リターン トゥ 高安山
木を見て考えていた本当の事
先日の木を見て考えた事の書かなかったこと。(続き)
木を見ずして枝ぶりを見る。
たとえば満開の桜を見るだけで根本的な部分を見落とすのが人間です。
たとえ枝ぶり立派でも、
幹が腐っていたり根っこが弱って倒木寸前だったり。
情報参謀だった堀栄三さんの著書に出てくる
「枝葉(表面)にとらわれず本質を見ろ」
これが大事だと思っています。
さて、成功の基準は人それぞれです。
何を成功と言おうとその人の勝手です。
ただ企業の場合は数字が悪ければ成功とは言えません。
政治家や財界有名人を迎えた記念パーティーやら、
ご自身の成功までの道のりの本の上梓やら、
経済系マスコミの番組や記事やら、
派手に見えるので傍目から見て成功しているように見えるかもしれません。
私も調べてみて実際に成功と呼べる事例は確実に存在します。
※多分全体の5%くらいだと思います。
(逆算しての)95%側の立場が数字が良くないまま上記の事を自社の宣伝に利用している。
経営の数字が悪いのにも関わらず成功の秘訣を語られても、
「何だかな…」
と、私は思います。
ただ本質は見ず、
表向きの派手さに乗って追従(ついしょう)するのもその人の勝手です。
私は町工場本の何冊かをアマゾンで購入してレビューを書いています。
本に書かれている事への感想だけでは無く”有料の信用情報”を取ってその事にも触れます。
経営者が成功論を語るには、
肩書やらだけでは無く、
やはり経営実績が必要だと思うからです。
いくら「○○で活躍中!!」とか偉い肩書きとかがあっても、
債務超過予備軍の銀行返済への万年リスケ状態とか、
そんな数字がダメダメで
『俺様の成功を語ってやるぜ』
と言われても私は何か違うと思うんです。
こんな「本当の事は黙っとけ!」的な事を言うのは私だけなのかもしれません。
でも、アマゾンの本の”私が書いたレビュー”の
「参考になった」の数字がダントツな事が多いのですが、
「参考になった」を付けた人はレビューに賛同するという事ですよね。
しかも圧倒的多数なんですけどね。
繰り返しますがいくら枝葉が立派に見えても…ね。
以上、”木を見て考えた事”の続きでした。
3回目の石切イナダ山で考えた事
大阪の東大阪とは思えないような森の感じが良くて一枚。
(まあ、山の中なんですけど)
登ってきた道なんですが、
数日前に笹の下草刈をしていただいていたようで感謝です。
休憩を取っている時に一本の木を見て考える。
木はまず種が発芽するかしないか?
そこからの生存競争が始まる。
発芽しなければ土の中で朽ち果ててお終い。
木になっていく途中でも、
光の奪い合いに負ければ衰弱していつか枯れてゆくだろう。
崖崩れで倒木なんて事もある。
カミキリ虫なんかの食害なんてもこともある。
競争と外的要因と運が大事なんですね。
そんな事に関係なくとも、
目の前のこの木は人から何にも利用されずにやがていつか朽ち果てるのだろう。
人がどうであろうと立派な一本の木に成長できた事は素晴らしいんじゃないか?
知らんけど。









