一日でとびしま海道としまなみ海道を走りぬける(その27 生口橋と因島) | 旅はブロンプトンをつれて

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とびしま海道の7橋と併せて今日15番目の橋にあたる、生口(いくち)橋を渡ります。
少しでも走行距離を短くしようと、多々羅大橋を渡ってから反時計回りで生口島を抜けたため、いったん生口橋の下をくぐって、400mほど走ってから、左折して橋上への取りつき道路にかかります。
ここの登りは原付、自転車、歩行者がみな同じなので、要注意です。
これまで、橋に取りつくために、何度坂を登ったでしょう。
とびしま海道の平羅、中の瀬戸、岡村の3橋と、来島海峡の3大橋、伯方橋・大三島大橋は連続橋だったので、10回目になります。
時刻は15時30分をまわっています。
あと因島大橋を渡れば、最後の尾道水道はフェリーなので、橋への登り坂は1カ所だけ。
それにしても、今朝6時半過ぎに仁方の駅を出発してからもう9時間。
限界が近づいています。
我ながら、広島駅発着で、とびしま海道としまなみ海道を一日で走り切るなんて、馬鹿なことを考えたと後悔しています。


生口橋にかかる前で、原付と自転車歩行者は分かれます。
橋の北西側側道が原付、南東側が自転車・歩行者です。
手前の多々羅大橋や大三島橋、大島大橋・伯方橋同様に、自動車専用道路(西瀬戸自動車道)と側道が同じレベルにあるので、空が開けていて眺めの良い橋です。
生口橋は橋長が790m、幅員23.5m、最大支間長490m、桁下高26m、塔の高さ122.75mと、今でこそ長さでしまなみ海道10橋中7位、塔の高さも6位と、埋もれた存在ですが、竣工の1991年12月当初(10橋のなかで4番目に古い)は、斜張橋として世界最大を誇っていました。
正確な種類は、3径間連続複合箱桁斜張橋といって、しまなみ海道の中では多々羅大橋や尾道大橋と同じ形式になります。
多々羅大橋の塔は逆Y字をしていましたが、生口橋は文字通りのA型主塔で、横棒にあたる部分が橋の箱桁部分になっています。
色はとびしま海道の豊浜大橋同様、スカイミントですが、夕陽に照らされていると、白く見えるかもしれません。


同じケーブルによる張力を利用した斜張橋と吊橋の見分け方ですが、斜張橋が塔と桁を各ケーブルで直結して直線的に結んでいるのに対し、吊橋は塔の間をメインケーブルがたわんだ状態で結んでおり、そこからハンガーロープが垂直に垂れて桁を吊っています。
パッと見、どのケーブルもピンと張っている、横から見たら三角形をしているのが斜張橋、それに対し、吊橋はMの字が横にひろがってたわんだような形と覚えておけば良いのではないでしょうか。
東京湾の有名どころだと、横浜ベイブリッジが斜張橋、レインボーブリッジは吊橋です。
どちらも残念なことに桁上を自転車で走ることができないので、しまなみ海道のようにじっくり観察することはできません。
一般的に吊橋に対して斜張橋の方がケーブルの間隔を広く開けることができ、その分景観も良くなります。
そういう意味で、とびしま、しまなみ両海道は、橋梁建築マニアには垂涎ものだと思います。


生口橋の下は、生口水路と呼ばれ、生口島の赤崎港と因島の金山港の間には、20分間隔でフェリーが運航されています。
所要時間は4分で、自転車は人間込みで130円、125㏄以下の原付でも160円ですし、生口島を反時計回りに抜けた場合、生口橋の取りつき道路の800m以上手前で赤崎港のフェリー乗り場が現れるので、坂を登り下りした挙句に50円(自転車・原付共通、但し、2021年現在無料化措置中)支払うのだったら、短くも船旅としゃれ込むほうが楽しいかもしれません。
先般ご紹介した生口島の瀬戸田港から尾道の駅前桟橋までゆく高速船よりも、こちらの映画「さびしんぼう」にも登場した双胴型のフェリーの方が、スピードもゆっくりで旅情があります。
生口橋を渡って坂を下ると、因島の田熊(たくま)です。
因島と書いて「いんのしま」と呼びます。
尻下がりに読むのか、尻上がりに読むのか、未だに分からないのですが、この名前の由来は、神武東征の折に風雨鎮静を祈ったから「斎島(いむしま)」(島の東北部に同名の神社があります)が転訛した、尾道から見ると手前の島の陰になって見えないので「隠の島」、後白河天皇の荘園だったことから「院の島」など、諸説あります。
なお、現在はロックバンド「ポルノグラフィティ」の出身地として有名です。


現在は尾道市に属していますが、かつては因島市として、行政が分かれており、天気予報などでも、因島地方として本州側とは別でした。
島の面積は35.03㎢、海岸線長31.9㎞でしまなみ海道の中では大三島、越智大島に次いで第3位の大きな島で、最高標高は奥山の390m(第3位)、人口は23,909人(2017年度・第1位)、人口密度は682.53人/㎢で、向島に次いで第2位です。
特筆すべきは人口と人口密度で、ここから尾道までの2島、すなわち因島と向島は、これより南の島に対して人口も倍以上、人口密度は3倍以上になります。
ということは、これまでのような長閑な雰囲気が薄れ、都市に近いような街並みが増え、走っている車も多くなるため、安全に気を配らねばなりません。


西側の生口橋を渡った田熊地区から、島の東北端にある因島大橋まで、海沿いを時計回りに重井港を通って進む方法と、山を越えて東海岸に出て、そこから北上する方法があります。
おすすめは前者です。
というのも、山越えにあたる青影トンネルは歩道がなく幅も狭いうえに交通量があり、トンネルまでの登り坂も同様です。
トンネルを出た先に因島水軍城入口があって、山の上に天守を模した(水軍の城ですから、もともと天守閣などはありません)資料館があって、遠くからでも見えるものの、とてもあの山の上まで登る余力が残っていません。
重井地区を抜ける西海岸回りも、決して道が平坦とはいえず、重井港付近は、道幅も狭くなっています。
(一応、青帯で示される自転車通行帯は確保されていますが)
なお、冬場の夕方はこの区間はほぼ真北に向って進む形になるため、相当な向かい風が予想されます。
私も疲れているせいか、漕いでも漕いでも前に進まないような気分になり、気が遠くなりそうになりました。
時刻は16時を回ったところです。
ここでくじけるのなら、重井港から三原まで高速船があります。
途中佐木(さぎ)島を経由して所要は20分、運賃は500円(重井~三原間)、手荷物としての自転車は300円ですが、ブロンプトンなら畳んでカバーを掛ければ必要ありません。
三原港は桟橋から駅の南口までが220m足らずですので、大幅なショートカットになります。


なお、因島西岸の北部に海を挟んで見える佐木島ですが、面積8.72㎢、海岸線長18.2㎞、最高標高は大平山の266.5mで、人口は682人(2015年)で、殺生を嫌うことから、漁師はおらず、農業中心になっています。
すぐ北に小佐木島(面積0.5㎢、海岸線長3.2㎞ 標高75.7m 人口6人=2015年)がありますが、因島西岸からは島陰になって殆ど見えません。
また、因島西北端の工業団地付近から見え隠れしているのが小細(こほそ)島(面積0.14㎢、海岸線長1.9㎞ 標高46m 無人島)があり、島内の古墳からは石棺や製塩土器なども見つかっているそうですが、チャーター船でした渡れません。
因島大橋方面へ北岸を走って対面やや後方に見えるのは、細島(面積0.76㎢、海岸線長5.3㎞ 標高63m 人口47人=2015年)です。
重井西港から一日5往復の市営渡船がありますが、こんな本州に近い行き止まりの島(三原や尾道への便は無し)でのんびり過ごすのも楽しいかもしれません。


なお、生口橋を渡った田熊地区を、因島大橋方面とは逆に反時計回りで南下すると、生口島からの渡船が着く金山港の先、尾道市因島総合支所の手前に、明治橋という信号があります。
ここから海辺にかけての街並みが、上述で出てきた映画「さびしんぼう」の主人公、井上ヒロキさんがラスト近くの夜のシーンで、思いを寄せている女子高生の橘百合子さんにフラれてしまう場所になります。
道端で魚を下ろしている行商のおじいさんからヒロインが魚を買っている背後で「百合子さん」と声を掛けるのですが、その前におじいさんが「お父さまのお加減、如何ですか」と案じているところから、このヒロインは母親を亡くして父娘2人の家庭で、しかも病気の父親を看病しているのだと判ります。
あの作品は冒頭に大林監督の「痛ましくも輝かしい、わが青春時代に捧ぐ」という文字が現れるので、きっと監督が若い頃の片思いの相手なのでしょう。
何といっても、大林監督の実家は尾道では有名なお医者さんの家ですから。
当時この場所は尾道市役所発行の「大林映画ロケ地マップ」には載っておらず(因島市だから当然)、インターネットもない時代ですから、映画の画面端に映る商店名を何とか読んで、それをNTTの電話帳で調べないと住所が判明しないほどの、しかも判明したところで因島大橋が無かったので、尾道や三原からフェリーに乗らないと来れない、到達困難なロケ地なのでした。
実際、橋が開通した今でも、ここから尾道の中心部まで毎日自転車で通うのは、ちょっときびしいと思われます。

(山の上に見えるのが因島水軍城)
西岸沿いの道が北岸に回り込んで、海の向こうに岩子島(いわこじま)や向島(むかいしま)が見えたら、正面に因島大橋が見えてきます。
次回は、因島大橋を通って、向島へ渡ります。