キュリアスの本棚 -3ページ目

NO38 「死んだらどうなるの? ミスターシリー」 テッド・メンテン

死んだらどうなるの?



これも、パッチアダムスの精神を繋いでいく実話です。

テッド・メンテンは、病棟から依頼を受け、定期的にボランティアとして子どもと関わることになります。
それも、ターミナル期のがんの子どもたちと・・・。

このように書くととても重い内容の本だと感じられるでしょうけれど、読み味は、とても軽く、笑ったり、ジーンと来たりしている間に自分の心にいくつかの宿題が残るというような本です。

私が大好きなのは、みんなで、死後の世界を話し合い、友だちが亡くなったとき、その子の天国にその子がいるシーンを思い浮かべて、みんなで偲ぶ様子です。

私も仕事柄、何人もの子どもたちとお別れを経験しました。
その子たちが楽しく過ごしている場所が私の心にはあります。

子どもたちのこと、夢に見ることもあるのですが、いつもにこにこ笑顔で現れてくれます。

「今日、大きな声で笑えたら、きっと死に神は迎えに来ない」本の中で、そんなことを言う子どもが現れますが、幸せな気持ちは、死を遠ざけてくれるお守りになる可能性はあるのではないでしょうか。

みなさんのまわりで、闘病をしている子どもがいれば、その子に笑顔をプレゼントしてください。
毎日一つの笑顔が、子どもたちを守ってくれると信じて。

NO37「パッチアダムス 夢の病院」 パッチアダムス

パッチアダムス



これは、映画「パッチアダムス」の原作。
パッチアダムスは、青春時代、精神科に入院した経験もあった。
医学を志し、病院に勤務するものの権威主義に固まった病院に馴染めず、自分で夢の病院を作ろうと模索する。

代替え療法を積極的に取り入れ、お金がなくても、安心して治療できる場を生み出そうと努力を重ねている。

パッチアダムスの「笑い」が、治癒力を高めるという考え方には、基本的に私も賛同します。

NPO法人を運営している中で、ボランティアが病棟にはいることで子どもたちが元気を取り戻していくシーンをいくつも見てきました。

日本にも、小児科には、ステキな先生がいっぱいいらっしゃいます。
いつか、そんな先生たちを紹介する本も書きたいですね。

NO36 「あしながおじさん」



ちょっと仕事が立て込んでお疲れの毎日。

こんな日には、肩のこらない、ワクワクするこんな本はいかがですか。

あしながおじさんという存在に支えられ少女期を過ごすジュディ。

この続編も面白いです。

絵が好きです。

でも、今思うと、ハーレークイーンロマンスみたいなストーリーですよね。

眠いです。

ここ数日睡眠不足。

ゴールデンウィークの間、読書三昧でなんにもしなかったつけが回ってきていて、仕事が忙しいです。

この秋、学研から本を一冊出す予定なのですが、その原稿も書き出せずにぐだぐだしています。
NPOのニュースも発行しなくっちゃ。
こっちの方の原稿は、今日明日くらいに書かなければ・・。

また、趣味と実益を兼ねてのアパート業。
逗子に新築の賃貸用のお家を建てようとしています。
イメージを設計の方に伝えるのに、インテリアの本も買い込んでスクラップブックつくんなくちゃ。

でも、どんな忙しくても、眠くても、毎晩一冊、何か読んで眠ります。
疲れているから、そのまま眠ろうなんて思うと、反対に、いろいろ気になっていることが思い出されて、眠りが浅く疲れが取れなかったりします。

お風呂に一冊持ち込んで、100Pくらい読んで、後は、ベットで続きを読みます。
体力のない時は、おなじみの作家の本がいいなぁ。
昨日書いた時代物か、サスペンスものが何故だか軽くて楽に読めます。
投資の本や、会計の本、宅建の問題集なんかも、楽かも・・。

純文学系、ノンフィクションは、体力のあるときに挑戦します。

どんな時にも勘弁して欲しいのは、自費出版の本。
文体がつらいです。

時代小説

小判商人



最近の読書の3分の1位の分量を占めているのが、時代小説。
平岩弓枝、佐藤雅美、乙川優一郎、池波正太郎、半村良・・。
もちろん、京極さんや、宮部さんも・・。

14才年上の夫の本棚から拝借しています。

最初は、つい、活字切れの禁断症状から手を出したのですが、読み始めると、ゆっくりした時間と、何年もずっと続いていく小説の中の人々の人生と縁が切れなくなって・・・。
江戸時代の建物、食事、風俗など、すっかり実家のようにリアルに思い浮かべられるようになってしまいました。

特に、同心や、与力、番屋や、公事方などなど、事件関係の方々・・。

江戸時代の他では、やはり平安京。
安倍清明や、鬼や魔物。
結界や、式神のこと日常会話に出てきます。

読書は、異次元への逃避でもあります。
いつか帰ってこれなくなったりして・・。

ローコスト住宅

500万円で家を建てようと思った



この本は、未読です。
アマゾンで発注しました。
もう一冊、「700万円台で注文住宅を建てた」という本もあわせて発注。

実は、私は、NPOが本職なのですが、大家さんもやっています。
ローコスト住宅に興味があって、他の本もたくさん見ているのですが、500万、700万での家造りって?!

読破した後、また、お知らせしますね。

NO35 「わたし」 谷川俊太郎 長新太



幼児向けの絵本ですが、なかなかのもんです。

わたし、お母さんからみれば、子ども。
おじいちゃんからみれば、まご。

隣のおじさんや、先生や、知らない人など、いろいろな他者から、自分がどう見られているのかが、リズミカルに綴られていきます。

自分という概念は、一体いくつくらいでできるのでしょう。
「わたし」とのいろいろな距離感のある他者の存在を受け入れるのって、なかなか難しいようにも思います。
どうなんでしょう?

お子さまと話し合ってみて下さい。

NO34 「以上、現場からでした」 安藤優子

以上、現場からでした



ゴールデンウィーク<山となった書籍をひたすら読み進み、眼と、肩と背中が痛くなってます。

この本も、昨年から、気になりながら、今頃、BooK Offで、300円で買ってきました。

そのドキュメントの中で、私の体験とすっぽり重なっている一話があったので驚きました。
たぶん時期もそんなにずれていないと思われます。
実は、私は、20代に、アメリカカナダの日系人を訪ねて、3ヶ月の旅をしたことがあります。サンフランシスコ、シアトル、ホートランド、バンクーバー、シカゴ、ボストン、アトランタ、フロリダ・・・、方々の日系の方の施設や、個人のお宅に、おじゃました旅でした。

旅の最後に、安藤さんが訪ねた、ロスの老人ホームにも伺いました。
テレビの取材と言うこともあり、安藤さんは、ずいぶんご苦労された様子。

私と友人は、手作りの紙芝居を持っての旅と言うことで、どこでもすぐ受け入れて頂きました。
ロスでは、食堂で大勢のおばあちゃま方から、お菓子や、一ドル札や、チェリーなど、お地蔵さんのお供えのようにいただきました。
おばあちゃまのなかには、「夜、ラスベガスまで行くバスがあるから、一緒にカジノに行こう」と誘ってくださったり、お下げにしていた外観から誤解をされ「中学生が、よく子どもだけでこんな遠くまで来たもんだ」と、感心されたり・・。

どこでも感じたのは、日本への思い。
「ふるさと」を何度も一緒に歌いました。
うさぎ 追いし かの山、こぶな 釣りし かの川。
歌いながら、彼女たちの中にある「日本」は、もうすでに当時でも見つけることができないものでした。

近代史をしっかり学んだ旅でした。
彼女たちももう今は亡く、二世も老齢になっていらっしゃることでしょう。

ほろ苦い青春時代を思い出した一冊でした。

中学生の頃の読書

小学生のころ、偉人伝や、図鑑などばかり見ていたことは、以前お話ししましたが、中学生の頃は、何故か、近代文学にはまってしまいました。

中一の読書感想文が二葉亭四迷の「浮き雲」だったことも今から思えば、不思議でしかないのですが、森鴎外、芥川龍之介、夏目漱石、武者小路実篤などなど・・。

ストーリーは、記憶にないのですが、大磯などの避暑地の風景や、貧しいといいながら、下女がいる生活や、缶詰のおいしそうなことなど、なんだか、時代の空気のようなものだけが記憶に残っています。

その中で、夏目漱石の「夢十夜」は、不確かな記憶しかないのですが、私に生きている実感を与えた一冊になりました。

当時、私は、自分の存在があやふやで、どこでどのように生きているか自分でしっかりした確信が持てずにいました。

そこで、仮説として「私を見ている大きなものがあり、自分は、シャーレーの様な培養された世界でいろいろな刺激を受け、その反応を記録されている生命体なのではないか」と、思ったたのでした。
であれば、「私の生まれる前というものもなく、死後というものもない」「私が行かぬ限り、アメリカもなければインドもない」等々。

しかし、夏目漱石も、その中で、「自分の死後があると思えぬ」と書いてあったのです。
それは、私にとっては、とてもリアルで、こいつは、絶対生きていた、と確信を得ました。
そして、今は亡き人であるということも・・。

このことで、私の生まれる前に時はあり、死後も、時は続くものだと腑に落ちたのでした。

何が変わったと言うことでもないのかもしれないけど、こんな年になっても覚えていると言うことは、私にとって、きっと大切な気づきだったのでしょう。

みなさまの中学の頃の読書は、どんなだったでしょう。

NO33 「読めそうで読めない漢字」

読めそうで読めない漢字



これは、ちょっと読みにくい漢字が表に、その裏側が読み仮名とその意味が書かれているという至ってシンプルな本。

小学校の頃、漢字の書き取りが大の苦手で、いつも泣いていた記憶があるのですが、書くのはともかく、読む方は、読書量と比例して、読めるようにはなってきました。
1Pに、20位の漢字なのですが、でも、全部は読めません。1Pに、二つくらいは、読めないものがあります。
山女、山椒魚、漸く、仏蘭西・・、などは、読めますが、翩翻、白耳義、忽ち・・などにやられました。

普段使わない用語は、ダメですね。
江戸ものや、近代物を読んでいれば、だいたいは読めるはずなんですが・・・。

近代物を読まなくなって、漢字を忘れているのかなぁ。
ということで、「我が輩は、猫である殺人事件」を読んでいます。
最初、50P位まで、文体に馴染めず、苦労しましたが、読み出すと、中学の頃、明治大正の文豪ものを読みあさっていた記憶がよみがえり、なんだか懐かしい気持ちがしてきました。

いいお天気なのに、本を片手にごろごろしています。