
浮かれるわけではなく、ささやかな幸せが、心地よかった。
バブルの狂乱ってなんだったんだろうと思った。
狂乱がカットアウトして、静寂の後、少しずつ、自分たちらしさの時代が
ゆっくりフェードインして、そしてふわっとAメロがはじまった。
apple eys by swoop
その後時代はIT革命という名のしあわせが再びバブルを巻き起こし
狂乱のマネーゲームに、また東京を巻き込んでいった。
激しい旋律の中で、ささやかな幸せという主題は忘れられた。
そして再び…3月11日というカットアウト。
まだ不安だらけで、先行きなどわからない。
だけど僕の東京は子供の頃から変わらず桜が咲き、柔らかな西日と柔らかな風。
都知事選の日曜日。
再び、ささやかな幸せの時代が、ゆるやかにフェードインしてくる。
もしかしたら僕たちの生活は30年前に戻るのかもしれない。
あのころ、できたばかりのセブンイレブンは本当に7時~23時の営業だった。
湘南新宿ラインはなく、品川駅は帰宅客でごったがえしていた。
ただし、それは夕陽がまだ残っている時間だ。
その時、駅の表示板は蛍光灯で光っていない、鉄とプラスチックの板だった。
ノスタルジックになっていたくはない。
いまさら、携帯もPCも手放せない。
CSをつければ世界中のスポーツがライヴで楽しめる、
ナポリの上質で新鮮なモッツアレラチーズが翌日には恵比寿のレストランで食べられる、
お酒が足りなければコンビニがある、青森まで新幹線で快適に運んでくれる
そんな便利を手放したくはない。
三丁目のなんとかが決して幸せなだけの時代ではないことは体感している。
river of dreams by billy joel
それでもなお、ほっこりとした日曜日を過ごせること、
20時にもなると暗くなる都心の夜を見れば
きっと父親は子供と家で晩御飯を食べ、居間で一緒にテレビを見て笑っている。
人の心だけでも、なにかを取り戻せるんじゃないか。
自然に時は流れ、自然に歴史は螺旋階段からの景色のように繰り返される。
だからこそ、今日の西日が真実。
さあ、F1が始まる前に、はやめにキッチンに入って
豚とナスのラグーソースでも仕込もう。
軽めの赤が気分かな。
窓を開けて、西日が残る中で、ゆったり過ごそう。
隣の家で、おばあちゃんとお父さんと子供たちが
笑点とサザエさんを見ながら、楽しい夕餉を過ごしていることを祈りながら。
Any way the wind blows by Southern Pacific