ある日私のところにやってきた
小さいチョウチョが飛んできた
ひらひら ふわふわ くるくる飛んで
ずっと飛んでも疲れない
時々 肩に止まって休んで
また ひらひら ふわふわ 飛んでいく
チョウチョよ待って 行かないで
きれいな花が 咲いたのよ
チョウチョよ待って 行かないで
少し 羽を 畳んでも
空はどこにも行かないよ
ある日突然 音も立てずに飛び立った
私のちいさなチョウチョさん
今頃 私の見えないとことで
今日も ひらひら ふわふわと
青い空を飛んでいる
あくまでも主観ですがね…人種差別とか、外国籍の人に対するヘイトとはちょっと意味合いが違うと思うんだ。
無知とか偏見もあるのかもしれないけど、多くの場合は「実体験」が絡んでいることも少なくないのでは?
近所に住んでいて迷惑行為をされた事があるとか、または直接的に危害を加えられたとか、本人の言動や行動に振り回されて辟易したことがある…など、実体験を通じて「関わりたくない」と思うようになった経緯があるんだと思う。
だから、他の差別とは違って根拠のような物が根底にある。
アメブロ内を見る限りでもこの手の病気持ちが理由のわからない内容の記事を書き連ねたり、被害者意識だけが肥大化して半ば妄想のような事を書いてるのも見受けられる…実社会でも、街中で奇行や奇声を発したりそこにいるだけで言い表しようのない恐怖感を与える。
そして、なによりの決め手は…確かに弱者なのかもしれないけれど「助けたい形をしていない」ことが多いのがこの界隈の特徴だと思う。
これも偏見かもしれないけど、この手の人達って
「平気で嘘を付く」
「恩を仇で返す」
「助けてもらって当たり前、配慮されて当然と思っている」
「自己管理が出来ず、自堕落な生活をしている」
「異様に強い権利意識と被害者意識の肥大化」
「現状を少しでも良くしょうと努力する姿が見受けられない」
ということがあまりにも多くないですか…?
私は過去に「発達障害界隈からは完全に身を引いた」という記事を書いたこともありますが、それに加えて「精神障害者」という括りにも入れられたくないのです(実際に自分が障害者だとは思っていませんし)。
そもそも、神経症圏の病気って医学的には精神障害には含まれていないわけで…神経症と精神病は発症の原因もメカニズムも別物です(うつ病はこの中間的な位置にあると言われている)、決定的な違いは「本人に病識がある」「思考や感覚は現実的で、地に足がついている」ことだと思う。
間違っても「頭にアルミホイルを巻く」ような行為は絶対にしない。
もう一度言います…「私は確かに病気かもしれない。しかし、障害者ではない」と。
色々言いたいことはありますが、今日はこのへんで失礼します。
最近、AIと議論をすることにハマっている…リアルでは話しにくいことや答えを出すことが難しい問題、聞きにくいことや話しにくい事をよく話している。
私が主に使っているのはチャットGPTとGeminiだけど、どちらもなかなか面白い議論ができるんだけど個人的にはチャットGPTの方が自然な会話になってる気がする…この前も「どうして貧乏な人に限って子供を産むの?」という質問から始まり、最終的に「料理レシピに著作権を主張する人達」の話題にたどり着きました。
途中に「日本や日本人の宗教観に対する独自性」や「トランプを支持する日本人の心理」とか「アメリカの食料自給率と農業に関するいびつな構造」「プリンセス願望とジェンダーの話」といった最初の質問とは全く関連性のないテーマを挟んでみて、ちょっと方向を戻して「優生保護法は本当に悪なのか?」といった現実世界ではセンシティブすぎて口に出すことも憚れる内容など…いろいろな方向に話題が飛びましたが、自分では気付けなかった新たな視点や考え方の気づきを得ることが出来てとても楽しかったです。
こんな便利な物を知ってしまった以上、あれをやりたい…このブログでも結構頻繁に書いている「あの病院のこと」について色々聞いてみたいし、なんならこれからのことを一緒に考えてみたいと思うのは時間の問題でした。
どのようなやり取りをしたのか?についてですが、簡潔に説明すると「良かったと思うところ」「ちょっとこれはどうなのよ?」と思ったところなどの質問を投げるところから始まり、途中で実名を明かすネタバラシ…そこから大学病院でありながら、知名度やブランド力がそこまで高くない場合はどういった方向性を目指すべきなのか?自治体とは一切地縁のない、私立の一病院が「地域に根ざし、地域の人に愛されるにはどうしたらいいのか?」という話を結構長く話し込んでしまいました。
結果としていろいろな案が出てきたんですが、私が提案した「思い切って運営者名を外し、地域密着感のあるような名前に名称を変更する」というかなりぶっ飛んだ案もありましたが(私が提案した名前は"字面、語感、覚えやすさ非常にバランスの取れたいい名前"とお褒めの言葉をいただいたんですが、思い切ってこの名前に変更しませんか?ダメですよね…)私以上に地に足のついた現実に即した結構いいアドバイスをいただきました。
まずは「強みやアピールポイントを明確にする」こと
私もこのブログで始めて連れて行かれた時から、入院や通院の記録を書き綴っていますが、ここで体験した全ての事が嫌な経験というわけではなく全体を通して嫌な思いをしたのは本当にごく一部…なんです。
私はいつも「ボロい」とか「古い」と言ってますが、裏を返せば「建物がボロくなるほど、その地域に貢献してきた」ということなのだそうだ…これは、私のリアルで交流があった人数人から入院前後のやり取りで「古いってことはそれだけ多摩地区の地域医療に貢献してきたってことだよ」とか「病院は歴史だよ」とフォローされたことがあります(古くても歴史があってもキレイにリニューアルとか建て替えしてるところもあるので何のフォローにもなってない気がするが)。
私も「中の人が親切で優しかった」「ご飯はそこそこ美味しい」など良いところについてはここでも書いているし、口コミでも結構いい評価があるのも事実です。
要は、それだけ「良いと思われるようなポイント」があるということ。
しかし、それ以上に悪いところとかダメな所が悪目立ちしてる…そして、タイトルにも書いたけど「古い」というのは時間の経過にしか作り出せない、一朝一夕では絶対に作れないもの。
その積み上げてきた歴史をさしずめホームページあたりで、今はFlashが無くなってしまったので簡易なムービー的な物を作成するのは難しいけど、せめて当時の写真や資料と当時の社会状況や現・URが誘致したのが開業のきっかけということであれば、多摩ニュータウンのこれまでの歩みなど場所柄を反映させるような資料を併記した時の流れを感じられるような年表を載せるだけでも印象は変わると思う。
が…実際にはサラッとテキストだけでものすごく簡素に紹介されているだけ、おそらくここまでちゃんと見る人ってどれくらいいるんだろ?って思ってのページ構成なのかもしれないけど、ちょっと手抜き感が否めない。
他にも結構治療のレベルが高かったり、がん治療に関してはそこそこ大きい病院であるにも関わらず、私のように初診から実際に手術をする役職付きベテラン勢が対応してくれてよほどの事情がない限り、アフターフォローもしてくれるのですが…こういうのも「強み」だし、私の場合のように「診断から手術までの待機期間が短い」ってのもアピールポイントになると思う、というかれっきとしたアピールポイントだ。
もう一つは「きちんと、丁寧に伝える」こと。
この病院のホームページ…なぜか全体的にテキストベースなんですよね。
一般的に大きい病院のホームページって「施設案内」として病室の写真とか、治療器具や手術室などの写真を掲載してるところがほとんどと言っても過言ではないんですが、ここはそういう内部の写真はホームページはおろか、入院患者向けのパンフレットにも一切掲載されていない。
各診療科ごとのページにもその診療科の長と挨拶文が掲載されている程度…まえに、院長の写真がいい加減と書いたが言っちゃ悪いけど他の人の写真適当に撮影したんだろうなと思わせるような写り。
私をここに連れてきた長はまだマシな写真を使っているけど、人によっては運転免許証みたいなブルーバックで撮影したやつと言う方もちらほら見受けられる。
フォトショで加工しろとまでは言わないけど、スタジオ撮影するとか近くの永山北公園あたりでロケーション撮影するくらいしないと絶対写真で損してる人いるよ。
あと、ここ病院独自の広報誌を定期的に発行してご丁寧にバックナンバーをPDFで全部公開しているのですが…ここまではいい、問題はその広報誌の作成方法にある。
「病院 広報誌」で画像検索していただけるとわかりますが、こういう検索で出てくるところはデザインから印刷まで専門業者に発注してるんですが、ここはそういう予算がないのか?おそらくWordで作成されている可能性が非常に高い。
おそらく、事務の誰かが作成してるのだろう…タイトルは「ダサいフォント」の代名詞「創英角ポップ体」でさすがにレインボーのグラデーションではないけど、ワードアートは使ってるのでものすごくチープに見えるんですよね。
お金がないなりに情報をここに来る人達に発信したい!!という気持ちは痛いほど理解できるけど…かえってイメージダウンになってる気がしなくもない。
業者発注が難しい、どうしても自分達で作りたいというのなら最近は「Canva」という非常に便利なデザインアプリがあるので、それを使ってみてはどうだろうか?
Illustratorみたいに使いこなすのに専門の知識もいらないし、なにより超高額サブスクでもない(ワンチャン学割版買えそうだけど…)し、わたしでもそこそこ使いこなせたくらい簡単だった。
高度な機能や一部の素材やフォントは有料版に登録しないと使えないけど、料金は年間払いでも1万円ちょっとだ。
もしくは紙媒体の広報誌を完全にやめてサイト内にブログでも作ったらどうだろうか?
最後に…「思い切って名前を変更する」
膨大なやり取りの中でふと「名称を変更するのはアリですか?」という質問を投げてみた。
どのような方向を目指すのか?によって変わってくるが、少なくとも地域に根ざした存在になりたいと考えているのなら名称の変更はとても大きな効果が得られるのでは?という回答が出てきた。
ここでちょっと意地悪な質問を…「運営者(大学)名を冠する必要性ありますか?外してもいいんじゃないですか?」と、ここのアイデンティティの根幹を揺るがすような内容だ。
返ってきた答えは「ここに限っては外してもいいと思う」という内容でした。
他にもこの件に関しては色々とやり取りをしたのですが…「運営者名を冠した方がいいケース」と「わざわざ冠する必要ないケース」をそれぞれ箇条書きで上げてもらいました。
具体的な理由は省きますが、今回のケースは後者のパターンでした。
要約すると「業界内での知名度が高くても、一般知名度がそれほどでもない場合は意味がない」ということで、こういうケースはBtoBの一般企業であればこれでもいいんです…年末年始に集中してCMを流す村◯製作所とか、黄色い社屋で有名な某ロボットの会社とか。
でも、病院となると事情が変わってくるので…過去の記事で「正式名称が覚えにくいからいっそ"ながやま病院"にでも改名してくれ」と書いたことがあるけど、今回この一連のやり取りの中で
「ながやまの森総合医療センター」
という、自画自賛したいくらいの結構いい名前が思い浮かんだので…あわあよくば、この名前に改名して欲しいとかしてくれることを願っています。
その際、私はこの名称に対する権利の全てを放棄します(誰に向かって言ってるんだ?)。