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時折頂くお客様から見た僕(ら)をご紹介します。
実際にお話しする前に、お会いする前に、だいたいどんな風に見えるかが分かればより安心できるかな?と思って始めたこの企画。
たくさんの方から頂いて嬉しい限りです。
頂いた原文をできるだけそのまま掲載しています。
*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*表現とコミュニケーションについて、根本さんの場合は言葉や態度で強烈に印象に残るカウンセリング、というよりどの部分が効果的だったのか明確でなくとも、後々に渡って効果が持続して、あぁ癒された・・・という印象がやはり強いです。変な例えだけど、カンフル剤や点滴でなく漢方薬に近いような。それは、根本さんがすべての言葉を大切に扱ってるから「ここ!ここを伝えたいんだよ!」という強調でなく洗練された穏やかな全体の調和を感じる、というのもあります。これも妙な例えながら、感動や刺激を求めて行くコンサートやイベントより、過ごしやすいホテルやカフェ、疲れを取るための温泉に行く感覚が近いです。表現家の場合、限られた枠内の一つの作品で印象付けることを求められるので、技術としてインパクトは重要なんですがカウンセラーさんは逆にクライアントさんの表現を、引き出したり汲み取ることが大事なんですね。なるほど、そのための雰囲気作りかぁ・・・。私は根本さんの、クオリティの高いプロフェッショナル意識とこだわりの美学に、感動すら覚えます。サポーターに徹することで、決して人を圧しないリーダーシップとか全然気遣ってるように見せない、実に奥の深い気遣いとか(笑)初カウンセリングやワークは「種まき」、コラムなどは「水やり」後々のカウンセリングやワークは「栄養剤や剪定」のように長期的な視野が、アフターケアの心地良さを感じるんです。和歌山県、Mさん*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*こんばんは。いつも、自分のことばかりなので、今日は根本さんの印象を・・・ふふふとても、素敵な人。キュートな人だと思います。人の心をくすぐることがとても上手で、私はいつもくすぐったくなります。いたずらしてみたり、真面目になってみたり・・・子供になってみたり、大人の男になってみたり・・・とにかく、楽しい時間がすごせます。男の人を感じる時と、女性らしさを感じる時があります。中性的とも少しちがいます。それは、すごい魅力的です。だけど、時々すごい鋭い目をしていて、ぎょっ!と固まってしまう時があります。お仕事中だからですよねぇ~~Aさん(大阪府)****コラムでも色々なお客様からの声を聞き、私も根本さんの印象を伝えたいなぁとずっと思ってたので、書かせてくださいね。(言葉を我慢してたけど、もう限界です~・笑)私は根本さんがお喋り、と聞いてもピンと来なくて(根本さんが話せないくらい私が喋りまくるから、というのもあると思いますが)私の感じるイメージは「聞き上手」。昔も今も「こんな聞き上手な人は見たことがない」と感じてます。一見「人の話を聞いてなさそうな雰囲気」もお持ちなのですが(失礼)コラムを拝見してなるほどなぁ、と思ったのが実にしっかり人の話を聞いて、観察してくれるから、だから驚くほど的確な分析ができるんだ、ということ。ずっと前、私は理加ちゃんを春のお花畑のような人、根本さんを風のような人、と感じて伝えて、そのイメージは今も変わってないです。理加ちゃんが安らぐ大地に広がる、可憐に見えて実は根をしっかり張る強さを持ち、清々しい香りの花々のイメージで包み込んでくれるのは、見た感じも話しても自然でした。私の周りの空気ごと浄化されるようです。でも何で根本さんが風なんだろう?忙しく動き回ってるのはもちろんだけど、ただ座ってるときもです。で、ふと思ったのが温度差。根本さんは見た感じ、クールで都会的な雰囲気を持ってるけど、内面は実にホットで熱い男、って感じます。その外面と内面の温度差が風を吹き起こすのじゃないかな、と。風はときに私たちの前にある問題を軽やかに吹き飛ばして、霧に包まれて見えなかった道をハッキリ見せてくれたり、また別のときは背中を暖かく押してくれたり、上昇気流に乗せてくれたり、凍りついた水面を溶かしてさざ波を起こし、やがて大きな水流の突破口を作ってくれたり。私の捉える「見た目」は違うかもしれないけれど穏やかな聞き上手から、アクティブに働き掛けてくれるところまでの流れがすごいなぁ、と感動します。とまぁ、そういう印象です^^こう、メールなど書かせていただくと、仕事が・・友達が・・彼が・・など言い訳して先延ばしするのが難しくなってくるのでホント腰をあげて、会いに行かせていただきます。では、お仕事に家庭にがんばって楽しまれてくださいね^^Iさん(和歌山県)
実際にお話しする前に、お会いする前に、だいたいどんな風に見えるかが分かればより安心できるかな?と思って始めたこの企画。
たくさんの方から頂いて嬉しい限りです。
頂いた原文をできるだけそのまま掲載しています。
*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*表現とコミュニケーションについて、根本さんの場合は言葉や態度で強烈に印象に残るカウンセリング、というよりどの部分が効果的だったのか明確でなくとも、後々に渡って効果が持続して、あぁ癒された・・・という印象がやはり強いです。変な例えだけど、カンフル剤や点滴でなく漢方薬に近いような。それは、根本さんがすべての言葉を大切に扱ってるから「ここ!ここを伝えたいんだよ!」という強調でなく洗練された穏やかな全体の調和を感じる、というのもあります。これも妙な例えながら、感動や刺激を求めて行くコンサートやイベントより、過ごしやすいホテルやカフェ、疲れを取るための温泉に行く感覚が近いです。表現家の場合、限られた枠内の一つの作品で印象付けることを求められるので、技術としてインパクトは重要なんですがカウンセラーさんは逆にクライアントさんの表現を、引き出したり汲み取ることが大事なんですね。なるほど、そのための雰囲気作りかぁ・・・。私は根本さんの、クオリティの高いプロフェッショナル意識とこだわりの美学に、感動すら覚えます。サポーターに徹することで、決して人を圧しないリーダーシップとか全然気遣ってるように見せない、実に奥の深い気遣いとか(笑)初カウンセリングやワークは「種まき」、コラムなどは「水やり」後々のカウンセリングやワークは「栄養剤や剪定」のように長期的な視野が、アフターケアの心地良さを感じるんです。和歌山県、Mさん*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*~~~*こんばんは。いつも、自分のことばかりなので、今日は根本さんの印象を・・・ふふふとても、素敵な人。キュートな人だと思います。人の心をくすぐることがとても上手で、私はいつもくすぐったくなります。いたずらしてみたり、真面目になってみたり・・・子供になってみたり、大人の男になってみたり・・・とにかく、楽しい時間がすごせます。男の人を感じる時と、女性らしさを感じる時があります。中性的とも少しちがいます。それは、すごい魅力的です。だけど、時々すごい鋭い目をしていて、ぎょっ!と固まってしまう時があります。お仕事中だからですよねぇ~~Aさん(大阪府)****コラムでも色々なお客様からの声を聞き、私も根本さんの印象を伝えたいなぁとずっと思ってたので、書かせてくださいね。(言葉を我慢してたけど、もう限界です~・笑)私は根本さんがお喋り、と聞いてもピンと来なくて(根本さんが話せないくらい私が喋りまくるから、というのもあると思いますが)私の感じるイメージは「聞き上手」。昔も今も「こんな聞き上手な人は見たことがない」と感じてます。一見「人の話を聞いてなさそうな雰囲気」もお持ちなのですが(失礼)コラムを拝見してなるほどなぁ、と思ったのが実にしっかり人の話を聞いて、観察してくれるから、だから驚くほど的確な分析ができるんだ、ということ。ずっと前、私は理加ちゃんを春のお花畑のような人、根本さんを風のような人、と感じて伝えて、そのイメージは今も変わってないです。理加ちゃんが安らぐ大地に広がる、可憐に見えて実は根をしっかり張る強さを持ち、清々しい香りの花々のイメージで包み込んでくれるのは、見た感じも話しても自然でした。私の周りの空気ごと浄化されるようです。でも何で根本さんが風なんだろう?忙しく動き回ってるのはもちろんだけど、ただ座ってるときもです。で、ふと思ったのが温度差。根本さんは見た感じ、クールで都会的な雰囲気を持ってるけど、内面は実にホットで熱い男、って感じます。その外面と内面の温度差が風を吹き起こすのじゃないかな、と。風はときに私たちの前にある問題を軽やかに吹き飛ばして、霧に包まれて見えなかった道をハッキリ見せてくれたり、また別のときは背中を暖かく押してくれたり、上昇気流に乗せてくれたり、凍りついた水面を溶かしてさざ波を起こし、やがて大きな水流の突破口を作ってくれたり。私の捉える「見た目」は違うかもしれないけれど穏やかな聞き上手から、アクティブに働き掛けてくれるところまでの流れがすごいなぁ、と感動します。とまぁ、そういう印象です^^こう、メールなど書かせていただくと、仕事が・・友達が・・彼が・・など言い訳して先延ばしするのが難しくなってくるのでホント腰をあげて、会いに行かせていただきます。では、お仕事に家庭にがんばって楽しまれてくださいね^^Iさん(和歌山県)
朝からいい天気!な日が続いています。
セミの声が聞こえてきていて、早くも夏本番を感じさせてくれました。
梅雨全然はまだまだ南にいるのにね・・・。
夏は暑くてじめじめして嫌な季節・・・と思う反面、明るくて、空気が濃くて、開放的で、それはそれで大好きな季節なのです。
遊びに行きたくなるんですよねえ・・・。
でも、強い日差しにはあまり強くなく、すぐに日焼け(というか肌が赤くなる)して、今年も早速鼻が水ぶくれみたいになってました・・・。
面倒臭いからか日焼け止めを塗り忘れることが多くて・・・。今朝も朝から自転車を飛ばしてちょっとお出かけしてきたんですけど、家に帰ると肌がじわーっと熱くなってるのを感じます。また焼けたかなあ・・・。*そういえば、修理に2,3週間かかるって言われていたパソコンが1週間で返ってきました!すっかりきれいに掃除されてまして、キーボードや画面はまるで新品のように見えます。(あ、キーボードが壊れてて取り替えてもらったので、キーボードは本当に新品なんですけどね)とても嬉しいです!修理して下さった、取次ぎしてくださった皆さん、ありがとうございました!*カウンセリングにも流れがありまして、同じような感情、テーマのお客さまが次々やって来られます。不思議なことなんですけどね。専門的に言えば「シンクロニシティ(共時性)」とか「グループマインド」ということかもしれません。夫婦の問題を扱っても、職場の人間関係でも、経営に関することでも、失恋がテーマでも、流れというのがあるんですね。もちろん、打ち合わせされてるわけでも、僕が強引にそっち方面に話を進めるわけでもありません。それに毎回カウンセリングで同じ感情ばかりを扱うわけでもなく、罪悪感だったり、絶望だったり、ハートブレイクの痛み、セクシャリティ、許し、目標設定など様々な感情やアプローチを扱います。ただ、お客さまの言葉の中に、あるいは、レクチャーの中に、そうした共通した感情が流れを作っていることが良くあるんです。先日来、「苦しいときに」とか「心の処方箋」と題したシリーズをスタートさせたのも、ちょうど産みの苦しみ(新しい自分に生まれ変わる)に入られた方が多いように感じたからなんですねー。*今年の春先は男女関係でも、対人関係でも「恐れ」に関するものが多かったような気がしていました。その頃から「うん。これは吉兆ですな。これを越えたら良いものが来るよ」って言っていたんですね。私達は本当に大きな変化を迎える時、そわそわするように無意識に怖れを感じます。もちろん、その渦中にいるときは、これが良い流れの前触れとは思えないんですけどね。その後、恐れの流れの中に「嫌悪感」が混じってくるようになりました。心理的な抵抗です。これが出てくるということは、もう変化が始まってる、無意識では何かが変わり始めた証拠なんですね。これは一種の「つわり」で、実際にうえーっと吐きそうになる方もいらっしゃいます。ね、お腹の中には新しい生命が宿ってるから、このつわりが起こるんです。すなわち、もう新しい自分に生まれ変わったってことかもしれません。このところ、またちょっと流れが変わってきているようで、そこはかとなく新しい良い流れが始める兆しを感じます。早朝、まだ明るくはなっていないけれど、東の空が明るくなる気配を感じることがあるでしょう?今の季節ならば午前4時ごろでしょうか。「明るくなる前が一番暗い」という諺もスペインあたりにあるようですが、新しい自分が古い自分と違う分だけ、この抵抗(つわり)は大きいものです。怖くても、気持ち悪くても大丈夫。どんな自分が芽生えてくるのか、今は、それを(楽しみに)見つめ続けてみましょう。
セミの声が聞こえてきていて、早くも夏本番を感じさせてくれました。
梅雨全然はまだまだ南にいるのにね・・・。
夏は暑くてじめじめして嫌な季節・・・と思う反面、明るくて、空気が濃くて、開放的で、それはそれで大好きな季節なのです。
遊びに行きたくなるんですよねえ・・・。
でも、強い日差しにはあまり強くなく、すぐに日焼け(というか肌が赤くなる)して、今年も早速鼻が水ぶくれみたいになってました・・・。
面倒臭いからか日焼け止めを塗り忘れることが多くて・・・。今朝も朝から自転車を飛ばしてちょっとお出かけしてきたんですけど、家に帰ると肌がじわーっと熱くなってるのを感じます。また焼けたかなあ・・・。*そういえば、修理に2,3週間かかるって言われていたパソコンが1週間で返ってきました!すっかりきれいに掃除されてまして、キーボードや画面はまるで新品のように見えます。(あ、キーボードが壊れてて取り替えてもらったので、キーボードは本当に新品なんですけどね)とても嬉しいです!修理して下さった、取次ぎしてくださった皆さん、ありがとうございました!*カウンセリングにも流れがありまして、同じような感情、テーマのお客さまが次々やって来られます。不思議なことなんですけどね。専門的に言えば「シンクロニシティ(共時性)」とか「グループマインド」ということかもしれません。夫婦の問題を扱っても、職場の人間関係でも、経営に関することでも、失恋がテーマでも、流れというのがあるんですね。もちろん、打ち合わせされてるわけでも、僕が強引にそっち方面に話を進めるわけでもありません。それに毎回カウンセリングで同じ感情ばかりを扱うわけでもなく、罪悪感だったり、絶望だったり、ハートブレイクの痛み、セクシャリティ、許し、目標設定など様々な感情やアプローチを扱います。ただ、お客さまの言葉の中に、あるいは、レクチャーの中に、そうした共通した感情が流れを作っていることが良くあるんです。先日来、「苦しいときに」とか「心の処方箋」と題したシリーズをスタートさせたのも、ちょうど産みの苦しみ(新しい自分に生まれ変わる)に入られた方が多いように感じたからなんですねー。*今年の春先は男女関係でも、対人関係でも「恐れ」に関するものが多かったような気がしていました。その頃から「うん。これは吉兆ですな。これを越えたら良いものが来るよ」って言っていたんですね。私達は本当に大きな変化を迎える時、そわそわするように無意識に怖れを感じます。もちろん、その渦中にいるときは、これが良い流れの前触れとは思えないんですけどね。その後、恐れの流れの中に「嫌悪感」が混じってくるようになりました。心理的な抵抗です。これが出てくるということは、もう変化が始まってる、無意識では何かが変わり始めた証拠なんですね。これは一種の「つわり」で、実際にうえーっと吐きそうになる方もいらっしゃいます。ね、お腹の中には新しい生命が宿ってるから、このつわりが起こるんです。すなわち、もう新しい自分に生まれ変わったってことかもしれません。このところ、またちょっと流れが変わってきているようで、そこはかとなく新しい良い流れが始める兆しを感じます。早朝、まだ明るくはなっていないけれど、東の空が明るくなる気配を感じることがあるでしょう?今の季節ならば午前4時ごろでしょうか。「明るくなる前が一番暗い」という諺もスペインあたりにあるようですが、新しい自分が古い自分と違う分だけ、この抵抗(つわり)は大きいものです。怖くても、気持ち悪くても大丈夫。どんな自分が芽生えてくるのか、今は、それを(楽しみに)見つめ続けてみましょう。
ちゃんと説明しようと思えば回りくどくなってしまい、
えいやっ!とやってしまうと言葉足らず。
カウンセリングというのは、コミュニケーションの場でもあるんですが、そうした葛藤というのは、いつも抱えているものです。
表現というのは大変難しいものがありまして、僕も結構言葉足らずになってしまうことって多いんです。とはいえ、こうして文字にする時には、正確性を意識しすぎて言葉に言葉を重ねてしまうことも少なくありません。ある面では分かりやすく、ある面では「げぷーっ」て感じかもしれません(笑)幸いブラインドタッチには学生時代から慣れ親しんできましたけど、だからと言って気持ちがうまく表現できるわけではありませんよね。かつては「うーん、これってどういう表現が良いんだろう?」って散々画面の前で悩んだものです。それは、まあ、未だにありますね。*言葉によるコミュニケーションの場合、リアルタイムに反応する必要がありますね。大阪人ではないですけど、大阪に身を置いている者としては、一応、「ここはボケるべきか?それとも普通に流す方が良いのか?」という判断を常に求められているような気がするものです(笑)小さいころからそうした環境に育ってる大阪人はすごいですよねー。大人しい人でも、その辺が“反射的に”身についてる人が多いですもの。うちの奥さんも、のんびりしてたり、おしとやかなイメージを振りまいてるんですけど、やはり中身は大阪人でして、言葉の言い回しや発想はとても笑えるものが多いものです。先日もちょっと実家に帰ったときに電話で、「深希は『何があったん?』って言うくらい、ちょこまかちょこまか動いててなー。でも、その頃、ママは意識不明やって、(深希にとっては)いらん人になっててんけどなー。ほんでなー・・・」という調子です。漫才師やうちの師匠のように立て板に水の如く面白おかしく話す人もいれば、うちの奥さんみたいに“はんなり”面白いことを言う人も多いんです。ちなみにうちの奥さんは「名付け名人」でして、色んなものに変な名前を付けるのが得意です。そういう人は勢いある人に押されてあんまり自覚はないんですけど、結構面白いことを言ってたり、やってたりする人は多いです。*話が逸れました。昨晩、「言葉足らず」ってタイトルを思いついてコラムを書いてたら、突然パソコンが落ちまして、「これは、今日は書くなってことなんかな」と解釈して、そそくさとベッドに入ったんです。代替機ですから、少々性能が落ちるのはいいとして、突然、画面が真っ暗になるのは・・・心臓に悪いですね・・・。せっかく名文をしたためてたのになあ・・・(←逃がした魚はでかい、という例)*再び、本題から話が逸れてました。言いたいことを表現する、というのは誰でも苦労するものかもしれません。苦手意識があると、何かを話す、書くって思うだけで頭が真っ白になってしまうでしょうし、面倒くささが勝てばむっつり黙り込んでしまうこともあるでしょう。ケンカの時、よく何も言えなくなるのは「何をどう表現すれば良いのか分からない」というときですね。心で感じてることを頭で認識して、言葉を付けて(ラベリング、ラベルを貼って)、声に乗せるわけですから、実際発声するまでには大きく2段階を経てるわけです。頭で認識できなければ、感じていても感じてないことと同じになってしまいますし、何を感じてるのかが分からないと表現しようもありません。また、感じてることが頭で分かっても、それに合致する言葉が見つからなければ、やはり表現するのは難しくなります。そのプロセスはほんと繰り返しトレーニングするしか無いのかなあ・・・とも思います。一般的に男性は「感じること」が苦手で、女性は「言葉を選ぶ」のが苦手な場合が多いようにも思います。それで男性は正論を、女性は感情論を言ってしまいやすくなるんでしょう。両方がうまく行くと自然に感情も流れていきます。でも、感情は感じてるだけ(認識してるだけ)でも、十分解放されていくようです。いや、むしろ、言葉にならない気持ちの方が重要な場合も多く、表現しようと頭を動かすよりも分からないなりに感じ続けているのが大事です。表現しようと考えてしまうと、感じる方に意識が向かなくなるものですから。*カウンセリングで初めてお話しするときに、何をどう話して良いのか分からなくなる方や感情が先立って涙が出てきたりして話せないことを気にされる方がいらっしゃるかと思います。カウンセリングって言葉だけでやり取りするものではありませんから(メールカウンセリングは別ですけど)、ただ、そこに居てくれるだけで良いんですね。特にお会いしてる場合は、言葉以外にも、表情、目線、声のトーン、姿勢、呼吸、雰囲気などあらゆるモノでコミュニケーションしてるわけですから、むしろ、言葉を封じてしまった方が落ち着く場合もありますね。それに何を聞いたか?話したか?よりも、心の状態の方が大事ですよね。どんな素晴らしいことを教えてもらったとしても、「あいつの態度、なんか気に入らない」って思ったら、その内容は覚えられないでしょう?たくさん話が出来たとしても、ずーっと緊張しっぱなしな雰囲気だったら、後味悪いと思うんですよね。地に足が着かないような感じで。逆にあまり話ができなくても、心がホッとしていたり、将来に希望が持てたとしたら、そこは良い場所になると思うんです。僕がカウンセリングの時に特に気をつけてるのが、そういう雰囲気作りです。時間が許せば、際限なく話し続ける僕ですから、その内容を全部覚えてくれ!なんて思いません。印象に残ったことだけを後から思い返してもらえたらいいんです。きっと必要なものが残るはずですし、時を得ればまたその他の内容もふっと思い出されることでしょうし。最近は「特に何もなくても、また来てもいいんでしょうか?」て聞かれることが増えました。何か居場所のような安心感を持っていただけたのかな?とホッとする瞬間です。
えいやっ!とやってしまうと言葉足らず。
カウンセリングというのは、コミュニケーションの場でもあるんですが、そうした葛藤というのは、いつも抱えているものです。
表現というのは大変難しいものがありまして、僕も結構言葉足らずになってしまうことって多いんです。とはいえ、こうして文字にする時には、正確性を意識しすぎて言葉に言葉を重ねてしまうことも少なくありません。ある面では分かりやすく、ある面では「げぷーっ」て感じかもしれません(笑)幸いブラインドタッチには学生時代から慣れ親しんできましたけど、だからと言って気持ちがうまく表現できるわけではありませんよね。かつては「うーん、これってどういう表現が良いんだろう?」って散々画面の前で悩んだものです。それは、まあ、未だにありますね。*言葉によるコミュニケーションの場合、リアルタイムに反応する必要がありますね。大阪人ではないですけど、大阪に身を置いている者としては、一応、「ここはボケるべきか?それとも普通に流す方が良いのか?」という判断を常に求められているような気がするものです(笑)小さいころからそうした環境に育ってる大阪人はすごいですよねー。大人しい人でも、その辺が“反射的に”身についてる人が多いですもの。うちの奥さんも、のんびりしてたり、おしとやかなイメージを振りまいてるんですけど、やはり中身は大阪人でして、言葉の言い回しや発想はとても笑えるものが多いものです。先日もちょっと実家に帰ったときに電話で、「深希は『何があったん?』って言うくらい、ちょこまかちょこまか動いててなー。でも、その頃、ママは意識不明やって、(深希にとっては)いらん人になっててんけどなー。ほんでなー・・・」という調子です。漫才師やうちの師匠のように立て板に水の如く面白おかしく話す人もいれば、うちの奥さんみたいに“はんなり”面白いことを言う人も多いんです。ちなみにうちの奥さんは「名付け名人」でして、色んなものに変な名前を付けるのが得意です。そういう人は勢いある人に押されてあんまり自覚はないんですけど、結構面白いことを言ってたり、やってたりする人は多いです。*話が逸れました。昨晩、「言葉足らず」ってタイトルを思いついてコラムを書いてたら、突然パソコンが落ちまして、「これは、今日は書くなってことなんかな」と解釈して、そそくさとベッドに入ったんです。代替機ですから、少々性能が落ちるのはいいとして、突然、画面が真っ暗になるのは・・・心臓に悪いですね・・・。せっかく名文をしたためてたのになあ・・・(←逃がした魚はでかい、という例)*再び、本題から話が逸れてました。言いたいことを表現する、というのは誰でも苦労するものかもしれません。苦手意識があると、何かを話す、書くって思うだけで頭が真っ白になってしまうでしょうし、面倒くささが勝てばむっつり黙り込んでしまうこともあるでしょう。ケンカの時、よく何も言えなくなるのは「何をどう表現すれば良いのか分からない」というときですね。心で感じてることを頭で認識して、言葉を付けて(ラベリング、ラベルを貼って)、声に乗せるわけですから、実際発声するまでには大きく2段階を経てるわけです。頭で認識できなければ、感じていても感じてないことと同じになってしまいますし、何を感じてるのかが分からないと表現しようもありません。また、感じてることが頭で分かっても、それに合致する言葉が見つからなければ、やはり表現するのは難しくなります。そのプロセスはほんと繰り返しトレーニングするしか無いのかなあ・・・とも思います。一般的に男性は「感じること」が苦手で、女性は「言葉を選ぶ」のが苦手な場合が多いようにも思います。それで男性は正論を、女性は感情論を言ってしまいやすくなるんでしょう。両方がうまく行くと自然に感情も流れていきます。でも、感情は感じてるだけ(認識してるだけ)でも、十分解放されていくようです。いや、むしろ、言葉にならない気持ちの方が重要な場合も多く、表現しようと頭を動かすよりも分からないなりに感じ続けているのが大事です。表現しようと考えてしまうと、感じる方に意識が向かなくなるものですから。*カウンセリングで初めてお話しするときに、何をどう話して良いのか分からなくなる方や感情が先立って涙が出てきたりして話せないことを気にされる方がいらっしゃるかと思います。カウンセリングって言葉だけでやり取りするものではありませんから(メールカウンセリングは別ですけど)、ただ、そこに居てくれるだけで良いんですね。特にお会いしてる場合は、言葉以外にも、表情、目線、声のトーン、姿勢、呼吸、雰囲気などあらゆるモノでコミュニケーションしてるわけですから、むしろ、言葉を封じてしまった方が落ち着く場合もありますね。それに何を聞いたか?話したか?よりも、心の状態の方が大事ですよね。どんな素晴らしいことを教えてもらったとしても、「あいつの態度、なんか気に入らない」って思ったら、その内容は覚えられないでしょう?たくさん話が出来たとしても、ずーっと緊張しっぱなしな雰囲気だったら、後味悪いと思うんですよね。地に足が着かないような感じで。逆にあまり話ができなくても、心がホッとしていたり、将来に希望が持てたとしたら、そこは良い場所になると思うんです。僕がカウンセリングの時に特に気をつけてるのが、そういう雰囲気作りです。時間が許せば、際限なく話し続ける僕ですから、その内容を全部覚えてくれ!なんて思いません。印象に残ったことだけを後から思い返してもらえたらいいんです。きっと必要なものが残るはずですし、時を得ればまたその他の内容もふっと思い出されることでしょうし。最近は「特に何もなくても、また来てもいいんでしょうか?」て聞かれることが増えました。何か居場所のような安心感を持っていただけたのかな?とホッとする瞬間です。
うちの乳児(もうそろそろ乳児と呼べなくなるんですけど)は最近トコトコ歩くようになりまして、1歳3ヶ月にしてもう歩くのか・・・と不思議です。
知識としては知ってることなんですけど、改めて現実を前にするとちょっと信じられないような感じです。
ついこの間までは高速ハイハイしまくってたのになあ、と。
*僕のオフタイムは基本的に奥さんと子どもと過ごします。昨日も根本家としては珍しく午前中から出かけまして、お陰で夕方三人でお昼寝することができました(笑)手を繋いでトコトコ歩くわけですが、気まぐれにあっちに行ったりこっちに行ったり、道端に落ちているゴミに非常に興味をそそられたり、走り去る車を指差し確認したりして気ままに喜んでます。パパやママみたいに歩けることがとても嬉しいようで。その姿はちょうど某番組のチンパンジーのパン君のようでとてもかわいいのです。*出張生活を繰り返していると、10日とか平気で自宅を離れます。帰ってくると顔が変わっていたり、できなかったことができるようになっていたり、その成長にとてもびっくりさせられるんですね。それはとても嬉しいことだけれど、一方では寂しさもちょっとあります。今うちの子は1歳3ヶ月なんですけど、1歳3ヶ月の深希に会えるのは今だけなんですよね。確かに普通のサラリーマンと違って、寝てる顔しか見られない生活ではありません。平日(仕事日)もお風呂に入れたりご飯を食べさせたり一緒に寝たりできますから、幸せです。でも、欲を言えばもっと一緒にいられたらいいのになーと思うんですね。かわいいし、やはり、今は今しかないから。*子どもが出来たことで、今までよりも僕自身の考え方や生き方などが、だいぶ変わりました。深希から教えてもらえることはもう膨大過ぎて言葉にできないくらいで、かけがえのない人生の教科書になっています。楽しいとか面白いとか笑うとか、この1年でどれくらい増えたことでしょう。命の大切さや自分にとって本当に大事なものをいっぱい教えてくれてます。まあ、もちろん、奴にそんな気持ちはないでしょう。純粋に嫌なことは嫌で、嬉しいものは嬉しい、素直なだけです。この一瞬、今を生きることの大切さを痛感させられます。今日の奥さんに会えるのは今日だけですし、今日の自分でいられるのは今日だけです。子どもは成長が早いから時間の大切さを教えてくれるだけで、それは大人であっても同じことなんです。今を生きる、という言葉。気が付けば、最近僕がとてもよく使っている言葉です。今日しかない今日、今しかない今をできるだけベストを尽くすことがシンプルに大切なんだと思っています。もちろん、その「今」が最悪の気分の時だってあるわけです。でも、悪いなりのベストもあるでしょう。無理にテンション上げて楽しむことは要らないと思います。中野がそのときの感情をただ感じてあげる」ってことを書いてましたが、ほんとその通りですよね。今の気分、感情を見つめることだけで良いんだと思わされます。*そうした一瞬の大切さは仕事にも生かされてます。僕は面談のカウンセリングが今はメインです。その2時間の枠の中で、前回までとの違いや成長がとても敏感に感じられるようになったのも不思議です。何か違うよなあ~なんだろうなあ~表情かな?雰囲気かな?ちょっとした些細な表情、仕草、言葉遣い、醸し出す雰囲気。やはり何かが変わってるんですよね、みんな。誰でも最初に会ったときの印象って残りやすいですよね?だから、何回もお会いしていくうちにその変化がわかりやすくなります。自分では気付かないところで、色々変化しているものです。僕が「変わりましたよ、こういうところ」って言っても、ほとんどの方は「ええ、そんなことないですよー」とか「本当ですか?実感ないんですけど」って答えられます。穿った見方をされる方は、カウンセラーからのリップサービスじゃないか?なんて思う人だっているでしょうね、ふふふ。そう思われても仕方ないですけど、そういうリップサービスはしない主義です。意味ないですもん。だから、「何が変わったんだろうなあ?」ってその証拠を探すんですけどね。「で、こんな言い方しなかったよね?」とか「その表情!」とか、印を見つけようとします。まあ、それでもなかなか信じられないものです。*先日、長いお付き合いのお客様から「根本さんが昔と変わったところは・・・」なんて話になりました。「やはり“父親”ってのが大きいですかねー。ある意味では厳しく、でも、懐はまた深くなったんじゃない?許されてるって感じはすごくするようになったもん」と。ああ、確かにそうかもしれないなー、意識してないところで色々変わってることは分かるよ。そう言ってもらえると嬉しいねー。(長い付き合いになってくると人によっては敬語じゃなくて、だいぶタメ口になることも多いんです(笑))そう、僕も良い悪いは無く、ただ変化し続けてるんですね。。。
知識としては知ってることなんですけど、改めて現実を前にするとちょっと信じられないような感じです。
ついこの間までは高速ハイハイしまくってたのになあ、と。
*僕のオフタイムは基本的に奥さんと子どもと過ごします。昨日も根本家としては珍しく午前中から出かけまして、お陰で夕方三人でお昼寝することができました(笑)手を繋いでトコトコ歩くわけですが、気まぐれにあっちに行ったりこっちに行ったり、道端に落ちているゴミに非常に興味をそそられたり、走り去る車を指差し確認したりして気ままに喜んでます。パパやママみたいに歩けることがとても嬉しいようで。その姿はちょうど某番組のチンパンジーのパン君のようでとてもかわいいのです。*出張生活を繰り返していると、10日とか平気で自宅を離れます。帰ってくると顔が変わっていたり、できなかったことができるようになっていたり、その成長にとてもびっくりさせられるんですね。それはとても嬉しいことだけれど、一方では寂しさもちょっとあります。今うちの子は1歳3ヶ月なんですけど、1歳3ヶ月の深希に会えるのは今だけなんですよね。確かに普通のサラリーマンと違って、寝てる顔しか見られない生活ではありません。平日(仕事日)もお風呂に入れたりご飯を食べさせたり一緒に寝たりできますから、幸せです。でも、欲を言えばもっと一緒にいられたらいいのになーと思うんですね。かわいいし、やはり、今は今しかないから。*子どもが出来たことで、今までよりも僕自身の考え方や生き方などが、だいぶ変わりました。深希から教えてもらえることはもう膨大過ぎて言葉にできないくらいで、かけがえのない人生の教科書になっています。楽しいとか面白いとか笑うとか、この1年でどれくらい増えたことでしょう。命の大切さや自分にとって本当に大事なものをいっぱい教えてくれてます。まあ、もちろん、奴にそんな気持ちはないでしょう。純粋に嫌なことは嫌で、嬉しいものは嬉しい、素直なだけです。この一瞬、今を生きることの大切さを痛感させられます。今日の奥さんに会えるのは今日だけですし、今日の自分でいられるのは今日だけです。子どもは成長が早いから時間の大切さを教えてくれるだけで、それは大人であっても同じことなんです。今を生きる、という言葉。気が付けば、最近僕がとてもよく使っている言葉です。今日しかない今日、今しかない今をできるだけベストを尽くすことがシンプルに大切なんだと思っています。もちろん、その「今」が最悪の気分の時だってあるわけです。でも、悪いなりのベストもあるでしょう。無理にテンション上げて楽しむことは要らないと思います。中野がそのときの感情をただ感じてあげる」ってことを書いてましたが、ほんとその通りですよね。今の気分、感情を見つめることだけで良いんだと思わされます。*そうした一瞬の大切さは仕事にも生かされてます。僕は面談のカウンセリングが今はメインです。その2時間の枠の中で、前回までとの違いや成長がとても敏感に感じられるようになったのも不思議です。何か違うよなあ~なんだろうなあ~表情かな?雰囲気かな?ちょっとした些細な表情、仕草、言葉遣い、醸し出す雰囲気。やはり何かが変わってるんですよね、みんな。誰でも最初に会ったときの印象って残りやすいですよね?だから、何回もお会いしていくうちにその変化がわかりやすくなります。自分では気付かないところで、色々変化しているものです。僕が「変わりましたよ、こういうところ」って言っても、ほとんどの方は「ええ、そんなことないですよー」とか「本当ですか?実感ないんですけど」って答えられます。穿った見方をされる方は、カウンセラーからのリップサービスじゃないか?なんて思う人だっているでしょうね、ふふふ。そう思われても仕方ないですけど、そういうリップサービスはしない主義です。意味ないですもん。だから、「何が変わったんだろうなあ?」ってその証拠を探すんですけどね。「で、こんな言い方しなかったよね?」とか「その表情!」とか、印を見つけようとします。まあ、それでもなかなか信じられないものです。*先日、長いお付き合いのお客様から「根本さんが昔と変わったところは・・・」なんて話になりました。「やはり“父親”ってのが大きいですかねー。ある意味では厳しく、でも、懐はまた深くなったんじゃない?許されてるって感じはすごくするようになったもん」と。ああ、確かにそうかもしれないなー、意識してないところで色々変わってることは分かるよ。そう言ってもらえると嬉しいねー。(長い付き合いになってくると人によっては敬語じゃなくて、だいぶタメ口になることも多いんです(笑))そう、僕も良い悪いは無く、ただ変化し続けてるんですね。。。
父の日の今日はとても風が強くて、爽やかな一日でした。
日がとても長く、カウンセリングを終えた後もまだ明るい日差しの中、とことこ普通に歩く1歳3ヶ月の乳児と一緒にお茶しに行きました。
この季節に感謝したくなる一日でした。
しかし、子どもの成長は恐ろしく早いですね・・・。
* * *生きていく上では何度か得たいの知れない苦しみに見舞われるときがあります。それはまるで真冬の中であり、じめじめしたうっとおしい雨季のようでもあります。その苦しみの中では、実は何かが産まれようとしています。新しい自分自身が芽生えようとしているような感じです。真っ暗な土の中で、じっと発芽の時を待つ種子のような、そんな時もあるでしょう。周りが何も見えず、ただじっとして時を待つだけ。一日がとても長く感じて、カレンダーを見つめても一向に日が過ぎないような時期もあります。でも、その間にたくさんの力を溜め込んでいるのです。気付かないうちにたくさんの養分を蓄え、成長しても十分生きていけるくらいのパワーを得ています。苦しい中、見聞きする一つ一つが糧になり、そして新しい自分の血肉となります。それは実感を伴うものではないかもしれません。周りは暗いままで光なんて見えません。もし、仮に芽が出たとしても最初は土の中です。でも、もう少し待てば光の中に顔を出すことができます。諦めないで下さいね。時が来れば、自然と光を感じることができます。*カウンセリングやセラピーというのは、時間を短縮する効果があると思います。普通なら1年かかるところを半年で済ませたり、半年かかるものを4ヶ月で流したり。その分、濃い時間を過ごすかもしれませんが、でも、ゼロにすることが目的ではないと思います。カウンセリングやセラピーを続けていくと、心の中に封印されていた感情が滲み出てくることがあります。それは長年積み重ねてきた垢を落とすようなプロセスで、一度洗ってもなかなかきれいにならず、何度も何度も磨くことでピカピカした心を取り戻していきます。でも、実は一番怖いのはその後かもしれません。苦しみが強い分だけ、その後に生まれる新しい自分はとても魅力的で輝いています。自分が望むこと以上のものが続けて起こる好循環ループは、憧れるけど、実はとても怖いものです。自分がどうなっていくのか、分からないですから。*美しい花を咲かせ、美味しい蜜を生み出すと、かっこいいカブトムシ君や美しい蝶ばかりがやってくるわけではありません。ハエや蚊、蛾やアブラムシなど、望まない何かもやってくるものです。でも、そこで花を閉じてしまったら、きれいなアゲハ蝶も通り過ぎてしまうでしょう。種子の時代を終え、日に日に成長し、花を咲かせたときにも実はそんな落とし穴があるものです。
日がとても長く、カウンセリングを終えた後もまだ明るい日差しの中、とことこ普通に歩く1歳3ヶ月の乳児と一緒にお茶しに行きました。
この季節に感謝したくなる一日でした。
しかし、子どもの成長は恐ろしく早いですね・・・。
* * *生きていく上では何度か得たいの知れない苦しみに見舞われるときがあります。それはまるで真冬の中であり、じめじめしたうっとおしい雨季のようでもあります。その苦しみの中では、実は何かが産まれようとしています。新しい自分自身が芽生えようとしているような感じです。真っ暗な土の中で、じっと発芽の時を待つ種子のような、そんな時もあるでしょう。周りが何も見えず、ただじっとして時を待つだけ。一日がとても長く感じて、カレンダーを見つめても一向に日が過ぎないような時期もあります。でも、その間にたくさんの力を溜め込んでいるのです。気付かないうちにたくさんの養分を蓄え、成長しても十分生きていけるくらいのパワーを得ています。苦しい中、見聞きする一つ一つが糧になり、そして新しい自分の血肉となります。それは実感を伴うものではないかもしれません。周りは暗いままで光なんて見えません。もし、仮に芽が出たとしても最初は土の中です。でも、もう少し待てば光の中に顔を出すことができます。諦めないで下さいね。時が来れば、自然と光を感じることができます。*カウンセリングやセラピーというのは、時間を短縮する効果があると思います。普通なら1年かかるところを半年で済ませたり、半年かかるものを4ヶ月で流したり。その分、濃い時間を過ごすかもしれませんが、でも、ゼロにすることが目的ではないと思います。カウンセリングやセラピーを続けていくと、心の中に封印されていた感情が滲み出てくることがあります。それは長年積み重ねてきた垢を落とすようなプロセスで、一度洗ってもなかなかきれいにならず、何度も何度も磨くことでピカピカした心を取り戻していきます。でも、実は一番怖いのはその後かもしれません。苦しみが強い分だけ、その後に生まれる新しい自分はとても魅力的で輝いています。自分が望むこと以上のものが続けて起こる好循環ループは、憧れるけど、実はとても怖いものです。自分がどうなっていくのか、分からないですから。*美しい花を咲かせ、美味しい蜜を生み出すと、かっこいいカブトムシ君や美しい蝶ばかりがやってくるわけではありません。ハエや蚊、蛾やアブラムシなど、望まない何かもやってくるものです。でも、そこで花を閉じてしまったら、きれいなアゲハ蝶も通り過ぎてしまうでしょう。種子の時代を終え、日に日に成長し、花を咲かせたときにも実はそんな落とし穴があるものです。
梅雨なのに良い天気が続いています。
ただ、湿度はずいぶん高くなりましたねー。
海辺のような生暖かい風が吹いてます。
爽やか一歩手前って感じでしょうか。
* * *何もしたくないとき・・・。お客様からリクエストを頂きました。ありがとうございます。何もしたくないなあ・・・と感じるときは、裏返してみれば「何かしなくちゃいけない」と思ってることがある場合ですよね。「文書を纏めなきゃいけないんだけど、何もしたくないなあ・・・」とか「ちゃんと働かなければいけないんだけど、何もしたくないなあ・・・」とか。一言で言えば、心が疲れている状態ですね。朝起きて「さあ、今日は何して楽しもうかなあ~」と思えるようになると素晴らしいですねー。そのために、ちょっと意識を自分の心の状態に向けてあげましょう。「なんだ、そんなこと・・・」と思ってしまうのが要注意ですね。よく「心に目を向ける」とか「意識を向ける」「心を見つめる」なんて表現を僕も使いますけど、これが簡単に見えて、実に難しいんです。例えば、9時には会社に出なくちゃいけない。今時計の針は7時半。会社まで1時間10分かかるとして、もう出なくちゃ間に合わない・・・って時に、心に目を向ける余裕なんてないものです。電車に揺られる間は、睡眠不足を補うためにコクリコクリとやるか、そんな時くらいしか時間が無いからと本を読んでたり。私達は「今自分の心がどんな状態か?」よりも「今しなきゃいけないこと」に意識を奪われる毎日を送っている人が多いんじゃないでしょうか?それは仕事をしていても、専業主婦でも、フリーターでも、無職でも同じなのかもしれません。仕事をしていないから、今日は休みだからって心が休めるとは限りません。一日ゴロゴロしていれば体の疲れは取れるかもしれませんが、一方で「俺、何やってるんだろう?」「ほんとはきちんとしなきゃいけないのに」なんて自分を責めていれば、心は休まるどころかますます疲れを溜め込むことになります。心は好きなこと、楽しいもの、喜びなどのポジティブな感情を得たときに疲れが取れるようになってるようです。それは自分の心の「ツボ」を探すようなもんですね。マッサージを受けてて「ああ、そこ気持ちいい~」って感じるように、心にもその時々によって「おぉー、いいなー、これ」ってツボがあります。それを見つけておいて、疲れたときには実現してみると心の疲れがゆっくりほぐれていきます。*さて、そうは分かっていても、実際「何もしたくない」という状態になってしまったら、好きなことを見つけることも「したくない」んですよね。そういう時の処方箋「好きなものリスト」もいまだ未完成だったとしたら、手が無いように追い詰められてしまいます。(で、またついつい自分を責めてしまう悪循環に陥ります)そんな時は「しなくちゃいけないなあー」と思ってることをまずは思い浮かべてみましょう。その一つ一つを手放していきます。簡単なイメージワークとしては、その「しなくちゃいけないなあー」と思うことを、笹舟に乗せて小川に流してしまうような感覚です。ちょろちょろ流れる小川を音、映像などでイメージしながら、しなくちゃいけないことを一つ一つ手放していきます。根っ転がったままでもできます。ただ乗せて流す、これをひたすら繰り返していきます。同じことが何度も思い浮かんだら、そのたびに流してしまいましょう。「しなくちゃいけないこと」が思い浮かばなくなってもすぐには辞めないことがポイントです。その時心が少しでも軽くなってなかったとしたら、思い出せなくても何かまだ「しなくちゃいけないこと」が心や意識に潜んでる可能性があります。そうして、少しすっきりしたなあ・・・と感じたら、またしばらくの間小川の音や映像を思い浮かべたままで居て下さい。そして、今いる場を少し離れます。トイレでも、外でも、リビングでもどこでもいいですから。で、大きく深呼吸です。こうするだけでも少し心にスペースを作ってあげることができるのではないでしょうか?*何もしたくなくなっちゃった時の対処方法二つ目。とにかくその気持ちを誰かに話しましょう。友人やパートナーなどに頼ってみるチャンスでもあります。ただ、こういう話をすると「私、いつも周りの人に頼りすぎてるので」という方もいらっしゃいます。もちろん、ケースバイケースなので断定はできないんですけど、「何もしたくない」って状況は“自立的な”ものですから、きっとこういうしんどいときに誰かに頼るってことは、あまりされてない方が多いと思うんですよね。もし誰も思いつかなかったり、やっぱり友達には言えないって思ったらボランティア・カウンセリングもその一つ。「何もする気が起きないんですよ・・・」って話すだけでいいです。「“話す”ことは“放す”こと」と言われるように、誰かに話をするだけでも、「手放し」になりますよ。参考になりましたら幸いです。
ただ、湿度はずいぶん高くなりましたねー。
海辺のような生暖かい風が吹いてます。
爽やか一歩手前って感じでしょうか。
* * *何もしたくないとき・・・。お客様からリクエストを頂きました。ありがとうございます。何もしたくないなあ・・・と感じるときは、裏返してみれば「何かしなくちゃいけない」と思ってることがある場合ですよね。「文書を纏めなきゃいけないんだけど、何もしたくないなあ・・・」とか「ちゃんと働かなければいけないんだけど、何もしたくないなあ・・・」とか。一言で言えば、心が疲れている状態ですね。朝起きて「さあ、今日は何して楽しもうかなあ~」と思えるようになると素晴らしいですねー。そのために、ちょっと意識を自分の心の状態に向けてあげましょう。「なんだ、そんなこと・・・」と思ってしまうのが要注意ですね。よく「心に目を向ける」とか「意識を向ける」「心を見つめる」なんて表現を僕も使いますけど、これが簡単に見えて、実に難しいんです。例えば、9時には会社に出なくちゃいけない。今時計の針は7時半。会社まで1時間10分かかるとして、もう出なくちゃ間に合わない・・・って時に、心に目を向ける余裕なんてないものです。電車に揺られる間は、睡眠不足を補うためにコクリコクリとやるか、そんな時くらいしか時間が無いからと本を読んでたり。私達は「今自分の心がどんな状態か?」よりも「今しなきゃいけないこと」に意識を奪われる毎日を送っている人が多いんじゃないでしょうか?それは仕事をしていても、専業主婦でも、フリーターでも、無職でも同じなのかもしれません。仕事をしていないから、今日は休みだからって心が休めるとは限りません。一日ゴロゴロしていれば体の疲れは取れるかもしれませんが、一方で「俺、何やってるんだろう?」「ほんとはきちんとしなきゃいけないのに」なんて自分を責めていれば、心は休まるどころかますます疲れを溜め込むことになります。心は好きなこと、楽しいもの、喜びなどのポジティブな感情を得たときに疲れが取れるようになってるようです。それは自分の心の「ツボ」を探すようなもんですね。マッサージを受けてて「ああ、そこ気持ちいい~」って感じるように、心にもその時々によって「おぉー、いいなー、これ」ってツボがあります。それを見つけておいて、疲れたときには実現してみると心の疲れがゆっくりほぐれていきます。*さて、そうは分かっていても、実際「何もしたくない」という状態になってしまったら、好きなことを見つけることも「したくない」んですよね。そういう時の処方箋「好きなものリスト」もいまだ未完成だったとしたら、手が無いように追い詰められてしまいます。(で、またついつい自分を責めてしまう悪循環に陥ります)そんな時は「しなくちゃいけないなあー」と思ってることをまずは思い浮かべてみましょう。その一つ一つを手放していきます。簡単なイメージワークとしては、その「しなくちゃいけないなあー」と思うことを、笹舟に乗せて小川に流してしまうような感覚です。ちょろちょろ流れる小川を音、映像などでイメージしながら、しなくちゃいけないことを一つ一つ手放していきます。根っ転がったままでもできます。ただ乗せて流す、これをひたすら繰り返していきます。同じことが何度も思い浮かんだら、そのたびに流してしまいましょう。「しなくちゃいけないこと」が思い浮かばなくなってもすぐには辞めないことがポイントです。その時心が少しでも軽くなってなかったとしたら、思い出せなくても何かまだ「しなくちゃいけないこと」が心や意識に潜んでる可能性があります。そうして、少しすっきりしたなあ・・・と感じたら、またしばらくの間小川の音や映像を思い浮かべたままで居て下さい。そして、今いる場を少し離れます。トイレでも、外でも、リビングでもどこでもいいですから。で、大きく深呼吸です。こうするだけでも少し心にスペースを作ってあげることができるのではないでしょうか?*何もしたくなくなっちゃった時の対処方法二つ目。とにかくその気持ちを誰かに話しましょう。友人やパートナーなどに頼ってみるチャンスでもあります。ただ、こういう話をすると「私、いつも周りの人に頼りすぎてるので」という方もいらっしゃいます。もちろん、ケースバイケースなので断定はできないんですけど、「何もしたくない」って状況は“自立的な”ものですから、きっとこういうしんどいときに誰かに頼るってことは、あまりされてない方が多いと思うんですよね。もし誰も思いつかなかったり、やっぱり友達には言えないって思ったらボランティア・カウンセリングもその一つ。「何もする気が起きないんですよ・・・」って話すだけでいいです。「“話す”ことは“放す”こと」と言われるように、誰かに話をするだけでも、「手放し」になりますよ。参考になりましたら幸いです。
ツイてないなあ・・・と感じることってありますよね。
エレベーターのボタンを押そうとしたら、すーっと上の階に別の人を迎えに行っちゃったり、信号が赤ばっかりだったり、忘れちゃいけないことを次々忘れていたり、ゆっくり休もうと思ったら用事を思い出したり。
挙句は仕事用の大切なパソコンの調子が悪くなったり。
・・・修理に2,3週間かかるんですって・・・。
早速今夜の仕事に差し支えてます・・・(笑)
* * *なんか悪循環だなー、とか、ツキが無いなあ、とか、小殺界だなー(!?)とか感じるときはイライラしやすいですし、誰かのせいにしたくなります。しかも、蒸し暑く、仕事用の大事なデータが行方不明とあれば、うぉーっと運命を呪いたくなることもあります。・・・そう、これ全部、僕自身のことです・・・(笑)ということで、今日はセルフ・カウンセリング風にお伝えしたいと思います!*そんな風に何かちょっと歯車が狂ってるなーと感じたときは、ちょっと自分の考え方ややり方を変える時に来ている証拠です。もちろん、わざと「エレベーターよ、僕を残して上に行け!」と意識してるわけではないので、偶然といえば偶然なんですけど、そうしたちょっとしたすれ違いや狂いから自分を見つめ直すことはいくらでもできます。「エレベータが僕を置いて行っちゃったということは・・・気長に待て(余裕をもっと持て)ということかもしれないし、健康のために階段を使え!ということかもしれないなあ」なんて。言われて見れば、僕自身の心境も最近は変化し始めてますし、そういえば7月は毎年何か新しいことが始まる月だったから、その前段階だな・・・むふふふ、と思ってみたり。ただ、それだけでスッキリするわけでもなく、ゴミを捨てに行ったらやっぱりエレベータは僕を置いて行ってしまいまして(偶然にしても、こう一日に何度も繰り返されると気になりますね。嫌われてるんじゃないか?とも思えます(笑))。「何だろうなあ~何かあるんだろうな~」と気楽に受け止められるうちに、その答え(インスピレーション)を待ってるわけです。微妙なずれであればあるほど、それを修正するのは難しいですね。だから、焦らないことが大事、と。んで、何かアンテナを広げてみることが大事、と。余裕が無くなってから(大問題に発展してから)では大変なので、今の内に大上段に構えるような、両手を大きく広げておくような、そんな心構えは必要なんだな、と思います。*そう思いながらちょっとした用事を済ませていると「これはネタになるなあー」という気付きが。それで早速、このコラムを書いてるわけです(笑)昨日は「苦しいときに」だったので、今日は「ツイてないときに」とかぶらせてみるのも面白いかなあ、と。ネガティブなタイトルですけど、役立ちそうでしょう?昨日のコラムにも早速たくさんの反響をいただきまして、嬉しかったです。そうやって余裕もって対処できていると、メインのパソコンが修理中で大ピンチのはずが、何とかなりそうな気がしてくるから不思議ですね。DVDにバックアップを取っていたのに、古いパソコンでは読み込みができなくて、でも、「まあ、何とかなるかなー、何とかできるかなー」なんて余裕かませます。*いわば、エレベータが先に行っちゃうのを心の微妙なずれ、サインとして受け取るわけです。そうするとバタバタ忙しく、イライラすることもなくなっていきます。こういう時は「ツイてないなあ」ということが連続して起こるんですね。だから、どんどんイライラする方向に持っていかれそうになります。でも、そこに「だまされないぞー」って思って一つ一つの行為を丁寧にこなしていると、パソコンが修理中という危機的状況(というのは大袈裟ですけど)を楽しむことすらできるようになるようです。(だってね、今、なんか楽しい気分だから(笑))なんてかっこ付けるわけではなく、自分なりにその微妙なずれを修正中です。お風呂に入って瞑想してみたり、好きな音楽を楽しんだり、伸びをしたり、そうした気分転換なことから、僕の心のズレを修正しようとイメージワークをしてみたり、更に広い視野を持ってこれからの方向性を見つめなおしてみたり。いつも何でもうまく行くわけではなく、歯車がずれてるなーと感じることがよく起きても、ちゃんと動いているところは動いていて(カウンセリングの予約をたくさん頂いたり、嬉しい報告メールを頂いたり、パソコンショップのお兄さんが優しかったり)、温かさや喜びもきちんとあります。また、文章を書き始めると拙文でも溢れだすように言葉が紡ぎ出されてきて、いつもより調子いいんじゃね?と思うこともあります。カウンセリングもとても楽しいです。じゃあ、もっとそういうありがたいところに感謝のエネルギーをたくさん贈ってみるのも心を穏やかにする方法ですね。*何かツイてないな、と感じるときは、何かを受け取ってない、受け入れてない場合もあります。もっともっと余裕を持て!というアドバイスなんだと思えば、余裕を持つ方向に進めばいいわけです。好きなことをしたり、楽しんだり。考え方を変える必要があれば、ノートやパソコンの画面に、自分の思いを自由に綴ってもいいでしょう。僕はちょうど来年のスケジュールを考え始めてるときなので、そこに新しい風を吹き込むことが必要なのかもしれませんね。そういう見方ができれば、すっかり心は穏やかになってきて、お風呂にでも入ろうかな~って気分にさせられます。さあて、明日のエレベータはちゃんと僕を迎え入れてくれるのかな?(笑)
エレベーターのボタンを押そうとしたら、すーっと上の階に別の人を迎えに行っちゃったり、信号が赤ばっかりだったり、忘れちゃいけないことを次々忘れていたり、ゆっくり休もうと思ったら用事を思い出したり。
挙句は仕事用の大切なパソコンの調子が悪くなったり。
・・・修理に2,3週間かかるんですって・・・。
早速今夜の仕事に差し支えてます・・・(笑)
* * *なんか悪循環だなー、とか、ツキが無いなあ、とか、小殺界だなー(!?)とか感じるときはイライラしやすいですし、誰かのせいにしたくなります。しかも、蒸し暑く、仕事用の大事なデータが行方不明とあれば、うぉーっと運命を呪いたくなることもあります。・・・そう、これ全部、僕自身のことです・・・(笑)ということで、今日はセルフ・カウンセリング風にお伝えしたいと思います!*そんな風に何かちょっと歯車が狂ってるなーと感じたときは、ちょっと自分の考え方ややり方を変える時に来ている証拠です。もちろん、わざと「エレベーターよ、僕を残して上に行け!」と意識してるわけではないので、偶然といえば偶然なんですけど、そうしたちょっとしたすれ違いや狂いから自分を見つめ直すことはいくらでもできます。「エレベータが僕を置いて行っちゃったということは・・・気長に待て(余裕をもっと持て)ということかもしれないし、健康のために階段を使え!ということかもしれないなあ」なんて。言われて見れば、僕自身の心境も最近は変化し始めてますし、そういえば7月は毎年何か新しいことが始まる月だったから、その前段階だな・・・むふふふ、と思ってみたり。ただ、それだけでスッキリするわけでもなく、ゴミを捨てに行ったらやっぱりエレベータは僕を置いて行ってしまいまして(偶然にしても、こう一日に何度も繰り返されると気になりますね。嫌われてるんじゃないか?とも思えます(笑))。「何だろうなあ~何かあるんだろうな~」と気楽に受け止められるうちに、その答え(インスピレーション)を待ってるわけです。微妙なずれであればあるほど、それを修正するのは難しいですね。だから、焦らないことが大事、と。んで、何かアンテナを広げてみることが大事、と。余裕が無くなってから(大問題に発展してから)では大変なので、今の内に大上段に構えるような、両手を大きく広げておくような、そんな心構えは必要なんだな、と思います。*そう思いながらちょっとした用事を済ませていると「これはネタになるなあー」という気付きが。それで早速、このコラムを書いてるわけです(笑)昨日は「苦しいときに」だったので、今日は「ツイてないときに」とかぶらせてみるのも面白いかなあ、と。ネガティブなタイトルですけど、役立ちそうでしょう?昨日のコラムにも早速たくさんの反響をいただきまして、嬉しかったです。そうやって余裕もって対処できていると、メインのパソコンが修理中で大ピンチのはずが、何とかなりそうな気がしてくるから不思議ですね。DVDにバックアップを取っていたのに、古いパソコンでは読み込みができなくて、でも、「まあ、何とかなるかなー、何とかできるかなー」なんて余裕かませます。*いわば、エレベータが先に行っちゃうのを心の微妙なずれ、サインとして受け取るわけです。そうするとバタバタ忙しく、イライラすることもなくなっていきます。こういう時は「ツイてないなあ」ということが連続して起こるんですね。だから、どんどんイライラする方向に持っていかれそうになります。でも、そこに「だまされないぞー」って思って一つ一つの行為を丁寧にこなしていると、パソコンが修理中という危機的状況(というのは大袈裟ですけど)を楽しむことすらできるようになるようです。(だってね、今、なんか楽しい気分だから(笑))なんてかっこ付けるわけではなく、自分なりにその微妙なずれを修正中です。お風呂に入って瞑想してみたり、好きな音楽を楽しんだり、伸びをしたり、そうした気分転換なことから、僕の心のズレを修正しようとイメージワークをしてみたり、更に広い視野を持ってこれからの方向性を見つめなおしてみたり。いつも何でもうまく行くわけではなく、歯車がずれてるなーと感じることがよく起きても、ちゃんと動いているところは動いていて(カウンセリングの予約をたくさん頂いたり、嬉しい報告メールを頂いたり、パソコンショップのお兄さんが優しかったり)、温かさや喜びもきちんとあります。また、文章を書き始めると拙文でも溢れだすように言葉が紡ぎ出されてきて、いつもより調子いいんじゃね?と思うこともあります。カウンセリングもとても楽しいです。じゃあ、もっとそういうありがたいところに感謝のエネルギーをたくさん贈ってみるのも心を穏やかにする方法ですね。*何かツイてないな、と感じるときは、何かを受け取ってない、受け入れてない場合もあります。もっともっと余裕を持て!というアドバイスなんだと思えば、余裕を持つ方向に進めばいいわけです。好きなことをしたり、楽しんだり。考え方を変える必要があれば、ノートやパソコンの画面に、自分の思いを自由に綴ってもいいでしょう。僕はちょうど来年のスケジュールを考え始めてるときなので、そこに新しい風を吹き込むことが必要なのかもしれませんね。そういう見方ができれば、すっかり心は穏やかになってきて、お風呂にでも入ろうかな~って気分にさせられます。さあて、明日のエレベータはちゃんと僕を迎え入れてくれるのかな?(笑)
お客さまからたくさんメールを頂いているのですが、なかなかお返事できずに申し訳ありません。
頂いたメールには出来るだけすぐに目を通させていただいています。
「読んでいただけるだけでホッとします」
って書いてくださっているのを見ると、気を遣わせちゃってるなあ~と反省してみたり。
大きな変化の流れ(潮流)がしばらく続いているようですね。
最近頂くメールは「やったー!!」という喜びのご報告と「最近しんどいんです・・・」というヘルプメールの両方が目立ちます。
特にネガティブな時の過ごし方について、こちらでサポートさせていただこうかと思います。
良い変化が現れているのに、「自分の変化に付いていけないんです」って戸惑うことも少なくないようです。自分が思う以上に成長したり、状況が好転したり、良いことが立て続けに起きてきたり。私達は皆、心のどこかでこうした良い変化を怖れているようです。だから、その変化をコントロールしたい気持ちが出てくるんですね。そういう方はカウンセリングを続けていても、なかなか変化が実感できなかった方が多いような気がします。「駄目かなあ・・・」とか「効果ないのかなあ・・・」とか「あたしってどこか変わったんやろかあ???」という疑問を抱いていたところに、急激に変化がやってくるんですね。今まで滞っていた流れが、急に動き出すような感じです。「あたしは変わらない」って思ってしまっていた分だけ、この変化には自分自身が一番びっくりして、強い恐れを感じてしまいます。僕も昔、なかなか自分が成長できなくて焦ったり、諦めかけていたりした時がありました。状況は好転するどころか悪化していくように見えて、もがこうにも手が無いような時代が・・・。ところが「んー、最近、なんか楽になったんかなー、開きなおったんか?」って気が付いた途端に、望んでいたことがそれ以上の形になってやってきたことがありました。気が付けば当時の仕事にも前向きに取り組めるようになり、周りの評価も好転し、また、新しい良い出会いや、嬉しい知らせなどが立て続けにやってきたんです。それはそれは恐ろしい時でしたよ、本当に。「このままこの状況が続いたら、どうにかなってしまうかもしれない」って。何も変わらないと思っていたときの方が遥かに楽だったと思える状況の変化でした。このときはもう一度腹を括りなおして、その流れに身を任せることに一生懸命になってました。僕は特定の神様を信仰しているわけではないんですが、本当に「神様、もう、好きにして・・・」って気持ちで毎日を過ごしてました。気が付けばそうした好循環ループも穏やかな流れを向かえ、半年前を振り返った時に「ああ、俺って随分変わったんだなあ・・・」と実感したものです。急激に生まれ変わるような、そんな実感を伴った経験でした。*また、その一方で、過去の痛みが噴出してきて辛い時もあります。これは本当に大きな嵐や地震が来たような感覚で、何をしてもうまくいかない悪循環にはまり込むこともあります。こういう時はじーっと嵐が過ぎるのを待つのが得策です。でも、何か悪あがきしたくなるんですよねー。また、誰かのせいにしたくもなります。でも、こういう流れは往々にしてやってくるものでして、人生に最低でも1度や2度は、そうしたどん底を味わうものかもしれません。それは忍耐を学び、自分を見つめなおし、新しい自分に生まれ変わる時期なんですね。その産みの苦しみ(陣痛)を味わっている、そんな感覚かもしれません。そうした苦しい時期は、大きく次のようなネガティブな感情に襲われることが多いと思います。○怖れ、不安強い強い恐怖心。何をしていても震えが来るときもあるくらいです。これは新しい自分を生み出そうとする最初に起こる変化で、特に感性が敏感な方ほど強く現れます。そうした相談を頂くときには「うん、これは良い兆候ですよ」と思います。もちろん、震えるくらいですから、良い兆しになんて感じられないんですけどね。また、こうしたときは体調に変化を感じることが多いようです。胃腸系が特にやられやすいですし、女性の場合は生理不順や子宮に違和感を覚えるときもあるようです。○嫌悪感怖れを過ぎるとやってくるんですけど、強い吐き気を伴う嫌悪感です。「生理的嫌悪」って感じですね。実はこれも怖れの一種なのですが、怖れとしてではなく、こうした吐き気や嫌悪感といった形で感じられることも多いようです。船酔いしたような感覚が続くこともありますね。僕はここで「つわりのようなものですね・・・」なんて解釈します。自分の心の中に新しい自分が芽生え始めた目印です。○罪悪感罪悪感として感じられるよりも、自己破壊的な欲求として現れることが多いようです。仕事を辞めたくなったり、関係性を壊したくなったり、自暴自棄になりやすい時です。嫌悪感のように吐き気が伴うこともあります。・・・というか、ここで紹介する感情は全て「怖れ」に繋がるので、解説するとみんな同じです。きちんと足元を見つめることが大切な時期ですが、対人関係に問題を作りやすいので、周りがみんな敵に見えて、引きこもりやすいこともあります。「誰に助けを求めるか?」を勇気もって選択すると、抜け出せます。○寂しさ(分離感、孤独感)まるで自分はこの世の中に一人ぼっちで生きているような感覚です。「宇宙空間に一人で漂っているような感じ」と表現される方もいらっしゃいます。すべてのつながりが切れてしまい、何も感じなかったり、ただ胸の辺りがつーんと違和感を感じるだけの場合もあります。誰との繋がりを求めたらいいのか?がテーマです。○怒り寂しさは「冷たさ」として感じ、怒りは「熱く」感じます。些細なことで切れやすくなったり、常にイライラしていたり、自暴自棄になりやすい場合もあります。火山が噴火するように(あるいはマグマが上ってくるように)、自分ではコントロールできない何物かを感じます。怒りは多くの場合、他者と自分の両方に向けられます。特定の誰かに攻撃が向く場合も多いですが、同時にそれ以上に自分を激しく責めていることが少なくありません。その怒りのエネルギーを上手に解放してあげることがテーマです。*ネガティブな感情は多彩なので、上にご紹介した他にもたくさんあります。こうした状況は無意識・潜在意識的なものですので、自分でもさっぱり訳が分からない時も多く、それだけで意識(頭)はパニックに陥ります。こうした状況に気付くことがまずは大事なのですが、その時は、とにかくじっとしていることが一番です。どんな感情も感じてあげればやがては解放されていきます。得体の知れない感情がやってきても、時期を得れば必ず解放されて行きます。苦しい時は何かしらもがいてしまうものですが、そうした中でする選択は後々後悔することが多いと思います。もちろん、それが「卒業」(転職や別れ)を促す出来事であることも無いわけではないのですが、早急な判断は危険です。(嵐の日に、買い物に出かけようとするようなもんですね)因みにこれらの感情は僕自身も今まで経験してきまして、自分を見失って痛い目に合ったことも少なくありません。大切な人を失ったり、傷つけてしまったり、あるいは、目の前にあった成功を逃してしまったり。ただ、そうした辛い経験をしたとしても、そこには必ず何らかの学びがあり、自分を成長させてくれる何かが必ず得られます。辛い思いをした分、必ず後でそれに見合う幸せや成功がやってきます。もちろん、嵐の渦中に居るときは、これが一生続くんじゃないかと感じてしまうものですが、それは真実ではありません。沖縄の方に聞いたことがあるんですが、台風がやってくると、ある島の住民はみんなさっさと家に帰り、屋外に置いてあるものを避難させて、後は酒盛りをして嵐が去るのを待つそうです。風速50メートルの凄まじい嵐の中で宴会するなんてのは信じられないような気もしますが、この話を思い出すたびに、自分もそうありたいなあ・・・と思うのです。苦しみを楽しみに変化させるのは、本当に勇気の要る選択で、絶望感の中をひたすら何かを信じて突き進む強さが求められるのですが、ぜひ、そんな人間になってみたいと思うのです。*苦しい時は何かを生み出すとき。そう思えたときに、きっと一筋の光明が差してくると思います。
頂いたメールには出来るだけすぐに目を通させていただいています。
「読んでいただけるだけでホッとします」
って書いてくださっているのを見ると、気を遣わせちゃってるなあ~と反省してみたり。
大きな変化の流れ(潮流)がしばらく続いているようですね。
最近頂くメールは「やったー!!」という喜びのご報告と「最近しんどいんです・・・」というヘルプメールの両方が目立ちます。
特にネガティブな時の過ごし方について、こちらでサポートさせていただこうかと思います。
良い変化が現れているのに、「自分の変化に付いていけないんです」って戸惑うことも少なくないようです。自分が思う以上に成長したり、状況が好転したり、良いことが立て続けに起きてきたり。私達は皆、心のどこかでこうした良い変化を怖れているようです。だから、その変化をコントロールしたい気持ちが出てくるんですね。そういう方はカウンセリングを続けていても、なかなか変化が実感できなかった方が多いような気がします。「駄目かなあ・・・」とか「効果ないのかなあ・・・」とか「あたしってどこか変わったんやろかあ???」という疑問を抱いていたところに、急激に変化がやってくるんですね。今まで滞っていた流れが、急に動き出すような感じです。「あたしは変わらない」って思ってしまっていた分だけ、この変化には自分自身が一番びっくりして、強い恐れを感じてしまいます。僕も昔、なかなか自分が成長できなくて焦ったり、諦めかけていたりした時がありました。状況は好転するどころか悪化していくように見えて、もがこうにも手が無いような時代が・・・。ところが「んー、最近、なんか楽になったんかなー、開きなおったんか?」って気が付いた途端に、望んでいたことがそれ以上の形になってやってきたことがありました。気が付けば当時の仕事にも前向きに取り組めるようになり、周りの評価も好転し、また、新しい良い出会いや、嬉しい知らせなどが立て続けにやってきたんです。それはそれは恐ろしい時でしたよ、本当に。「このままこの状況が続いたら、どうにかなってしまうかもしれない」って。何も変わらないと思っていたときの方が遥かに楽だったと思える状況の変化でした。このときはもう一度腹を括りなおして、その流れに身を任せることに一生懸命になってました。僕は特定の神様を信仰しているわけではないんですが、本当に「神様、もう、好きにして・・・」って気持ちで毎日を過ごしてました。気が付けばそうした好循環ループも穏やかな流れを向かえ、半年前を振り返った時に「ああ、俺って随分変わったんだなあ・・・」と実感したものです。急激に生まれ変わるような、そんな実感を伴った経験でした。*また、その一方で、過去の痛みが噴出してきて辛い時もあります。これは本当に大きな嵐や地震が来たような感覚で、何をしてもうまくいかない悪循環にはまり込むこともあります。こういう時はじーっと嵐が過ぎるのを待つのが得策です。でも、何か悪あがきしたくなるんですよねー。また、誰かのせいにしたくもなります。でも、こういう流れは往々にしてやってくるものでして、人生に最低でも1度や2度は、そうしたどん底を味わうものかもしれません。それは忍耐を学び、自分を見つめなおし、新しい自分に生まれ変わる時期なんですね。その産みの苦しみ(陣痛)を味わっている、そんな感覚かもしれません。そうした苦しい時期は、大きく次のようなネガティブな感情に襲われることが多いと思います。○怖れ、不安強い強い恐怖心。何をしていても震えが来るときもあるくらいです。これは新しい自分を生み出そうとする最初に起こる変化で、特に感性が敏感な方ほど強く現れます。そうした相談を頂くときには「うん、これは良い兆候ですよ」と思います。もちろん、震えるくらいですから、良い兆しになんて感じられないんですけどね。また、こうしたときは体調に変化を感じることが多いようです。胃腸系が特にやられやすいですし、女性の場合は生理不順や子宮に違和感を覚えるときもあるようです。○嫌悪感怖れを過ぎるとやってくるんですけど、強い吐き気を伴う嫌悪感です。「生理的嫌悪」って感じですね。実はこれも怖れの一種なのですが、怖れとしてではなく、こうした吐き気や嫌悪感といった形で感じられることも多いようです。船酔いしたような感覚が続くこともありますね。僕はここで「つわりのようなものですね・・・」なんて解釈します。自分の心の中に新しい自分が芽生え始めた目印です。○罪悪感罪悪感として感じられるよりも、自己破壊的な欲求として現れることが多いようです。仕事を辞めたくなったり、関係性を壊したくなったり、自暴自棄になりやすい時です。嫌悪感のように吐き気が伴うこともあります。・・・というか、ここで紹介する感情は全て「怖れ」に繋がるので、解説するとみんな同じです。きちんと足元を見つめることが大切な時期ですが、対人関係に問題を作りやすいので、周りがみんな敵に見えて、引きこもりやすいこともあります。「誰に助けを求めるか?」を勇気もって選択すると、抜け出せます。○寂しさ(分離感、孤独感)まるで自分はこの世の中に一人ぼっちで生きているような感覚です。「宇宙空間に一人で漂っているような感じ」と表現される方もいらっしゃいます。すべてのつながりが切れてしまい、何も感じなかったり、ただ胸の辺りがつーんと違和感を感じるだけの場合もあります。誰との繋がりを求めたらいいのか?がテーマです。○怒り寂しさは「冷たさ」として感じ、怒りは「熱く」感じます。些細なことで切れやすくなったり、常にイライラしていたり、自暴自棄になりやすい場合もあります。火山が噴火するように(あるいはマグマが上ってくるように)、自分ではコントロールできない何物かを感じます。怒りは多くの場合、他者と自分の両方に向けられます。特定の誰かに攻撃が向く場合も多いですが、同時にそれ以上に自分を激しく責めていることが少なくありません。その怒りのエネルギーを上手に解放してあげることがテーマです。*ネガティブな感情は多彩なので、上にご紹介した他にもたくさんあります。こうした状況は無意識・潜在意識的なものですので、自分でもさっぱり訳が分からない時も多く、それだけで意識(頭)はパニックに陥ります。こうした状況に気付くことがまずは大事なのですが、その時は、とにかくじっとしていることが一番です。どんな感情も感じてあげればやがては解放されていきます。得体の知れない感情がやってきても、時期を得れば必ず解放されて行きます。苦しい時は何かしらもがいてしまうものですが、そうした中でする選択は後々後悔することが多いと思います。もちろん、それが「卒業」(転職や別れ)を促す出来事であることも無いわけではないのですが、早急な判断は危険です。(嵐の日に、買い物に出かけようとするようなもんですね)因みにこれらの感情は僕自身も今まで経験してきまして、自分を見失って痛い目に合ったことも少なくありません。大切な人を失ったり、傷つけてしまったり、あるいは、目の前にあった成功を逃してしまったり。ただ、そうした辛い経験をしたとしても、そこには必ず何らかの学びがあり、自分を成長させてくれる何かが必ず得られます。辛い思いをした分、必ず後でそれに見合う幸せや成功がやってきます。もちろん、嵐の渦中に居るときは、これが一生続くんじゃないかと感じてしまうものですが、それは真実ではありません。沖縄の方に聞いたことがあるんですが、台風がやってくると、ある島の住民はみんなさっさと家に帰り、屋外に置いてあるものを避難させて、後は酒盛りをして嵐が去るのを待つそうです。風速50メートルの凄まじい嵐の中で宴会するなんてのは信じられないような気もしますが、この話を思い出すたびに、自分もそうありたいなあ・・・と思うのです。苦しみを楽しみに変化させるのは、本当に勇気の要る選択で、絶望感の中をひたすら何かを信じて突き進む強さが求められるのですが、ぜひ、そんな人間になってみたいと思うのです。*苦しい時は何かを生み出すとき。そう思えたときに、きっと一筋の光明が差してくると思います。
福岡での束の間の休日を満喫していたら、危うく飛行機に乗り遅れそうになった根本です。こんばんわ。
焦りましたねー。
いやー、調子こいて記事なんてアップしてたら、時計見てびびりました。
ここは南の島か?的写真をアップしましたので良かったら見てくださいませ。
最近のケータイは素晴らしいですね・・・。
加工しなくてもそのままきれいに使えます。
そのまま福岡から大阪に飛んだ足でそのまま妻子と帰省していました。日程的にちょうど隙間が出来まして、入梅前のひと時を実家で過ごしていました。うちの母殿&妹達にとっては生乳児に会う機会はなかなか無いですしね。田舎(浜松)に帰ると広々としていて、かつ、風がとても涼しくて気持ちよかったです。大阪は早くも真夏日突入のようで、うちの奥さんは「涼しい~気持ちいい~」を連発していました。(確かに1週間ぶりの大阪はとても暑いです)*我が乳児は温泉&海(実際は湖なんですけど)を初体験しまして、かなりびびってましたね。ぎゃーぎゃー泣き通しでした。。。やっぱり怖いかー。うん。少しずつ慣れて、この“秋”には沖縄デビューを果たそうぜよ。そんなリフレッシュ休暇中に立ち寄った近所のカフェ。
うちの田舎にもこんなきれいなカフェがあるんですよー。奥さんも僕も大のお気に入りです。(噂によれば、僕の小中時代の同級生がやってる店だとか・・・)*ただ、すっかりリフレッシュした一方で、久々にパソコンを開けたら、仕事がいっぱい詰まっていまして・・・。久々の取材のご依頼を頂いたんですけど逃してしまいました(担当者さん、すいませんでした)。またご縁があることを願っています。そういうわけで、メールを書いても返事が来ないという皆様。もうしばらくお待ちくださいませ・・・。
焦りましたねー。
いやー、調子こいて記事なんてアップしてたら、時計見てびびりました。
ここは南の島か?的写真をアップしましたので良かったら見てくださいませ。
最近のケータイは素晴らしいですね・・・。
加工しなくてもそのままきれいに使えます。
そのまま福岡から大阪に飛んだ足でそのまま妻子と帰省していました。日程的にちょうど隙間が出来まして、入梅前のひと時を実家で過ごしていました。うちの母殿&妹達にとっては生乳児に会う機会はなかなか無いですしね。田舎(浜松)に帰ると広々としていて、かつ、風がとても涼しくて気持ちよかったです。大阪は早くも真夏日突入のようで、うちの奥さんは「涼しい~気持ちいい~」を連発していました。(確かに1週間ぶりの大阪はとても暑いです)*我が乳児は温泉&海(実際は湖なんですけど)を初体験しまして、かなりびびってましたね。ぎゃーぎゃー泣き通しでした。。。やっぱり怖いかー。うん。少しずつ慣れて、この“秋”には沖縄デビューを果たそうぜよ。そんなリフレッシュ休暇中に立ち寄った近所のカフェ。
うちの田舎にもこんなきれいなカフェがあるんですよー。奥さんも僕も大のお気に入りです。(噂によれば、僕の小中時代の同級生がやってる店だとか・・・)*ただ、すっかりリフレッシュした一方で、久々にパソコンを開けたら、仕事がいっぱい詰まっていまして・・・。久々の取材のご依頼を頂いたんですけど逃してしまいました(担当者さん、すいませんでした)。またご縁があることを願っています。そういうわけで、メールを書いても返事が来ないという皆様。もうしばらくお待ちくださいませ・・・。