私の出産体験記~そして出産。 | 『起業&キャリア』について後悔しない思考の「くせ」をつける方法〜キャリアコンサル日記

私の出産体験記~そして出産。

引き続き、です。

興味のある方だけ、どうぞ。

◇◇◇

LDRに移った私はとにかく腰におしよせる痛みに耐えるため、
母と主人に腰を思いっきりテニスボールでおしてもらうことを
強要しておりました。

私の食べれなかった夕食は主人が食べることに。

そのとき、私があんまりにももうろうとして、真っ青にみえたそうで
母はビシバシモードに。

主人は言われるがままに、でもしっかり完食。

若干奇妙な図、だったろうと思います。

そして、主人と私の世話?を交代した母がいったん自宅へ帰ることに
なりました。

もうろうとしながら、ありがとう、気をつけて帰ってね、と
母に声をかけたのを覚えています。

ちなみについ先日きいた話ですが、
このあといったん帰路についた母は
道すがら、私に厳しくいってくれたことを後悔していたそうです。

びしっといわれて私はありがたかったのですが、
母はとにかく真っ青な私をみて、
もしかしたら普通分娩は無理ではないか、
緊急帝王切開になるのではないか。
また、自分が厳しくいってしまったことにショックをうけて
分娩にたえきれないのではないか。
赤ちゃんは無事で、おかあさんは残念ながら・・・ということに
なってしまうかもしれない。

最後はおおげさにきこえるかもしれませんが、
母はそれくらい、逆にショックを受けてしまったようでした。

4人も産んで、妹のところの手伝いにもいっている母が
そう感じた、ということは、やっぱりよほど私はしんどそうにしていた
ということなのでしょうね。

さて、母が帰ってしまってから、
相変わらず誘発の点滴をしながら、
私はLDRで主人にテニスボールでの圧迫を強要しつつ
いきみをのがすのに必死になっていました。

もうその頃、何時だったのか私に記憶はありません。

が、状況ははっきり記憶しています。

私が痛みにたえている頃、
LDRの外は何やら騒然としはじめていました。

私の陣痛はどんどんすすむのですが、
一向に誰もきてくれません。

主人だけが私の汗をふいて、陣痛の間隔をしっかりはかって
まるで看護師さんのように懸命にサポートしてくれていました。

あとでわかったことですが、
この日、3時間で5人の出産が重なる、という
私のお世話になった病院ではあまり想定していない人数が
短時間に集中してしまったそうです。

私は初産でしたから、
たぶん、分娩の順番としては後ろの方に、とジャッジされたようでした。


先に他の人の分娩にいってくるから、
いきむのをなるべく我慢していてください。


いきみかたをおしえてくれて、いきんでみよう、とおっしゃってくれていた
助産師さんがそういって、他の部屋へいきかけました。

もう、生むんだ、と思っていた私は思わず


我慢できないんですけど


と声をかけました。
すると


どうしてもダメなら、おしえたとおりいきんでみてください


といって、いってしまわれました。

初産だからそう簡単にはいきめないだろう、と思われたようです。

私は主人とふたり、できるだけ我慢しながら、
でも、やっぱりいきみたい気持ちがつよくて
たまにいきんでみていました。

他の部屋から産婦さんの悲鳴に似た声が聞こえてきます。

そして、産声!

よし、次は私の番だ、と思うも誰もこない。

あれ?と思っているとまた別の人の声がきこえてきます。

そして、産声。

でもまだ、こない。

次の人の声が聞こえる。

その頃の私はもう寒気はなくなり、
時折やってくる吐き気を感じながらも
もう生むんだ、という強い意志に支配されていました。

そしてやっと助産師さんが戻ってきました。

私の足下をみて


もう髪の毛がみえてますよ


とおっしゃいました。

実際は頭が半分でていたそうです。

そこから急ピッチで私の分娩準備がすすみます。

導尿、てい毛、テキパキとすすみます。

そこへ夜勤担当の先生が。たまたまこの日は私の主治医の先生でした。

赤ちゃんの頭の大きさをみて、


切開しますので麻酔をうちます


をおっしゃって処置に入られました。

そしてやっと、いきんでよし、の声がかかりました。

主人はすっかりチームの一員となり、
私がいきむのにあわせて私の体を起こすかかりに。

とてもじゃないけどビデオやら写真やらとってる場合ではありませんでした。

助産師さんの声にあわせて息をはき、いきむ。

そして、言われたとおりに深呼吸。

私が深呼吸しないと赤ちゃんに酸素がいかなくなってしまう、といわれ、
必死に深呼吸しました。

このとき不思議なことに集中していた私は
痛みを感じていませんでした。

それが証拠に私は一切叫び声をあげなかったのです。

そして、助産師さんの休んでいいよ、の声にたいして


大丈夫です!


と答えて、いきみ続ける私。

助産師さんが


頭が出たら、そのあといきむと赤ちゃんが飛び出してきて危険です。
頭が出ました、といったらいきむのをやめて呼吸を整えてください。


とおしえてくれました。

それは大変!と思った私はまずは頭がでるように、といわれるとおりに
いきむ。
声はだすな、といわれるのでださない。
台に腰をつけろ、といわれるので、つける。

そして、助産師さんから


はい、でましたよ!


の声。
いきむのをやめて「ハー.ハー」という息に変えます。


足下の先生から、


赤ちゃんでてきましたよ、羊水をすったら泣きます。
こっちをみていてください


との声。

そして、念願の産声が聞こえました。

それと同時に足下からうまれたばかりのチビくさこが
突然目の前にあらわれました。


テレビなんかでみると感動して涙するおかあさんも
いらっしゃいますが、私は悲鳴をあげるときがあると想像していたために
もううまれたんだ、というとまどいが先にありました。

が、先生から


赤ちゃんにさわってあげてください


といわれ、あまりにも温かく、しっかり人間の形をした
チビくさこにふれて


うそみたい。
私からちゃんと人間がうまれてきたなんて。


と思っていました。

私と一緒に主人もチビくさこにふれました。

そしてチビくさこはいろいろな処置をうけに一度私たちのもとを
離れました。


その後、胎盤を出したり、切開した部分の縫合をしたり、
してくださいました。

私はすべての処置をしている先生方の方をみたり、
主人に両親や知らせるべき人に電話して、と話したりしているのをみて
助産師さんと先生が


赤ちゃん、思ったより大きくてけっこう大変だったはずなんだけど、
なんだか全然平気そうだね。
出産直後にみえないよ。


と感心していらっしゃいました。
(もしかしたらあきれていたかもしれませんが)

あと、みんな声を出してはいけない、といっても声がでるものだけど
あなたはほんとに静かだったから、まさか赤ちゃんの頭が半分でてるとは
思いもしなかった、ともおっしゃっていました。

陣痛ではへたれていましたが、
分娩についてはなかなか優秀な産婦さんだったようです。


そして、処置をうけ、もどってきたチビくさこと
一緒に写真をとったのです。
(これが速報でブログにアップした写真です)


出産までは、以上、です。


ここから入院生活がはじまるわけですが、
それはまた今度。


ちなみに、3時間で5人うまれたうちの
うちは4人目、でした。

同じ日に帝王切開の1人を含め、この日は9人生まれるという
かなりラッシュな1日となっておりました・・・。

全員無事に生まれてよかった、と助産師さんがおっしゃってました。

本当に大変だったと思いますが、
がんばってくださって感謝しています。