今日も、犬とベッドシェア -8ページ目

今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

結局のところ「配慮と我慢の強要」に行き着いてしまってる気がする。

 

 

これの続き、前の記事で「インクルーシブって結局、誰も得しないんじゃないの?」と書いたけど…実際にAIに聞いてみたところ

 

Q「インクルーシブの問題点を教えてください」

 

インクルーシブ(含む)的な考え方は、多様性を尊重し、誰もが社会の立場として平等に扱われることを目指していますが、いくつかの点もあります。

1.個別のニーズへの対応の難しさ

  • すべての人にとって快適な環境を整えるのは正義、個人のニーズが対立することもある。

  • 例:「バリアフリー化を乗り越える、建築デザインの自由度が制限される」「音に敏感な人のために騒音を減らすと、コメディ的な雰囲気を求める人には不満が出る」など。

2.コストリソースと問題

  • インクルーシブな環境を整えるためには、設備投資や人のリソースが必要です。

  • 特に中小企業や小規模な団体では、予算や人の手の関係で十分な対応が難しい。

3. 「誰にとっても良い」は「誰にとっても中途半端」になる

  • すべての人を平等に扱おうとすると、特定の層に最適化されたサービスや空間が作りにくくなる。

  • 例:「発達障害のある人にとって理想的な静かな空間」と「活気のある雰囲気を求める人が楽しめる空間」は、両立が難しい。

4. 「名ばかりインクルーシブ」のリスク

  • 表面的にはインクルーシブを急いでも、現状が伴わないことがある(例:障害者雇用枠があるが、実際には簡単な仕事しか与えられない)。

  • 本来の目的が「多様性の尊重」から「ポリコレ対策」や「戦略」に質を変える場合も。

5.マジョリティの不満と回復

  • インクルーシブを重視するあまり、マジョリティ側が「自分たちが不利になっているのでは」と感じることがある。

  • 例:「男女平等を推進するあまり、男性の立場が軽視されていると感じる人が出る」「障害者目線の結果、健常者が不便を感じるケース」など。

6. 「多様性=対話の難しさ」

  • 価値観や背景が異なる人間が共存するため、意見の対立が生じやすい。

  • 一部の人は「自分の意見が抑圧されている」と感じ、対話が成立しにくいこともあります。

7.文化や宗教との衝突

  • インクルーシブな考え方が、特定や文化的宗教的価値観と相反することがある。

  • 例:「ジェンダー平等を強調するような場合、伝統的な価値観を持つ人々が反発する」「宗教的理由で特定の行動を好む人と、今までない人間の間で摩擦が生じる」など。

項目3がまさに私が書いた通り…「万人受け」というのはどのような分野においてもほぼ無理と言われているのは皆さんご存知のことと思います。

 

日本の場合7の理由での対立はあまりなさそうに感じられますが、他の項目は当てはまるところ多いですよね。

 

それと、日本のインクルーシブって「ごちゃ混ぜの環境で共に育ち合う」を良しとする風潮が強いですが(特に教育現場…)、本来は「それぞれに合った最適な環境を選択することが出来る」のがインクルーシブなんだとか?

 

ここアメブロでも支援級or支援学校相当と言われたにも関わらず、無理やり通常級や支援級にねじ込んで周囲に迷惑をかけまくっていたり、やたら「地域」にこだわってる障害児者親が有名無名問わず存在したり、こういう人たちには刺さりそうな「ごちゃ混ぜを良しとする学校」の映画なんてのも上映されていたけど…私は未見、観たいとは思わない。

 

ここで海外の事例をいくつか上げてもらったので貼ります。

 

海外のインクルーシブ教育は、日本のように「ただ同じ教室で学ばせる」ことが目的化しているのではなく、個別最適化を前提とした柔軟なシステムになっている場合が多いです。

海外のインクルーシブ教育の特徴

  1. 「同じ空間にいる」ことが目的ではなく、それぞれに合った学び方を提供する

  2. 専門職や支援員が充実しており、教師一人に負担をかけない

  3. ICT(タブレット学習など)を活用し、個別学習を促進する

  4. 通常学級と特別支援クラスの「ハイブリッド型」が多い

  5. 保護者と地域と連携し、学校外での支援も充実


国別の取り組み

🇺🇸アメリカ:「個別教育計画(IEP)」の徹底

  • アメリカでは、障害のある子どもには「IEP(Individualized Education Program:個別教育計画)」が作成されるのが基本です

  • 専門チーム(教師・特別支援コーディネーター・心理士・親族など)が集まり、とりあえずの教育計画を作成し、学習の進め方や支援内容を決定します。

  • 「フルインクルージョン」ではなく、子どもに応じて学習環境を選択

    • 通常授業があるが、支援員(パラエデュケーター)がサポート

    • 授業によっては特別支援クラス(リソースルーム)で学ぶ

    • 完全に特別支援学校に通っている子もいる

ポイント:選択肢が豊富で、「みんな一緒」ではなく「それぞれに合った教育」が前提


🇬🇧イギリス:「SEND(特別教育ニーズ・障害)」への手厚いサポート

  • イギリスでは、SEND(Special Educational Needs and Disabilities:特別教育ニーズ・障害)に該当する子どもには、個別支援計画(EHCプラン)が作られる

  • 通常学級に遭遇しながら、サポートスタッフ(SENCO)がサポートします

  • 個別指導が必要な場合は、特別支援学校や小グループ授業を利用

  • 教師の負担を軽減するため、専門の支援員(ティーチング・アシスタント)が多数配置

ポイント:「ただ通常学級に入れる」のではなく、支援の質を重視


🇸🇪 スウェーデン:「インクルーシブ」=「選択肢の多さ」

  • 学校のシステムが柔軟で、子どもに合わせた学び方を選ぶ

    • 通常学級+特別支援の組み合わせ

    • 学校外の施設(「リソーススクール」)が利用可能

  • 「生徒の自主性」を尊重し、自分に合った方法で学ぶ権利を保障

  • 特別支援の専門家が学校に常駐していることが多い

ポイント:「自分に合った方法で学ぶ」ことが前提


海外のインクルーシブ教育の共通点

  1. インクルーシブ=「ごちゃ混ぜ」ではない
    →必要に応じて通常学級+個別指導+特別支援クラスを自慢

  2. 教師一人に負担をかけず、支援スタッフが充実している
    →日本らしく「担当がすべて対応」ではなく、支援員や専門職がサポート

  3. 「個別教育計画(IEP)」が当たり前
    →一律のカリキュラムではなく、子どもごとに支援内容を決める

  4. 「ICT活用」「フレキシブルな授業」が一般的
    →タブレット学習・オンライン教材を活用し、個別学習を推進

海外の場合、ごちゃ混ぜではなくどちらかというと「適度な住み分け」が出来ていて生徒や保護者側も「自分に合った選択をする」という意味合いが強いんですよね…支援クラスに行くことは排除でも差別でもない。

 

簡潔に表現すると「適材適所」と「餅は餅屋」の両輪で運営されている。

 

決して日本のように「共に学ぶ、育ち合う」みたいな精神論的なフワッとした概念じゃない。

 

これは私の個人的な意見ですが、インクルーシブにモヤる人がモヤッと感じる理由ってこんな理由じゃないですか?

 

Q「ニュースなどで『クラスの中にねじ込まれた障害児1人のためだけに、みんなで話し合って既存のスポーツのルール変更しました』的な話題が美談として紹介されていることが多いですが、私は違和感しかありません」

 

なぜ違和感を感じるのか?

  1. 「インクルーシブ=全員が耐えること」という前提になっている

    • 例、体育の授業で「クラスの皆がルールを変えて、その子も一緒にできるようにしました!」という話。

    • これって、「みんなで話し合って協力すること」自体は素晴らしいけど、
      ・その子に合った選択肢を最初から用意できていれば、そもそもルール変更の必要はないのでは

  2. 「みんなが助けて当然」という雰囲気が、健常児側に負担をかけている

    • クラス全員に「助けることが正義」と押しつけられているような空気になりがち。

    • 実は、支援が必要な人には**「正しいサポート体制を整える」ことが先**にもかかわらず、周囲の子どもたちそれを肩代わりしている構造になっている。

  3. 障害児本人にとっても「されている感」が強くなる可能性

    • 例えば、スポーツのルールを変えてもらったことで、「自分だけ特別扱いされている」と感じてしまう場合もある。

    • 「みんなが自分のために耐えている」と思われるかもしれない、それがプレッシャーになることもある。

    • あの子が楽しく参加できるのか?という視点が抜け落ちがち。

  4. 「ルールを変えればみんな幸せ」みたいな単純な話ではない

    • ちなみに「できないこと」を「無理にできるようにする」ことが本当にその子のためになっているのか?

    • 例えば、視覚障害のある子に「みんなで目を閉じて鬼ごっこしよう!」みたいなルール変更をするより、**「視覚障害がある人向けのスポーツを一緒に体験してみる」**みたいなアプローチの方が、全員にとって学びがあるし、負担感が少ないはず。

私のモヤッたポイントをかなり詳細に言語化してくれました…ごちゃ混ぜインクルーシブは個の尊重どころか一周回って同調圧力になってしまっているように感じる。

 

4の理由はまさにその通りって思う…1人の出来ない人の為に合わせるより、パラスポーツの競技をやる方が全員の満足度は上がるはず(この例えの場合はゴールボールか?)、一見簡単そうに見えても特定の感覚を研ぎ澄まして集中力を要求されたり細かい戦略を練らないといけないような奥の深い競技も結構あるし。

 

話し合ってルールを変えるよりも実際にパラスポーツに触れる方が理解が深まりそうな気がします。

 

マジョリティだろうがマイノリティだろうが「どちらかが我慢を強いられる」とか「どちらかだけが権利を主張する」というのはインクルーシブではないんです…ただの「配慮と我慢の強要」です。

 

最後にAIが出した結論

 

結論:「全員で負担を背負う」ではなく、「支援の仕組みを整える」べき

  • 「美談にする前に、まずは支援体制をなんとかしようよ」と思って当然だった。

  • 本当の意味でのインクルーシブなら、全員に負担がかからず、自然に共生できる仕組みが必要です。

  • 「みんなが我慢すること」ではなく、「誰もが無理なく関われること」を目指すべき。

 

ということでした。

 

皆さんはこのやり取りについてどう感じましたか?

 

この記事に対して意見を言いたい、文句があるという方は是非ともリブログして頂いて構いません。

 

今回使用したAIはチャットGPTのみです。

大抵の物事には「ちゃんとした理由がある」話…なのか?

 

皆さん、クレープ食べますか?マリオンクレープとかディッパーダンのようなクレープ専門店からお祭りの屋台とかキッチンカーで販売してるクレープ店まで店だけでもかなりのバリエーションがありますが、ネット上では「生クリーム原理主義者」たちが

 

「なんで、クレープ屋のクリームはどこもかしこも(植物性の)ホイップクリームばっかりなんだ!?」

 

とプンスカしがちなんですが…これにはちゃんとした理由がありまして。

 

色々と理由はあると思いますが、最大の理由は「法律の関係」かもしれません。

 

今回は店舗型のクレープ店を中心に話を進めますが、ほとんどのクレープ店は開業する時に取得している許認可は

 

「飲食店営業許可」

 

という申請を管轄の保健所に申請してから開業しています。

 

この飲食店営業許可…実は「できないこと」が結構ありまして、この許可だけでは本格的なデザートを作って提供したり販売することができません。

 

以下、飲食店営業許可だけでも提供可能なデザートメニューの一覧

飲食店営業許可の範囲内で可能なスイーツメニュー

  1. 簡単な調理で提供できるもの

    • パフェ(アイスクリーム・フルーツ・シリアルなどの組み合わせ)
    • あんみつ・フルーツポンチ(カットフルーツ、寒天、餡などの盛り付け)
    • ぜんざい・おしるこ(市販の餡を使用し、温めるだけならOK)
  2. 既製品を使用したメニュー

    • 既製のスポンジを使ったショートケーキ(自家製のスポンジを作るのはNG)
    • 市販のアイスクリームを使ったデザート(アフォガート、サンデーなど)
    • 既製のクッキー・焼き菓子を盛り付けて提供するプレート
  3. 店内で調理するもの(その場で焼く・加熱する)

    • クレープ(焼きたてを提供する場合)
    • フレンチトースト・パンケーキ(その場で焼くならOK)
    • 焼きプリン(店舗で調理・提供する場合)
    • チーズケーキやガトーショコラ(店内で焼いて、店内提供のみならOK)
  4. 飲み物系スイーツ

    • シェイク・スムージー
    • フロート(コーヒーフロート、クリームソーダなど)
    • ココアやホットチョコレート

これらのスイーツメニューを提供する場合でも、一定の条件がありクレープの場合は

  • アイスクレープの場合アイスは既製品を使う
  • 店内で生クリームを泡立てたり、カスタードクリームを炊かない
  • その場で作ってすぐ提供すること

という条件付きです…本格的にお菓子を作って提供、販売したい場合は「菓子製造業許可」が別途必要になります。

 

クレープ店で生クリームを使用してるところは菓子製造業許可を取得して営業してると思われます。

 

アイスクリームを自家製にする場合はまた別途「アイスクリームの製造許可」が必要になります…自家製あんを使いたい場合も別途「あん製造許可」が必要になります。

 

ちなみに既製品のスイーツを仕入れて販売する場合はこの限りではありません。

 

これからカフェを開業して自家製スイーツを売りにしたいと考えている方、ここ重要なので覚えておいてください。

 

私も栄養学を勉強していましたが、学校では「自分でカフェやレストランを開業する」という働き方を前提としたカリキュラムは無いので私も自分で調べるまで知らなかったよ…。

 

飲食店許可も菓子製造業許可もどちらも店内のレイアウトや設備に一定の基準が定められていて、菓子製造業の方が基準が厳しいです…私も当初は「両方取って将来的にメニューの幅を広げられるようにしておこう」なんて考えていましたが、菓子製造業許可に適合した店舗にするとオペレーションの問題とか、そもそも自分の体が持たない。

 

ワンオペ営業のカフェによくある、10数坪でカウンター式のオープンキッチンのカフェだと菓子製造業許可はまず取れません。

 

どうしても生クリームを使ったクレープが食べたい生クリーム原理主義者の皆さん…ケーキ店など菓子製造業許可を取得してる店舗を探すか、もう自分で作りましょう。

 

シナモンに出会えて本当に良かった!!

 

初めてピューロランドに訪れてから6年…年間パスポートを買うようになってから3年。

 

 

この日、私はステージ上で動いてるシナモンに本当に心を奪われました…この日から「私の推しはシナモンです!!」と言える様になった。

 

そして普段使う物が次第にシナモンの絵柄が付いた物が増えていき、ハンドタオルの9割くらいがサンリオ柄(残りはあつ森とか)になりシナモンのグッズが出ていないものも「水色✕白色」の推しの概念カラーになるくらい。

 

そんな生活になってから、私は行く先々で「シナモンの人」と認識されるようになりシナモンのグッズじゃなくても水色ってだけで「Tomokoさんの私物?」と思ってもらえるレベルまでには行ってる。

 

私の場合、隠しきれないというか「隠す気なんて毛頭ないオタク」なのでもう見るだけでシナモン推しってわかるんですよね。

 

ちなみにシナモンの人と認識されたのは前職場、その前に通っていた就労支援施設以外にも永山の病院の病棟のスタッフ、骨折して入院してた病院やちょっと前まで参加していた起業セミナーでも「シナモンの人」と認識されていました。

 

あと、今通ってるカーブスでも他のメンバーさんからサンリオ関連の話題を振られたりすることもります。

 

骨折して入院していた時「ピューロランドに爆発物仕掛けた事件」がテレビのニュースでも取り上げられ、これを見た看護師さんが「このニュースは真っ先にTommokoさんに知らせなきゃいけないと思った」と確信したとか?

 

この事件があった日は急遽臨時休館になり、その日の夜にYouTubeのピューロ公式チャンネルでせっかく来てくれたのに休館してごめんという動画が上がっていてその対応の早さに改めて感心しました。

 

永山の病院でも、持ってきた水色ベースにアクセントに白が使われているスーツケースをみた看護師さんが「それって、シナモンの概念?」って聞かれたな…その後、ここでは放射線治療のスタッフにサンリオを布教してきた。

 

色んな人に自分の事を認識してもらうためのマーク的なものがシナモンなんですが、私自身もシナモンと出会ってピューロに足繁く通うようになってから人生が楽しくなったし、なによりこれまで低かった「自己肯定感」が上がったような気がします。

 

ピューロの世界観とか、キティさんの包容力…ここ数年間ショーのテーマに取り上げられている「みんなが自由に自分らしく」とか「自分の"好き"に正直に」とか「なりたい自分になろう」というメッセージや前職の職場で働いていた時、周囲の環境から来るストレスでメンタルが崩壊しかけた時、シナモン20周年記念ショーの中でシナモンのメッセージにはかなり救われました(当然、泣いてしまった)。

 

この時に「シナモン、一生推します!!人生かけてもいい!!」と思えた瞬間でした。

 

推しがいるとQOLが上がるとか言われているようですが、私の場合…人よりも本や物からの影響を受けやすいといいますか…これは私の個人的な見解ですが、ピューロって「その人の好きなもの」とか「その人のありのまま」を全肯定してくれているような気がします。

 

だから当たり前のように1人で来てる人や男性のサンリオファン(オタク)も安心して来られる場なんだと思うわけです。

 

みんな「自分の好きを楽しむため」に来ているので、いちいち他の人のことなんか気にしていない人の方が圧倒的に多い…そんな空間なのでもはや実家のような安心感すら覚えます。

 

舞浜方面の値上げ&システムの複雑化でちょっと前からピューロも子連れが増えてきていますが、このあたりの属性の人たちって「あくまでも子供のために来てるんであって自分は(大人だから)サンリオなんか興味ないです」風吹かせてるのが正直なところ…いい気分しないし、長い人生のほとんどを「役割という枠組みの中だけ」で生きてて楽しいのかな?とちょっと哀れにも思えます。

 

ピューロに通うようになってから変わったことは他にもあって、服装が結構様変わりしたような気がします。

 

以前は、比較的シンプルな格好が多かったのですが私がピューロ通いを始めた頃は「量産型女子」と呼ばれるジャンルの人達が今以上に来ていました。

 

ロリータほどではないけど、フリルやリボンの付いたヒラヒラした服を着ている人がなんだか可愛く見えて、私もここに来るときは可愛い格好で来なきゃダメだな、と思ったけど…しかし、私はその時すでにアラフォーに突入していました。

 

さすがに量産型ど真ん中なデザインの服はちょっと違うと思った&ブランドとして売られているものはわからないけど、プチプラ店で売られているものだと若いから許されるんだろうなと思えるほどペラペラで近くでみるとやっぱりチープ感が否めない。

 

なので、もうちょい大人向けに作られた物のなかから要素を感じられるデザインの物を選んだり、ワンピース系ならアクシーズファムとか海外のヴィンテージ古着にもいい感じのデザインの物があるので探しに行ったりしました(しかも、海外古着は安く買えることが多い上に、ヴィンテージとして出回ってるくらいなので品質もいい)。

 

ピューロに通うようになってから私と出会った人たちは私のことを「いつもヒラヒラした服を着ている人」という認識を持ってる人もいます、おそらくその前から知ってる人が今の私のことを見たら「イメージが劇的に変わった」と思うかもしれません。

 

あの時、ピューロに行ってなかったらきっと今もつまらない人生を送り、日々の生活もつまらないものになっていたでしょう…素敵な場所にたどり着けたこと、そして一生を賭けて推せると思えた推しに出会わせてくれて本当にありがとうございます。

 

そしてなにより

 

「自分はそのままの自分のままでいい」

 

と思わせてくれたことに本当に感謝しています。