過去記事において「私は重度のロマンス依存」であるという事を書いた事がある。
今日も毎週恒例の月曜通院に行ってきた、今日の記録は記事にしようか迷っていたけどこれも記録として残しておかなければいけないと思った。
いつもの白衣クマだけでなく、これ も持って行った…最近また、〇〇先生の事を思い出してしまう事が多かった。
やはりどこかに心残りがあるのだろうか?実はこの話については聞かれても否認したり、はぐらかしていたけど、本当の事を話さないといけないような気がしたのだ。
今日は○○先生の話をしてきた、当時の私は彼に対して恋愛感情を持っていたことを全て話してきた。
今でも関係が続いていたら、おそらく私は今でもシングルだったと思う。
でも、今のパートナーと違って○○先生は私の苦手な事を手伝ってくれないし、それ以前にものすごい近くにいる人なのに「手の届かない相手」という状況は私にとって本当に幸せな事なのだろうか?
私は昔から「自分の知らない世界に住んでいる人」との恋愛や結婚を望んでいたのだ、日常の延長線上の出会いではなく、ドラマのような非日常の出会いをしたかった…という願望が強かった、それに加えて、常にこころのどこかで「ありのままの自分」を受け入れてくれる人を求めていた。
彼はまさに私の求めていたものと合致していた…非日常の出会い方、ありのままの自分を受け入れてくれたこと、私が一番辛かった時も常にそばにいてくれた唯一の人でもあった。
いつしか私は「特別な感情」を持つようになったし、それを自覚していた。
そして、非常に強い葛藤が自分の中で起こっていた事も自覚していた。
自分が想う相手は、そういう関係になる事が「タブー」とされている相手だという事は理解していた。
私は自分の気持ちにどう対処していいのかわからなかった…この気持ちを相手にぶつけたところで私の望むような結果にはならない事はわかりきっていたし(わずかな可能性にかけていたけど)、もしかしたら「私が恐れていたあの人」に筒抜けになってしまうのでは?という疑問もあった。
それと同時に、自分はなんだか「とても悪い事」をしているような気分になってしまった…それがきっかけで私は自分から相手に対して好意を抱くことはほとんどなくなった…その反面、自分に対して好意を持ってくれる人には相手をするようになっていた。
私は、いわゆる「普通の人」には好意が持てないのだ…手の届かない相手だったり、好意を抱いてはいけない相手だったり、そもそも「普通の恋愛」というもの自体に興味が持てなくなっていたのだ。
それでも私は〇〇先生のような人が理想だったし、そのような人を求め続けていたけどどこかで「そんな人はいないのだ」という諦めもあった。
それでも「ありのままの自分」を受け入れてくれる人はどこかにいると信じていた、どこかに「自分のこころを埋めてくれる人」という存在を探していた。
実のところ、今のパートナーと一緒に暮らし始めてから数年は自分の思い描いていた理想と現実のギャップが大きすぎてうつ状態になってしまったり、自分の特性を受け入れてもらえずにたびたび衝突していた。
数日~1ヶ月程度におよぶ別居も何度もしているし、一時は本気で離婚することも考えていた時期もあった。
でも、一緒に病院に来てもらったり今年の3月に自分の状態について正しい診断が付いた事で、私の特性について彼は彼なりに理解して受け入れようとしてくれていると感じるようになったのはつい最近の事…最近は私の特性に配慮してくれることが多くなり、つい低くなりがちな自己評価に対しても「それも私の個性だと思うよ」と言ってくれるようになった。
私も私で、パートナーの病気に対して自分も似たような経験をしていることもあり、どう接したらいいのかはある程度心得ているつもりだと思う。
つまり、私たちの今の関係は「持ちつ持たれつの関係」という事になる。
前にとあるイベントで他の参加者から「Tomokoさんの話を聞いてるとパートナーと常に対等でとても良好な関係を築けている雰囲気が伝わってくる」と言われた事がある。
自分ではそういう自覚は全くないのだけれど、傍から見るとそういう風に感じるそうだ。
話を戻して、パートナーは〇〇先生の事を知ってるの?と聞かれたので、昔一番辛い時に支えになってくれた人であるとは話していると言った。
「ヤキモチ焼かない?」って言われたけど、相手は色んな意味で大人だし…昔の話だからと言っておきました。
○○先生との別れが無かったら、パートナーとの出会いも今の生活はなかったのは確かだと思います。
