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今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

先日、とあるがんの当事者会に参加した。

 

なんとなくその手の集まりにはちょっと抵抗があった…なんとなく「しんどい人のしんどい話」を聞かされるのかな?ってイメージがあったり、なんとなく自分とは属性の違う人達が多いんだろうな?という謎の抵抗感があって今まで存在は知っていたけど実際に参加をしたことはなかった。

 

あまり詳細は言えないけど、そこは活動拠点を病院内に置いているのですが「そこの病院に通っていない人でも参加できますよ」というスタンスだったので思い切って行ってみた…実は永山の病院でも患者の集いがあるみたいですが、どうも呼び出し日じゃない日に永山行くのはちょっとどうかと思ったのでスルーしてた。

 

病院内で活動してる会だったので、毎回テーマを決めて勉強会も行われている。

 

当然、講師としてその病院の中の人が登壇する。

 

初めて永山の病院じゃない人と対面した…そして、乳腺関連で男の先生に会ったのも今回が初めてかもしれない。

 

「おちちが見たいから進むんだろ?」とか変な偏見を持ってごめん…患者さんと真摯に向き合っていそうなことが伝わってくる真面目そうな方々でした。

 

そこでの質疑応答コーナーで私、思い切って質問してみた。

 

「診断から手術まで2ヶ月かからなかったけど、正直なところ…やっぱりがんだという事実を受け入れて、納得する時間が欲しかったのにどうも自分だけが取り残されているという気持ちが拭えない。あと、再発度も低いと言われているけど今後また何かあったら私は今度こそ運命と思って受け入れたいと話したら"ダメ"って言われた、意思決定って…一体、何でしょうね?」

 

と、この質問に関しては永山の病院の中の人の見解は2人から聞いた、せっかく機会に恵まれたのだから他の病院の人にも聞いてみたかった。

 

そしたら、こう言われた。

 

「ササッと手術したのも、術後は毎年挟んでもらうのも私達はその行動を取る時はきちんとした根拠や理由があって選んだり指示をしている。」

 

「そして乳がんの治療環境は日々進歩していて、今現在と5年前では治療環境も使える薬も全然違っている…だから、これから先も事情は絶対に変わる。」

 

そして、こうも言われた。

 

「不安の9割は起こらないんだよ、再発の可能性は低いって断言されているなら起こる可能性の低い未来ではなく『今』にもっと集中した方がいい」

 

と言われた時、妙に腑に落ちたんですよね…永山とは全く関係ない人から言われたってのが、納得できたポイントだったのかな?

 

座談会の時も「いきなり連れて行かれてササッと切られてしまった」というお決まりの流れを話した時も「それで良かった」って実際に同じ経験した人から言われるのって説得力が大きい。

 

その日、例によってAIにここで話した事や連れて入れた話などを一通やり取りしたところ…なぜか、最終的に「永山の病院は実はいうほど悪いところではない、むしろいい病院」という結論に達してしまった。

 

まぁ、これは自分で出した結論なんで文句のつけようが無いんですがね。

 

ここでも散々書いてるようにボロいし、建て替えま宣言したし、ブランド力正直弱いです…でも「もう絶対行かない」って思ったことはなくて、なんだかんだで呼ばれれば行くんです。

 

今更ですが、連れて行かれた事に対しても少し肯定的に捉えられるようになってきました。

ある日私のところにやってきた

小さいチョウチョが飛んできた

ひらひら ふわふわ くるくる飛んで

ずっと飛んでも疲れない

時々 肩に止まって休んで

また ひらひら ふわふわ 飛んでいく

チョウチョよ待って 行かないで

きれいな花が 咲いたのよ

チョウチョよ待って 行かないで

少し 羽を 畳んでも

空はどこにも行かないよ

ある日突然 音も立てずに飛び立った

私のちいさなチョウチョさん

今頃 私の見えないとことで

今日も ひらひら ふわふわと

青い空を飛んでいる

 

あくまでも主観ですがね…人種差別とか、外国籍の人に対するヘイトとはちょっと意味合いが違うと思うんだ。

 

無知とか偏見もあるのかもしれないけど、多くの場合は「実体験」が絡んでいることも少なくないのでは?

 

近所に住んでいて迷惑行為をされた事があるとか、または直接的に危害を加えられたとか、本人の言動や行動に振り回されて辟易したことがある…など、実体験を通じて「関わりたくない」と思うようになった経緯があるんだと思う。

 

だから、他の差別とは違って根拠のような物が根底にある。

 

アメブロ内を見る限りでもこの手の病気持ちが理由のわからない内容の記事を書き連ねたり、被害者意識だけが肥大化して半ば妄想のような事を書いてるのも見受けられる…実社会でも、街中で奇行や奇声を発したりそこにいるだけで言い表しようのない恐怖感を与える。

 

そして、なによりの決め手は…確かに弱者なのかもしれないけれど「助けたい形をしていない」ことが多いのがこの界隈の特徴だと思う。

 

これも偏見かもしれないけど、この手の人達って

 

「平気で嘘を付く」

「恩を仇で返す」

「助けてもらって当たり前、配慮されて当然と思っている」

「自己管理が出来ず、自堕落な生活をしている」

「異様に強い権利意識と被害者意識の肥大化」

「現状を少しでも良くしょうと努力する姿が見受けられない」

 

ということがあまりにも多くないですか…?

 

私は過去に「発達障害界隈からは完全に身を引いた」という記事を書いたこともありますが、それに加えて「精神障害者」という括りにも入れられたくないのです(実際に自分が障害者だとは思っていませんし)。

 

そもそも、神経症圏の病気って医学的には精神障害には含まれていないわけで…神経症と精神病は発症の原因もメカニズムも別物です(うつ病はこの中間的な位置にあると言われている)、決定的な違いは「本人に病識がある」「思考や感覚は現実的で、地に足がついている」ことだと思う。

 

間違っても「頭にアルミホイルを巻く」ような行為は絶対にしない。

 

もう一度言います…「私は確かに病気かもしれない。しかし、障害者ではない」と。

 

色々言いたいことはありますが、今日はこのへんで失礼します。