カウンセリングサービスの池尾千里です。
いつもありがとうございます。
こどもが生まれ、
年中無休で奮闘する
子育て中のみなさんへ
日常に使える心理学を盛り込みつつ、
『子育て応援ブログ~ほのぼの~』
書かせていただいております。
本日もおつきあいいただけたらと思います。
どうぞよろしくお願いします。
女の子と男の子。
もちろん、姉妹であっても、それぞれのちがいがあるものですが、女の子と男の子では、やはりずいぶんと違いがあるようです。
男の子
女の子
という、子どもの持つ性別のちがいによる、育てやすさ、育てにくさというものも、もちろんあるかと思います。
一般的な話ですから、うちは違うなぁということもあるかもしれませんが、男の子は、とてもエネルギッシュ。体力がありますから、よく動くし、勢いがあって、乱暴だと感じるようなところもあります。
私の娘は、車のベビーシートに乗せると、しばらくは泣いていても、やがて(疲れたか、諦めてなのかは、わかりませんが)眠ってしまっていましたが、息子は、車を停めて抱っこするまで、ずーっと泣いていました。
実家は、自宅から車で1時間。
途中休憩入れても、結局ずっと泣かれて、悩むを通り越して、「す、すごい体力だ」と感心していた時期があります。
息子泣き止まない一件は、首も腰もしっかりしてきた頃、寝かせていたベビーシートを起こして、ママやお姉ちゃんが見えるようになったら、ケロッと直りました。
体力でもこんなふうに、男女の差があるのは、わかりやすい要素です。
そして、さらにもう一つ、母親である私たちが、「女性」であるということが、男女の子育てに影響を与えている部分があるようだというお話が、今回のテーマです。
お付き合いいただければと思います。
* * *
タイトルにもあるように、「長女」に対していろんな思いが出てくるというのは、カウンセリングでも、本当によく耳にするものです。
カウンセリングの場では、母親の立場で悩んでいらっしゃる方のお話も伺いますし、娘の立場で、母親との関係で悩んでいらっしゃる方のお話も伺います。
きょうだいの中で、自分に向く厳しさがとても辛いという長女の立場のお話も、厳しくしてしまう母親側の、自分を責める苦しみのお話も、いったいなぜこんなことが起こってしまうのか、見ていきましょう。
「女同士」という母と娘
幼い子どもに対して、母親と同等の「女同士」という言葉を使うのは、相応しくないと感じられるかもしれませんね。
それでも、男の子に対しては、あまり感じないことを、女の子に対しては、感じることがあるということがあるようなのです。
男の子のやることは、エネルギッシュで、想定外のことが多いもの。
ところが、女の子のやることは、母親にとっては、だいたい予想がつく上、ほぼほぼ想定内でおさまることが多いものです。
ここには、こんな心理的な動きがあるといえるでしょう。
「子どもの頃の私だったら、こうしたな。」
「子どもの頃の私だったら、ああするかな。」
母親は、娘に対して、非常に自分を重ねやすいのですね。
しかも、大人になった自分ではなく、子どもの頃の自分を見るのです。
これを、心理学では「投影」というのですが、娘に映すのは、あくまでも「自分」なので、本来の娘を、ちゃんと見れなくなってしまうことがあります。
自分の子どもですから、「分身」のような感覚がもともとある上に、さらに自分の「投影」をすると、自分と娘の区別が曖昧になり、まるでどこかくっついているような感覚になります。
自分は、娘で、娘が、自分。
そんな感じでしょうか。
子どもに過去の自分を映す
私たちは、自分に対しては、とても厳しくしているものです。
自分以外の人には言わないようなことを、自分にきつく言っていたり、非難したり、痛めつけたり。
自分と娘の区別が曖昧になると、本来、自分にしか向けない、このような厳しい態度を、自分にやるように、娘に向けてしまうということが起きたりします。
自分の思うように、娘が動いているうちはいいけれど、思うようにならない時、「私だったら、こうするのに」「こうするべき」と娘の行動を修正したくなるのです。そして、どこか安心するのです。
それは、「良い子」であるべきだという、子どもの頃に誰もが持つ「観念」が顔を出すせいです。
私たちは、子どもの頃から、それはそれはたくさんの「こうあるべき」を守ろうとしてきたはずです。
上手くできたこともあれば、できなかったこともあったはずです。
でも、自分を映している子どもに対して、自分ができなかったことも、ついやらせようとすることがあります。
成績や習い事の出来などに、極端にこだわってしまう時などは、そこに自分のコンプレックスがあったり、逆に、自分はものすごく努力して出来るようになったのだから、必ず出来るはずだと過度な期待をかけてしまうこともあります。
子どもの可能性は、本当に無限大ですから、ちゃんと頑張らせるという経験、出来るようになるという経験をさせることは、とても大切なことです。
でも、自分自身の過去にあった、失敗感や、劣等感から、駆り立てられるような焦りがある時、子どものためなのか、自分のためなのか、ひと呼吸おいてみる時かもしれません。
親の余裕のなさとの関係
女の子は、精神的に自立していくのが早いので、小さいうちから話がわかるとも言えるでしょう。
きょうだいがいて、上の子が女の子の時は、特に顕著に聞き分けの良い子になったりします。
手がかからない子が多いのではないでしょうか。
すると、母親は、長女というポジションにいる娘を、頼りにできます。
ちょっと手伝ってもらえるかな。
ちょっと下の子の面倒みてくれるかな。
ちょっと留守番してくれるかな。
それは、だんだん強まっていくことがあります。
母親の「余裕のなさ」と比例するのですね。
また、子どもが、良い子になって母親を助けようとするのとは逆に、「問題児」になることで、家族全体をまとめようとするケースもあります。(多くは、下の子がやることの多いやり方です)
母親が、子どもに対して、愚痴をたくさんこぼすようになったり、イライラして当たったり、突き放したと思ったら、べったり依存したり・・
無意識に、娘で、精神的なバランスを得ようとしてしまうのです。
「助け」が必要かもしれない
本来、大人の母親が頼るのに適しているのは、夫であったり、親の親であったり、友人であったり、「大人」のはずです。
でも、それがうまくいかないから、一番近くにいて、つながりの切れない子どもに頼ってしまうのですね。唯一の信頼できる存在だと、感じているからです。
「助け」が必要かもしれません。
余裕のない時には、「良い母親になろう」としてもうまくいきません。でも、ずいぶん長いこと、がんばってこられたはずです。
そしていつでも、良い母でありたいと切に願っていたはずです。
願えば願うほど、実際の自分とは、ギャップがありますから、とても苦しいのですね。
母親は、子育てをするのが当たり前。
家のことをするのも、考えるのも、当たり前。
そんなふうに、周りも、そしてなにより、母親自身が、そう思い込んでいるものです。
でも、「当たり前」なんかじゃありません。
ひとりで頑張るって、とっても大変なことなんです。難しいと思うことがあったり、出来ないことがあっても、全然おかしくないんです。
「サポートしてもらう」そんな視点を、取り入れる時のようです。
そのやり方が、ここを抜けていくために役に立ちます。
最初は、誰か、信頼できる人にお話するだけでも。
長女に厳しくなっている時は、自分に厳しいのです。一生懸命だったんですよね。
背負っているたくさんの、当たり前にしてきた責任を、下ろしてみる時間を作ってみませんか。
母の余裕を作ることが、もれなく子どものためにもなるのですから。
お役に立てればうれしいです。
池尾千里
次週7/26(金)は、三枝みきカウンセラーがお送りします。
どうぞ、お楽しみに。
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