私の出産体験記~入院生活、楽しみ編。
しつこいですが、あとちょっと。
引き続き、興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
入院生活は修行的なことも多々あり、きつかった部分もありますが、
楽しみもありました。
ひとつは食事。
いい母乳をチビくさこに提供するためには
ちゃんと栄養をとらねばなりません。
1日の目標摂取カロリーはなんと2500kcal。
ぱっと見にはこんなに食べれんだろう、と思っていても
おなかがとってもすいていて、しっかり食べれました。
朝食、夕食は自室でとるのですが、
ランチだけは赤ちゃんをあずけてラウンジで他のおかあさんたちと
一緒に食べることになっていました。
これがとってもいい気分転換。
1日に1時間でしたが、ゆっくり、ランチを食べれたことは
とてもいいリフレッシュ空間でした。
ちなみに私と同じ18日に出産した面々は9人もいたので
ランチのときにも出産ラッシュをネタに大騒ぎ。
他の日の人も巻き込んで、かなり団結力のある?!メンバーとなり
にぎやかにやっておりました。
いつも、あんなにみんなが仲良くしゃべるわけではどうやらないようなのですが・・。
でも、私としてはみなさんと盛り上がったり、大笑いしたり、が
とても楽しかったです。
食事以外では実費がかかりますがアロママッサージもありました。
私は面会がたてこんでいて受けれませんでしたが、
受けた他のおかあさん方いわく、とってもよかった!と。
私もチケットをもらってあるので、近いうちに行ってきたいと思っています。
あと、楽しみのもうひとつがシャワー。
私は毎日主人や親にチビくさこをみててもらってゆっくりシャワーに入りました。
どうでもいいことですが、病院のシャンプーはTSUBAKIでした(笑)。
あと、楽しかったのはみなさんとの会話でしたね。
他のおかあさんたち、助産師さんと授乳室で
みなさんといろいろと話ができて楽しかったです。
楽しみ編はこれくらいで。
次は番外編、祝い膳のご紹介。
引き続き、興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
入院生活は修行的なことも多々あり、きつかった部分もありますが、
楽しみもありました。
ひとつは食事。
いい母乳をチビくさこに提供するためには
ちゃんと栄養をとらねばなりません。
1日の目標摂取カロリーはなんと2500kcal。
ぱっと見にはこんなに食べれんだろう、と思っていても
おなかがとってもすいていて、しっかり食べれました。
朝食、夕食は自室でとるのですが、
ランチだけは赤ちゃんをあずけてラウンジで他のおかあさんたちと
一緒に食べることになっていました。
これがとってもいい気分転換。
1日に1時間でしたが、ゆっくり、ランチを食べれたことは
とてもいいリフレッシュ空間でした。
ちなみに私と同じ18日に出産した面々は9人もいたので
ランチのときにも出産ラッシュをネタに大騒ぎ。
他の日の人も巻き込んで、かなり団結力のある?!メンバーとなり
にぎやかにやっておりました。
いつも、あんなにみんなが仲良くしゃべるわけではどうやらないようなのですが・・。
でも、私としてはみなさんと盛り上がったり、大笑いしたり、が
とても楽しかったです。
食事以外では実費がかかりますがアロママッサージもありました。
私は面会がたてこんでいて受けれませんでしたが、
受けた他のおかあさん方いわく、とってもよかった!と。
私もチケットをもらってあるので、近いうちに行ってきたいと思っています。
あと、楽しみのもうひとつがシャワー。
私は毎日主人や親にチビくさこをみててもらってゆっくりシャワーに入りました。
どうでもいいことですが、病院のシャンプーはTSUBAKIでした(笑)。
あと、楽しかったのはみなさんとの会話でしたね。
他のおかあさんたち、助産師さんと授乳室で
みなさんといろいろと話ができて楽しかったです。
楽しみ編はこれくらいで。
次は番外編、祝い膳のご紹介。
私の出産体験記〜入院生活。
引き続きまして今度は入院生活。
興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
入院生活は出産した日を0日とし、
5日目に退院を迎えるまで、病院のサイクルにしたがって
生活していきます。
私の場合、出産が22時59分、だったので、
0日目は61分で終了(笑)。
0日目だけは赤ちゃんは新生児室で過ごしますが
1日目の10時の授乳指導からは母子同室がはじまります。
つまりラッシュで産んだ5人の母たちは
ほぼほぼ休めないまま、母子同室へ突入した、というわけ。
授乳指導では帝王切開の1人をのぞいた8人が集合。
部屋はいっぱいいっぱいでした(笑)。
初産だったのは9人中3人、2人目が3人、3人目が3人、と
経産婦さんの方が多かったです。
ここでは少子化は感じられないなぁと思いました。
さて、ここでチビくさことまたまた対面。
ここからは基本的に、ずっと一緒。
3時間はあかないように授乳していきます。
授乳は基本的に授乳室で行い、そこには24時間助産師さんが
出入りして、チェックしたり、指導したりしてくださいました。
はじめはオッパイがなかなか出ないので、
マッサージからはじまってけっこう時間がかかるものでした。
切迫早産気味だった私は出産前に母乳マッサージなどを一切していなかったので
母乳が出るかどうか、本当に不安でした。
が。
心配はどこへやら、不思議なものでちゃんと出てきてくれました。
うちの母が、母乳マッサージをしようと手ぐすねひいていたのですが、
二、三度やってもらっただけで、あとは必要ないくらいオッパイが出始めて。
母は私が痛がってもいやがっても出るようにしてあげよう、と張り切っていたため、
拍子抜けしておりました・・・。
3時間のサイクルで授乳、オムツがえをくりかえす。
誰もおしえてくれなかったほとんど眠れない生活。
こんなに眠いんだったら、無理矢理にでも出産後、寝ておけばよかった。
でも、すべてあとのまつり、です。
母子同室の一晩めはほとんど眠れず、翌日を迎えてしまいました。
そこから先は面会時間には母にチビくさこをまかせて眠るようにしました。
でも2晩めから、チビくさこは夜に寝てくれるようになり、
親孝行な娘のおかげで私の体力は少しずつ回復。
寝不足にかわりはないものの、ちょっとでも眠れて
ラッキーな母となりました。
授乳指導は退院の日まで続きました。
毎日、助産師さんはかわりましたが、
きちんと申し送りがされているので、一貫した指導をしてくれました。
そして、私とチビくさこにとっていちばんいいスタイルを退院までに
みつけてくださいました。
おかげでここまで完全母乳でこれています。
さすが、プロフェッショナル。
こちらも同じくプロのうちの母も称賛しておりました。
入院生活は母になってまだ日の浅い私たちのために
いろいろおしえてもらう期間だったのだな、と思います。
と、この記事では「修行」の側面のみ。
次の記事では入院中の「楽しみ」について、書こうと思います。
興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
入院生活は出産した日を0日とし、
5日目に退院を迎えるまで、病院のサイクルにしたがって
生活していきます。
私の場合、出産が22時59分、だったので、
0日目は61分で終了(笑)。
0日目だけは赤ちゃんは新生児室で過ごしますが
1日目の10時の授乳指導からは母子同室がはじまります。
つまりラッシュで産んだ5人の母たちは
ほぼほぼ休めないまま、母子同室へ突入した、というわけ。
授乳指導では帝王切開の1人をのぞいた8人が集合。
部屋はいっぱいいっぱいでした(笑)。
初産だったのは9人中3人、2人目が3人、3人目が3人、と
経産婦さんの方が多かったです。
ここでは少子化は感じられないなぁと思いました。
さて、ここでチビくさことまたまた対面。
ここからは基本的に、ずっと一緒。
3時間はあかないように授乳していきます。
授乳は基本的に授乳室で行い、そこには24時間助産師さんが
出入りして、チェックしたり、指導したりしてくださいました。
はじめはオッパイがなかなか出ないので、
マッサージからはじまってけっこう時間がかかるものでした。
切迫早産気味だった私は出産前に母乳マッサージなどを一切していなかったので
母乳が出るかどうか、本当に不安でした。
が。
心配はどこへやら、不思議なものでちゃんと出てきてくれました。
うちの母が、母乳マッサージをしようと手ぐすねひいていたのですが、
二、三度やってもらっただけで、あとは必要ないくらいオッパイが出始めて。
母は私が痛がってもいやがっても出るようにしてあげよう、と張り切っていたため、
拍子抜けしておりました・・・。
3時間のサイクルで授乳、オムツがえをくりかえす。
誰もおしえてくれなかったほとんど眠れない生活。
こんなに眠いんだったら、無理矢理にでも出産後、寝ておけばよかった。
でも、すべてあとのまつり、です。
母子同室の一晩めはほとんど眠れず、翌日を迎えてしまいました。
そこから先は面会時間には母にチビくさこをまかせて眠るようにしました。
でも2晩めから、チビくさこは夜に寝てくれるようになり、
親孝行な娘のおかげで私の体力は少しずつ回復。
寝不足にかわりはないものの、ちょっとでも眠れて
ラッキーな母となりました。
授乳指導は退院の日まで続きました。
毎日、助産師さんはかわりましたが、
きちんと申し送りがされているので、一貫した指導をしてくれました。
そして、私とチビくさこにとっていちばんいいスタイルを退院までに
みつけてくださいました。
おかげでここまで完全母乳でこれています。
さすが、プロフェッショナル。
こちらも同じくプロのうちの母も称賛しておりました。
入院生活は母になってまだ日の浅い私たちのために
いろいろおしえてもらう期間だったのだな、と思います。
と、この記事では「修行」の側面のみ。
次の記事では入院中の「楽しみ」について、書こうと思います。
私の出産体験記〜出産後の私。
シリーズ?!、私の出産体験記。
第3弾は分娩後、について。
引き続き、興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
分娩後、もろもろの処置が終わると
そのまま2時間ほど分娩台の上で過ごすことになります。
看護師さんが台を片付け、体をふいてくれて
きれいにしてから着替えさせてくれました。
そして部屋には静けさが戻りました。
点滴には抗生剤か何かが追加され、
引き続きガラガラをつけたまま。
私が入院する部屋にうつるまでは主人が一緒に
いてもよかったのですが、
もう日付が変わるくらいの時間になっていたので
いったん帰ってもらうことに。
それと、いったん帰宅していた母も、
出産の頃には心配して病院に戻ってきてくれていて
いつまでも待ってもらうのも申し訳なかったので
一緒に帰ってもらうことにしました。
すると帰ったはずの主人が一度戻ってきました。
何かと思ったら、夕食を一切うけつけなかった私のために
母がおにぎりをつくってきてくれてたから、と
もってきてくれたのです。
前の記事に書いたとおり、
私のせいでショックを受けてしまって、落ち込んでいた母ですが、
私のために冷静に、出産後、いちばんほしいものを準備してくれ、
さすがだ、と思うと同時に、その気遣いが本当にうれしく感じました。
主人がいなくなってLDRにひとり。
普通は出産後、疲れきってぐったりし、眠ってしまうものかもしれませんが
私はなんだかアドレナリンでも出ていたかのように
興奮状態だったのか、さっぱり眠くなく、
頭は冴え渡り、しかも点滴がいつなくなるのか心配で(点滴嫌いな人なので)
携帯片手にいろんな人にメールを送ったり、ブログをアップしてみたり、
していました。
帰ったはずの主人と母から「家についた」という連絡がなかなかこないからと
こちらから電話をかけ、母はそんなことをやっている私にびっくり、というより
どんだけ元気なんだ、とあきれ気味だったようです・・・。
出産から1時間半くらいたった頃、助産師さんがみにきてくれて
あまりに私が元気いっぱいだったので、いろいろ話をしてくださいました。
そして、部屋へうつる前にチビくさこをつれてきてくださいました。
まず、おっぱいをすわせようとさせてくれましたが、
社場に出てきて、私は疲れきってるんだ、といわんばかりに
チビくさこはまったく反応せず・・・。
とりあえず、私の左腕に抱えるようにして寝かせてくれました。
10分ほどこのまま一緒にいてあげてください、といわれ
はじめてふたりっきりに。
とりあえず携帯で写真をとってみたり、動画をとってみたり。
そしてチビくさこが泣き出したのですが、どうしてやったらよいか
全くわからず、ただ話しかけるばかり。
そこへ助産師さんが戻ってきてだっこしてくれたら
ぴたりと泣き止みました。
なんか、負けた・・・とか思ったのを覚えています。
どんだけ負けず嫌いなんだか・・・。
と、とても元気ではあったのですが、
体の方は切開したあたり、麻酔がきれてきたようで痛みがあり、
あと、いきんだときに力をいれていた右足がつっているような
違和感がある感じがしていました。
そして決まりだから、ということで車いすにのせていただいて
部屋へ移動。
切開のあとがちょっと痛かったので
眠るために痛み止めをもらいました。
でも実際は眠くなくてほとんど眠れず。
部屋にうつった時点ですでに3時をまわっており、
7時には朝食となっておりました。
そんな感じで出産後ほぼほぼ眠らずに9時の回診があり、
10時からは授乳指導、という、出産後1日目のタイムスケジュールへと
うつっていきました。
次は入院生活について、を書きたいと思います。
第3弾は分娩後、について。
引き続き、興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
分娩後、もろもろの処置が終わると
そのまま2時間ほど分娩台の上で過ごすことになります。
看護師さんが台を片付け、体をふいてくれて
きれいにしてから着替えさせてくれました。
そして部屋には静けさが戻りました。
点滴には抗生剤か何かが追加され、
引き続きガラガラをつけたまま。
私が入院する部屋にうつるまでは主人が一緒に
いてもよかったのですが、
もう日付が変わるくらいの時間になっていたので
いったん帰ってもらうことに。
それと、いったん帰宅していた母も、
出産の頃には心配して病院に戻ってきてくれていて
いつまでも待ってもらうのも申し訳なかったので
一緒に帰ってもらうことにしました。
すると帰ったはずの主人が一度戻ってきました。
何かと思ったら、夕食を一切うけつけなかった私のために
母がおにぎりをつくってきてくれてたから、と
もってきてくれたのです。
前の記事に書いたとおり、
私のせいでショックを受けてしまって、落ち込んでいた母ですが、
私のために冷静に、出産後、いちばんほしいものを準備してくれ、
さすがだ、と思うと同時に、その気遣いが本当にうれしく感じました。
主人がいなくなってLDRにひとり。
普通は出産後、疲れきってぐったりし、眠ってしまうものかもしれませんが
私はなんだかアドレナリンでも出ていたかのように
興奮状態だったのか、さっぱり眠くなく、
頭は冴え渡り、しかも点滴がいつなくなるのか心配で(点滴嫌いな人なので)
携帯片手にいろんな人にメールを送ったり、ブログをアップしてみたり、
していました。
帰ったはずの主人と母から「家についた」という連絡がなかなかこないからと
こちらから電話をかけ、母はそんなことをやっている私にびっくり、というより
どんだけ元気なんだ、とあきれ気味だったようです・・・。
出産から1時間半くらいたった頃、助産師さんがみにきてくれて
あまりに私が元気いっぱいだったので、いろいろ話をしてくださいました。
そして、部屋へうつる前にチビくさこをつれてきてくださいました。
まず、おっぱいをすわせようとさせてくれましたが、
社場に出てきて、私は疲れきってるんだ、といわんばかりに
チビくさこはまったく反応せず・・・。
とりあえず、私の左腕に抱えるようにして寝かせてくれました。
10分ほどこのまま一緒にいてあげてください、といわれ
はじめてふたりっきりに。
とりあえず携帯で写真をとってみたり、動画をとってみたり。
そしてチビくさこが泣き出したのですが、どうしてやったらよいか
全くわからず、ただ話しかけるばかり。
そこへ助産師さんが戻ってきてだっこしてくれたら
ぴたりと泣き止みました。
なんか、負けた・・・とか思ったのを覚えています。
どんだけ負けず嫌いなんだか・・・。
と、とても元気ではあったのですが、
体の方は切開したあたり、麻酔がきれてきたようで痛みがあり、
あと、いきんだときに力をいれていた右足がつっているような
違和感がある感じがしていました。
そして決まりだから、ということで車いすにのせていただいて
部屋へ移動。
切開のあとがちょっと痛かったので
眠るために痛み止めをもらいました。
でも実際は眠くなくてほとんど眠れず。
部屋にうつった時点ですでに3時をまわっており、
7時には朝食となっておりました。
そんな感じで出産後ほぼほぼ眠らずに9時の回診があり、
10時からは授乳指導、という、出産後1日目のタイムスケジュールへと
うつっていきました。
次は入院生活について、を書きたいと思います。
私の出産体験記~そして出産。
引き続き、です。
興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
LDRに移った私はとにかく腰におしよせる痛みに耐えるため、
母と主人に腰を思いっきりテニスボールでおしてもらうことを
強要しておりました。
私の食べれなかった夕食は主人が食べることに。
そのとき、私があんまりにももうろうとして、真っ青にみえたそうで
母はビシバシモードに。
主人は言われるがままに、でもしっかり完食。
若干奇妙な図、だったろうと思います。
そして、主人と私の世話?を交代した母がいったん自宅へ帰ることに
なりました。
もうろうとしながら、ありがとう、気をつけて帰ってね、と
母に声をかけたのを覚えています。
ちなみについ先日きいた話ですが、
このあといったん帰路についた母は
道すがら、私に厳しくいってくれたことを後悔していたそうです。
びしっといわれて私はありがたかったのですが、
母はとにかく真っ青な私をみて、
もしかしたら普通分娩は無理ではないか、
緊急帝王切開になるのではないか。
また、自分が厳しくいってしまったことにショックをうけて
分娩にたえきれないのではないか。
赤ちゃんは無事で、おかあさんは残念ながら・・・ということに
なってしまうかもしれない。
最後はおおげさにきこえるかもしれませんが、
母はそれくらい、逆にショックを受けてしまったようでした。
4人も産んで、妹のところの手伝いにもいっている母が
そう感じた、ということは、やっぱりよほど私はしんどそうにしていた
ということなのでしょうね。
さて、母が帰ってしまってから、
相変わらず誘発の点滴をしながら、
私はLDRで主人にテニスボールでの圧迫を強要しつつ
いきみをのがすのに必死になっていました。
もうその頃、何時だったのか私に記憶はありません。
が、状況ははっきり記憶しています。
私が痛みにたえている頃、
LDRの外は何やら騒然としはじめていました。
私の陣痛はどんどんすすむのですが、
一向に誰もきてくれません。
主人だけが私の汗をふいて、陣痛の間隔をしっかりはかって
まるで看護師さんのように懸命にサポートしてくれていました。
あとでわかったことですが、
この日、3時間で5人の出産が重なる、という
私のお世話になった病院ではあまり想定していない人数が
短時間に集中してしまったそうです。
私は初産でしたから、
たぶん、分娩の順番としては後ろの方に、とジャッジされたようでした。
先に他の人の分娩にいってくるから、
いきむのをなるべく我慢していてください。
いきみかたをおしえてくれて、いきんでみよう、とおっしゃってくれていた
助産師さんがそういって、他の部屋へいきかけました。
もう、生むんだ、と思っていた私は思わず
我慢できないんですけど
と声をかけました。
すると
どうしてもダメなら、おしえたとおりいきんでみてください
といって、いってしまわれました。
初産だからそう簡単にはいきめないだろう、と思われたようです。
私は主人とふたり、できるだけ我慢しながら、
でも、やっぱりいきみたい気持ちがつよくて
たまにいきんでみていました。
他の部屋から産婦さんの悲鳴に似た声が聞こえてきます。
そして、産声!
よし、次は私の番だ、と思うも誰もこない。
あれ?と思っているとまた別の人の声がきこえてきます。
そして、産声。
でもまだ、こない。
次の人の声が聞こえる。
その頃の私はもう寒気はなくなり、
時折やってくる吐き気を感じながらも
もう生むんだ、という強い意志に支配されていました。
そしてやっと助産師さんが戻ってきました。
私の足下をみて
もう髪の毛がみえてますよ
とおっしゃいました。
実際は頭が半分でていたそうです。
そこから急ピッチで私の分娩準備がすすみます。
導尿、てい毛、テキパキとすすみます。
そこへ夜勤担当の先生が。たまたまこの日は私の主治医の先生でした。
赤ちゃんの頭の大きさをみて、
切開しますので麻酔をうちます
をおっしゃって処置に入られました。
そしてやっと、いきんでよし、の声がかかりました。
主人はすっかりチームの一員となり、
私がいきむのにあわせて私の体を起こすかかりに。
とてもじゃないけどビデオやら写真やらとってる場合ではありませんでした。
助産師さんの声にあわせて息をはき、いきむ。
そして、言われたとおりに深呼吸。
私が深呼吸しないと赤ちゃんに酸素がいかなくなってしまう、といわれ、
必死に深呼吸しました。
このとき不思議なことに集中していた私は
痛みを感じていませんでした。
それが証拠に私は一切叫び声をあげなかったのです。
そして、助産師さんの休んでいいよ、の声にたいして
大丈夫です!
と答えて、いきみ続ける私。
助産師さんが
頭が出たら、そのあといきむと赤ちゃんが飛び出してきて危険です。
頭が出ました、といったらいきむのをやめて呼吸を整えてください。
とおしえてくれました。
それは大変!と思った私はまずは頭がでるように、といわれるとおりに
いきむ。
声はだすな、といわれるのでださない。
台に腰をつけろ、といわれるので、つける。
そして、助産師さんから
はい、でましたよ!
の声。
いきむのをやめて「ハー.ハー」という息に変えます。
足下の先生から、
赤ちゃんでてきましたよ、羊水をすったら泣きます。
こっちをみていてください
との声。
そして、念願の産声が聞こえました。
それと同時に足下からうまれたばかりのチビくさこが
突然目の前にあらわれました。
テレビなんかでみると感動して涙するおかあさんも
いらっしゃいますが、私は悲鳴をあげるときがあると想像していたために
もううまれたんだ、というとまどいが先にありました。
が、先生から
赤ちゃんにさわってあげてください
といわれ、あまりにも温かく、しっかり人間の形をした
チビくさこにふれて
うそみたい。
私からちゃんと人間がうまれてきたなんて。
と思っていました。
私と一緒に主人もチビくさこにふれました。
そしてチビくさこはいろいろな処置をうけに一度私たちのもとを
離れました。
その後、胎盤を出したり、切開した部分の縫合をしたり、
してくださいました。
私はすべての処置をしている先生方の方をみたり、
主人に両親や知らせるべき人に電話して、と話したりしているのをみて
助産師さんと先生が
赤ちゃん、思ったより大きくてけっこう大変だったはずなんだけど、
なんだか全然平気そうだね。
出産直後にみえないよ。
と感心していらっしゃいました。
(もしかしたらあきれていたかもしれませんが)
あと、みんな声を出してはいけない、といっても声がでるものだけど
あなたはほんとに静かだったから、まさか赤ちゃんの頭が半分でてるとは
思いもしなかった、ともおっしゃっていました。
陣痛ではへたれていましたが、
分娩についてはなかなか優秀な産婦さんだったようです。
そして、処置をうけ、もどってきたチビくさこと
一緒に写真をとったのです。
(これが速報でブログにアップした写真です)
出産までは、以上、です。
ここから入院生活がはじまるわけですが、
それはまた今度。
ちなみに、3時間で5人うまれたうちの
うちは4人目、でした。
同じ日に帝王切開の1人を含め、この日は9人生まれるという
かなりラッシュな1日となっておりました・・・。
全員無事に生まれてよかった、と助産師さんがおっしゃってました。
本当に大変だったと思いますが、
がんばってくださって感謝しています。
興味のある方だけ、どうぞ。
◇◇◇
LDRに移った私はとにかく腰におしよせる痛みに耐えるため、
母と主人に腰を思いっきりテニスボールでおしてもらうことを
強要しておりました。
私の食べれなかった夕食は主人が食べることに。
そのとき、私があんまりにももうろうとして、真っ青にみえたそうで
母はビシバシモードに。
主人は言われるがままに、でもしっかり完食。
若干奇妙な図、だったろうと思います。
そして、主人と私の世話?を交代した母がいったん自宅へ帰ることに
なりました。
もうろうとしながら、ありがとう、気をつけて帰ってね、と
母に声をかけたのを覚えています。
ちなみについ先日きいた話ですが、
このあといったん帰路についた母は
道すがら、私に厳しくいってくれたことを後悔していたそうです。
びしっといわれて私はありがたかったのですが、
母はとにかく真っ青な私をみて、
もしかしたら普通分娩は無理ではないか、
緊急帝王切開になるのではないか。
また、自分が厳しくいってしまったことにショックをうけて
分娩にたえきれないのではないか。
赤ちゃんは無事で、おかあさんは残念ながら・・・ということに
なってしまうかもしれない。
最後はおおげさにきこえるかもしれませんが、
母はそれくらい、逆にショックを受けてしまったようでした。
4人も産んで、妹のところの手伝いにもいっている母が
そう感じた、ということは、やっぱりよほど私はしんどそうにしていた
ということなのでしょうね。
さて、母が帰ってしまってから、
相変わらず誘発の点滴をしながら、
私はLDRで主人にテニスボールでの圧迫を強要しつつ
いきみをのがすのに必死になっていました。
もうその頃、何時だったのか私に記憶はありません。
が、状況ははっきり記憶しています。
私が痛みにたえている頃、
LDRの外は何やら騒然としはじめていました。
私の陣痛はどんどんすすむのですが、
一向に誰もきてくれません。
主人だけが私の汗をふいて、陣痛の間隔をしっかりはかって
まるで看護師さんのように懸命にサポートしてくれていました。
あとでわかったことですが、
この日、3時間で5人の出産が重なる、という
私のお世話になった病院ではあまり想定していない人数が
短時間に集中してしまったそうです。
私は初産でしたから、
たぶん、分娩の順番としては後ろの方に、とジャッジされたようでした。
先に他の人の分娩にいってくるから、
いきむのをなるべく我慢していてください。
いきみかたをおしえてくれて、いきんでみよう、とおっしゃってくれていた
助産師さんがそういって、他の部屋へいきかけました。
もう、生むんだ、と思っていた私は思わず
我慢できないんですけど
と声をかけました。
すると
どうしてもダメなら、おしえたとおりいきんでみてください
といって、いってしまわれました。
初産だからそう簡単にはいきめないだろう、と思われたようです。
私は主人とふたり、できるだけ我慢しながら、
でも、やっぱりいきみたい気持ちがつよくて
たまにいきんでみていました。
他の部屋から産婦さんの悲鳴に似た声が聞こえてきます。
そして、産声!
よし、次は私の番だ、と思うも誰もこない。
あれ?と思っているとまた別の人の声がきこえてきます。
そして、産声。
でもまだ、こない。
次の人の声が聞こえる。
その頃の私はもう寒気はなくなり、
時折やってくる吐き気を感じながらも
もう生むんだ、という強い意志に支配されていました。
そしてやっと助産師さんが戻ってきました。
私の足下をみて
もう髪の毛がみえてますよ
とおっしゃいました。
実際は頭が半分でていたそうです。
そこから急ピッチで私の分娩準備がすすみます。
導尿、てい毛、テキパキとすすみます。
そこへ夜勤担当の先生が。たまたまこの日は私の主治医の先生でした。
赤ちゃんの頭の大きさをみて、
切開しますので麻酔をうちます
をおっしゃって処置に入られました。
そしてやっと、いきんでよし、の声がかかりました。
主人はすっかりチームの一員となり、
私がいきむのにあわせて私の体を起こすかかりに。
とてもじゃないけどビデオやら写真やらとってる場合ではありませんでした。
助産師さんの声にあわせて息をはき、いきむ。
そして、言われたとおりに深呼吸。
私が深呼吸しないと赤ちゃんに酸素がいかなくなってしまう、といわれ、
必死に深呼吸しました。
このとき不思議なことに集中していた私は
痛みを感じていませんでした。
それが証拠に私は一切叫び声をあげなかったのです。
そして、助産師さんの休んでいいよ、の声にたいして
大丈夫です!
と答えて、いきみ続ける私。
助産師さんが
頭が出たら、そのあといきむと赤ちゃんが飛び出してきて危険です。
頭が出ました、といったらいきむのをやめて呼吸を整えてください。
とおしえてくれました。
それは大変!と思った私はまずは頭がでるように、といわれるとおりに
いきむ。
声はだすな、といわれるのでださない。
台に腰をつけろ、といわれるので、つける。
そして、助産師さんから
はい、でましたよ!
の声。
いきむのをやめて「ハー.ハー」という息に変えます。
足下の先生から、
赤ちゃんでてきましたよ、羊水をすったら泣きます。
こっちをみていてください
との声。
そして、念願の産声が聞こえました。
それと同時に足下からうまれたばかりのチビくさこが
突然目の前にあらわれました。
テレビなんかでみると感動して涙するおかあさんも
いらっしゃいますが、私は悲鳴をあげるときがあると想像していたために
もううまれたんだ、というとまどいが先にありました。
が、先生から
赤ちゃんにさわってあげてください
といわれ、あまりにも温かく、しっかり人間の形をした
チビくさこにふれて
うそみたい。
私からちゃんと人間がうまれてきたなんて。
と思っていました。
私と一緒に主人もチビくさこにふれました。
そしてチビくさこはいろいろな処置をうけに一度私たちのもとを
離れました。
その後、胎盤を出したり、切開した部分の縫合をしたり、
してくださいました。
私はすべての処置をしている先生方の方をみたり、
主人に両親や知らせるべき人に電話して、と話したりしているのをみて
助産師さんと先生が
赤ちゃん、思ったより大きくてけっこう大変だったはずなんだけど、
なんだか全然平気そうだね。
出産直後にみえないよ。
と感心していらっしゃいました。
(もしかしたらあきれていたかもしれませんが)
あと、みんな声を出してはいけない、といっても声がでるものだけど
あなたはほんとに静かだったから、まさか赤ちゃんの頭が半分でてるとは
思いもしなかった、ともおっしゃっていました。
陣痛ではへたれていましたが、
分娩についてはなかなか優秀な産婦さんだったようです。
そして、処置をうけ、もどってきたチビくさこと
一緒に写真をとったのです。
(これが速報でブログにアップした写真です)
出産までは、以上、です。
ここから入院生活がはじまるわけですが、
それはまた今度。
ちなみに、3時間で5人うまれたうちの
うちは4人目、でした。
同じ日に帝王切開の1人を含め、この日は9人生まれるという
かなりラッシュな1日となっておりました・・・。
全員無事に生まれてよかった、と助産師さんがおっしゃってました。
本当に大変だったと思いますが、
がんばってくださって感謝しています。
私の出産体験記〜LDRに移るまで。
やっと書けそうです。
私の出産体験記。
本当に体験談を書いていくだけなので、
ご興味のある方だけ、どうぞ。
特に最後にオチなどはありませんので、あしからず。
◇◇◇
私の出産予定日は11月9日でした。
もともと切迫早産の一歩手前と診断され、
ずっと薬を服用し、しばらくは自宅安静だったので
予定日より早く生まれるのではないか、と勝手に思っておりました。
ところが、一向に気配もなく、
予定日後の健診でも赤ちゃんはおりてきておらず、
子宮口もしっかり閉じている、との診断。
予定日を一週間すぎても陣痛がこなければ、
誘発と決定し、結局、予定日から一週間がたった11月17日に
入院となりました。
入院してからのことは実況中継しておりましたが、
入院してすぐに誘発することに対する同意書にサインしました。
薬でいわば無理に陣痛を起こすわけですから
全く危険がないわけではやっぱりないわけです。
どんなに低い可能性であっても
同意書にサインはしなければならない。
同意書の文言ってどうしていつもあんなにこわいんでしょうね(笑)。
さて、同意書にサインをして
レントゲンをとり、赤ちゃんの頭が骨盤をきちんと通り抜けられるかを確認。
そして誘発開始。
まずは薬を服用することに。
1時間に1錠、飲みました。
6錠まで、と決まっており、6錠飲みきりました。
この間、ずっと赤ちゃんの心拍と子宮の収縮を管理するため
モニターをつけっぱなし。
LDRのベッド(=分娩台)でヨコになって
ずっと赤ちゃんの心拍を聞きながら過ごしていました。
隣の部屋はもちろんLDR。
昼過ぎに隣の部屋でどうやら分娩がはじまった様子が
聞こえてきました。
面会にきてくれていた母と一緒に隣の様子を聞きながら
どうやらたくさんの助産師さんや看護師さんがいるらしい、と
感じておりました。
そして、無事出産。
元気な赤ちゃんの声が聞こえました。
私ももうすぐ・・・と思ったのですが、
みにきてくださった先生からは「また明日」との診断。
夕方以降、規則的な痛みがきましたが、
夜中にはおさまってしまいました。
日中ずっとつけていたモニターで、
赤ちゃんの心拍が異様に高かったため、
18日の明け方、血液検査をすることに。
私の中に不安が生まれます。
そして朝一の診察。
助産師さんがひとこと。
「まだ(子宮口が)固いし、(産道が)長い。まだまだです!」
そして、今日は分娩が多くなりそうだから、と
それまでいたLDRから待機室へ移動となりました。
早く赤ちゃんに会いたいと言う気持ちと
まだまだ産んであげられないんだという気持ちで
なんだか涙があふれてきました。
でも、泣いてるわけにはいきません。
主治医の先生が誘発の点滴ができるかどうか、診察にきました。
そして結果は点滴OKというもの。
前日より子宮口がひらいてきている。薬もきいてようだ。
頑張って今日中にうめるといいね、といってくださいました。
そして10時、点滴開始。
12時半頃からお腹ににぶい重みを感じるように。
助産師さんが私の顔をみて「陣痛がはじまったような顔をしている」と
おっしゃいました。
私はほっと一安心。
それからは陣痛の痛みよりも、点滴の影響でかトイレが近くなり、
ガラガラと点滴をおして何度もトイレにいくのがしんどかったです。
そして、15時のおやつの頃にはだいぶ重みが増してきていて
食欲はありませんでした。
それでも、食べておかないともたない、という母の指導のもと
必死に食べました。
ちなみにこのときはアップルパイ。
おやつがおわってしばらくするとますます痛みがましてきました。
お腹というより、腰に。
子宮の収縮の波にあわせて堪え難い痛みがやってきます。
前日からLDRの固いベッドでヨコになっていたため
そもそも腰にきていたのですが、
そこへ一気に陣痛の痛みが直撃していました。
加えて、吐き気が私をおそいます。
腰はイタイし、吐き気はするし。
あげく、寒気がしてきて冷や汗をかきはじめました。
意識ははっきりしていましたが、とにかくしんどい。
つきそってくれていた母はそんな私をしかりとばしてくれました。
あんたがしっかりしないと、赤ちゃんは生まれてこれないんだ、と。
きこえてはいても、しんどくて私に余裕はありませんでした。
そして助産師さんの内診。
子宮口はほぼ全開。
そして破水もしている、とのこと。
点滴の影響で異様にトイレにいっていたため
気がつかなかったようです。
とにかくしんどくて、頭の中では
無痛分娩にすればよかった・・・
という思いがうずまいていました。
私はタイミングを逃し、一切母親学級的なものに参加していなかったので
知識のすべては本を通して、のみ。
分娩時はとにかくプロのいうとおりにやろう、と決めていましたが
陣痛の苦しさにはへたって、逃げ出したい気持ちになっていたのです。
多分その頃、夕食の時間を迎えました。
ちょっとでも食べれたら・・・といわれましたが
とてもじゃないけど食べれない。
そこへ主人が到着。
その頃にはもうメールも打てなくなっていました。
しんどくて。
やっと待機室からLDRへ移ることになりました。
移動は歩き、です。
たった何メートルかの移動が、とてもつらい。
そんな状況になっていました。
そして、次に続く。
私の出産体験記。
本当に体験談を書いていくだけなので、
ご興味のある方だけ、どうぞ。
特に最後にオチなどはありませんので、あしからず。
◇◇◇
私の出産予定日は11月9日でした。
もともと切迫早産の一歩手前と診断され、
ずっと薬を服用し、しばらくは自宅安静だったので
予定日より早く生まれるのではないか、と勝手に思っておりました。
ところが、一向に気配もなく、
予定日後の健診でも赤ちゃんはおりてきておらず、
子宮口もしっかり閉じている、との診断。
予定日を一週間すぎても陣痛がこなければ、
誘発と決定し、結局、予定日から一週間がたった11月17日に
入院となりました。
入院してからのことは実況中継しておりましたが、
入院してすぐに誘発することに対する同意書にサインしました。
薬でいわば無理に陣痛を起こすわけですから
全く危険がないわけではやっぱりないわけです。
どんなに低い可能性であっても
同意書にサインはしなければならない。
同意書の文言ってどうしていつもあんなにこわいんでしょうね(笑)。
さて、同意書にサインをして
レントゲンをとり、赤ちゃんの頭が骨盤をきちんと通り抜けられるかを確認。
そして誘発開始。
まずは薬を服用することに。
1時間に1錠、飲みました。
6錠まで、と決まっており、6錠飲みきりました。
この間、ずっと赤ちゃんの心拍と子宮の収縮を管理するため
モニターをつけっぱなし。
LDRのベッド(=分娩台)でヨコになって
ずっと赤ちゃんの心拍を聞きながら過ごしていました。
隣の部屋はもちろんLDR。
昼過ぎに隣の部屋でどうやら分娩がはじまった様子が
聞こえてきました。
面会にきてくれていた母と一緒に隣の様子を聞きながら
どうやらたくさんの助産師さんや看護師さんがいるらしい、と
感じておりました。
そして、無事出産。
元気な赤ちゃんの声が聞こえました。
私ももうすぐ・・・と思ったのですが、
みにきてくださった先生からは「また明日」との診断。
夕方以降、規則的な痛みがきましたが、
夜中にはおさまってしまいました。
日中ずっとつけていたモニターで、
赤ちゃんの心拍が異様に高かったため、
18日の明け方、血液検査をすることに。
私の中に不安が生まれます。
そして朝一の診察。
助産師さんがひとこと。
「まだ(子宮口が)固いし、(産道が)長い。まだまだです!」
そして、今日は分娩が多くなりそうだから、と
それまでいたLDRから待機室へ移動となりました。
早く赤ちゃんに会いたいと言う気持ちと
まだまだ産んであげられないんだという気持ちで
なんだか涙があふれてきました。
でも、泣いてるわけにはいきません。
主治医の先生が誘発の点滴ができるかどうか、診察にきました。
そして結果は点滴OKというもの。
前日より子宮口がひらいてきている。薬もきいてようだ。
頑張って今日中にうめるといいね、といってくださいました。
そして10時、点滴開始。
12時半頃からお腹ににぶい重みを感じるように。
助産師さんが私の顔をみて「陣痛がはじまったような顔をしている」と
おっしゃいました。
私はほっと一安心。
それからは陣痛の痛みよりも、点滴の影響でかトイレが近くなり、
ガラガラと点滴をおして何度もトイレにいくのがしんどかったです。
そして、15時のおやつの頃にはだいぶ重みが増してきていて
食欲はありませんでした。
それでも、食べておかないともたない、という母の指導のもと
必死に食べました。
ちなみにこのときはアップルパイ。
おやつがおわってしばらくするとますます痛みがましてきました。
お腹というより、腰に。
子宮の収縮の波にあわせて堪え難い痛みがやってきます。
前日からLDRの固いベッドでヨコになっていたため
そもそも腰にきていたのですが、
そこへ一気に陣痛の痛みが直撃していました。
加えて、吐き気が私をおそいます。
腰はイタイし、吐き気はするし。
あげく、寒気がしてきて冷や汗をかきはじめました。
意識ははっきりしていましたが、とにかくしんどい。
つきそってくれていた母はそんな私をしかりとばしてくれました。
あんたがしっかりしないと、赤ちゃんは生まれてこれないんだ、と。
きこえてはいても、しんどくて私に余裕はありませんでした。
そして助産師さんの内診。
子宮口はほぼ全開。
そして破水もしている、とのこと。
点滴の影響で異様にトイレにいっていたため
気がつかなかったようです。
とにかくしんどくて、頭の中では
無痛分娩にすればよかった・・・
という思いがうずまいていました。
私はタイミングを逃し、一切母親学級的なものに参加していなかったので
知識のすべては本を通して、のみ。
分娩時はとにかくプロのいうとおりにやろう、と決めていましたが
陣痛の苦しさにはへたって、逃げ出したい気持ちになっていたのです。
多分その頃、夕食の時間を迎えました。
ちょっとでも食べれたら・・・といわれましたが
とてもじゃないけど食べれない。
そこへ主人が到着。
その頃にはもうメールも打てなくなっていました。
しんどくて。
やっと待機室からLDRへ移ることになりました。
移動は歩き、です。
たった何メートルかの移動が、とてもつらい。
そんな状況になっていました。
そして、次に続く。
最近の生活。
久しぶり、なこと。
コンタクトを入れる。
買い物をする。
運転する。
結婚指輪をする。
美容院へ行く。
まだ解禁にならないこと。
お風呂(バスタブ)に入る。
お酒を飲む。
禁止されてはないが、普通に考えて、しばらくやれないこと。
電車に乗ってでかける。
ベリーダンスを習いに行く。
例の勉強会に行く。
仕事をする。
ぐっすり6時間ほど、寝る。
コンタクトを入れる。
買い物をする。
運転する。
結婚指輪をする。
美容院へ行く。
まだ解禁にならないこと。
お風呂(バスタブ)に入る。
お酒を飲む。
禁止されてはないが、普通に考えて、しばらくやれないこと。
電車に乗ってでかける。
ベリーダンスを習いに行く。
例の勉強会に行く。
仕事をする。
ぐっすり6時間ほど、寝る。
お宮参り@大宮氷川神社に行ってきました。
本来、女の子のお宮参りは生後32日なんだろうと思いますが、
生後30日の本日、ちょっと早いお宮参りに行って参りました。
1ヶ月健診は?と思われるかもしれませんが、
こちらはもっと早く、16日に行ってきてしまいました。
そのため、チビくさこは何ら問題なかったのですが、
私の方が念願のお風呂解禁がNGで・・・。
でも、健康状態そのものはふたりとも問題ない、ということだったので
本日のお宮参りが実現した、というわけです。
自称晴れオンナ、の私のパワーか、
そのDNAを受け継いだチビくさこが晴れオンナなのか、
退院、健診、そして本日もすばらしい快晴。

お宮参りといっても、冬の寒空なので、
チビくさこはこんなファッションでの外出となりました。

そして、足下は私がつくってあった毛糸のシューズを。

ただし、すでにチビくさこは足がこのシューズより大きくなっていて
本日1回だけの出番となったようです・・・。
お宮参りにいったのは武蔵一ノ宮氷川神社。
関東に数百に及ぶ氷川神社の本拠とのこと。

休日や年始には多くの方が参拝に訪れるわけですが、
今日は年末の平日とあって静かな境内。

チビくさこは今日ももこもこ。
ぐっすり眠っておりました。

朝9時から16時まで30分おきにご祈祷が行われるのですが
私たちは12時からに。
たまたま他の方がいらっしゃらなかったので
チビくさこのためだけにやっていただきました。
チビくさこと私と主人、そして主人の母と私の母の全部で5名が
本殿へ。
本当にありがたい時間でした。
この日のために大阪から来てくれた母と、
この日を無事に迎えさせてくれた母と一緒に。

チビくさこは慣例どおり、主人の母に抱かれています。
さきちゃん&ひさちゃん&まこちゃん、です(笑)♪
◇◇◇
ちなみにお宮参りに行きたい方のために。
待ち合い室はこんな感じで


オムツかえの台がおいてありました。
が、授乳スペースはありません。
私は他の人がいなかったので、一番奥で授乳してしまいましたが、
電話で神社の方に伺ったところ、やっぱりここの待ち合い室か、
もしくは社務所の方で声をかけてみてください、と言われました。
いずれにせよ、そのためのスペースというのはないようなので
混んでいるときに行かれる方は気をつけられたらよいと思います。
駐車場は今日は一番近いところにとめることができたので
車から5分もかからずに受付所、待合所まで行けました。
こちらも混んでいるときに行かれる方はお気をつけください。
生後30日の本日、ちょっと早いお宮参りに行って参りました。
1ヶ月健診は?と思われるかもしれませんが、
こちらはもっと早く、16日に行ってきてしまいました。
そのため、チビくさこは何ら問題なかったのですが、
私の方が念願のお風呂解禁がNGで・・・。
でも、健康状態そのものはふたりとも問題ない、ということだったので
本日のお宮参りが実現した、というわけです。
自称晴れオンナ、の私のパワーか、
そのDNAを受け継いだチビくさこが晴れオンナなのか、
退院、健診、そして本日もすばらしい快晴。

お宮参りといっても、冬の寒空なので、
チビくさこはこんなファッションでの外出となりました。

そして、足下は私がつくってあった毛糸のシューズを。

ただし、すでにチビくさこは足がこのシューズより大きくなっていて
本日1回だけの出番となったようです・・・。
お宮参りにいったのは武蔵一ノ宮氷川神社。
関東に数百に及ぶ氷川神社の本拠とのこと。

休日や年始には多くの方が参拝に訪れるわけですが、
今日は年末の平日とあって静かな境内。

チビくさこは今日ももこもこ。
ぐっすり眠っておりました。

朝9時から16時まで30分おきにご祈祷が行われるのですが
私たちは12時からに。
たまたま他の方がいらっしゃらなかったので
チビくさこのためだけにやっていただきました。
チビくさこと私と主人、そして主人の母と私の母の全部で5名が
本殿へ。
本当にありがたい時間でした。
この日のために大阪から来てくれた母と、
この日を無事に迎えさせてくれた母と一緒に。

チビくさこは慣例どおり、主人の母に抱かれています。
さきちゃん&ひさちゃん&まこちゃん、です(笑)♪
◇◇◇
ちなみにお宮参りに行きたい方のために。
待ち合い室はこんな感じで


オムツかえの台がおいてありました。
が、授乳スペースはありません。
私は他の人がいなかったので、一番奥で授乳してしまいましたが、
電話で神社の方に伺ったところ、やっぱりここの待ち合い室か、
もしくは社務所の方で声をかけてみてください、と言われました。
いずれにせよ、そのためのスペースというのはないようなので
混んでいるときに行かれる方は気をつけられたらよいと思います。
駐車場は今日は一番近いところにとめることができたので
車から5分もかからずに受付所、待合所まで行けました。
こちらも混んでいるときに行かれる方はお気をつけください。
新生児から赤ちゃんへ~起業したての社長な気分。
新生児だって、赤ちゃんやん!
と言われそうですが、
生まれたてと、いわゆる赤ちゃんは
やっぱり見た目からしてちょっとちがいます。
よく飲み、よく寝て、よく出る、健康な毎日を
おくるチビくさこの顔も、体つきも
どんどん新生児のソレ、から赤ちゃんのソレ、へ
変化中。
また、日々、ココロというか、
アタマのほうも成長しているようで
泣き方ひとつ、表情ひとつとっても
今日のソレは昨日のソレと違います。
それに比べて、新米かあちゃんの成長スピードはかなりゆっくりで
せきをした、といってはオロオロ、
鼻が苦しそう、といってはオロオロ、
オッパイを吐いた、といってはオロオロ。
なんだか、こういう流れは
会社を立ち上げたときの
会社の勢いと、追い付かない社長の成長スピードの関係と
似たものがあるかもしれません。
としたら、同じように、
あとになって振り返ったら、
あのときの不安なんて、かわいいもんやったなぁ、と
思えるようになるんでしょうね。
だから、自分がいろんな方に伝えてきたように
自分にもいってあげよう、と思います。
今、この瞬間だけで大変だ!とパニックにならずに
これまでとこれからに視点をうつしながら
ゴールを見失わずに進んでいきましょう!と。
やっぱり不安がつのるのは夜、で
ひとりで考えているとき、ですね。
このへんも起業したてと通じるものが、あるかも。
日々、たくましく成長する、今日のチビくさこはこちら。

腕まくら?しながらテレビの前でうたた寝する
おじさんかよ!とつっこんでおきました(笑)。
今日はあえて、のお仕事日記でした。
と言われそうですが、
生まれたてと、いわゆる赤ちゃんは
やっぱり見た目からしてちょっとちがいます。
よく飲み、よく寝て、よく出る、健康な毎日を
おくるチビくさこの顔も、体つきも
どんどん新生児のソレ、から赤ちゃんのソレ、へ
変化中。
また、日々、ココロというか、
アタマのほうも成長しているようで
泣き方ひとつ、表情ひとつとっても
今日のソレは昨日のソレと違います。
それに比べて、新米かあちゃんの成長スピードはかなりゆっくりで
せきをした、といってはオロオロ、
鼻が苦しそう、といってはオロオロ、
オッパイを吐いた、といってはオロオロ。
なんだか、こういう流れは
会社を立ち上げたときの
会社の勢いと、追い付かない社長の成長スピードの関係と
似たものがあるかもしれません。
としたら、同じように、
あとになって振り返ったら、
あのときの不安なんて、かわいいもんやったなぁ、と
思えるようになるんでしょうね。
だから、自分がいろんな方に伝えてきたように
自分にもいってあげよう、と思います。
今、この瞬間だけで大変だ!とパニックにならずに
これまでとこれからに視点をうつしながら
ゴールを見失わずに進んでいきましょう!と。
やっぱり不安がつのるのは夜、で
ひとりで考えているとき、ですね。
このへんも起業したてと通じるものが、あるかも。
日々、たくましく成長する、今日のチビくさこはこちら。

腕まくら?しながらテレビの前でうたた寝する
おじさんかよ!とつっこんでおきました(笑)。
今日はあえて、のお仕事日記でした。
わかりやすくて、ありがとう。
チビくさこはオーバーアクションです。

手足に力をこめて

全身の力をぬく。
これは、彼女が「ふんばって、すっきりした」様子であります。
(あまり人様にお見せするべき姿ではないですよね…すみません)
全身で表現してくれるので
非常にわかりやすく、助かっています。
その他、オッパイすわせて、についても
わかりやすいアクションで表現してくれます。
新生児は確かに言語によるコミュニケーションはできませんが、
コミュニケーション能力はしっかりもっているのですね。
大雑把な私にわかりやすくおしえてくれるチビくさこ。
どうもありがとう。
生まれて三週間。
日々の成長スピードはものすごく早いです。
私も母として成長せねば、です。
かあちゃん、がんばります。

手足に力をこめて

全身の力をぬく。
これは、彼女が「ふんばって、すっきりした」様子であります。
(あまり人様にお見せするべき姿ではないですよね…すみません)
全身で表現してくれるので
非常にわかりやすく、助かっています。
その他、オッパイすわせて、についても
わかりやすいアクションで表現してくれます。
新生児は確かに言語によるコミュニケーションはできませんが、
コミュニケーション能力はしっかりもっているのですね。
大雑把な私にわかりやすくおしえてくれるチビくさこ。
どうもありがとう。
生まれて三週間。
日々の成長スピードはものすごく早いです。
私も母として成長せねば、です。
かあちゃん、がんばります。
不況だから、チャンスはない、わけでもない。
あいかわらず、携帯からです。
眼球のむくみ、よくなってはいるものの、まだ完治せず…。

本日のMJ一面です。
テーマは一般家庭の食事について。
10年に渡って調査してきたNTTデータライフスケープマーケティング「食マップ」調査の協力の下、分析されたもの。
不況な世相を反映した、予測どおりの内容ではありますが
その中にも、ビジネスチャンスになりそうな結果も
含まれています。
いつも物事を同じ方向からみていたら
絶対に気付かないことってありますよね。
でも、どんな事実であっても
そこにそれが確実に存在する以上、
三次元の世界では、
表側があり、裏側があり、
右側、左側があって、上下もななめも、平行も
ねじれの位置も、ある。
ある一点が固定されることによって可能になる
様々な角度からの分析や考察。
今日の記事にも
新たなビジネスチャンスのヒントが
書かれていたと思います。
もちろん、普通に読んでもおもしい記事でしたけども。
眼球のむくみ、よくなってはいるものの、まだ完治せず…。

本日のMJ一面です。
テーマは一般家庭の食事について。
10年に渡って調査してきたNTTデータライフスケープマーケティング「食マップ」調査の協力の下、分析されたもの。
不況な世相を反映した、予測どおりの内容ではありますが
その中にも、ビジネスチャンスになりそうな結果も
含まれています。
いつも物事を同じ方向からみていたら
絶対に気付かないことってありますよね。
でも、どんな事実であっても
そこにそれが確実に存在する以上、
三次元の世界では、
表側があり、裏側があり、
右側、左側があって、上下もななめも、平行も
ねじれの位置も、ある。
ある一点が固定されることによって可能になる
様々な角度からの分析や考察。
今日の記事にも
新たなビジネスチャンスのヒントが
書かれていたと思います。
もちろん、普通に読んでもおもしい記事でしたけども。