鬼追わず 福を求めず 
我はただ 追われし鬼を 福に導く

豆まきは  「鬼はうち〜福はうち〜♪」 
 
 

美容師の皆様へ
札幌PARCO横パレードビル4階
CUTCUTJUNでは
フリーランスの美容師さんを募っています。


ロールカーテンを下ろせば
半個室になります。






月額60000円(税別)
いつでも見学へどうぞいらしてください





色んな諸説をまとめてみました。
誰も当時を見ているわけではないですから
真実のところはわかりません。↓

数年前に
なんだかんだ2時間半かけてまとめた😅
(長いので心して暇なときにどーぞ)
 
 
 

出雲族の国譲り

鬼も福も同じモノ。

ただ現れが違うだけ

鬼、福、が顕われて個性になる。
鬼、福、を「観」つめると実に面白い

ご利益信仰的に
自らの鬼、福を見つめるキッカケを
与える為に
古の賢者が導かれ伝えられた風習。
 
 

何処かの地方では
鬼は内、福は内、とかけ声する。

節分の豆まきは
家にある邪気を払う為にやるのですが
鬼を悪者に見立てるのは間違い。
 
 
 

出て行く鬼は、前の年に呼び込んだ福が
家中の邪気をその身に受けたもの。
感謝しながら送り出す。

追儺の、この先頭に立つ鬼のような面を
者が見えない邪気を追い払うのが追儺の儀。
 

いつしか
節分に形を変えてしまいました。

大国主とニギハヤヒを同一人物とは言えませんが
同じ系統ではあるようです。

出雲に纏わる神々も、鬼とされたものたちですね。
大本教も「鬼も内」。天河でも同じです。
    

ケルトやアイルランドの
中世や近代では争いも多々ですが
古代においては、温和な民族で
あったと聞いていますよ。
 
 

長野県 鬼無里村の鬼は 
心優しい 都落ちした姫様だったと。

村人と仲良く暮らす姫様は
時の権力者には 都合の悪い存在で
『鬼』として 成敗したといいます。

 

昔とても厳しい神様がいました。
あまり厳しいので
周りの神様が疎ましくなり
艮の方向に霊を封じ込め
炒り豆に花が咲いたら出られると封印し
五臓六腑は、煮て食べた⇒ぞう煮
 

艮の方向は 鬼門となった。

詳しい歴史は
「霊界物語」(出口王仁三郎 著述。
大本出版)に述べられています。

 
 

国津神と天津神の話。
大国主命が天照大神側に政権返還を求めた。

鬼は魂であり、小さな神様です。
まつろわなかった人々を
鬼と呼んだのですよね。

吉野山は鬼が集まる場所ですし
鬼族の意識を持った仲間たちばかり。
福は内。鬼も内。
 
 

東北地方に
「鬼」とつく地名が多いのは
原住民を「鬼」と呼んで
迫害した歴史背景があると
郷土史から……
 
 

山形市の月山鳥海両所宮での豆まきは
「福は内、鬼も内」との掛け声です。
鬼と人間の「共同参画」運営の神社です。
 

「鬼も内」の意味合いから
現在の日本のあり方への
見直しであったり

古代日本の
(昔はそのように呼ばれていませんが)
精神文化を少しでも共感できているのではと思うと
うれしい限りです。

価値観は人それぞれであるし
今の世界状況の中で
「和を持って貴しとなす」なんて
言ってられないよ!という方も
この世にはおられると思いますが
それはそれだと思っております。
 
 

同じ世界を見ていても
見る者の心によって
見える世界も人それぞれ。

それが多様性というものでもあります。

少なくとも
僕は今の世がどうであれ
人々の中に「和する」という
働きがある事を知っていますし
必ずそのような世界が
繰り広げられる事を知っています。





鬼も福も
右も左も
わたしもあなたも
違いはあっても
ひとつであればいいと思います。

そのような世界が顕現される時を
とても楽しみにしています。

古来の日本に
文字があったかどうかは
古事記・日本書紀が最古の書物
だという見地からすれば
無かったという事になりますが

異端書と言われるカタカムナ文献や
ホツマ伝え等が本物だとすれば
古代日本にも文字はあったという事になりますね。
(僕はそれを信じています)
 
   

また、その当時の一族が
現在どこに住んでいるかどうかに関して
これだという答えはありませんが
奈良の山奥にも、丹後の方にも
九州にまでも
その一族の痕跡はあるようですよ。

「丹」「丹生」
という文字がつく地域は
確率高いようです。

鬼とは縄文人のことでしょう。

歴史で習ったよりも
かなり高度な文明を持っていたようです。

丹後は大江山の鬼は有名です。

大江町は
お地蔵さまもお祭りしてあり
鬼神と仏が共存する町です。

 
 

縄文人が
鬼呼ばわりされてたようですが
鬼とは仏の裏の顔とも言われます。

鬼は仏を守る番人でもありますから
鬼こそ仏と言えるのではないでしょうか?

○○○○○○○○○○○○○○

鬼の語源は「隠」であり
隠れて目に見えない力を
恐れて「オン」と呼び
それが「オニ」となった。

また「魂」や「魔」という文字に
「鬼」が入ることから
「見えざる力」を言うようにも
なったと聞いております。

 

和をもって制すことのできる
叡智が欲しいですね。

○○○○○○○○○○○○○○

丹後には
「日本の鬼の交流博物館」があり
「世界鬼学会」の事務所にも
なっています。
 
 

「丹」
一説に、丹後は人類最初の魂が
この地球に降りた場所ともされていますね。

鬼族のルーツの最初であり
追いやった者たちにとっても
最初のルーツであり
みんな同じじゃない。
 
 

沖縄やアイヌのDNAは
いわゆる
ネイティブジャパニーズに近いですね。

政権を略奪された人たちを中心にして
古来(いわゆる縄文と呼ばれる時代)の
日本に生きていた人たちを
総称して鬼とも呼ばれたかと思います。

また、その中でも
政権を担っていた古代天皇家
(ニギハヤヒ以前)の力を
新政権が恐れながらも闇に葬ったようです。
 
 

大切なのは
追いやった、追いやられた
という事ではなく

誰もが等しく愛しわかちあえる世界に
もうそろそろなってもいい頃だと
いう事と思っています。

大黒さん=大国主と
捉える説がありますが
そのような見地からすると

大国主も
おいやられた鬼の一人と言えるかもしれません。
出雲に追いやられたという事です。

 

神武に近いご先祖率いる一族と
それ以前に先住であった
ニギハヤヒ率いる一族であるかと思います。
 
 

鬼とされたり、蝦夷と呼ばれたり
悪党と呼ばれたりと
神武以降の時代の中でも
同じような構図は続きました。

ただ、ここでの投稿は
歴史の研究でもなく
誰が悪者かという事でもなく

そろそろみんなが和してもいい頃ではないかとの
投げかけです。
 
 

出て行く鬼は
前の年に呼び込んだ福が
家中の邪気をその身に受けたもの。

まつろわぬ人々
(鬼と言われた人々)

日本という国が
どのように作られてきたのか
ちょっとだけ垣間見るかと思います。
長いですがぜひご一読を。
 




また下記にも書かれてはいませんが
「鬼」とは「黄丹」とも書き
神武以前の本筋天皇家の事を指します。

「大丹生家」とも書かれます。

本筋「黄丹」・・・
黄色人種の人々であり
枝分かれしていったのが
青系、白系、黒系、赤系の人々です。

もちろん
諸説有りの中の一説ですし
真実はわかりません。

 
 

節分については
ホツマツタエなどでは
また違った解釈などもあります。

「桃太郎」のお話も
知る人ぞ知るですね。

時の征夷大将軍・坂上田村麻呂が桃太郎。
征服されていった人々が鬼であり
勝てば官軍、負ければ賊軍のお話です。

鬼の角は丑、パンツは寅。申、酉、戌は方位ですね。
鬼門と裏鬼門に位置しています。





「日ノ本で昔から
『福は内、鬼は外』と言って
節分の行事が毎年各地の寺などで
行われておりますが

この行事は
始めから鬼を退治する為の
厄払いの儀式だったのですか? 

鬼と言われた人たちについて教えて下さい。」




「今日伝えられている鬼たちの中には
邪鬼や餓鬼などと
言われている鬼たちがおるが

その中でも
人々から恐れられているのが

≪人間の臓物を喰らう≫
といわれている
魔界に存在する妖怪の餓鬼である。

それとは別に
かつて国司る支配者が
まつろわぬ人々を
≪オニ≫と呼んだ時代もあった。

加えて言えば
魔界にいる妖怪や邪鬼の中には
神獣として崇められているものがおるが

その例としては
上半身が龍で下半身が唐獅子を
合体させた、≪麒麟(きりん)≫と
呼ばれている神獣がおる。

また龍の姿に翼を付けて合体させた
≪ドラゴン≫と呼ばれている龍神もおる。

これらは、魔界・霊界の
見張り番の役目を果たしている
魔王・悪神どもの、手下である。
 
 

このような神獣を
魔王・悪神に操られた儀式者(呪術者)が
神社や寺院に見張り番として
安置させ、人々に魔除けとして
崇めさせている。
 
 
 

星々のカミガミの世界では
悪しき魔のものどもは存在せず
したがって
お守り・魔除け・数珠・札等
一切いらぬ世界である。

魔除けや厄除けを必要としているのは
魔のものが多く存在している
場所だからである。」

「では、支配者から
鬼と蔑まれたまつろわぬ人たちとは
どのような人々だったのでしょうか?」

「かつて
まつろわぬ民と言われた人々とは
≪アイヌ≫と言われた人たちのように
本々、日ノ本に古くから
暮らしていた人々であった。

その人たちを
大陸から来た支配者と呪術者は
永い時代を通して弾圧し虐げ続けた。

その後、各時代において
時々の王者・支配者から
蔑まれた人々のことを総じて
≪まつろわぬ民≫と呼んでいた。

そのようなまつろわぬ人たちの中でも
これから告げる
まつろわぬ人たちは
古き昔、大陸の支配者と共に
日ノ本に渡り来た
土木技術に優れた能力を
持った人たちのことである。

この人たちが日ノ本に来た頃

彼らは優秀な技術職人として
時の王者・支配者から
砦や城造りの為に重宝されていた。

だが、やがて日ノ本に
国家としての土台が築かれると
今度は、時々の支配者・権力者から
城や屋敷内の秘密を多く知った為に
≪オニ≫と呼ばれて
囚われ殺害された人たちもいた。
 
 

このような≪オニ≫と言われた
人たちの先祖は
もともとは今から2万年程前までは
ヨーロッパの各地に定住していた
石工職人であった。

 
彼らの気性は優しく
あらゆる物作りに優れた
巧みな技術力を備えた人たちであった。

その彼らが
ヨーロッパに誕生した王者・支配者に
召抱えられて
神殿・宮殿造りを命じられて
数多くの建造物を造っていた。

今日遺跡となっている
世界の多くの建造物は
彼ら石工職人たちが
手がけて造ったものである。

やがて彼らの巧みな技術力は
時が過ぎると共に
アジアの王者たちにも
知られることとなり

アジアに誕生した王者たちも
彼等を召し抱えて
神殿や宮廷の建造物を造らせた。

そして、さらに時を経て
アジアの覇権を握った大陸の王者は
各国の領地にも石工職人たちを派遣し
城や砦を造らせ

また一方では
『鬼に金棒』と言うように
戦の時には、鉄の武器をも
作らせるようになった。

かつて日ノ本では
彼らのことを
大陸から来た鍛冶職人
≪タタラ衆≫とも呼んでいた。

古き昔から
世界中にある名の知れた建造物は
彼らが造ったものである。

その彼らが今から3000年程前
日ノ本の地において
王者・支配者から宮殿・神殿作りを
命じられた。

当時、石工職人たちは
王に仕える王仁(王人)
≪オニ≫と言われ

日ノ本の国の土台作りの頃には
王者・支配者から
丁重に扱われて大事にされていた。

 
だが、やがて、日ノ本が
大陸の王者の属国として
形整えられた頃から
彼らは王者・支配者の闇の秘密を
多く知った為に

今度は都の地において
妖怪・邪鬼として捕らえられ
邪魔な鬼として弾圧され続けた。

それ以来
王の人と言われていた
≪オニ≫たちは
儀式者(呪術者)の策略によって
人々から死人をむさぼる邪鬼と恐れられ
役人から殺害され
呪術者から呪いをかけられ

魔界の奥底に封印されたまま
今日に至っている。





王者・支配者から過酷な迫害を受け
人々からは忌み嫌われたオニたちは
各地で鬼刈りにあって殺害され続けた。

今日、節分で行われている鬼退治とは
かつて支配者に仕えた儀式者
(呪術者)が

世の中の全ての不幸・災難を
≪オニ≫のせいにして
罪を押しつけた儀式である。

≪オニ≫と言われた人たちが
人々から怖がられる
あのような恐ろしい形相となっているのは
人々を怖がらせる為のものではなく

王者・支配者から受けた
あまりにも酷い仕打ちに
恐怖を感じて、顔を真っ赤にして
逃げている時の恐怖の顔である。」

恐れられた鬼の名とは
支配者・権力者に仕えた
儀式者(呪術者)が
まつろわぬ人々を
蔑んだ呼び名であった。
 
 

また、まつろわぬ人々の中には
支配者や世間の人々から
永い間、鬼として
忌み嫌われようとも
自らの命を絶やさぬ為に
やむなく儀式者(呪術者)が
企てた鬼という役目を
演じてみせて
生き延びた人たちがいた。

この≪オニ≫と言われた人たちは
呪術者の配下となって
自らの姿を醜い鬼に見せかけて
人々の心に恐怖の世界を信じさせ
化け物・妖怪を演じてみせていた。
 
 

これにより≪オニ≫と言われた人たちは
より一層人々から恐れられ
嫌われながらも
生き永らえてきたのである。
 
 
 
さらに数々の時代を経て
彼ら、まつろわぬ人々は
各時代を通して支配者から
部落民として差別され
虐げられ、永い間人々が
忌み嫌う死体の後始末や
獣の皮や肉を処理する仕事を
強いられてきた。

 

この隠された歴史の真実は
大陸から来た王者・支配者と
鬼道衆と言われた呪術者が
仕組んだ謀り事であった。

 

また
大陸の王者・支配者に擦り寄って
地位と権力を手にした
日ノ本の支配者・権力者の
謀り事であった。」
 
 

出典先
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880662606/episodes/1177354054881156755

鬼としての役目
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880662606/episodes/1177354054881156760



本日 3日は大切な日だ。
仕事前に
北海道神宮へお参りに行ってきます


札幌じゅん先生




君よ!  何事にもチャレンジせよ❗️





自分で自由に選べる選択肢
また
それしか選べなかった人生もある。







どちらが幸せかを
結果で判断してはいけない。



どちらでも良い。



それをやってること自体に
意義があるのだ。
 
 

その結果
良かった 悪かったとかが
出てくるわけで…
 
 

結果で判断してしまえば
良いほうが楽ですぐできるのであれば
そっちへ行ってしまう。
  

つまんないなぁ〜そういうの!


と思う。
  

じゃ、勝てる試合しかしない
チームになってしまう。
 
 
 

それが、どうなるか知ってる?

チームが
常に勝とうとするならば
全て格下のチームとやればいい?
ってことになる。
 

常に勝ちたければ、プロが
中学生レベルのチームとやりゃいい。

勝ちたいのであればね…





でも、ここで考えてごらん。

勝てるとわかってるチームとやって
練習する? 



いや、     練習さえしなくなる。


絶対に負けない
とわかってる相手とやって
強くなると思う?

絶対に負けないと わかってる試合ほど
面白くない。


どっちが勝つか、わかってたら
面白くも何ともない。

 
  

勝てるか負けるかわからない
からこそ
チャレンジするのではないか? 
トレーニングもするのではないか?





そう、わかってきた?

結果で判断しちゃいけない。

「チャレンジすることこそ、尊いのだよ」
 




熱意を込めて…札幌じゅん先生



ラジオを持って 10年間

11月1日 金曜 23時〜24時をもって
最終回となります。



あっという間の10年間でした。
続けてこれたのも
ラジオを聴いて頂いた皆様のおかげです🙏

素晴らしいゲストのおかげです。

なんと500名のゲストの方に来て頂きました。
すごい数だ👏👏👏

感謝しかありません🙏





本当に最後の放送です。
ぜひお聞きください。


最後の曲となりました
僕の人生の応援歌
浜田省吾さんの ミッドナイトブルートレイン









全国から聞ける

ラジオ じゅん先生のPMAでいこう


放送 11月1日 金曜 23時〜24時




学生の頃からギターが好きでした。
ラジオパーソナリティを担当して
楽しい10年間でした。







自己免疫性膵炎で2ヶ月の入院も二回も🤣

しかし

病院の中から電話でも出演してました💦

(無事で良かったです)





全国を年間100回の講演やカットセミナーを
全国で続けながら
ラジオだけは休まずにやってきました。



1000名もの前での講演もありました😊




僕は美容師なのです







一番の思い出は
浜田省吾 VS 安全地帯 10時間特集

10時間は長いかなぁ〜と思いましたが
あっという間でした。





そして、10年間 始まりと最後は
必ず浜田省吾さんの歌をかけました。

今年の1月の東京NHKでのライブ行ってきた😊



僕の青春時代の吉田拓郎さんの特集も

かなり、やりました。


始めの奥様だった  四角佳子さん

おけいさんにも

ラジオに登場していただきました😊




よい思い出がたくさんありました。


じゅん先生のPMAでいこう


11月1日 金曜 23時からお聞きください🙏


世界中でiPhone&スマートフォンから

アプリ一発 すぐ聞けますし

イヤホンで聞きながらメールも

facebookもSNSもOKですので

携帯にアプリをインストール


http://t.co/ubZ0kvk2FQ

.


★世界中で聴けるインターネット 

http://www.830.fm/

.

★ラジオFM白石 WITH-S 83.0



10年間 本当に ありがとうございました🙏


感謝を込めて…札幌じゅん先生




 

チャンピオンモデルに なると
オーラが増して存在感が出る。
 

高校生 吉田文博くん





コンテスト作品もサロンワークも同じことです。



30年前の写真が出てきた😊

カットコンテストに出場し
メンズカットでも何度も優勝した。

当時 室蘭の高校生吉田 文博くん






普通の高校生も磨き上げると
ここまで 洗練される‼️ 

を証明できますね。


優勝3回もさせていただきました🙏

北海道チャンピオンはもとより
マレーシア、韓国と日本代表として
高校生ながら堂々と闘ってくれた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ついでに30年前の僕の写真も🤣
若い、若すぎる💦




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



3年間もモデルをしてくれたので
吉田くんの良いところを抑えてるので
ヘア、メイク、特注した衣装も全て似合ってた🙆‍♂️









同じモデルを何度も使うと
僕の方で、その子の良さがわかり
似合うラインやボリューム感が
絶対的に表現できるようになったのも学べた。



似合わせる

それがコンテストの一番大事なこと。
それはサロンワークでも 同じだ。



吉田くんも、どんどんオーラが増していき
どの会場でも人気の的になっていった。

自信がついたからオーラが出る。は
当たり前のことだけど

トレーニングの時から

「絶対、優勝するから‼️」と
何度も何度も教え、自信を持つように努力した。


高校生とは思えないくらい
日本代表として自覚する男子になってくれた。



で、40周年のパーティの時も
「自分は高校生ながら、海外にも行って
美容師が毎晩練習する姿を見て
すごく刺激になりました」と語ってくれた👍


 

懐かしい写真が

また僕のインスピレーションを

引き出してくれた😊

 

まだ、頑張れる👍


札幌じゅん先生






9月14日北海道 黒松内

自然な森の中でヘアカットしてきます





自然あふれる森の中でヘアカットショー


本日 スターズギャラリング in 北海道 黒松内へGO🏃‍♂️


イギリスから日本全国からスピリチャルが集合‼️

https://www.cosmicdancecompany.com/

 

 


ゲスト/ カットの魔法使い

川根順史氏のヘアカットショー‼️






  

満天の星々やエネルギッシュな太陽と

宇宙が祝福するダンスと

魔法の石と意志の力によって未来を決定づける3日間!  


 

それ以外に癒しのコースは満載です!

北限のぶなの森で、癒されるのもいいし

星々との対話もいいし、

もちろんいろいろなワークを

体験しにくるのもいいけれど


提供したほうがもっと楽しいはず!

14日の魚座満月は浄化のパワー満載!

 

13日が中秋の名月

14日翌日が収穫を表すハーベストムーン

 

次の収穫の時期に向けて

ギャザリングする意味が見えてきませんか。


スターズ・ギャザリング略してスタギャザ!

満天の星と、大地で輝く私たちとの集まりです。


 

 

 


15時スターズギャラリング )黒松内)

https://www.cosmicdancecompany.com/


  

満天の星々やエネルギッシュな太陽と

宇宙が祝福するダンスと、

魔法の石と意志の力によって未来を決定づける3日間!  


それ以外に癒しのコースは満載です!

北限のぶなの森で、癒されるのもいいし

星々との対話もいいし、

もちろんいろいろなワークを

体験しにくるのもいいけれど

 

提供したほうがもっと楽しいはず!

14日の魚座満月は浄化のパワー満載!

 

13日(金曜)が中秋の名月

14日(土曜)が収穫を表すハーベストムーン。

 

次の収穫の時期に向けて

ギャザリングする意味が見えてきませんか。

スターズ・ギャザリング略してスタギャザ!

満天の星と、大地で輝く私たちとの集まりです。


13時 じゅん先生カットショー

15時~(裏校庭にて)

松中ひろみ先生プレゼンツ!『ELOELOトンネル』


お馴染み「生命のトンネル」が

昨年は「鬼頭帽!?」へと進化。


今年はエロエロ・トンネル・ワークとなって登場!


笑いと驚きの渦が気づきを誘う~

乞うご期待なワークです♪

   

17時~ コズミックダンス

18時~ 夕飯

20時~ ゆべつの湯♨♨♨♨♨

ナトリウム・塩化物泉(アルカリ性低張性温泉) 

 

 🌕魚座の満月🌕 

 ハーベストムーン🌕です!

今年一番小さいけれどパワフルな月!

 

焚火を囲んで月あかりと焚火だけの夜。

アルコールも楽しみます。

 

21時半~ (裏校庭にて)

Seonさんのボイスヒーリング 




 

22時半~ (裏校庭にて)

増渕英紀氏のトークショー




 

 熱意を込めて…札幌じゅん先生



9月4日は 美容師が使う くし供養の日 




職人の道具は 命の次に大切なもの‼️

 


僕も昨日 ネイルさんのセミナー

3時間講演を終え

北海道神宮へお参りに行って

手を合わせ 感謝してきました。


  



「ベテラン美容師が美容業界を語る」

今夜のラジオ じゅん先生のPMAでいこう


お客様の皆さんは

美容師がどんな事を考えてるか?

あまり知らない事が多いと思うのね。


もちろん知る必要はないけれど

お客様と美容師が 

潤滑にコミニュケーション取るためには

知っておいた方が 良いと思う。




ゲストはベテラン美容師の皆さんです。

美容歴35年の 加藤さん

美容歴30年の 赤平さん

美容歴22年の 井村さん


色んな話が聞けて面白い事間違いなし‼️

 





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


  




ラジオに関係ないですが

これからネイリストになる皆さんへ

3時間講演会も大好評でした。


美容業として僕の体験談

仕事に愛する姿勢

技術職の楽しさを伝えました。







そして、ゲストに

18年前の

ビューティーアート専門学校第1期生

僕の教え子である

山本奈津美さんにもお話しをしてもらう。


ネイルサロン「il sogno」オーナー






ネイルコンテスト 美JOYコンテスト

https://www.facebook.com/events/1521290274679924/?ti=icl


やネイルセミナーも主催し活躍している。

すごいよね☺️👏☺️

教え子が活躍するのが楽しみです。

 

 



全国から聞ける

ラジオ じゅん先生のPMAでいこう


生放送 9月4日 水曜 21時〜22時

再放送 9月6日 金曜 23時〜24時


世界中でiPhone&スマートフォンから

アプリ一発 すぐ聞けますし

イヤホンで聞きながらメールも

facebookもSNSもOKですので

携帯にアプリをインストール


http://t.co/ubZ0kvk2FQ

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★世界中で聴けるインターネット 

http://www.830.fm/

.

★ラジオFM白石 WITH-S 83.0


札幌じゅん先生

 

 

供養の画像は ネットからお借りしました🙏

過去に両目が見えず耳も聞こえず
口だけ話せるという日本人が書いた
幸福論」 という中で



何が幸せ?」   という問いに対して

人とのコミュニケーション

と書いてあった。




確かに 人は 
独りの世界では生きていけない

僕たち デザインする仕事は特に
お客様の満足で 成り立っているものだ。

最近、色々考えさせられる事があります。 
いいえ、毎日のようにあります。

毎日の日常を 見逃さずに生きていきたい


ゲストは
超個性的デザイナー wabisabiさん

そしてwabisabiさんに
エステサロンのデザインを
依頼したエステシャン冨樫みちる様
ご一緒にゲストでいらっしゃいます。




 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ある日の夜
遅くに食事しようとして入った店で
偶然にも超個性的デザイナーである
ワビサビ=WabiSabiさんと遭遇

お互いに、独りで来ていたので
飲みながら語ることができました。
 
 


デザインのアイデンティティや
デザインか商品か?
好きで作ったものが売れるのか?
 


僕たち美容師で言うと「商売と勝負

商売= 日常のサロンワーク
勝負=コンテスト、ショー
         フォトセッション


などの、ヘアメイク作品の
表現の違いからくる 表現の幅‼️
それを活かすことができるのか? 
みたいな…


お客様の要望で成り立つか?
デザイナー発信で
作り上げるものが成り立つか?
 


デザイナーの苦しみは
いくら商売だとはいえ
最後は、ここに行き着くと思うのだが…

形のないものから
要望を聞いて 創りあげていくデザイナー。



Wabi Sabiさんを知ったのは
8年前くらいかな?

過去に 山本耀司 さんから声がかかり
ヨウジヤマモトの通信販売の
「S'YTE=サイト」を札幌で立ち上げたり
ヨウジヤマモトのパリコレの帽子を
デザインしたり活躍されてるデザイナー

仕事も個性豊かなデザインで
出で立ちも メガネも個性的な人です。
ロックバンドもやってます👏👏👏
 



ラジオ じゅん先生のPMAでいこう 

放送 8月30日 金曜 23時〜24時


世界中でiPhone&スマートフォンから
アプリ一発 すぐ聞けますし
イヤホンで聞きながらメールも
facebookもSNSもOKですので
携帯にアプリをインストール

.

★世界中で聴けるインターネット 
.
★ラジオFM白石 WITH-S 83.0

札幌じゅん先生
そして
昭和19年12月15日の朝。

藤井の家の近くを流れる荒川に
二人の子供を紐で結びつけた
母子三人の痛ましい溺死体が
浮かびました。
 
 

晴れ着を着せた幼い次女
千恵子をおんぶし
3歳の長女一子の手と自分の手を
ひもで結んだ3人の痛ましい姿でした。
 





すぐに熊谷飛行学校に連絡され
知らせを受けた藤井中尉は鳴田准尉と
一緒に現場に駆けつけました。

師走の荒川は凍てついた風が
吹きつけものすごい寒さ。

流れの中を一昼夜も漂っていた
母子三人の遺体は
三人一緒に紐で結ばれたまま
そこに並んでいました。
 
 

うめくような声で藤井が言います。

「俺は、今日は涙を流すかも知れない。
今日だけは勘弁してくれ。わかってくれ」

藤井は涙を隠すように
三人の前にうずくまって
やさしくこするように
白い肌についていた砂を手で払います。

いつも豪快な藤井がうめくように泣く

嶋田は藤井の深い悲しみが伝わって
声も出ません。




遺書は二枚の便箋に書かれていました。

「私たちが いたのでは
   後顧の憂いになり         
   存分の活躍ができないことでしょう。
   お先に行って待っています」


藤井の妻らしい気丈な遺書でした。 







藤井は葬式が終わった夜
死んでいった一子に手紙を書きました。

「冷え十二月の風の吹き飛ぶ日 
荒川の河原の露と消し命。
母とともに殉国の血に燃ゆる
父の意志に添って
一足先に父に殉じた哀れにも悲しい
然も笑っている如く喜んで
母とともに消え去った命がいとほしい。

父も近くお前たちの後を追って
行けることだろう。
嫌がらずに今度は父の暖かい懐で
だっこしてねんねしようね。

それまで泣かずに待っていてください。
千恵子ちゃんが泣いたら
よくお守りしなさい。

ではしばらく左様なら。

父ちゃんは戦地で立派な手柄を立てて
お土産にして参ります。
では、一子ちゃんも
千恵子ちゃんも
それまで待ってて頂戴」





けっして読まれることのない
死んだ娘への手紙です。・・・

すでに誰もが
藤井には死しかないと理解できました。

藤井は自らの小指を切って
血書嘆願による特攻志願を行います。

今度は軍も志願を受理しました。
藤井中尉を特攻隊員として
異例の任命をします。

藤井が熊谷を去る時は中隊長室に
生徒を一人一人呼び
家族のことや思い出話を聞きました。

そして、最後には
「これからの日本を頼むぞ」と言って
若い教え子たちを励ましました。



昭和二十年五月二十七日
藤井中尉は陸軍特別攻撃隊 
第四十五振武隊快心隊の隊長として
知覧飛行場に進出。

五月二十八日早朝
第九次総攻撃に加わり
隊員十名と共に沖縄へ出撃。

「われ突入する」の電信を最後に
還らぬ人となりました。 

藤井一 29歳。




行きたくても行けない立場…
自分の教えを守る生徒への想い…
幼い子どもを抱える妻の決断…

こんな事実があったと知って  
現代を生きる。 
 

台風も去った蒸し暑い札幌より

8月17日 土曜日 


祈りを込めて…札幌じゅん先生



普段、戦死したご先祖さまの事を
考える事など少ないですが 
知っておく事も必要かと…

この気丈な夫婦愛には泣かされます↓





「藤井一」さんは中隊長として
少年飛行兵に訓育を行います。


支那戦線で迫撃砲の破片を左手に負い
操縦桿が握れなくなったからパイロット
を志願できなかった。

藤井はパイロットではなかったので
生徒に教えたのは精神訓話。

教師として
「事あらば敵陣、
あるいは敵艦に自爆せよ。
中隊長も必ず行く」と繰り返し言っていた。



教えは厳しいが
熱血漢で情に厚いということで
生徒達は藤井中尉を信頼し
尊敬し あこがれをもたれていた存在。




ついに
特攻作戦が実施されるようになると
大切な教え子を自分の手で
死地へ送り込むことになり
藤井は苦しみ、自責の念にも駆られます。

「俺もかならず後から行く」と言って
生徒を行かせておきながら
自分はただ座して教育するだけ。








藤井の性格からすると
そういう自分に耐えられなくなっていた。

「このままでは自分は教え子との約束を
   果たすことはできない」

他の教官たちは
何の疑問も矛盾も抱かずに
やっていることでしたが
自分に厳しい藤井にはそういう自分が
許せませんでした。

「自分の教えを守って
次々と将来ある純粋な教え子たちが
毎日、敵艦に突っ込んで行く。

あいつも、あいつも・・・。 
俺はいつまでこんなことをしているのか」






ついに藤井は特攻を志願しました。

しかし二人の子供がいる
年長の藤井は受け入れられません。

「自分の立場での責任を果たせ」
という軍の言い分は当然でしたが
藤井はどうしても生徒だけを
死なせることができませんでした。

その後も特攻を志願。

生徒と教師の間の命をかけた誓い
その男の誓いを
藤井はどうしても破るわけには
いかなかったのでした。
 




藤井の妻 福子は高崎の商家に生まれ
お嬢さんとして育ちました。

戦争中は野戦看護婦として活躍。
支那で負傷した藤井の世話をしたのが
福子で、これがきっかけで結婚。

藤井は妻の福子と三歳になる一子
生後四ヵ月の千恵子の四人で
暮らしていました。

福子は夫が特攻を志願していること
を知り驚きます。
 
 


軍人なのだから戦場に行けば
戦死することは覚悟していますが
特攻の許可が出ない立場の人間が
何度も特攻志願をするというのは
死ぬために行こうとしているとしか
思えませんでした。



二人の子を持つ母として
特攻志願することに納得できず
夫を説得します。


しかし、藤井の性格を
誰よりもわかっている福子は
藤井が一度決意すると最後まで
変わらないこともわかっていました。
 
 
 

続く