無理せず、結果を求めずに運動してみる | 旅はブロンプトンをつれて

旅はブロンプトンをつれて

ブロンプトンを活用した旅の提案

最近、同窓会やその他で、そもそも自分は何をしたかったのかに立ち返りたくなることが多くなりました。
私は小学生の頃から旅をしてきたのですが、あのころ何を目的にして、どんな気持ちで旅をしていたのか、将来どんな旅人になりたかったのか等々。
そして、その頃に旅をした場所へ行けば少しは思い出せるのかと思ってはみたものの、50年近く経っていると、その場所の様子もむかしを思い出せないくらい変わってしまっていて、しかし部分的、断片的にむかしの面影を残しているようなものをみつけては、それをつなぎ合わせるように、そうだった、こうだったと記憶をたどっています。
そんなことを考えていると、そもそも自分はなぜブロンプトンに乗るようになったのだろうと、大元を辿りたくなりました。

私は小学生の頃から偏食かつ小食だったことも手伝って、ずっと痩せていました。
童謡の「お腹のへるうた」にあるように「おなかとせなかが、くっつくぞ」を地で行っていました。
だから、太っている人が最初は羨ましかったし、彼らは彼らで悩んでいるのが分かる年齢になっても、その気持ちはまったく分かりませんでした。
その時の自分からすれば、「食べられない」のが当たり前でしたから、食べ過ぎるなんて贅沢なことを想像することができなかったのです。
ところが、そのままの食生活を続けていればそのままだったのに、20代の頃から、最初は好きなものを大量に、そのうち何でもえり好みせず、たくさん食べるようになりました。

今考えると、ストレスなどがあって、それを食べ物で満たそうとしていたのだと思います。
私にとって幸いだったのは、お酒では気持ちが満たせなかったことです。
嫌いではないから、お酒を飲んで嫌なことを忘れるという感覚は理解できるのですが、それとともに来る酔い、とくに二日酔いのような、頭が痛くなったり、吐き気を催したりという私自身にとっては我慢のならない副作用があることが、私を深酒の習慣に入らないよう、守ってくれました。
しかしその一方で、意地汚く大量に食べるという習慣は進行し、サラリーマンになってからは時間が不規則、かつ海外も含めてあちこちに行って食べ歩きするのが楽しくなってしまい、その習慣に拍車がかかっていたのです。
それでも、30歳に近づくまで、私はそんなに太っておりませんでした。
本格的に太ったのは、添乗などが少なくなり、内勤が増えて、毎日午前様のような生活をしてからです。

今もその店はあるのですが、私のオフィスの近くに、美味しいとんかつ屋さんがありました。
その店は評判で、いまも11時半開店で15分もすると満席になり、行列ができます。
その当時も私は朝が早いということもあり、11時半にその店に着くようにして、いつも同じ定食を食べるのが日課になっていました。
今考えると毎日昼にとんかつなんか食べて贅沢なのですが、独り暮らしの気楽さもあり、また早食いが得意なわたしは、そこを12時前に切り上げて、会社からは少し離れた静かで薄暗い喫茶店にいって、読書と居眠りをするのが楽しかったのです。
しかし、そういう生活をしていたら、気が付くと二十顎になり、私の身体は一気に30キロ以上も太ってしまいました。

私は「共喰いで太った」などといわれ、生まれて初めて「デブ」という称号をいただきました。
これまで、口を揃えて「もう少し太った方がいい」と言っていた人たちは、おしなべて「太りすぎ」というようになり、痩せていた頃の自分の写真をみては、「このころは身軽でよかった」とため息をつくようになりました。
それくらいならまだ良いのですが、中年の入り口に差し掛かっていた私は、このままこの状態を放置すると、確実に成人病になると思うようになりました。
しかし、不安が募れば募るほど、それを打ち消したくて食べてしまうのです。
“Over Eaters Anonymous” という過食症の人たちの自助グループに顔を出してみたのですが、若い女性、それもとても自分には太っているようには見えない人たちだったので、そこへ通うのは諦めました。

いまそちらの方も収まりかけていて、それはまた別の機会に書こうと思っているのですが、とにかく40代になる頃には、この太った身体を何とかしないと、と思うようになりました。
そこで私はかつてマラソンに燃えていた中学時代を思い出し、毎日片道1.4㎞ある親戚のお寺まで、走って往復してみたのです。
しかし、中学時代と比べたら2倍近くの体重になっていた私は、たった1.5㎞の距離を走るのでも、苦しくて止まりそうになってしまうのです。
このまま痩せてくれれば少しは楽になるのかと思って我慢して続けてみたのですが、1カ月たっても全然楽にならないので、2カ月たつ前にやめてしまいました。
少し期間をあけて、季節が変り、ほとぼりがさめてからもう一度挑戦してみたのですが、結果は同じでした。
いつも「感謝感謝」と言っている高齢の女性に出会ったのも、このころです。

そして、また運動不足の自分に戻り、いっこうに痩せられないまま時が過ぎてゆきました。
あるとき、同じ嗜癖に苦しんでいる人が医者から「じっとしているなら身体を動かしなさい」といわれ、私同様に走って挫折しているのをみて、「自分は走っていたからダメなのだ、だったら歩いてみよう」と思いました。
時間もあったので、普段電車で移動するところを歩くようにしたのです。
そうこうしているうちに、ただ歩くだけではなく、歩き旅に挑戦したくなりました。
そこで、旧東海道の踏破を思いついたのですが、このブログでも書いてきたように、これは痩せることにはつながらず、むしろ却って食べるようになって、体重を増加させてしまいました。
膝や足首を痛めてしまったのも、このころのことです。

しかし、その時に「折りたたみ自転車で尺取虫方式の旅ができたら」ということを思いついたのです。
実は旧東海道を歩いている時に、走っている人も何度か見かけました。
しかし、マラソンを挫折している自分には、「走り旅」は考えられなかったのです。
走るのが無理なら、自転車なら何とかなるのではないかとも考えました。
だから、ブロンプトンを購入してもう一度旧東海道をたどりはじめようとする時、「運動するぞ」という意気込みは殆どありませんでした。
しかし、いざブロンプトンに跨ってみると、予測を裏切って速く走るのが楽しくなってしまったのです。
私は、旅においてはともかくも、日常は原付と競争をするくらいのスピードで走るようになりました。
そして、今までなら確実に車かオートバイで行っていた場所も、帰りは電車を利用できる気安さから、ブロンプトンに乗って走ってゆくようになりました。
ちょうど今からひと昔前、40代の後半になっていましたが、私は20㎏の減量に成功し、目に見えて痩せることができました。
実は食事制限もしていて、1週間に一度、水とバナナをひと房食べるだけの、断食日を設けたのもこのころです。

一度に痩せたために、ズボンはぶかぶか、冬は今まで経験したことないような寒さを感じるようになりました。
しかし、こうして急激に痩せるのはお勧めしません。
なぜなら必ず「反動」が来るからです。
食べるのを我慢していると、それがバネの役割をして、山型飲酒ならぬ、がまんにがまんを重ねたあとの大量飲食につながります。
これは拒食症の裏返しが過食症であることと同じ原理で、昔のやくざ映画のように、耐え抜いた後に悪人を打ちのめすじゃないけれど、沢山食べることで飽食の幸せに浸るということになり、これを繰り返していると、やがて間隔が狭まって行き、基本たくさん食べる人に戻ってしまうのです。
こうしてブロンプトンに乗るようになってから、一気に20㎏減量した私は、10㎏太ったところでバランスを見出して今日に至ります。

それが2020年ごろから、旧甲州街道をたどるようになって、峠越えの登坂に取り組むようになると、今までとは違った運動ができるのではないかと思うようになりました。
速く走るのは、自分で自分を掻き立てるところもあり、またかなり危険を伴うのですが、こうしてじっくり、ひと漕ぎひと漕ぎ低速で登ってゆく登坂は、自分に合った質と量で、無理せずに身体に負荷をかけることができるのではないか。
それこそ、これはきついと思ったら、より低負荷な運動、たとえば標高の低い、緩い坂道主体の峠を越えてみる、同じ峠でも、緩い方から登る、その前に谷を詰めてみる、それも無理なら川を遡ってみるなど、色々工夫ができるのではないかと思ったのです。
それなら、「痩せる」という結果を求めず、ただ黙々と自分の精神や肉体に過度の負担をかけずに運動できるのではないか、そういう思いが湧いてきました。

考えてみると、このブログの最初の方で、坂を下ることばかり考えていたはずの自分が、いっぽうでなぜか、鶴見川、神田川、石神井川、玉川上水などの、川や水路を遡るということをしていました。
知り合いからは、水の流れがそうであるように、上流方から下流、河口方面へ走った方が楽だということは指摘されていたのですが、私は子どもの頃からハイキングをしていた関係からか、往きは登りで帰りは下りというのが自然だと思っていました。
だから、その頃から坂道を登って運動してみるということは、無意識のうちに考えていたと思います。
ということで、ブロンプトンに乗るそもそものきっかけは、運動不足を補って、習慣をつけ、健康な体に戻すことであったと思い出しました。
もちろん、前述したように、家にいてくすぶっているよりは、旅に出て、出た先で運動をして心も体も開放してあげるということも含まれています。
しかし、気をつけなければならないのは、あくまでも健康な体に戻すことであって、ストイックな自己になることではありません。
これまでは、運動とは苦しいもので、無理を通りこさないと痩せるという結果は手に入らないと自分勝手に思い込んで参りましたが、この歳になってそれは通用しなくなって漸く、そうではないのではないかと思い始めています。
だから、これから少しずつ、自分にできる方法で、無理をせず運動をすることに、ブロンプトンを使って取り組んで参りたいと思っています。
これからその時々の自分にあった登り坂を、少しずつ探してゆきたいと思います。