若い頃から、お客さんの数をたくさんしようとか数をこなそうとかのやっつけ仕事は、醜いことだと、
髪を触れるということに、あなたに触れるということに、
髪に慈しみを込めて
穏やかな色で接しようと思うのです。
僕の全ての歴史を使って優しく愛あるヘアカットをしようと…
お客様にもヘアカットを楽しんでもらえるようにと…
どうか皆さんが幸せであるように…
じゅん先生
30年前の僕は、スタッフがたくさんいるお店がうらやましかった。
活気があって皆でコンテストに出て
燃えてるスタッフがたくさんいて・・・自分が小さく見えて情けなかった。
だから・・・・うらやましかった・・・
「 順さん、素敵! 反感の感情の 「動機を純粋化」し、
自分は羨ましがっているという
本音が見えていた事が、
順さんの成長に大きな大きなパワーを与え
たんですね。
人への反感だけで終わらず、
その感情の奥にある求めているものを
見つけ出す。
順さんを信頼する仲間、順さんを師匠として慕う仲間達は
順さん
の宝ですね。
前向きで倒れたい。。。。。私も同じ思いです!!
後悔の無い人生に、乾杯ですね。」
大橋 江里子さんが僕の記事を読み見事な回答をくれました。
なんかね・・・・・これ読んでると若かりし頃を思い出す。
「自分を、信じて疑うべからず!」良かったからシェアした(爆)
今こうしてスタッフを育てようとか仲間を作ろうと思うようになっ
たのも
若かりし、あの凄い芹沢先生の美容室があったから。
スタッフも少なく、がむしゃらだった若い僕、大きな美容室で皆が
仲良く働くスタッフを見てはうらやましがってた・・・・
あれから
20年。人がうらやむスタッフが育ってきた。
今やってることが
無駄だと思うことなかれ。焦るなかれ。
美容師になって30年以上。今頃やっとあの頃、夢見た環境がで
きつつある。
だから少しくらいの結果が出ないからとあきらめるな。
何をやってるんだか・・とあきらめるな。
5年とか10年とか頑張ったからってあきらめるな!
僕はサスーンチャンピオンを獲るまで18年間もかかった。
18年間だよ。 自分を信じてて良かった(笑)
あなかしこ~あなかしこ~。
「強く・・強く思えば、いつか必ず!」
僕がまだ若い30歳前後。カットコンテストに出続けてた頃、
札幌の大きなホールで大人数で応援にやってくる大型店舗の美容師軍団がいました。
そしてスタッフの方が入賞すると広いロビーでにぎやかに記念写真を。
それを見て僕は2つの事を思ってました。
1)なにやってるんだかぁ~ったくぅ~~もぉ~と反感をかう自分
(当時スタッフが8人しかいない僕は、その光景を見て、
たかが入賞くらいで、大袈裟な・・ 自分がチャンピオンなのに)
お店が小さくて悔しくて帰りの車の中で、一言も話さずにいた僕・・)
2)その反面、羨ましかった!仲間の入賞を皆で祝っている。
僕のとこは室蘭から2~3人しかスタッフが来ていない。
すっごいうらやましかった。でも自分はまだそんなスタッフがいない
いつも思ってました・・・僕も沢山のスタッフがいて、美容のこと、
ヘアスタイルのこと、未来を語り合える仲間がほしい・・・イイナ!
僕もいつか、あんな風にたくさんスタッフがいたらな~~!と。
しかし、
その思いは20年後(50歳の頃スタッフが24名)くらいにかないました。
(一時期支店を作りスタッフにのれん分けをして8名少なくなったが。現在はスタッフ32名)
今はスタッフと語ろうと思えばいくらでもいる。
*******************
あの若い頃思ってたことが、すぐではないけれど実現した。
仲間がいるって いいね!(笑)
そりゃ~一人でやってる方より、問題点は山積みだ(爆)
大変なことも比べ物にならないくらいになる。でもその反面、喜びも大きい。
一人で美容室をやってた姉は言ってた
「じゅんさん、一人でやってると楽だよ~」
それもわかる・・・でも僕は違ったのだ。
北海道を引っ張る美容室を作りたかった!
********************
あの日見た夢に、どれだけ近づいているだろう…
川根順史DVD「JUN愛より」
まだまだだから・・これからもあきらめずにがんばる!
何年かかるかわからないけど・・・・でも
できなくても、前向きで終わることはできる。
そう、いつも前向きで倒れたい!(笑)
あきらめないこと・・・・
サスーンチャンピオンだって18年がかり。
講師の仕事=年間100回だって20年がかり。
テレビだって、ラジオだって最近の事だ。
人生は短い!と勘違いして 焦るな!急ぐな!
***********************************
「人生を長い、短いと長さで計るような事を思うなかれ!」
***********************************
自分の実力を高めるのだ! 焦るでない!急ぐでない!
10年チャレンジしてできないからと言ってあきらめるでない!
できるまでチャレンジするのだ!
チャレンジしてる時こそ 人生は楽しいものだ
熱意を込めて・・・川根順史
「リーダーとは、とっておきのエピソードがあること」
1988年、美容のカットの大会で
初めて日本代表でマレーシアでアジア大会に参加。
入賞はしたものの、優勝は逃す。
それ以来、アジア大会優勝を目指したが
ソウル、シンガポール、タイなどの大会も全て入賞はするが優勝ならず。
しかしこの時期、日本代表としての責任や使命を
身近に感じるほどコンテストにのめり込んでいた。
3日徹夜など当たり前。日本の誰よりも練習した!
結果、国内の大会では17回の優勝。
誰よりもやってきた!という自負が、
今の、突き抜けた自分を作っていることは確かだ。
30代の体力のある時に、楽をしようとか、
簡単に稼げるとかに走るのでなく、
50代になった時に、語れるものが欲しいな…
考え方など幾万通りあるが、後輩ができた時、
今までやってきた事が、
「自分のとっておきのエピソード」の布石になるはず。
恐れずに言う!「30代の青年よ!楽をするな!」
今夜のラジオは、栗城史多くんを応援したいがために、
岩見沢の講演会で800名を集客しようと走り回る青年をゲストに迎えます。
お楽しみに!
ラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」
世界中で生動画ユーストリーム見れます
http://www.ustream.tv/recorded/18518725
世界中でインターネットでも
http://www.830.fm/
iPhone&スマートフォンでも
http://tunein.com/
札幌の人はラジオWITH-S FM 83.0
☆再放送は音声のみ☆金曜23時、日曜21時~
僕たちは、
北海道出身の小さな登山家・栗城史多くんから多くの勇気をもらった。
今、彼はエベレスト登頂失敗の上、凍傷により指を切断の危機に迫っている。
今こそ彼を応援しよう! 講演会に行こう!
そんな栗城君を応援しようと岩見沢の若者が立ち上がった!
彼の名を中島洋治という。
どうか栗城ファンの方、中島くんを応援&激励&これをシェアしてあげて少しでもたくさんのご来場者を期待します。
5年来のうちのお客さんだった栗城くんをよろしくお願いします。
どうか、...栗城君の指が何ともないように祈ります。
3月3日(日)18時~栗城史多 講演会
http://www.facebook.com/events/245830228883637/
場所: まなみーる岩見沢市民会館
北海道岩見沢市9条西4丁目1番地1
入場料:前売券2,000円(小中高生1,500円)
当日券3,000円(小中高生2,500円)
~プロフィール~栗城史多(くりき のぶかず)
1982年北海道生まれ。大学山岳部に入部してから登山を始め、6大陸の最高峰を登り、2007年以降はヒマラヤ8000m峰に挑戦。2007年「チョ・オユー(8201m)」の単独・無酸素登頂、2008年には「マナスル(8163m)」にて日本人初の単独・無酸素登頂と山頂直下からのスキー滑降に成功。2009年からは「冒険の共有」としてのインターネット生中継登山を始め、「ダウラギリ(8167m)」の単独・無酸素登頂と6500m地点からインターネット中継を行う。
エベレストには登山隊の多い春ではなく、気象条件の厳しい秋に単独・無酸素で挑戦する
こんな栗城君の想いを知って誰が「失敗」と言えるだろう?
「日本に帰国後、すぐに入院となった。
足の凍傷は軽傷だったが、右手親指以外の手の指は重傷で、第二関節より先は切断と宣告された。
激痛と高熱が続く中、僕は父に電話した。
父にあまり心配を掛けたくないと思い、しばらく電話するのをためらっていた。
父との約束は、何があっても無事に帰って来ること。
頂いたこの身体を傷つけてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
父に電話すると、意外な言葉が返ってきた。 「おめでとう」
下山して、「おめでとう」と言われたのは初めてだった。
「お前はそれだけの苦しみを背負って、これからも登る。それはすごいことだよ。」
標高8000m地点での下山。4度の挑戦。そして、重度の凍傷。
人はそれを「失敗だ」と言うかもしれない。
しかし、僕はあの場所までたどり着き、あの龍のような地球の息吹、宇宙を感じることができたことに、後悔はなかった。
「登頂成功」は一つの山の終わりであり、始まりに過ぎない。
僕が求めている頂は、成功しそうだから挑戦する、または失敗しそうだから止めておこうという壁はなく、本当に自分が心からやりたいと思っていることに挑戦していくこと。
そこには成功も失敗もなく、挑戦する喜びがあり続ける世界。
そこに僕は向かい、共有し、世界に広げていきたい。
勝っても負けても、生き続けること。
成功しても失敗しても、生き続けること。
終わらない旅は、まだこれからだ」 by 栗城史多くん
「この子、やるなぁ~」 2年前のブログより抜粋。
こういう子たちが将来のリーダーになってくれるんだね?
シリーズインタビュー『路上の哲学』。100年に1度の不況と叫ばれる中、世の中では一体何が起きているのか。路(みち)の上から見える世の中や社会を、そこに立つ人の言葉を通して垣間見るインタビューです。
以前、『渋谷駅前で朝礼を行う会社』を紹介したところ、『新宿駅で毎朝チアリーディングをする女性』がいるという情報が寄せられた。記者は早速、新宿駅にその女性を捜しに出掛けた。平日の朝8時50分前後、駅西口の『思い出横丁』にほど近い、丸の内線の出入り口付近。確かにチアリーディングする一人の女性がいる。
早速インタビューをお願いした。実は以前ご紹介した、渋谷で朝礼をする株式会社情熱の水野社長とお知り合いということだった。
彼女は『ニッポンのビジネスマンを応援する』というテーマを掲げて、チアリーディングをする『全日本女子チア部☆』のサイトウアヤさんである。
チアリーディングを始められた経緯とその想いを伺った。
1、新宿駅前でチアリーディングを始められたきっかけについて、教えて頂けますか?
きっかけはいろいろあるんですが、一番大きなきっかけになったのは、水野社長との出会いです。6月に水野社長が『1500人で夢を叫ぶ』というイベントを開催された時に、毎朝立川の駅前で演説をしていました。私はその時、ビラ配りをお手伝いしたんです。毎朝の演説の結果、イベントは1500人近い動員を集め、大成功しました。水野社長の「自分の足で、誰もやっていないやり方で、人に情熱を伝える」その姿を目の当たりにして、私も「私らしい方法で何かを始めなければ」と思いました。そこで、その方法として思いついたのが、ダンスだったんです。
私は、『紫ベビードール』というダンスパフォーマンス集団に参加していて、活動を始めて7年になります。ダンスを観て頂いたお客さんに、「元気をもらったよ」「今日来て良かった、ありがとう」って、本当に幸せそうな笑顔で言ってもらえることがあります。そういう時、ちょっとはその人のお役に立てたかもって思うんです。
普段イベントに来て頂ける方は、エンターテイメントを愉しむ場を知ってると思うんですけど、会社と家の往復で、そういう愉しみを知らない人にこそ、エンターテイメントが必要なんじゃないかって気付いたんです。ダンスをすることが、私らしい方法じゃないかと思ったんです。それで、「日本のビジネスマンを応援するチアガールをやろう!」と閃きました。
やろうと思ったのは、このアイディアを閃いてから、結構早かったんですけど、なかなか行動に移せなかったんですよね。「警察に捕まるんじゃないか?」とか「どこで着替えたらいいんだろう?」とか「朝は眠いしなあ」「恥ずかしいし」とか、やらない理由ばかり考えていました。これではいけないと思い、このアイディアをあるビジネスコンペに企画として提出して、その時にプレゼンの席で「8月1日からやります!」と宣言しました。出来るかどうかは、分からなかったんですけど、とにかく始めてみようと思い、8月1日から始めて、今までやっています。
2、なぜビジネスマンを応援しているんですか?
自分らしい方法で、誰かの役に立ちたいんです。
私は以前、広告会社に勤めていました。新しいことを提案したくて広告のプランナーになったつもりだったんですが、上司に「そんなこと求めてない」と言われている内に、いつの間にか極力しゃべらないようにしている自分になっていました。私はダメ社員だったんです。今思えば、あの時もうちょっとだけ勇気を出して、「私、こう思うんです」「分からないから教えて下さい」とか言えていたら、ダメ社員なりにも、もうちょっと会社や社会の役に立てたんじゃないかと思うんです。伝えた方が自分にも周りにもメリットがあるのに、言葉にして言えなかった。行動で示すことが出来なかったんです。「言われたことだけやっていればいい」と言われて、反論さえ出来ない自分だったんです。伝えようという気力すら失っていました。
だから私は、今の活動で、やろうと思ってなかなか一歩を踏み出せない人の『勇気』や『元気』になれたらと思い、毎朝通勤途中のビジネスマンを応援しています。
だって、はっきり言ってすごくバカバカしいじゃないですか。駅前で1人で応援してるって(笑)。ホント、捨て身です。でも、そんな私の姿を見て、あんな方法で挑戦してるヤツがいるって知ってもらえたら、見掛けた人が何かに踏み切る『勇気』になるんじゃないかと思っています。だから、このチア部は「バカバカしさ」を見せるエンターテイメントなんだと思っています。「バカバカしさ」で見る人のお役に立ちたいです。
3、チアリーディングをしていて遭遇した特別な経験はありますか?
続けていると、結構毎回観に来てくれる方とかいらっしゃいます。夏に始めたんですけど、いつもニコニコして観てくれているおじさんがいたんですね。夏はシャツを着て、いつも気楽な格好をしていらっしゃる方だったんですけど、秋になったある日、バシッ!とスーツで現れたんです。その方、実はビルメンテナンスの会社の社長さんだったんですね。それでお声を掛けて頂いて、私の活動が面白いから何か一緒にやらないかと、お誘い頂いたんです。私、元々広告代理店に居たのもあって、何でも企画するのが大好きなんですけど、そのことをお伝えしたら、ショッピングモールのプランニングのお話を頂きました。
また、あるおじさんがいらっしゃって、いつも観に来て頂いていたんですけど、ある日、突然声を掛けられて「お付き合いしてください!」って真剣に言われました。お気持ちは嬉しかったんですけど、丁重にお断りさせて頂きました。あまりにも唐突でビックリしましたね。
4、活動をしていて、良かったと思うことは何ですか?
そうですね。ごく稀に物をもらうことがあるんですけど。初めて頂いたご祝儀がホームパイ2個でした(笑)。私より少し年上の女性が、「コレ、食べて」って手を握って渡してくれました。別の時には、女性から『夢あきらめないでね』と書かれたポチ袋でご祝儀をいただいたこともあります。
今まで、通行する方やご近所の方に、1度も怒られたことないんですよね。皆さん割と温かく接して頂いて。こんなに訳の分からない活動をしているのに、出逢う方々に温かく接して頂けることが有難いですね。やり始める前は、警察に捕まるんじゃないかと本気で心配していたのに(笑)。活動を続けられること自体が、良かったと思っています。
5、今後の活動の展望について教えてください
今はまだ1人ですが、今後はメンバーを増やして行きたいと思います。朝、会社に行く途中、働きに出掛けて行く全ての人に応援を贈るチアリーディングのチームが大勢居たら、きっと仕事に出掛けるのも楽しくなると思います。少しずつメンバーが増えて行けばいいなって思っています。ひょっとしたら1年後も1人かも知れません。でも、それでもいいんです。私は『全日本女子チア部☆』の活動を続けて、明日の日本を元気にしたいと願っています。
記者が取材している間に、通りすがりのおばちゃんが、記者を関係者と勘違いして声を掛けて来た。「あの子、今日もいるね。しばらく観なかったから、心配しちゃった」。サイトウさんが捻挫でお休みしている間にも、チア部の応援を楽しみにしている人が、ここにもいた。何百、何千という数の人が、朝の新宿駅を素通りして行くが、『全日本女子チア部☆』の活動に元気をもらっている人は少なくないようだ。
素晴らしい女性ですね・・・熱意を込めて・・・じゅん先生
「感謝」
僕のラジオも今年は四年目を迎えます。早いね。
色んなゲストに出演していただき長く続けられて来ました。
ありがとうございます。
そして色んなお話を聞かされ僕も触発されてきました。
司会進行役のVITA戸澤耕平店長も札幌の活躍される各業種の方とお会いして
色々学ぶべき事が多かったと思います。
頑張ってる方と毎週毎週お会いする事でモチベーションを保てれます。
本当にありがとうございます。
さて、ファッション業界に身を置く人間はお洒落、もしくは自分スタイル、
こだわりを確立していな..ければならない。
人は誰もが美しくなりたいと願う。
それにはその願望の強さが外見、内面に比例して現れてくるものだ。
人に、話す教える見せる。教える側のセンスが問われると思う。
カッコイイと思う人は努力をして向上心の高い人だ。
9日(水)のゲストは、カッコイイ女性が登場します。