学校給食の「デメリット」について、ちゃんと考えてみようか | 今日も、犬とベッドシェア

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最近、こんなニュースが話題になっている。
 
ここでふりかけ持参の是非について書いてももう何番煎じなので…あまり語られない「学校給食のデメリット」について書いてみようと思う。
 
ちなみに私は義務教育になってから筋金入りの「アンチ給食派」なのでその辺はご了承いただきたい。
 
デメリットその1 「食べる時間がほとんど無い」
これ、最近になって結構言われてますね。
準備と片付けに時間がかかってしまい、食べる時間が必然的に短くなってしまう問題…ちょっと前にニュースになったうずらの卵が喉に詰まった事故もこの「食べる時間が異様に短い」事が原因だと当事者である小学生からも指摘されている。
仮にお弁当や食堂方式だったら準備や片づけの時間は大幅に短縮出来そうなので、食べる時間がほとんど無い問題は解消できそうだけど。
 
デメリットその2 「マズ飯率が高すぎる」
これは学校や自治体によって格差があるんだろうけど…いわゆる「センター方式」という、どっかの工場みたいなところで大量に作って小分けにして配送するという方式だとマズ飯率は格段に高くなる。
しかも最近はわざわざこの方式に切り替える自治体も存在する…先日の入院を経験して「マズい食事は人権侵害」だと強く思った、数年にわたってマズ飯食わされるとか完全な人権侵害だから。
ちなみに私がアンチ給食派になったのも、このセンター方式という名の餌工場が原因である。
 
デメリットその3 「精神疾患や不登校の原因になることがある」
「会食恐怖症」って聞いたことありますか?不安障害の一種なんですが、これの主な発症原因が学校給食とも言われている。
今では無いと思いたいが「教師が完食の強要」とか、私の頃はなかったかな?でも、牛乳飲まないのを詰められたとこがあったような…要は給食がトラウマになってしまうことがある。
あと、給食が理由で不登校になるというのもある。
 
デメリットその4 「食の安全がブラックボックス」
ただでさえどこで誰が作っているかわからないセンター方式、最近はこれを外部委託する動きもある…まだ自治体主導なら使用する食材等に一定の基準を設けることも可能だろうけど、これが業者任せになるとこのあたりが蔑ろにされる可能性は充分有り得る…給食の異物混入ニュースも結構聞きますよね?それにセンター方式だと食中毒が起こった時の被害も大きくなりやすい(食べる人数が多いから)。
あと、病院ご飯ですら加工品と思われるものが多用されてうんざりした、これは学校給食でも変わらないと思う。
 
デメリットその5 「精神的に満たされない食事はただのエサ」
病院マズ飯記事でも書いたけど、学校給食も「作る人の問題」「全体の組み合わせの悪さ」は病院ご飯以上に顕著だと思う。
こんな本出版されてる時点でおかしいんだよ…
この本に対して批判してる現場の人多いみたいだけど、自分たちの作ってる物がまともじゃないという自覚はどうやら無いようで…私は悲しいわ。
 
でも、学校給食ってこの本が出るはるか昔から「変なメニュー」ありましたよね?私は実物拝んだ事ありませんが「オレンジジュースで炊いたご飯」とかとりあえず米農家とオレンジ農家に謝ろうか…と言いたくなるレベルのものが沢山ある。
 
学校給食の場合は「なんでこれにこんな物入れた!?」ってパターンが多い気がします。
 
あとこれは私だけだろうか?おかずとかが大きい箱だとかバケツみたいな容器に入れられている時点で「もはや食事じゃなくてエサ」って思っちゃうんだ…病院ご飯はどんなにマズ飯でもちゃんとそこそこ綺麗に盛り付けられた状態で来るけど、給食はそれ以前の問題だ。
 
業務用の寸胴鍋ならちゃんとした料理って認識が出来るけど、バケツって…それを子供が盛り付けるもんだから当然見た目は保証されない。
 
ここまでくると私の食に対するこだわりみたいに感じる人もいるだろうけど、同じように思ってる人もいるんじゃないの?
 
仕出し弁当みたいに1人分づつきちんと盛り付けてあれば、食べる時間がほとんど無い問題の解決にもつながりそうだけど。
 
デメリットその6 「これって、食の同調圧力じゃね?」
アレルギーとか食習慣の多様化とか色々言われているのに、どうして「全員で同じものを食べる事」に頑なにこだわるのか?いや、全員で同じものを食べることに固執するから諸般の事情や本人の習慣で違うものを食べる人(宗教上理由がある人とかとかヴィーガンとか)を異様に叩くのか…はじめからみんなが違うもの食べていたら「あぁ、あなたのお昼はそういうメニューなのね」くらいの反応で済みそうな気がするんだけど。
人それぞれ好きなもの・嫌いなもの、食べるもの・食べられないものってのは色々ある訳で…特に子供の頃なんて食べられないものがあっても、だいたい大人になれば食べられるようになるし(経験者談)無理に強要する必要がわからない。
 
それを、やれ完食指導だの食育だのと食べることを強要するとデメリットその3みたいな事やそこまでいかなくても食事という行為にマイナスなイメージを植え付ける事になると思うし、そもそも無理強いすること自体がハラスメントで人権侵害だから。
 
どうしても学校で食育やりたいなら「食生活と栄養バランスに関する授業」でもやって、そこで「何をどう食べたら良いのか?」ってことを本人達に選ばせた方がよっぽど有意義だし、主体性を持って考えられるよね。
 
 
私からの提言…いっそ、原点に帰ってみては?
 
そもそも学校給食ってのは明治時代、貧困の欠食児童に対する施しとして始まったのが起源と言われている。
2024年になったいまでも貧困児童が存在していて、そういう子供は給食が唯一の食事というケースも少なくないようで。
その一方、払えるのに払わないという給食費不払い問題も存在する。
これは少ないと思うけど、信条的な理由で「食べたくない、食べさせたくない」という人たちも一定数存在する。
以前なら「もう、給食全面廃止でいいよ」の一言で済ませていたけど、子供の貧困の問題とかをスルー出来るほど冷酷な人間ではないので給食制度はそのまま残して「選択制」にする。
食べる場合もその選択肢を「メニュー全部」「主食(ご飯・パン)だけ」「おかずだけ」と選択肢を設け、牛乳も「あり・なし」を選べるようにすれば食品ロスも減りそうな気がする。
 
病院のご飯ですら「牛乳は無しで」って選べるのに、なぜ給食は強制なのか?今は植物性ミルクも種類が増え日本でも着実に「牛乳は飲まない」という選択をする人も増えている…私は元々牛乳は飲まないけど、料理でも牛乳の使用をやめてスタバ行った時はミルク変更可の物を頼む時はだいたいアーモンドミルクに変更している。
 
牛乳有害説とか給食利権とかはいったん横に置いておいて…数年前から「牛乳が余っちゃう~!!」ってニュースが目立つようになってきたけど、そんなに牛乳が余るならバターとかそれこそ本物のチーズとかに加工して売ってくれれば私はわざわざ輸入チーズを求めて成城石井とかに行かずに済むんですが。
 
と、ちょっと話が逸れてしまいましたが…今改めて学校給食の意味や必要性をデメリットもきちんと含めて考えて行くことが必要なのでは?と思います。
 
最近、私の住んでいる自治体でも「学校給食の無償化」が決定しましたが…センター方式化に加えてさらなる質の低下に繋がらなきゃいいんだけど。