【この話は実話です。】
その子は、生まれながら知恵おくれでした。
幼稚園は、近所の子供たちと一緒に通っていましたが、
小学校に上がると、ちょくちょく学校を休むようになり、
一年生が終わる頃には、全く学校へ行かなくなってしまっ
二年生になっても、三年生になってもその子は、
学校に行こうとはしませんでした。
そして、四年生に上がる頃、父親と、母親が話し合って、
養護学校に預ける事にしました。
養護学校には、寮みたいなものがあって、
勿論、家に帰る事はできませんでした。
四年生で入ったその子は、一年生の学習から始めなければ
なりませんでした。
専門の先生が、主要教科を一対一で丁寧に教えていきました。
その日習った新しい事を、毎日毎日、その子は母親に電話
で報告していました。
ほんの少しずつでは、ありましたが一年間でその子は、
たくさんの事を学び、覚えていきました。
その子を、ずーっと教えていた先生が、
ある日、算数を教えようとしてお金の問題を出しました。
「ここに、五百円玉、百円玉、十円玉、三つのお金があります。
どのお金が、一番大きなお金ですか?」
と、その子に質問しました。
「十円玉」 と、答えるのだそうです。
先生は、「五百円なのよ」と、教えましたが、同じ問題を繰り返すと、
どうしてもその子は、「十円玉」と、答えてしまうのです。
何度も、何度も、やはり答えは、十円玉だったので、
先生は、「五百円玉と、百円玉と、十円玉では、五百円玉が、
一番たくさんのものが買えるのよ。だから、一番大きいのは、五百円玉でしょ?」
と、言うのですが、その子が、どうしても違う、十円玉だと言うので、
先生は、「それじゃ、十円玉のほうが大きいと思う訳を言ってごらん」
と、言ったそうです。
すると、その子は、
「十円玉は、電話が出来るお金。電話をするとお母さんの声が聞けるの!」
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【除圧】
ご入院先の病院からご法要のため外出移動のお手伝いをしました。
環状線を使っての片道2時間強の移動時間がかかりました。
病院の車椅子に座っての2時間は患者さまにとってはかなり厳しいことです。
車中ではお孫さん達とおしゃべりに夢中でしたが、
到着後、『おしりは痛くないですか?』の声掛けに、
『もう限界です!』
立位はとれる患者さまでしたので、安全な位置で立ち上がってもらい
おしりと大腿部を軽くマッサージします。血行が回復すればかなり楽になります。
ご法要が終わるまで3時間、ご家族さまに説明をして痛くなったら『除圧』を
してくださいとお願いして次の搬送に迎います。
健常者から見れば、座っているだけのようだが、病気やケガなどで筋力が
弱っているときの長時間の座位はかなりの負担がかかっている。
安心・安全はもちろんだが、安楽に外出ができるようにお手伝いしています。
LOVE注入!
2人目の子どもは助産院で出産しました
映像モニターに映るエコーなど、高価な機械類はなく、ドップラーという
心音を聴く器械だけでした
病院でのベルトコンベアに乗ったような機械的な受診に比べて、助産師
さんはよくお腹の赤ちゃんに向かって話しかける。そしてたっぷり触れる
逆子になってしまった我が子に向かって
「そろそろ戻ろうね~親孝行しなきゃダメだよ~ あら~ずい分元気に
蹴るじゃない」
そんな事を話しながら、時間をかけて足浴してくれる
その言葉かけがとても嬉しく、自分と同じあるいはそれ以上にこの子を
愛してくれている事を感じ、毎月の定期健診が楽しみになっていました
昨日、ウィル介護タクシーグループの勉強会に参加しました
看護師の立場として、声掛けについてコメントを求められたときのこと
司会者が「ノンバーバル(非言語的)な部分についてどうですか?」と
チョー難題のフリとともにマイクを回してきました
「ハイぃ~
」 咄嗟のことに 、やや詰まり気味で
「自分が話しかけ、何か言ってあげようとせず、傾聴-耳を傾けて聴くと
いう事-が大切なのではないか」 とそんな事を中途半端に答えてしまい
ました
ちょっと自己嫌悪・・・
少し時間をおいてもう一度そのことについて考えてみました
介護タクシーに乗車中という限られた時間の中、どう信頼関係を築ける
のか・・・
やっぱり、どういう疾患のどういう状態の患者さんに対しても、同じように
誠意をもって接すること、それがノンバーバルの部分だと行きつく
病気の内容について触れたり慰めたり、アドバイスしたりする必要はない。
介護タクシーの乗務員として、車椅子やストレッチャーへの移乗、廊下を
操作する際の丁寧さ、車内への乗車時の声掛け、注意深い運転という
本来の仕事をきっちりすることで、そこから伝わる利用者さんへの愛情
が表現できると思う
それが本人だけでなくご家族への信頼につながる筈です
冒頭にわたしの助産院での経験に触れたのは、そこに共通する愛情を
感じたからです。言葉で「心配してます」「思ってます」というよりも、行動
から伝わる気持ちの方が強いのかな~と何となく・・・
こんな結論でいいでしょうか??












