前に書いた「ユニクロが嫌いな理由」…まぁ、ざっくりと結論を言うと「柳井正」が嫌いなのだ。
あの人が展開しているのはアパレルブランドではなく「衣類量販店」だ、そして「自分だけがいかにして儲けるか?」ということしか考えていないように見える…服が好きというより「お金が好き」だということがよく分かる。
過去の経歴を見てみても実際に服飾(特にデザインや制作)に関わった事も無いようで…だからこそあそこまでデザインが無個性で野暮ったくて、よく見ると、よく見なくても変な服ばかりを連発できるのだと思った。
着心地もサイズ感もお世辞にも良いとは言えないレベル。
あと、あの「チラシ」もなんだか激安スーパーみたいで品が無い。
ハイブランドなら「ファッションショー」で新作を発表するし、そうでなければカタログを作ったり、店頭のディスプレイで展示したり公式サイトなどに写真を掲載する程度だと思う。
まぁ、大抵の場合は実際にショップに行った時に新作を見つけることが多いのだけれど。
ついでにいうとしまむらも嫌い…行動範囲内に店舗があるけど、なんだか店内の陳列もハンガーラックにギュウギュウに引っ掛けられているし、アメリカのパブリックトイレみたいなドアの小さい試着室。
私が一番服飾にハマっていた10代の頃は「しまむら=”散歩/がてらに/お気軽に~♪”なんて曲を店内に流していて、オバサン主婦御用達」のイメージが強かった、その後少しづつ若い人向けにもシフトチェンジしたみたいだけど全体的にギャルっぽい雰囲気で田舎のマイルドヤンキーが着ているようなものが多くて軽く嫌悪感。
今も昔も「下品な雰囲気のもの」はどうも好みではないのだ。
そして…ここも例によって「チラシ」がある。
柳井正、しまむらに限らず、要は「プチプラ服」が嫌いなわけだ。
かと言って別に高い服ばかりを買っているわけではない。
手持ちのT シャツは90%くらいは無印良品の1000~2000円程度の物だし(次に多いのは、アメリカンイーグル)、一番高いのでもグリーンレーベルリラクシングの3000円くらいの物1枚だ。
ボトムスは上半身がほぼ無印なので、ジーンズブランドの物やセレクトショップ、アメリカブランドなど出来るだけ無印以外で購入するようにしている…全身無印だけのコーデはよほどのファッション上級者か、無印の店員にならない限り難しいのだ。
そもそも良品計画自体があまり「全身コーデ」を提唱していない気がしなくもない、無印の服は確かにシンプルだけど…名は体を表すというか、ブランド名の通り「ノンブランド」感が強く、いわゆる「ユニバレ(ユニクロの製品を着ていることが他人にバレること)」的な「ムジバレ」という現象は聞いたことがない。
それ故か?他ブランドとの服と合わせても変に主張すること無く、日常のカジュアルから職場にも着ていけそうないわゆる「きれいめ」にも応用が出来るのだ。
デザインは味気ないけど、素材にはこだわっているようで現在綿製品や綿混製品に使用されている綿は全て「オーガニックコットン」に切り替わっている…去年あたりまでは商品名に「オーガニックコットン」の記載があったが、今は全ての製品で使用しているためあえて表記を外したそうだ。
なんだか、TOTOの「セフィオンテクトシール」みたい…こちらも以前は加工を施しているという表示でシールがはられていたが、現在は陶器製品全はデフォルトで加工がされていているためシールは貼られていない。
私が覚えている限りでは、90年代くらいは「エジプト綿」など産地にこだわっていたが数年前からは綿農家と直接契約を結ぶなどオーガニック志向に切り替えたよう。
ここで、なぜこのタイトルを付けたかという話に移そう…このブログで散々、親の嫌なところとか絶縁した理由を書いたりしてきた気がするけど、その理由の一つが「プチプラ服」に対する価値観や考え方の違いである。
実は私も親も服飾の勉強経験あり、自分の服や子供服を仕立てたり(私が子供の頃には”原型製図の掲載されていた頃”のこどもブティックがあった)趣味欄に「洋裁」と書けるほど、服にはある程度知識量は多いほうなのだ(相性は最悪なのに共通点はある)。
私は実際に自分で服を作るという経験を通じて、1着の服を仕立てることにデザインを考えることや製図やパターン作成、裁断や実際の縫製にかかる手間や実際の作品をイメージ通りに近づける難しさを実感し「服を作るのは色々な工程や作業がある」という背景を理解しました。
なので、実際に着たことや買ったことはありませんが昔のピンクハウスやロリィタファッションのメゾンが全体的に高価格かつワンサイズ展開が多いのも理解できます…手の込んだデザインもそうだけど、生地の用尺の多さや、プリント柄もオリジナル品が多くファストファッションのような多サイズ展開、多量生産はほぼ不可能。
そういう経験があってか?既製品を購入するときも全体的なデザインだけでなく、着心地や素材感にもかなりこだわる方だし多少価格が高くても、プチプラ派の口癖である「ブランド料」とは考えずに「それ相応の手間賃と価値がある」と思い購入しています…実際、ジャケットでも数万円単位の物は生地の肌触りや着心地も良く、着た時にも全体的なシルエットがきれいに見えます。
簡単に言うと…「ファッションやそれに関わる人達に対して敬意を持っている」だけです。
なので…買った服は全て愛着がありますし、よほどのことがない限り長く着られように気を使っています。
一方、同じような経験をしてきた「はず」の親はなぜかそのような考えには至ること無く…いわゆる「プチプラ至上主義」になってしまいました。
私が子供~10代前半くらいまでは夏物に品のいいデザインのワンピースや発表会や入学式用の服を仕立ててもらったものですが、一体何があったのか?
いつの間にか「買ったほうが安い」とか「安ければ安いほどいい」という典型的なプチプラ思考になってしまいました。
そしてこの人は…服の買い方が衝動的で、買う時に試着もせず、新しい服を買っても「値札が付いたままの状態」でタンスに押し込んでいることも多いのです。
絶縁を決める前はよく一緒に買物とかも行っていたのですが…前記事で書いたサイズ感のおかしいユニクロボトムもこの時に購入。
私がよく行くようなショップの服に対して高価格帯ブランドでも無いのに何かと「高い」とケチを付け、60代に近いいい年した大人が毎回のようにGUに立ち寄りそこで服を購入するだけならまだしも、私にも商品を購入するように勧めてくる始末。
でも、ここの服は私の好みとはあまりにもかけ離れているためパジャマ類くらいしか買いませんでしたが、値段相応…着心地が悪くすぐに着なくなってしまいました。
このような価値観の相違があるため、行くのはいつも郊外…というか田舎のショッピングモールばかりで都心はもちろん、私がよく買うショプが多い立川すら行ったことがありません。
もし、いまも関係が続いていたら立川のららぽーとに行っても私がよくショップ(グリーンレーベルリラクシングやバナナリパブリックあたり)に行っても値札を見ては「高い」を連発し、最終的にはGUに連れて行かれるのだろう。
そして、思えば昔から自分で服を買う時は今ほどプチプラ服ブームでは無かったしユニクロももっと壊滅的だったのと(今でも壊滅的だけど)
そこまで店舗も無かったような。
高校生の時は当時の担任の影響を受け無印良品によく行くようになり、卒業後は自分は「きちんとした服が好き」なんだと自覚してコムサイズム(当時は結構オシャレだったんです)や自分で仕立てた服、時にはアニエスベーで数万円のスカートを購入したことも。
その後はナチュラル系に移行してまた無印に回帰、他にグローバルワークなどをメインで着るようになって30代半ばあたりからは無印率を少し減らして、大人っぽいセレクトショップ(トゥモローランドはサイズ的に無理なので手を出していない)やその姉妹ブランド、バナナリパブリックやエディー・バウアーなどのアメリカブランドで今の所落ち着いています。
こうして書き出してみると比較的リーズナブルな物も売っているブランドはありますが、やはり「プチプラ服」とは無縁のファッション人生を送ってきているような気がする。
最近は毒親と関わってきた当事者たちが声を上げ、そのエピソードを語り始めてきているが絶縁のきっかけって…誰が聞いても壮絶に思える話だけでなく、私のように「些細な出来事の積み重ね」で起こることもあるんだな、と思いました。