樹が大阪城に忍び込んだ事には二つ理由があった。一つは将軍の娘である千姫を一目見るため、もう一つはこの燐に甲賀を裏切った理由を問いただすためである。


「燐・・・なんで裏切った?」


「お前に・・・・わかる訳がないっ!!」


 二人は一瞬で距離を詰める。それぞれの能力で作られた刀を振りかざす。刃が交じり合う度に力の余波が水蒸気になって周りにあふれた。


「わからんからっ、きいとんやろっ!」


 樹は巨大な氷柱を燐に放つ。燐は瞬時に炎の蛇を造り上げ、氷柱を巻き取り水に帰す。それ様子を端で見ていた乃亜が不意に巨大な水の槍を樹に向かって放つ。


「甚八、どくんだ!水龍!君の相手は・・・・僕だっ!!」


「引っ込んどれ・・・・。」


 樹はそういうと再び瞳を碧く染める。瞳が碧くなると同時に彼の左手は純白に染まり、凄まじい冷気を纏う。槍がその左腕に触れた瞬間、一瞬にしてそれは凍り、砕け散った。『月下美人』樹はその技の名を小さく呟くと再び燐と向かい合う。


「いやっ・・・もう聞かんわ・・・・。なんかお前つらそうやし・・・・。」


「ふっ、ふざけるなっ!お前はっ・・・・お前はっ・・・・。・・・・私達は殺しあわねばならない・・・・それが・・・『運命』なのよ・・・・絶対に逃れられない・・・・。」


 燐は出しかけた言葉を仕舞い、己に言い聞かすかのようにそう呟く。樹は再び距離を詰める。それに合わせて炎の刃が彼を裂くがその体は水と入れ替わる。樹は間髪居れずに燐に頬を叩いた。


「あのな・・・『運命』って言葉を逃げに使うなや・・・。『命』を『運ぶ』そーいう意味や・・・・。未来を切り開くって訳や・・・・。」


「・・・・・・。」


 燐の左目より一筋の涙が流れる。樹は二人に背を向けて歩き始める。


「んじゃっ、俺帰るわ・・・・。乃亜君!君に必要なのは・・・『護る心』や・・それさえあれば・・・風雅と良い勝負できるかもなっ。そんで・・燐・・・。大阪城で・・・もっかい戦おう・・・それを最後の戦いに・・・しよ・・・。」


 そう言い残して樹は闇へと消えていった。



 同刻、江戸城に意外な客が現れた。先代服部 半蔵である。彼はかつての主君家康の前でひざまづいた。


「御久しゅう御座います・・・父上。」

「御託はよして・・・さっそくやり合いますか?」


「賛成・・・。」


 次の瞬間、樹は一瞬で間合いを詰めて身体を大きく捻る。その捩れを解くようにして斜め下から斜め上へと斬り上げる。乃亜はそれを紙一重で避け、右手に作り上げた水の槍で樹の喉元を狙う。


「ひゅう・・・。あっぶねー・・・・。なかなかの体術やな?」


「こっちの感想は・・・想像以下です・・・。」


「なんやと・・・?」


 額に青筋を浮かべて樹は再び斬りかかる。しかし乃亜の槍が届く範囲全ての領域に楯があるのかのごとく弾かれた。樹がどれだけ綺麗な剣舞を舞ってみせても乃亜に決して届くことは無かった。


「無駄だよ・・・。貴方の刃は僕に届かない。」


「言いたい放題言いやがって!大体掴めて来たわ、こんなもん!」


 頬より血を流した樹は再び乃亜に斬りかかる。その動作の途中に剣の軌道を変えて地面に突き刺し、それを軸にして両足蹴りを放つ。その動作に乃亜は一瞬遅れをとり、反撃の機会を失う。


「なるほどな・・・。お前のその力・・・なんつーか、動きを捉えんねんな・・・?やから今のメチャメチャな動きには対応できひんかった・・・。違うか・・・?」


「そうだよ・・・・。この能力は『流れ』を見切るもの・・・。それが解っても意味が無いよ。もう僕にはそんな滅茶苦茶な攻撃は効かない。」


「せやな・・・半端な攻撃やったら意味無いな。・・・つまり・・・『俺の剣術』じゃ勝たれへんっつう事や・・・。やったら、『本物の剣術』で戦うだけやろ・・・。」


 樹は氷雨に両手を添えて、上段の構えを取る。乃亜の槍が迫った瞬間、彼は刀を振り下ろす。すると、樹の一撃は水で出来ているはずの槍を真っ二つに切断する。(この斬撃は面無が白鬼状態の時に放つそれと酷似している)乃亜が槍を再生させる一瞬の隙を突いて刃を喉元に突き立てる。


「一刀流・・・奥義『真打』・・・。俺の師匠に習った本物の剣術だ・・・!とりあえずぶったぎってやったぜ?」


「僕の本気は・・・こんなもんじゃないっ!!」


 乃亜は力を解放する。それを察して樹は距離をとり、龍の力を解放して目を碧く染め上げる。


「あぁ!?覚悟はできてるんやろな?」


 一触即発の空気の中、炎の矢が樹に向かって放たれた。彼は水の壁を作り上げてそれを防ぐ。漏れる水蒸気が消え去った瞬間、樹の視界に長髪の美女が入ってくる。


「久しぶりやなっ・・・燐!」


 口調とは裏腹に、樹の頬に一筋の汗が流れ落ちた。

「ったく・・・急がし過ぎや・・・。白とも風雅ともろくに喋れてないわ・・・。」

 ため息混じりに大阪城に潜入する。腕を模った水を伸ばし、屋根から屋根へと、上へ上へと登って行く。樹の水術は、潜入にうってつけなものであった。

「平成のアルセーヌ=ルパン参上!っつうか、この時代じゃ石川 五右衛門のがしっくりくるかな・・・。っと・・・。」

 樹は壁に寄って身を隠す。その向こうには下忍が三人、樹は静かに忍び寄り、手刀で三人を気絶させる。難なく天守にまで登った樹は、窓より千姫らしき影を確認し、侵入する。

「なっ!?おぬしはっ・・・もがっ・・・!!!」

「姫様ー、静かにして下さい、命を奪う気は毛頭ありません、誘拐する気もね!おわかりかい?」

 千姫はコクコクと縦に頷く。すると樹はそれまで彼女の口を覆っていた水を除け、両手を地面につけて頭を下げる。

「先程はご無礼・・・申し訳ありません。某・・・伊賀忍軍が一、和田 樹と申します。」

「ほぉ・・・うぬがいつきか!ふうがからきいておる。」

 樹は彼女の目を覗き込む。吸い込まれそうな程大きく黒い瞳は優しさをかもし出す。彼女の持つ雰囲気全てが居心地よく感じられた。『大器なり!』この時代風に言うとそうなんだろうな、と心の中で呟きつつも、彼女の『人を魅了する才能』に驚いていた。

「のう・・・いつき!うぬのむかしばなしをきかせてくれ・・!」

 まだこっちの意見は言ってねーっつーの、そんな事を思いながらも樹は彼女のペースに乗せられ、二年間の戦いについて話した。友の死も・・・最愛の人の死も・・・。一通り語り終わると、千姫は涙をぬぐって笑顔を見せる。

「だから・・・『前を向く』のじゃな?」

「それは?風雅からきいたんすか?ってか、もうそろそろ帰らないと怒られますわ!最後になっちゃったんですけど、俺がここに来た理由、それは姫様を見極めるためなんすわっ!」

 樹は少し間を置いて、言葉を続ける。

「伊賀が水龍、此度大阪城合戦、命を懸けて姫様を城外へお連れ申す。ではっ・・・。」

 彼は窓より外に出る、その瞬間、厳しい目つきに変わる。

「いやーっ、まっといてくれたん?君は・・・たしか・・・乃亜君だったっけ?」

「ええ、まぁもっとも、今は『霧隠 才蔵』と名乗ってるけど・・・。」

 運命の悪戯なのか、二人の忍は相対する。そして、戦いの火蓋は切って落とされた。