人間の常識を超え 
肉体的な限界を越えた時 
その先に見えるものとは
一体何なのだろうか?



極限の中に生きて 見えてくるもの」 
塩崎亮潤 慈眼寺住職 昭和43年宮城県出身




修験道の中でも最も過酷な行の一つといわれる
千日回峰行に果敢に挑み
見事満行を 果たした塩崎亮潤氏   



修験寺の1300年の長い歴史の中で、
満行したのは氏が二人だという。



雑誌「致知」07年6月号の中で
トップページで紹介されている 
塩崎氏の体験が
僕の感性にズンズン迫ってきたので 
紹介したいと思います!


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千日回峰行 とは
一体どういうものか説明します!


とにかく人間の限界を超えた修行のようです。
午後11時に起床し滝で身を清め
500段の階段を登り行者の参籠所で 
着替えをしながらおむすびを食べ
夜中の12時30分に編み笠をかぶって 
堤燈一つで山へ入っていく。




24キロ先の折り返し
地点山頂に着くのが 朝の8時半
そこでおむすびを食べ、戻っていく



午後の3時半に帰って泥だらけの装束を洗って
掃除をし歩きながら気がついたことを 
日記につけるのが午後7時。


4時間半睡眠をとって、夜中にまた出て行く
毎日毎日それを繰り返す 



行の期間中はたった一日でも休んでも 
行が失敗したとみなされ
所持している短刀で切腹するか 
腰に巻いている死出紐で首吊りをするしかない

二つに一つの厳しい掟があるそうです!





だからどんな状況でも行くしかないそうです!




48キロという道のりはマラソンのように 
平坦な道ではなく山道なのだ
何倍の道のように感じるそうな・・・・

行を始めて一ヶ月くらいたつと  
爪がボロボロになる
おむすびと水だけなので  栄養不足



しかし それもしばらくたつと 
不思議と落ち着くそうです!



やがて 血尿が出てそれが過ぎると体が軽くなる



しかし 馬力みたいな 底力はなくなる。


体調が「いいか 悪いか」ではなく 
「悪いか 最悪か」
日々限界の毎日だそうです!



調子が悪くても昨日より今日  
日々向上していく姿勢が大事。





それを続けていくうちに
「今日はダメだった」  という日がなくなって  どんな日でも「今日も良かった」 
と思えるようになる。       





モチベーション持続
この行は
誰に頼まれてやっているわけではありません 

  
自らが進んで行じさせていただいてるから 
皆に心配をかけてはいけない。



心配や不安を与えるような行者では  
「行者失格」という強い信念があったので 
毎日時間を決めて 同じ場所を同じ時間に 
通過すると決めて行うと 

「行者さんは今日も行って帰ってきたな」  
とか 「ちゃんと 今日も行きなさるな」 
とわかってもらう。




しかし いったん山の中に入ると  
誰も見てないので何をしようが 
休もうが 心の持ち方 行じ方は
いくらでもごまかす事は 出来るわけです!  





しかし
どんなに人の目をごまかせても 
自分の心はごまかせない
自分に嘘はつけません 。 

ですから後悔だけはしたくない!




自分をごまかしたくないと 
一瞬一秒無駄にせず真剣にやり抜きたいと 
最後まで貫きました。




これが今  
胸を張ってお坊さんでいられる自信に
つながっています。 



やはり 自分の意志で決めること 
が モチベーションを保ち続ける事なんですね!
  


サムシンググレート 
その日は土砂降りの中での行は  
体力もボロボロの状態途中でうずくまって 
おむすびを食べていたら
ものすごい風と雨で 米が流れていく・・


その一粒一粒をすするようにして食
していた時 涙が出てきた・・・

なんて自分は幸せなんだろう。 
自分は米を食べてる。 
  
帰れば風呂にも入れる
屋根のついたとこで寝られる
しかし 
この地球上では 食べられなくて 
亡くなっていく人たちもいる



その星の片隅で 自分の心を磨くという 
尊い仕事をさせてもらっている。
なんて幸せなんだろう





体調も悪い、天候も悪いと
普通なら最悪の状態なのに 
そういう状況に追い込まれながらも 
「あぁ感謝だ」と・・
苦しみから喜びにスイッチが 
切り替わる体験もしました!



サムシンググレート
(人智を越えた偉大な存在)   





入山したのは昭和63年の5月6日でしたが 
その日の朝に母がつくってくれた
味噌汁の味は今でも忘れないそうです。  



飲み終えると、 
母は茶碗やら箸やら全部ゴミ箱に捨てて

「お前の帰ってくる場所はない。 
しっかり行じてきなさい」 と・・・




心の中は離れていく息子を
心配していたはずでしたが 
最後まで気丈に振舞っておりました 



 (僕はここで泣いてしまいました・笑)




今 この人の物語にはまっています。



修行を通して 
生きる術を教えてくれました。


今の自分もこういった修行を
欲しているのだろうか?(笑)

現実問題こんな修行は出来ないけれども 
それに似た体験はいくらでも出来ると思う



心の器を大きくすること



続きはまた・・・・・・・ 

熱意を込めて・・・・川根順史
「感謝」
2012年本当にありがとうございました。
お客様に支えられて僕たちは存在します。
天気が悪くても、台風でも、吹雪でもお客様が来てくれる。
本当にありがたいです。だからお客様あっての僕たちなんです。

思えば今年は本当にチャレンジ、チャレンジの年でありました。
20年来憧れのパルコ横の石造りのパレードビルに出店できたことは
本当にある意味、北海道を代表する美容室作りへの出発でもあり、
世代交代の時期でもありました。


CUTCUTJUNとSCENTICを統合し80坪の場所へ移転という
VITAの新しい我々のスタートでもあると思っています。
僕自身でいえば1981年から続いた「CUTCUTJUN」という名を
失くすというある意味自分の存在を失くすこととも
つながることでしたが、若い子が育ってくれれば、
名前のこだわりなんか小さなことだ! と
自分に言い聞かせながらやってきました。


正直、今までスッタフに言ってきたことが、
小さなこだわりを持つことは自分を否定することだと
言ってるようなものだと自分を発奮させ、
「スタッフを信用すること、
スタッフの未来を考えてあげること」が大事だと・・・

人生思い通りにいかないこともある。


でも個人のことより、最初から言い続けてた
「北海道の憧れの美容室作り」を軸に
やって行くことが大事だと思うのです。


今まで何のためにやってきたのか?


それは、スタッフの輝く未来を信じて、
スタッフのためであることを信じてやっていくことが
僕の道だと信じて疑わないぶれない軸があるからこそです。
それが、幸せ。それが生きがい。

スタッフには数字のことばかりじゃない、
人間性の事まで教えていかなければいけない役目がある。


本手チーフは19年、岡本は18年、池西、下山は15年、
耕平、水木は13年を迎える。
他も皆、長くいてくれる。

今の僕があるのも、スタッフが今を支えてくれている。
ありがたいことだ。


来年もサロン、川根塾、ラジオとスタッフ一同前進して行きます。
尚、PUREZA、VITAは30日で営業終了。SKNOWはデパートPIVOTのため無休。
来年もお客様のために勉強し良い技術を提供することを誓います。
スタッフ一同心から感謝しています。
皆様がどうか良い年を越せますように・・・
2012年本当にありがとうございます。
VITA 戸澤店長 SKNOW 渋谷店長 PUREZA 高橋店長
ART CREATIVE 岡本、池西、新谷、真由美先生、他スタッフ一同より。



SCENTIC ART CREATIVE 代表 川根順史

追伸。
僕は2年前に膵臓を患って2ヶ月の入院をした。
僕の来年は体の管理を一番に考えていきます。
僕個人的にもありがとうございますと感謝の気持ちで一杯です。
熱意を込めて・・・じゅん先生

よく 結果じゃない!課程が大切!という言葉がある。
で、 それって言うのは簡単だけど 経験してない方に説明しても理解できないことが多い。
みんな結果を求めるしコンテストなら優勝を求める!

もちろん参加すると決めたら「優勝」を目標にしなければ練習の時間も妥協するし モデルも、衣装も、メイクも、カラーも、ましてもっとも大事なヘアカットさえ妥協してしまう!
「妥協」
あまり切ったらモデルさんが泣くんじゃないか?
大胆なカラーにしたら、モデルさんが嫌がるんじゃないか?
露出が多い衣装にしたら、モデルさんが恥ずかしがるんじゃないか?
そんな弱気なことばかり考えるのは
「優勝しよう」と決めたことに妥協しまくり 「優勝」を狙ってない選手の弱気な考えだ。

優勝したい! 優勝する! と決めることが一番大事だ!
しかし結果 優勝しなくても  「次につながる」 ことのほうが大事なのだ!

一度優勝をして 次に出ないよりはダメで、何度も何度も挑戦し続けたほうが上達するし精神力も強くなる! 優勝なんて 屁 見たいなもんだ!
屁????????
しかし それは優勝を17回もした僕だから言える言葉だ(爆)

そう言えるのはなぜか?
   「自信 です!」

じゃ自信はなぜできるか? 17回も優勝したからです!

では 「結果が大事ではないか?」 と自問自答する。

いや!結果より過程が大事である!と断言できるのはなぜか?

それは何回も何回も出続け精神力を鍛えられ
次こそ次こそと チャレンジしていった自分がいるからだ!

はっきりいって最初の8年間で16回優勝したことはすごいことなのに
すっかり忘れている!
今でも心の支えになっているのはその後の10年間だ!
18年間のうち、あとの10年間でやっと サスーン優勝できたことだ!

28歳 初コンテスト
36歳 までの8年間で16回優勝~
46歳までの10年間 毎年サスーンコンテストだけ出続けた!
結果は 一度の下っ端の入賞のみ!(苦笑)

10年間というもの、ダメでも出た。
結果が出ずに優勝しよう!宣言もあきらめた。
優勝すると言って、しなかったら恥ずかしいから。
そりゃそうだ・・・過去に16回もコンテストで優勝してる
カットの神様が(そう呼ばれていた時もあったのだ)
入賞しないなんて ありえないし恥ずかしいことだと・・
でも僕は出続けた・・・・
恥も外聞なく出続けた。
その10年間で どれだけ強い精神力が養われたか?
お金を出しても 買えない、かけがえのない財産だ!

それがあったからこそ・・・いろんなことがわかった。
簡単に言うと  優勝は結果ですが 「チャンピオン」というのは常に人間性が付きまとってくるわけだ!

チャンピオンらしい振る舞い
チャンピオンらしい生き方
「優勝」という結果に振り回されるな!
チャンピオンに値する人間が 優勝するのだ!
それが理想なのである!

18年がかり、46歳でのチャンピオンは


札幌じゅん先生のPMA日記
結果じゃなく その過程で  自信をつけさせてくれ
弱い自分を克服した瞬間であった。

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思いつくままに書き綴った・・
結果じゃない ということは 川根塾でも証明していることだ!

渋谷の日記を見てくれ! このコメントを見てくれ!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=991606453&owner_id=11553538&comment_count=22

渋谷は一度も優勝してない! 三年連続準優勝男だ!
優勝できない男だ! 逆に教えてる川根塾生を
24人も優勝に導いている!
24人ですぞ! 24人!
でも自分は 一度も優勝はない! でも渋谷は 
「悔しいですけど、 また来年がんばれる、きっかけができました」

そうだ! 出続けることが 精神力を高め
チャレンジ精神を養うのだ!

結果じゃない!  結果から 何を学ぶかだ!
つれずれなるままに・・・じゅん先生

すぐに感謝を忘れたりさ、
やってることが素晴らしいことなのに、

それに慣れてきて普通になってしまったり、良くないね・・・・


例えば ラジオ・・・・・・・・

頼まれた時は 感謝に満ち溢れてありがたいありがたい。
僕に声をかけてくれて感謝。何を話そうか・・一生懸命に考えて・・・

それが、いつしか当たり前のようにスタジオ入りする自分がいる
最初の放送はドキドキワクワクしてた。

しかし、今では 普通にマイクの前で話してる自分



テレビ・・・・・・・
過去ののりゆきさんの「トークde北海道」での変身コーナーを担当
最初は ドキドキで話していたけど、別局からも変身番組の依頼が・・・
「いちおし」「グッチーの今日ドキッ」
なんと北海道の主要テレビ局の変身番組をすべて担当

そうなってきた今・・・頼まれて当たり前=普通に・・・
思えてくるのは、恐ろしいことだね
自戒しないといけないな


 昔 テレビで話したりできるのかなと・・・
少しコンテストや雑誌活動や講演会&セミナーをやりだした頃、
テレビ局に声掛けられないかなと。

そしてだんだんテレビに出れるくらい有名になりたいと・・
そう思ってたことが現実でやりだすと

それがもう普通に思えてきたりする。

サロンワークでもそうかもしれないね・・・(仕事)
初めてのヘアカットのあの緊張したこと。
汗を流しながらハアハアしながら切っていた。
ぎこちなく話しながら、カットを進めていった

しかし今は・・・・・カットしながら




下ネタ・・・・・・・・・・・・


t size="3">おいおい  そこかよ~~!って・・ 笑

目の前の相手を思い、目の前の仕事を、
自分のすべてを出し切って取り組まなければ。

そう思った 夜でした。

川根君 大事なこと 忘れてないかい?

よし! ファイトォ~3発!!! 寝よっ!

ーーー後姿の美学 残り香の美学ーーー
「横姿、あるいは ちょっと斜め後ろから見た
女の人の姿に妙な感動を覚えます。


いくもの通りすぎていくものに対する追いすがるような想い。

ミッシングな(失う、欠ける)感覚と言ってもいい。

残り香もそう。 何かせつなさみたいな・・
過ぎ去りゆくものに誘惑されて・・・・・
みたいなことが、いつも僕の中の女性に対する、
ひとつの憧れとしてあるのです。

だから女の人というのは、通りすぎる人
去ってゆく人としてしか 僕には見えない。

 だから背中。 服というものは、前からではなく
後ろから作ってゆくものだとぼくは思う。
後ろは服の支え。

それがしっかりしていないと 前は成り立たない」


(by ヨウジヤマモト)













    


26日(水)午後9時は、年内最後のラジオです
ゲストは亡き、姉の佐津紀です。

$札幌じゅん先生のPMAでいこう~!-ipodfile.jpg


この一年間ありがとうございました。

僕は幼少の時から、父の淫乱・・もとい、酒乱のせいで父が母に対す暴力が激しく、恐怖に対する焦りから、僕は言葉が出なくなり、話す時につっかかるようになる。姉は寝る時にオネショをするようになる。

小学から36歳くらいまで「話す」ことのコンプレックスを抱え生きてきた。
人前で話す時に、焦りみたいな緊張感が高まりつっかかってしまう。
だから一般の方が普通に話す、会話する ということが出来ないでいた。その悔しさは今でも計り知れない・・・


しかし、話さなくてもちゃんと美容師として認知してもらいたいがために、話さなくても良いカットコンテストで優勝して認めてもらいたい一心から
46歳までコンテストに出続け17回の優勝を遂げる。
(北海道で40歳を越えた年齢まで参加する人は まず いない!(苦笑)


北海道のコンテストでは審査員や委員長を務め選手の作品を審査しながらも、全国をカットセミナーで飛び回りながらも、しかし 唯一優勝できなかったヴイダルサスーンの全国大会だけは18年間、46歳まで出続けた←この諦めない気持ちが僕の持ち味だ(しつこい性格)


46歳でカットコンテストで一番権威のあるサスーン全国大会優勝した時は「とうとうこのサスーンチャンピオントロフィーを手にした!」という達成感を感じたものだ。

 「達成感=妥協しない努力、練習」にある

ようは 人に勝つ、負けるじゃなく、疲れた時も、お腹が空いた時も、休みなく練習をし、挑戦し続けて、妥協をしなくなり、精神力を強く持ち自分の中の限界を何度も越えて生きてきた。これが達成感につながってゆくものだと思う。
達成感を感じてる人は、どれだけの人がいるだろう?



そして、17回も優勝すると自然に「自信」という頑張った副産物がついてくる。
カット講習や審査講評や講演会で話すことにも、スラスラではないが・・・恥ずかしさがなくなってくる。(ふぅ~~~~~)

***恥ずかしさがなくなる***

  これはとても大切なことだ。


簡単にいうと開き直るということか。
コレが自分だ。今のこの自分は自分だけの個性だ
これほど頑張ってきた美容師は他にはいない!という練習量の多さ、実績&結果が僕に
・ここで話せないなんてチャンピオンじゃないぞ!」
・もっと堂々と自信を持っていいんだぞ!
・何をビビってる!
・チャンピオンがビビってちゃおかしいだろ!
そんな勇気を与えてくれえた。

しかし緊張もなく話すことができるようになったのは、本当に嬉しいものだ。

あの中村文昭さんとも、千葉の我孫子市民会館で800名
高知県で600名の中で競演してる

精神的なことから、話下手になっていただけだった。
今の僕をみて 「嘘でしょ」 という人はたくさんいる
しかし当時の僕を知ってる人は、僕が話す時には 自分ごとのようにハラハラしたという!

そんな僕が ラジオのパーソナリティ??ってマジに考えもしなかった。
FM白石「WITH-S」に 尻ミッターフジオちゃんが出てたお陰で、何度かゲストで呼ばれ、FM白石の社長さんから声がかかった。

しかし 人生ってさ・・・何があるかわからない。 出会いが未来を創ってゆく!
こんな話すことが苦手な、普通に話せない僕が毎週1時間ラジオパーソナリティをするなんて・・・本当に人生何があるかわからないね。

声をかけて下さったFM白石の社長さんには心から感謝したいと思います。
 「ありがとうございます!」

その今年最後のラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」
26日水曜21~22時 ゲストは28日が命日の亡き姉・伊藤佐津紀です。
時間のある方、一度聞いてやってください。

実は佐津紀は 僕の姉であり
美容の先輩であり 人生の師匠であり 母のようであった。

2001年12月28日
七つ違いの姉、佐津紀は 精神、体力を限界まで振り絞り、癌という病との闘いの末 光の国へ旅立ちました。
僕はこの日を忘れない。
僕の人生を創ってくれた。 幼い僕を助けてくれた

佐津紀  安らかにお眠りください。母は成仏出来るように、亡くなる前に姉が急に好きになった般若心経を10分以上目を閉じて唱えていました。
我が子を先に逝かせてしまった寂しさで母は胸に穴が空いたようだと、つぶやいていたのを思い出します。


もし 使命があるならば それを知りたいと思う
もし 運命があるならば 良い運を引き寄せたい
もし 天命があるならば 人のために生きたいと願う


「じゅんは美容師になれば? 」 「うん、そうするよ。」
美容という、この仕事には 姉の短い一言で決まる
僕の人生を創ってくれた 幼い僕を助けてくれた 姉・佐津紀
感謝します。そして安らかにお眠りください。

皆さんありがとうございます。感謝します。
今年ゲストで出演してくれた皆様です
1月より順番に・・・坪田和枝さん、寺地美穂さん、寺長根あいさん、米田理奈さん、林雄一さん、森山綾子さん、坂井誠さん、佐藤亜希子さん、東野昭彦さん、個性心理学諸江理事長、里奈りなさん、遠藤友彦さん、堀口マモルさん、菅野ゆかりさん、橋本 理加さん、山本敬仁さん、林こずえさん、 栗城多史さん、杉浦貴之さん、小川泰史さん、神楽万吏枝さん、吉田麻子さん、中原裕子さん、中原恵美子さん、上西美穂さん、工藤優さん、橋本真志さん、大西修司さん、市村夕鶴さん、信田牧さん、吉田つぶらさん、大島留美子さん、木村 暢さん、児玉美紀さん、そしてDJ戸澤耕平、ホスト川根順史 でした

皆様本当にありがとうございます。

26日は、姉のためだけに捧げる今年最後のラジオです。

2012年最後のゲストは亡き姉・佐津紀 です。
天国から登場してくれます。
ラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」
水曜21~22時
世界中で生動画ユーストリーム見れます    
http://www.ustream.tv/recorded/18518725
世界中でインターネットでも
  http://www.830.fm/
iPhone&スマートフォンでも 
  http://tunein.com/
札幌の人はラジオWITH-S FM 83.0
☆再放送は音声のみ☆金曜23時、日曜21時~

安らかにお眠りください・・・・札幌じゅん先生 
自分を信じる・・・・・

これは「環境の中で自分を計らない」ということ。  

人はこう思います「こうなりたい!」「いつかはNYでお店を持ちたい」「外国で働きたい」「自分の店を持ちたい」

でも 同時にこうも思います 

「でも、親が大変だから今は無理かな~」

「でも、彼女が反対するからやめとこう」

「でも、お金がないから無理」 

必ず今の現状をまず考えてから自分の夢を考えます。 

それは自分を信じてることになってません。もう一人の自分です。 

本当は何気にふっと思うことが、自分がなりたい自分です・ 

環境の中で夢を語ると、小さな自分のままです。

自然体で「こうなりたい」それだけを考えるのです。

そうすると、日常の生活の中で言葉、行動などすべてが夢に向かっていけるのです。 

環境の中で「自分の夢を考えるな」

小さくなってしまう。
19日(水)水曜日のゲストは
テレビ局や色んな場面での大活躍

スタイリストの児玉美紀さんです。

つい先日ビューティフェスティバルでの活躍も終え、ますます乗ってる美紀さん。 
スタッフのスタイリスト牧野ちひろさんも加え
ファッションにまつわるビューティなお話を展開します。

ラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」 水曜21~22時

世界中で生動画ユーストリーム見れます  
http://www.ustream.tv/recorded/18518725
世界中でインターネットでも
  http://www.830.fm/
iPhone&スマートフォンでも 
  http://tunein.com/

札幌の人はラジオWITH-S FM 83.0
☆再放送は音声のみ☆金曜23時、日曜21時~

スタイリストって、テレビや催し物で、その人に会うファッションを提案するのがお仕事です。

2年前かな?テレビの変身コーナーで初めて一緒にお仕事させて頂きました、
僕は2年前に2ヶ月の入院していました。その時わざわざお見舞いに来てくれた美紀さん。感謝ですね。

photo:01



数年前北海道一大きなビューティコンテスト審査員で知り合いました。

美紀さんも長年審査員として活躍。
美容界にも、欠かせない存在です。

どうか、お楽しみに…じゅん先生
その声は、まるで天使の歌声。

水曜も僕の番組でもかけましたね。

札幌のシンガー桜庭くんのライブ。

貴女一人でもカップルでもどうぞ!
ステキなクリトリス…もとい、
ステキなクリスマスを♪

桜庭和さん【Enjoy! Christmas♪】
●12月23日(日)
開場18:30開演19:00
●会場KRAPSHALL(札幌市中央区南4西6 駐車場タイムズ1F)
●チケット前売り¥3.500(当日¥3.800)
入場整理番号付き、小学生までは無料

桜庭くんの年内ラストライブ、よろしくお願いします
mailもらえたら3000円でチケット予約しますのでー。

見えないものの中にこそ真実がある。

イベントで過去の話しを思い出しながら話した。



もうどの位前になるだろう?
両親に、仕事で頑張ってる僕の姿を見てもらいたいとコンテストで幾度も優勝し、ある程度自信をつけ、ドキドキする優勝という最後の名前を呼ばれるであろう今回のコンテストに初めて両親を招待した。


コンテストとは、いくら実力があっても本番わずかな失敗が勝敗を分ける厳しいものだ。

この日も、まぁ悪くてもベスト3くらいには入賞、参加選手の中では一番優勝に近いのが僕だと思っていた。

結果発表。北海道厚生年金会館。2千人の大観衆。両親がどこに座ってるか確かめ優勝の瞬間のガッツポーズ、インタビューで何を話すか、どんな顔をするか?

いろんな事もちゃんと考え済みで結果発表に望む。

僅かな時間の表彰式の長かった事…
結局名前も呼ばれずに、ステージ側ではない、最後まで残った選外の選手たちの中で表彰式の最後を終える。

人生とは思い通りにいかないとは、まさにこの事である。

室蘭から両親を呼んで栄光の姿を見せるはずが優勝候補が、入賞さえしない

片付けも全て終わっても、まだ帰らない僕。
ひょっとして僕が会場から出てくるのを外で待っているのではないかと思い、会場の撤去作業が行われる中、ずっとずっと中にいた。


関係者も全ていなくなりおそらく両親ももう帰ったであろう時間に駐車場へ行くと白い車クレスタが待っていた。


「やはり…いたか…」

車の中から母が出てくる。

僕は母に「まだ帰らなかったの?」
すると「お父さんが待っていてやれ」と…母が云う。


結果が恥ずかしくてコンテストの事は口に出す事もなく母と話していたら
親父が車から出てきた。
僕の前までくる。かなりの沈黙。

嫌な空気だ。
普段でも口数が少ない父がボソッと口を開く…

「お前、頑張ってんな…」

一言いって両親は帰っていった。

あの大嫌いな父が認めてくれた…
涙が、止まらなかった。

今まで一回も褒めてくれなかったのにずっとずっと見てくれていたんだ。

今日の結果は選外だったのに、それを一言も言わず、今までずっと頑張って来たことを認めてくれてたんだ。

苦労した母を喜ばしたい、父にも認めてもらいたい、亡くなった姉のためにもと結局、18年間もコンテストに出続け17回のチャンピオンを獲る。

親は、優勝とかそんな結果にこだわらず、一生懸命頑張ってる息子の姿だけで、いいんだ? 入賞しなくてもその姿を応援してくれてるんだ…

こちら側と、あちら側の壁を取り去った時、それぞれの別な思いは、実は一緒につながっていたんだ。と…

今日の信田さん主催の「ウガンダの子供達に井戸をつくるイベント」で愛について話す機会があり、久々に父の事を語った。信田さんありがとうございます。

父もあの世で聞いていてくれたかな?
父に、母に、姉に感謝します。
愛は僕に充分すぎるほど届いてます


愛 -形のないものの中にこそ真実がある

川根順史