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今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

そこそこ美味しいものもあれば、責任者を呼び出したいレベルのメシマズもあるのが病院ご飯…今回はその中でも惜しくもそこそこ美味しいに入れなかったけど、かと言ってマズ飯にするほどでもない。

 

あえてどこかに分類するなら「ちょっと残念」と思ってしまったメニューを紹介します。

 

今回も例によって

 

写真

メニュー名

残念ポイント

 

の構成で紹介していきます。

 

肉うどん

木曜の昼はなぜかうどんで固定されている。この日は肉うどんとのことだったが…なんと、まさかの豚肉。

普通肉うどんの肉といえば牛肉のイメージなんだけどな。

 

これが出てくる日、何故かリハビリセンターの中の人と「今日の肉うどんの肉が牛か豚か賭けませんか?」と持ちかけて苦笑いされた🌝

 

きつねうどん

私のイメージではお揚げは半分に切ったやつそのものが乗っかってる物という認識だったが、ご丁寧に刻んである。

そのせいで、お揚げの味が全くわからなくなってしまっていた…なぜ、こんなことをしてしまったのだろうか?

 

焼餃子

冷凍かチルドと思われる出来合い品。別に皮から作れとまでは言わない…でも、焦げ目が付いてるのに全然パリッと感がないのはどうしてなのか小一時間問い詰めたい。あと、ニンニク抜いてあった。

ちなみに私は蒸し餃子派だったりする。

 

ミネストローネ風スープ

週1くらいで朝にパンが出るが…食パンしかない、しかもトーストしてないやつ。

しかし、ミネストローネ風ではなくトマト缶入れて普通のミネストローネで良かったのでは?あと、グラタンみたいなマカロニじゃなくてコンキリエとかルオーテの方がスープ向きだと思う…そこまで入手が難しいものでもないし。

 

ショートパスタの種類と名称

 

あと、これは完全に個人的な好みだけど…トーストできないなら食パンはじゃなくて機内食みたいな丸いパンにでもしてほしい、もしくはパリパリのちゃんとしたクロワッサンで。

 

ささみフライとコロッケ

コロッケはよくあるコロッケ…しかし、ささみフライお前はダメだ。

食感が家で作るささみフライとは全く違ってフニャフニャしていて気持ち悪い。おそらくささみを潰してささみの形に形成し直していると思われる。

 

コロッケと目玉焼き

この目玉焼き「偽物」です、本物の目玉焼きではありません…主原料は一応「鶏卵」らしいんですが、本物の目玉焼きとは味も食感も全くの別物(とあるパン屋で惣菜パンに使用しているところがありますが、そこはちゃんと商品説明に「目玉焼き風オムレツ」を使用と記載している)。

目玉焼きくらいちゃんと作って欲しかった…いや、作れ。

 

天ぷら

鶏肉、カニカマ、いんげんという非常に微妙な3種…私は海老が食べられないのでさつまいも、舞茸、イカの3種類にして欲しかった。

ちなみに海老天は病院側からオファーがあれば500円くらい課金すると食べられるらしいけど、天つゆじゃなくて「カレー塩」しかついてこない模様。

 

肉豆腐

例によって牛肉じゃなくて豚肉…ここのメニュー考えてる人はヒンドゥー教なのかな?と思わず疑ってしまった(特定の宗教思想はないと言われた)。

 

青椒肉絲のようなもの(メニュー名失念)

あくまでも「のようなもの」なので、青椒肉絲ではない…豚肉、ニンニクの芽、もやしを青椒肉絲みたいな味付けで炒めた一品

青椒肉絲の肉が豚か牛かは店によって異なるが、中華料理店で「青椒肉絲(チンジャオロース)」と記載している店は意外と少ない。

 

スパゲティーミートソース

パスタが時間が経ったせいなのか?フニャっとしていた…ゆで時間少し短くても良かったのでは?あと、ソース手作りっぽいけどもう少し汁気が欲しかった。

 

チーズハンバーグ

味がどうこうというよりは…思っていたより「小さい」のが残念、下手したらお弁当のおかずみたいなサイズ感で圧倒的物足りなさを感じずにはいられない。

 

参考画像 例の病院のハンバーグ

 

とこれくらいですかね…?撮りためたご飯の写真シリーズはあと1本くらい書いたらひとまず終了となります。

 

永山の例の病院で1度だけ出てきたバナナに負の感情を動かされたけど、今回は複数回バナナを出されても特に負の感情は動かされませんでした…あと、バナナを半分しか出さないのは別に永山に限ったことじゃないんですね。

私、自慢ではないがインフルエンザの予防接種を人生で一度も打ったことがない…でも、インフルエンザにかかったことも一度もない。

 

私の頃はまだ小学校で集団接種やってましたが、すでに「任意接種」だったので…やらなくていいとのことでずっとスルーでした。

 

もう少し上の世代だと強制接種だったみたい。

 

そして、もうすぐ自費接種になる「あのワクチン」も当然?未接種で終わりそうです。

 

実は優先接種の対象に入っていて接種券は早々に届いていましたが…どうもする気になれず。

 

元々ワクチン懐疑派なところがあるのでね、パピヨンさんも高齢になってからは病院公認の未接種ですし。

 

台湾行った時に麻疹の混合は1度打ったけど(念のため)、例のワクチンについてはテレビで副作用が酷く出た人のニュースを観て定期的に通ってる病院でも相談したところ

 

「化粧品が肌にあわないことがあったならやらない方がいい」

 

とのアドバイスを受けて、やらないことにした。

 

私は未接種を貫き通したけど、当時仲良かった人たちはみんな打ってたな…ひどい副作用は出なかったみたいだけど、それでもやっぱり打つ気にはなれなかった。

 

今更ながら、実は2年前の夏頃に感染してしまった事がある…未接種だと症状が酷くなるとか言われていたけど、私の場合熱は38℃くらいまで出たけど一晩で下がってしまった。

 

あとは喉が3日位痛いくらいだったかな?後遺症も特になし…でも、会社は咳が少し出てるってだけで2週間の出勤停止を食らった。

 

ワクチン接種の有無というより、元々の体力とか免疫力の差が大きいのかも知れない(定期的な運動習慣もあったし)。

 

言われたとおりにワクチン接種した周囲の人たちも数人感染したけど、たぶん私よりちょっと重かったみたい。

 

ただ、私の場合喘息とか持ってるので感染したのが判明した直後は色々なところから電話がかかってきてその対応が大変でした。

 

自宅の状況なども聞かれ、パピヨンさんがいると話したところ

 

「ペット同伴者向けの宿泊施設もありますけど…遠いし部屋が狭いので、自宅の方がいいかもしれないですね。行きは迎えに上がりますが帰りは自力で電車になるので」

 

とのことで結局自宅療養になりました。

 

あとから聞いた話ですが、このペット同伴者向けの宿泊施設…行政区分上は「品川区」らしいのですが、いわゆる都心エリアではなく「お台場エリア」にあったそうで、もしこっちに行っていたら帰って来るのが相当大変だったと思われます。

 

パピヨンさん連れて都心方面は吉祥寺までしか行ったことがないので(このあたりのブリーダーさんから迎えた)。

 

その後、食料配給をお願いしたら届けてくれたのは良いけど…玄関前を完全に塞がれて物理的に閉じ込められたりと踏んだり蹴ったりでした。

 

病院行った時も屋外の特設会場みたいな場所に案内され、建物内には絶対に入るな!!と釘をさされ…初めて行った病院なのに診察券も作ってもらえず、渡された薬の袋にも自分の名前を書いてもらえずじまいで、検査は鼻の穴に棒を限界まで突っ込むスタイル(口からやったという話を聞いていたのでまさか鼻だと思わなかった)。

 

この鼻から限界まで突っ込むスタイルは、今も通ってる例の病院でも入院前にやられました(しかも検査する人をズラッと整列させられて晒し者みたいに誘導された、人権ってなんだろう?)。

 

今回、骨折で入院した時も検査されましたが…この時は鼻からでも、限界まで突っ込むスタイルではなく途中まで入れるやり方でした。

 

ただし、インフルエンザの検査もするとのことで左右両方に突っ込まれましたが(笑)

 

このワクチン、やった人は最大何回打ったの?これからは自費接種になるみたいだけど…一体いくらになるのやら?

 

骨折で入院してた時の主治医がこのワクチン打つ”副業”してるらしいけど…今年度でもう終わりって事は、また違う副業探さなきゃだね。

 

なんか、3月で今の病院卒業するらしいので私も一緒に卒業したいわ…足のことまで永山に売り飛ばされる前に。

あまり漫画は読まないタイプなんですが…最近、これを全部読みました。

 

 

 

NHKでドラマ化されましたね…あっちから先に見たんですが、原作も気になって電子版全巻購入して読破しました。

 

ドラマの方も1クールくらいで観たかったけど、映像化するにはあまりにも重すぎる話が多すぎる…このデフォルメされた絵柄だから読めるのだと思いました、実写だと心身に影響をきたす人がかなり存在するものと思われる。

 

感想を述べると…作者のフラットな視点、出産を必要以上に美化・神聖化したり中絶する人やした人を否定したり責めることもなくそれぞれの選択を否定も肯定もしないというのは結構難しいことなんだけど、それが一貫していた。

 

そういうフラットな視点の中に全ての選択をありのままに受け止める作者の優しさを感じる事が多々あった。

 

自分が見聞きしたことや体験したことをただ、淡々と描かれているので読み手側も自分の想像や考え方を巡らせることが出来る余白が充分に取られていて、性別や子供の有無に関係なく色々な立場の人が読める作品だと思ったと同時に、立場が違うとまた違った感想を持つのかな?と思いました。

 

最終巻で作者自身が子供を持たなかった理由が書かれていましたが、なんとなく作者が感じた事と重なるところがある。

 

私も子供の頃から子供が嫌いだったし、なんとなく将来子供を産んで…といった姿は全く想像できなかった。

 

そして、高校1年の時に部活の顧問だった先生が死産(もしくは出生直後に亡くなった?)を経験したり、授業で出産ビデオを見せられたことや性感染症や中期中絶の話をや児童虐待の話やそういう話題を扱ったテレビ番組を録画したやつを見せられたりした結果…私も心のどこかで

 

「こんなん、自分には絶対ムリだ…到底出来るとは思えない」

 

と思うようになっていた…部活の顧問だった先生は元々主に2年生の担当だったが、担任から「Tomokoさんは関わりがあるから」という理由で教えられた「〇〇先生、赤ちゃんダメだったの…」と言われた時は正直どう反応していいか分からなかったし、本人に対しても何も言えなかったような…いや、この事についてはなんとなく触れてはいけないと思った。

 

その他の事は2年になってからだったけど、この時の先生も出産を必要以上に美化することもなくかと言って中絶を否定することもなく、虐待に関しては「自分だったらどう思うか?」などの感想を書かせる事があったくらいだ。

 

こういう影響を受けてか?今も個人的には中絶は特に悪いこととは思わず、むしろ自分で選んだことなら”女性の権利”じゃね?と思うほどで初期なら本人の希望だけで出来るようにするべし…と思うし、経口薬の適用になる時期ならもっと費用を抑えるべきだと思ってるくらい(必要以上に罪悪感を抱かせたり、わざと痛めつけるような処置をする病院が理解できない)。

 

虐待に関してはこの時、私は何を書いたかは結構覚えていて

 

「虐待は誰しもが加害者になる可能性がある。加害者を責めるだけでなく、加害が起こらないようにするべきであって、そのためには親子がある程度”離れられるような環境”を整備していく事や加害者(と予備軍)へのケアをする必要があるのでは?」

 

と書いたような気がする…これを書いた当時は確か90年代後半、あれから数十年経つが個人的にはこういう環境は全く整備されていないように感じる。

 

幸い、私は周囲の人間から「産めハラ」をされた事はないのだが…何故か20代前半の頃は婦人科の医者に「将来的には1人くらいは~」と散々言われることが度々あったので

 

「私は痛いのが嫌なんです…だから、無意識下で全く痛みを感じないように取り出してくれるなら前向きに検討します」

 

と、返したら…それ以降は何も言わなくなった(現在の医療技術では無意識下での出産は不可能)。

 

確か「無痛分娩は全く痛くないわけじゃない」と教えてくれたのはこの人だったかもしれない。

 

その後、パートナーと暮らすようになっても子供が欲しいとは微塵も思うこと無く、むしろ

 

「今住んでる場所では公立の学校には絶対通わせたくない、下手したら幼稚園も越境入園か受験をさせないとダメかも?(うちの地域は幼稚園より保育園の方が圧倒的に多い)」

とか

「仮に子供が産まれたとして、同性だったら受け入れられるかもしれないけど異性だったら嫌だな…」

とか

「万が一、障害児だったら絶対に受け入れられない(軽度のADHDくらいだったらなんとかなりそうな気がするけど…それ以外は絶対無理)、親権の放棄を本気で考える」

 

「そもそも、日本で良しとされる育児法が自分の性格や生活スタイルに合わないんだよな」

 

などのネガティブなことが頭をグルグルとまわった…そして、何よりも懸念事項だったのは

 

「…なんとなく、自分は性格的に虐待加害者とか毒親になりそうな気がする」

 

と思うことが度々あった。

 

要は「負えるかどうかわからない責任なら、はじめから負わないほうが良い」と思っていた。

 

産んでみたらやっぱり無理だった…が不可能だからこそ、真剣に考えた結果が選択的子無しというわけだ。

 

だから、そのためにも避妊だけはかなり徹底的にしていた…出来るなら避妊手術を受けたかったのだが、現行では女性の場合はすでに子供が数人いないと受けられないとのことで諦めざるおえなかった。

 

その代わり、30代の終わりまでピルをずっと飲み続けていたし、ピルが飲めなくなってからは妊娠するような行為は一切していない。

 

ニュースとか観ていると、今の日本では万が一望まない妊娠をしてしまった場合…ほぼ誰も助けてくれないと感じる。

 

本来なら助けなければいけない立場の人たちが余計当事者を追い詰めているようにさえ思う。

 

40歳をちょっと超えた今、私は選択的子無しを貫いたことに対して全く後悔はしていない