(自称)世界で一番シンプルな「生理」の絵本を作ってみました…。
過去記事で初潮が来ることを「お母さんになる(赤ちゃんを産む)ための準備」って言うの気持ち悪いよね…的な記事を書いたことがあるんだけど、こういう表現を使わずに「生理」を説明できないか?と考えてみた結果、できました。
「だいじょうぶ、あなただけじゃない~これから"おとな"になるあなたへ~」
https://www.canva.com/design/DAHBOuuewKU/G4BAVJ8tosOZ-y0zbX9iVQ/edit
あくまでも「生理」についてだけ解説、体の外見上の変化とか排卵とかについてはあえてまるっと割愛しました。
絵を描くのが苦手なのでCanvaの素材で構成していますが、制作に当たっては「できるだけ特定の性別を感じさせない」イラストを使うことを心がけました。
この作品は女の子向けではなく「生理がある可能性のある人」全員に向けています。
わかりやすくいうと
- トランス男性
- ノンバイナリー
- クエスチョニング
と呼ばれる人も含んでいます。
なんでこのような作品を作ったのか?それは私自身が「初潮教育の内容が子供の頃から"腑に落ちない点"が多々あった」から。
「赤ちゃんを産むための準備」とか「おめでたい」だの「素敵」だの必要以上にポジティブに伝えられることに疑問を感じていた、今思うと必要以上に「砂糖よりも甘い何か」でコーティングして「グリッターよりもキラキラした何か」をまぶしたような情緒的にロマンチックに語られることがおかしいのでは?
どうして「単なる体の生理的な現象」に過ぎないものをこうも語りたがる人が多いのか?あと、自分はされなかったけど…「初潮が来た事を祝う」という神経が知れない。
昔は赤飯を炊いたとかのアレです。
今でも図書館に置いてあったり、もしかしたら学校でも使われている「初潮にまつわる絵本」でも一家揃って「ケーキで用意してお祝い」して終わりみたいな作品もある(ちなみにこの作品、初版が1982年…私と同い年だ)、私が見せられたのはこの作品だったが、この作品の内容「なんか違うよね」って感想だった。
そもそもなんで初潮を「祝う」のか?諸説あるようですが…結局のところ、男尊女卑とか女性は「家の所有物」的な思想が根底にあると思われる。
純粋に「成長」を祝いたいなら誕生日で充分だし、対象的に男の子の精通に関しては完全スルーという非対称性はなんなんだ?
体の生理現象、そして「プライバシー」に関わる部分を本人の意思を無視して「お祝い」するという行為自体…毒親まではいかずとも「害悪」ではないのだろうか?
お祝いまでしなくても「めでたいこと」とか「恥ずかしいことじゃない」と価値観や考え方を押し付ける行為そのものもやっぱり納得いかないし…はっきり言って、嫌だった。
生理に対してどういうイメージを持つかはあくまでも本人の意思を尊重するべきことであり親をはじめとする周囲の大人が価値観や考え方をおしつけるべきではないと思うんです。
この作品は
- 生理に伴うトラブル
- トラブルの解消法
- 病院を受診する目安
- 生理は「コントロール可能」であること
など、従来の初潮教育では「絶対に教えない」ようなことをメインに構成しています。
過去記事に「生理辛いアピール女は〇〇」と辛口な記事を書いたことがあるのですが、この作品を作ってから考えの変化があって「もしかしたら、この人たちは辛さを軽減するための手段やそれにアクセスする方法を知らないだけなのかもしれない」と思うようになってきた…同情はしないけどある意味"可哀想な人たち"なのかもしれないと。
体の変化を受け入れるために必要なものは「キラキラでロマンチックな物語」ではなく「知識と情報」だと思う。