鬼追わず 福を求めず
我はただ 追われし鬼を 福に導く
豆まきは 「鬼はうち〜福はうち〜♪」
美容師の皆様へ
札幌PARCO横パレードビル4階
CUTCUTJUNでは
フリーランスの美容師さんを募っています。
半個室になります。
月額60000円(税別)
いつでも見学へどうぞいらしてください
色んな諸説をまとめてみました。
誰も当時を見ているわけではないですから
真実のところはわかりません。↓
数年前に
なんだかんだ2時間半かけてまとめた😅
(長いので心して暇なときにどーぞ)
出雲族の国譲り
鬼も福も同じモノ。
ただ現れが違うだけ
鬼、福、が顕われて個性になる。
鬼、福、を「観」つめると実に面白い
ご利益信仰的に
自らの鬼、福を見つめるキッカケを
与える為に
古の賢者が導かれ伝えられた風習。
何処かの地方では
鬼は内、福は内、とかけ声する。
節分の豆まきは
家にある邪気を払う為にやるのですが
鬼を悪者に見立てるのは間違い。
出て行く鬼は、前の年に呼び込んだ福が
家中の邪気をその身に受けたもの。
感謝しながら送り出す。
追儺の、この先頭に立つ鬼のような面を
者が見えない邪気を追い払うのが追儺の儀。
いつしか
節分に形を変えてしまいました。
大国主とニギハヤヒを同一人物とは言えませんが
同じ系統ではあるようです。
出雲に纏わる神々も、鬼とされたものたちですね。
大本教も「鬼も内」。天河でも同じです。
ケルトやアイルランドの
中世や近代では争いも多々ですが
古代においては、温和な民族で
あったと聞いていますよ。
長野県 鬼無里村の鬼は
心優しい 都落ちした姫様だったと。
村人と仲良く暮らす姫様は
時の権力者には 都合の悪い存在で
『鬼』として 成敗したといいます。
昔とても厳しい神様がいました。
あまり厳しいので
周りの神様が疎ましくなり
艮の方向に霊を封じ込め
炒り豆に花が咲いたら出られると封印し
五臓六腑は、煮て食べた⇒ぞう煮
艮の方向は 鬼門となった。
詳しい歴史は
「霊界物語」(出口王仁三郎 著述。
大本出版)に述べられています。
国津神と天津神の話。
大国主命が天照大神側に政権返還を求めた。
鬼は魂であり、小さな神様です。
まつろわなかった人々を
鬼と呼んだのですよね。
吉野山は鬼が集まる場所ですし
鬼族の意識を持った仲間たちばかり。
福は内。鬼も内。
東北地方に
「鬼」とつく地名が多いのは
原住民を「鬼」と呼んで
迫害した歴史背景があると
郷土史から……
山形市の月山鳥海両所宮での豆まきは
「福は内、鬼も内」との掛け声です。
鬼と人間の「共同参画」運営の神社です。
「鬼も内」の意味合いから
現在の日本のあり方への
見直しであったり
古代日本の
(昔はそのように呼ばれていませんが)
精神文化を少しでも共感できているのではと思うと
うれしい限りです。
価値観は人それぞれであるし
今の世界状況の中で
「和を持って貴しとなす」なんて
言ってられないよ!という方も
この世にはおられると思いますが
それはそれだと思っております。
同じ世界を見ていても
見る者の心によって
見える世界も人それぞれ。
それが多様性というものでもあります。
少なくとも
僕は今の世がどうであれ
人々の中に「和する」という
働きがある事を知っていますし
必ずそのような世界が
繰り広げられる事を知っています。
鬼も福も
右も左も
わたしもあなたも
違いはあっても
ひとつであればいいと思います。
そのような世界が顕現される時を
とても楽しみにしています。
古来の日本に
文字があったかどうかは
古事記・日本書紀が最古の書物
だという見地からすれば
無かったという事になりますが
異端書と言われるカタカムナ文献や
ホツマ伝え等が本物だとすれば
古代日本にも文字はあったという事になりますね。
(僕はそれを信じています)
また、その当時の一族が
現在どこに住んでいるかどうかに関して
これだという答えはありませんが
奈良の山奥にも、丹後の方にも
九州にまでも
その一族の痕跡はあるようですよ。
「丹」「丹生」
という文字がつく地域は
確率高いようです。
鬼とは縄文人のことでしょう。
歴史で習ったよりも
かなり高度な文明を持っていたようです。
丹後は大江山の鬼は有名です。
大江町は
お地蔵さまもお祭りしてあり
鬼神と仏が共存する町です。
縄文人が
鬼呼ばわりされてたようですが
鬼とは仏の裏の顔とも言われます。
鬼は仏を守る番人でもありますから
鬼こそ仏と言えるのではないでしょうか?
○○○○○○○○○○○○○○
鬼の語源は「隠」であり
隠れて目に見えない力を
恐れて「オン」と呼び
それが「オニ」となった。
また「魂」や「魔」という文字に
「鬼」が入ることから
「見えざる力」を言うようにも
なったと聞いております。
和をもって制すことのできる
叡智が欲しいですね。
○○○○○○○○○○○○○○
丹後には
「日本の鬼の交流博物館」があり
「世界鬼学会」の事務所にも
なっています。
「丹」
一説に、丹後は人類最初の魂が
この地球に降りた場所ともされていますね。
鬼族のルーツの最初であり
追いやった者たちにとっても
最初のルーツであり
みんな同じじゃない。
沖縄やアイヌのDNAは
いわゆる
ネイティブジャパニーズに近いですね。
政権を略奪された人たちを中心にして
古来(いわゆる縄文と呼ばれる時代)の
日本に生きていた人たちを
総称して鬼とも呼ばれたかと思います。
また、その中でも
政権を担っていた古代天皇家
(ニギハヤヒ以前)の力を
新政権が恐れながらも闇に葬ったようです。
大切なのは
追いやった、追いやられた
という事ではなく
誰もが等しく愛しわかちあえる世界に
もうそろそろなってもいい頃だと
いう事と思っています。
大黒さん=大国主と
捉える説がありますが
そのような見地からすると
大国主も
おいやられた鬼の一人と言えるかもしれません。
出雲に追いやられたという事です。
神武に近いご先祖率いる一族と
それ以前に先住であった
ニギハヤヒ率いる一族であるかと思います。
鬼とされたり、蝦夷と呼ばれたり
悪党と呼ばれたりと
神武以降の時代の中でも
同じような構図は続きました。
ただ、ここでの投稿は
歴史の研究でもなく
誰が悪者かという事でもなく
そろそろみんなが和してもいい頃ではないかとの
投げかけです。
出て行く鬼は
前の年に呼び込んだ福が
家中の邪気をその身に受けたもの。
まつろわぬ人々
(鬼と言われた人々)
日本という国が
どのように作られてきたのか
ちょっとだけ垣間見るかと思います。
長いですがぜひご一読を。
また下記にも書かれてはいませんが
「鬼」とは「黄丹」とも書き
神武以前の本筋天皇家の事を指します。
「大丹生家」とも書かれます。
本筋「黄丹」・・・
黄色人種の人々であり
枝分かれしていったのが
青系、白系、黒系、赤系の人々です。
もちろん
諸説有りの中の一説ですし
真実はわかりません。
節分については
ホツマツタエなどでは
また違った解釈などもあります。
「桃太郎」のお話も
知る人ぞ知るですね。
時の征夷大将軍・坂上田村麻呂が桃太郎。
征服されていった人々が鬼であり
勝てば官軍、負ければ賊軍のお話です。
鬼の角は丑、パンツは寅。申、酉、戌は方位ですね。
鬼門と裏鬼門に位置しています。
「日ノ本で昔から
『福は内、鬼は外』と言って
節分の行事が毎年各地の寺などで
行われておりますが
この行事は
始めから鬼を退治する為の
厄払いの儀式だったのですか?
鬼と言われた人たちについて教えて下さい。」
「今日伝えられている鬼たちの中には
邪鬼や餓鬼などと
言われている鬼たちがおるが
その中でも
人々から恐れられているのが
≪人間の臓物を喰らう≫
といわれている
魔界に存在する妖怪の餓鬼である。
それとは別に
かつて国司る支配者が
まつろわぬ人々を
≪オニ≫と呼んだ時代もあった。
加えて言えば
魔界にいる妖怪や邪鬼の中には
神獣として崇められているものがおるが
その例としては
上半身が龍で下半身が唐獅子を
合体させた、≪麒麟(きりん)≫と
呼ばれている神獣がおる。
また龍の姿に翼を付けて合体させた
≪ドラゴン≫と呼ばれている龍神もおる。
これらは、魔界・霊界の
見張り番の役目を果たしている
魔王・悪神どもの、手下である。
このような神獣を
魔王・悪神に操られた儀式者(呪術者)が
神社や寺院に見張り番として
安置させ、人々に魔除けとして
崇めさせている。
星々のカミガミの世界では
悪しき魔のものどもは存在せず
したがって
お守り・魔除け・数珠・札等
一切いらぬ世界である。
魔除けや厄除けを必要としているのは
魔のものが多く存在している
場所だからである。」
「では、支配者から
鬼と蔑まれたまつろわぬ人たちとは
どのような人々だったのでしょうか?」
「かつて
まつろわぬ民と言われた人々とは
≪アイヌ≫と言われた人たちのように
本々、日ノ本に古くから
暮らしていた人々であった。
その人たちを
大陸から来た支配者と呪術者は
永い時代を通して弾圧し虐げ続けた。
その後、各時代において
時々の王者・支配者から
蔑まれた人々のことを総じて
≪まつろわぬ民≫と呼んでいた。
そのようなまつろわぬ人たちの中でも
これから告げる
まつろわぬ人たちは
古き昔、大陸の支配者と共に
日ノ本に渡り来た
土木技術に優れた能力を
持った人たちのことである。
この人たちが日ノ本に来た頃
彼らは優秀な技術職人として
時の王者・支配者から
砦や城造りの為に重宝されていた。
だが、やがて日ノ本に
国家としての土台が築かれると
今度は、時々の支配者・権力者から
城や屋敷内の秘密を多く知った為に
≪オニ≫と呼ばれて
囚われ殺害された人たちもいた。
このような≪オニ≫と言われた
人たちの先祖は
もともとは今から2万年程前までは
ヨーロッパの各地に定住していた
石工職人であった。
彼らの気性は優しく
あらゆる物作りに優れた
巧みな技術力を備えた人たちであった。
その彼らが
ヨーロッパに誕生した王者・支配者に
召抱えられて
神殿・宮殿造りを命じられて
数多くの建造物を造っていた。
今日遺跡となっている
世界の多くの建造物は
彼ら石工職人たちが
手がけて造ったものである。
やがて彼らの巧みな技術力は
時が過ぎると共に
アジアの王者たちにも
知られることとなり
アジアに誕生した王者たちも
彼等を召し抱えて
神殿や宮廷の建造物を造らせた。
そして、さらに時を経て
アジアの覇権を握った大陸の王者は
各国の領地にも石工職人たちを派遣し
城や砦を造らせ
また一方では
『鬼に金棒』と言うように
戦の時には、鉄の武器をも
作らせるようになった。
かつて日ノ本では
彼らのことを
大陸から来た鍛冶職人
≪タタラ衆≫とも呼んでいた。
古き昔から
世界中にある名の知れた建造物は
彼らが造ったものである。
その彼らが今から3000年程前
日ノ本の地において
王者・支配者から宮殿・神殿作りを
命じられた。
当時、石工職人たちは
王に仕える王仁(王人)
≪オニ≫と言われ
日ノ本の国の土台作りの頃には
王者・支配者から
丁重に扱われて大事にされていた。
だが、やがて、日ノ本が
大陸の王者の属国として
形整えられた頃から
彼らは王者・支配者の闇の秘密を
多く知った為に
今度は都の地において
妖怪・邪鬼として捕らえられ
邪魔な鬼として弾圧され続けた。
それ以来
王の人と言われていた
≪オニ≫たちは
儀式者(呪術者)の策略によって
人々から死人をむさぼる邪鬼と恐れられ
役人から殺害され
呪術者から呪いをかけられ
魔界の奥底に封印されたまま
今日に至っている。
王者・支配者から過酷な迫害を受け
人々からは忌み嫌われたオニたちは
各地で鬼刈りにあって殺害され続けた。
今日、節分で行われている鬼退治とは
かつて支配者に仕えた儀式者
(呪術者)が
世の中の全ての不幸・災難を
≪オニ≫のせいにして
罪を押しつけた儀式である。
≪オニ≫と言われた人たちが
人々から怖がられる
あのような恐ろしい形相となっているのは
人々を怖がらせる為のものではなく
王者・支配者から受けた
あまりにも酷い仕打ちに
恐怖を感じて、顔を真っ赤にして
逃げている時の恐怖の顔である。」
恐れられた鬼の名とは
支配者・権力者に仕えた
儀式者(呪術者)が
まつろわぬ人々を
蔑んだ呼び名であった。
また、まつろわぬ人々の中には
支配者や世間の人々から
永い間、鬼として
忌み嫌われようとも
自らの命を絶やさぬ為に
やむなく儀式者(呪術者)が
企てた鬼という役目を
演じてみせて
生き延びた人たちがいた。
この≪オニ≫と言われた人たちは
呪術者の配下となって
自らの姿を醜い鬼に見せかけて
人々の心に恐怖の世界を信じさせ
化け物・妖怪を演じてみせていた。
これにより≪オニ≫と言われた人たちは
より一層人々から恐れられ
嫌われながらも
生き永らえてきたのである。
さらに数々の時代を経て
彼ら、まつろわぬ人々は
各時代を通して支配者から
部落民として差別され
虐げられ、永い間人々が
忌み嫌う死体の後始末や
獣の皮や肉を処理する仕事を
強いられてきた。
この隠された歴史の真実は
大陸から来た王者・支配者と
鬼道衆と言われた呪術者が
仕組んだ謀り事であった。
また
大陸の王者・支配者に擦り寄って
地位と権力を手にした
日ノ本の支配者・権力者の
謀り事であった。」
出典先
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880662606/episodes/1177354054881156755
鬼としての役目
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880662606/episodes/1177354054881156760
本日 3日は大切な日だ。
仕事前に
北海道神宮へお参りに行ってきます。
札幌じゅん先生