私の出産体験記〜LDRに移るまで。
やっと書けそうです。
私の出産体験記。
本当に体験談を書いていくだけなので、
ご興味のある方だけ、どうぞ。
特に最後にオチなどはありませんので、あしからず。
◇◇◇
私の出産予定日は11月9日でした。
もともと切迫早産の一歩手前と診断され、
ずっと薬を服用し、しばらくは自宅安静だったので
予定日より早く生まれるのではないか、と勝手に思っておりました。
ところが、一向に気配もなく、
予定日後の健診でも赤ちゃんはおりてきておらず、
子宮口もしっかり閉じている、との診断。
予定日を一週間すぎても陣痛がこなければ、
誘発と決定し、結局、予定日から一週間がたった11月17日に
入院となりました。
入院してからのことは実況中継しておりましたが、
入院してすぐに誘発することに対する同意書にサインしました。
薬でいわば無理に陣痛を起こすわけですから
全く危険がないわけではやっぱりないわけです。
どんなに低い可能性であっても
同意書にサインはしなければならない。
同意書の文言ってどうしていつもあんなにこわいんでしょうね(笑)。
さて、同意書にサインをして
レントゲンをとり、赤ちゃんの頭が骨盤をきちんと通り抜けられるかを確認。
そして誘発開始。
まずは薬を服用することに。
1時間に1錠、飲みました。
6錠まで、と決まっており、6錠飲みきりました。
この間、ずっと赤ちゃんの心拍と子宮の収縮を管理するため
モニターをつけっぱなし。
LDRのベッド(=分娩台)でヨコになって
ずっと赤ちゃんの心拍を聞きながら過ごしていました。
隣の部屋はもちろんLDR。
昼過ぎに隣の部屋でどうやら分娩がはじまった様子が
聞こえてきました。
面会にきてくれていた母と一緒に隣の様子を聞きながら
どうやらたくさんの助産師さんや看護師さんがいるらしい、と
感じておりました。
そして、無事出産。
元気な赤ちゃんの声が聞こえました。
私ももうすぐ・・・と思ったのですが、
みにきてくださった先生からは「また明日」との診断。
夕方以降、規則的な痛みがきましたが、
夜中にはおさまってしまいました。
日中ずっとつけていたモニターで、
赤ちゃんの心拍が異様に高かったため、
18日の明け方、血液検査をすることに。
私の中に不安が生まれます。
そして朝一の診察。
助産師さんがひとこと。
「まだ(子宮口が)固いし、(産道が)長い。まだまだです!」
そして、今日は分娩が多くなりそうだから、と
それまでいたLDRから待機室へ移動となりました。
早く赤ちゃんに会いたいと言う気持ちと
まだまだ産んであげられないんだという気持ちで
なんだか涙があふれてきました。
でも、泣いてるわけにはいきません。
主治医の先生が誘発の点滴ができるかどうか、診察にきました。
そして結果は点滴OKというもの。
前日より子宮口がひらいてきている。薬もきいてようだ。
頑張って今日中にうめるといいね、といってくださいました。
そして10時、点滴開始。
12時半頃からお腹ににぶい重みを感じるように。
助産師さんが私の顔をみて「陣痛がはじまったような顔をしている」と
おっしゃいました。
私はほっと一安心。
それからは陣痛の痛みよりも、点滴の影響でかトイレが近くなり、
ガラガラと点滴をおして何度もトイレにいくのがしんどかったです。
そして、15時のおやつの頃にはだいぶ重みが増してきていて
食欲はありませんでした。
それでも、食べておかないともたない、という母の指導のもと
必死に食べました。
ちなみにこのときはアップルパイ。
おやつがおわってしばらくするとますます痛みがましてきました。
お腹というより、腰に。
子宮の収縮の波にあわせて堪え難い痛みがやってきます。
前日からLDRの固いベッドでヨコになっていたため
そもそも腰にきていたのですが、
そこへ一気に陣痛の痛みが直撃していました。
加えて、吐き気が私をおそいます。
腰はイタイし、吐き気はするし。
あげく、寒気がしてきて冷や汗をかきはじめました。
意識ははっきりしていましたが、とにかくしんどい。
つきそってくれていた母はそんな私をしかりとばしてくれました。
あんたがしっかりしないと、赤ちゃんは生まれてこれないんだ、と。
きこえてはいても、しんどくて私に余裕はありませんでした。
そして助産師さんの内診。
子宮口はほぼ全開。
そして破水もしている、とのこと。
点滴の影響で異様にトイレにいっていたため
気がつかなかったようです。
とにかくしんどくて、頭の中では
無痛分娩にすればよかった・・・
という思いがうずまいていました。
私はタイミングを逃し、一切母親学級的なものに参加していなかったので
知識のすべては本を通して、のみ。
分娩時はとにかくプロのいうとおりにやろう、と決めていましたが
陣痛の苦しさにはへたって、逃げ出したい気持ちになっていたのです。
多分その頃、夕食の時間を迎えました。
ちょっとでも食べれたら・・・といわれましたが
とてもじゃないけど食べれない。
そこへ主人が到着。
その頃にはもうメールも打てなくなっていました。
しんどくて。
やっと待機室からLDRへ移ることになりました。
移動は歩き、です。
たった何メートルかの移動が、とてもつらい。
そんな状況になっていました。
そして、次に続く。
私の出産体験記。
本当に体験談を書いていくだけなので、
ご興味のある方だけ、どうぞ。
特に最後にオチなどはありませんので、あしからず。
◇◇◇
私の出産予定日は11月9日でした。
もともと切迫早産の一歩手前と診断され、
ずっと薬を服用し、しばらくは自宅安静だったので
予定日より早く生まれるのではないか、と勝手に思っておりました。
ところが、一向に気配もなく、
予定日後の健診でも赤ちゃんはおりてきておらず、
子宮口もしっかり閉じている、との診断。
予定日を一週間すぎても陣痛がこなければ、
誘発と決定し、結局、予定日から一週間がたった11月17日に
入院となりました。
入院してからのことは実況中継しておりましたが、
入院してすぐに誘発することに対する同意書にサインしました。
薬でいわば無理に陣痛を起こすわけですから
全く危険がないわけではやっぱりないわけです。
どんなに低い可能性であっても
同意書にサインはしなければならない。
同意書の文言ってどうしていつもあんなにこわいんでしょうね(笑)。
さて、同意書にサインをして
レントゲンをとり、赤ちゃんの頭が骨盤をきちんと通り抜けられるかを確認。
そして誘発開始。
まずは薬を服用することに。
1時間に1錠、飲みました。
6錠まで、と決まっており、6錠飲みきりました。
この間、ずっと赤ちゃんの心拍と子宮の収縮を管理するため
モニターをつけっぱなし。
LDRのベッド(=分娩台)でヨコになって
ずっと赤ちゃんの心拍を聞きながら過ごしていました。
隣の部屋はもちろんLDR。
昼過ぎに隣の部屋でどうやら分娩がはじまった様子が
聞こえてきました。
面会にきてくれていた母と一緒に隣の様子を聞きながら
どうやらたくさんの助産師さんや看護師さんがいるらしい、と
感じておりました。
そして、無事出産。
元気な赤ちゃんの声が聞こえました。
私ももうすぐ・・・と思ったのですが、
みにきてくださった先生からは「また明日」との診断。
夕方以降、規則的な痛みがきましたが、
夜中にはおさまってしまいました。
日中ずっとつけていたモニターで、
赤ちゃんの心拍が異様に高かったため、
18日の明け方、血液検査をすることに。
私の中に不安が生まれます。
そして朝一の診察。
助産師さんがひとこと。
「まだ(子宮口が)固いし、(産道が)長い。まだまだです!」
そして、今日は分娩が多くなりそうだから、と
それまでいたLDRから待機室へ移動となりました。
早く赤ちゃんに会いたいと言う気持ちと
まだまだ産んであげられないんだという気持ちで
なんだか涙があふれてきました。
でも、泣いてるわけにはいきません。
主治医の先生が誘発の点滴ができるかどうか、診察にきました。
そして結果は点滴OKというもの。
前日より子宮口がひらいてきている。薬もきいてようだ。
頑張って今日中にうめるといいね、といってくださいました。
そして10時、点滴開始。
12時半頃からお腹ににぶい重みを感じるように。
助産師さんが私の顔をみて「陣痛がはじまったような顔をしている」と
おっしゃいました。
私はほっと一安心。
それからは陣痛の痛みよりも、点滴の影響でかトイレが近くなり、
ガラガラと点滴をおして何度もトイレにいくのがしんどかったです。
そして、15時のおやつの頃にはだいぶ重みが増してきていて
食欲はありませんでした。
それでも、食べておかないともたない、という母の指導のもと
必死に食べました。
ちなみにこのときはアップルパイ。
おやつがおわってしばらくするとますます痛みがましてきました。
お腹というより、腰に。
子宮の収縮の波にあわせて堪え難い痛みがやってきます。
前日からLDRの固いベッドでヨコになっていたため
そもそも腰にきていたのですが、
そこへ一気に陣痛の痛みが直撃していました。
加えて、吐き気が私をおそいます。
腰はイタイし、吐き気はするし。
あげく、寒気がしてきて冷や汗をかきはじめました。
意識ははっきりしていましたが、とにかくしんどい。
つきそってくれていた母はそんな私をしかりとばしてくれました。
あんたがしっかりしないと、赤ちゃんは生まれてこれないんだ、と。
きこえてはいても、しんどくて私に余裕はありませんでした。
そして助産師さんの内診。
子宮口はほぼ全開。
そして破水もしている、とのこと。
点滴の影響で異様にトイレにいっていたため
気がつかなかったようです。
とにかくしんどくて、頭の中では
無痛分娩にすればよかった・・・
という思いがうずまいていました。
私はタイミングを逃し、一切母親学級的なものに参加していなかったので
知識のすべては本を通して、のみ。
分娩時はとにかくプロのいうとおりにやろう、と決めていましたが
陣痛の苦しさにはへたって、逃げ出したい気持ちになっていたのです。
多分その頃、夕食の時間を迎えました。
ちょっとでも食べれたら・・・といわれましたが
とてもじゃないけど食べれない。
そこへ主人が到着。
その頃にはもうメールも打てなくなっていました。
しんどくて。
やっと待機室からLDRへ移ることになりました。
移動は歩き、です。
たった何メートルかの移動が、とてもつらい。
そんな状況になっていました。
そして、次に続く。