3:化学物質過敏症 ―歴史,疫学と機序― | 化学物質過敏症 runのブログ

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3.化学物質過敏症の疫学
1999 年までに,MCS に関し,以下のような特徴が報告されている。
①患者の平均年齢は 30 代,40 代が多い (10)。患者自身のレポートでは,10 ~ 15 歳の発症が多い (11)。
②男性よりも女性に多い (10)。
③既婚者に多い (12)。
④雇用状態,収入,教育歴と統計学的に有意な関連はない (12)。
また,多くの論文において,MCS 患者は,対照群と比較し社会生活機能が乏しいことが報告されている (13,14)。

しかし,因果の逆転も予想され,これらの結果の解釈には注意が必要である。
1999 年,アメリカの Miller らは,MCS のスクリーニングを目的として,質問紙である Quick Environment Exposure Sensitivity Inventory(以下 QEESI)を考案し,化学物質に対して高感受性の人をスクリーニングするための 3 つのカットオフ値を提案した (15)。

この調査票を用いたアメリカにおける実態調査の結果,健常対照群の6.6%が3つのカットオフ値を満たし,15.8%が2つのカットオフ値を満たしていた。

同じ1999年,Kreutzerらによって,大規模な調査結果が報告されている (12)。

この調査は 1995 年,米カリフォルニア州での 17 歳以上の 4,046人を対象とした電話による無作為調査である。

この調査結果によれば,「医師によって環境病あるいは MCS という診断をうけた人」は 6.3% であり,「日常の化学物質に対してアレルギー様あるいは異常に過敏である」と答えた人は 15.9% であった。

その後,2004 年,Caressらによって,アメリカで実施された 2 回の調査結果が報告されている (16, 17)。

アトランタ市の 1,582 名の回答者を得た調査では,12.6% が化学物質に過敏であり,電話による無作為調査(1,054 名)では,11.2% が香水やペンキ等の化学物質の過敏症状があり,2.5% が MCS と医学的に診断されたと報告している。

その他の国では,2005 年,Hausteiner らがドイツにおいて,自記式調査票を用いた調査(2,032 名)を行い,MCS の割合は 9%,医師の診断に基づく割合は 0.5% と報告している (18)。
日本で実施された調査としては,2000 年の内山らの報告がある (19)。

内山らは全国の 20 歳以上の男女 4,000人以上(有効回答数 2,851(71.3%))を対象に,Millerらの調査票を石川らが翻訳した QEESI による調査を行っている (20)。

その報告によれば,Miller らの設定した 3 つのカットオフ値を満たし,化学物質に対して高感受性を持つと考えられる人の割合は全体の 0.74% であり,米国における割合の約 10 分の 1 であった。
筆者らも,2003 年より,化学物質過敏症の定義が不明確なため,QEESI によって「化学物質高感受性集団」を定義し,疫学調査を開始した。

2003 年,南九州に在する IC 基盤を主な生産品とする A 社 1,310 名(男 936 名,女 374 名)と紙パルプ製品を生産品とする B 社 894 名(男778名,女113名)の計 2,204名を対象者として調査を行った (21)。

調査の結果,過去に「化学物質過敏症と診断されたことがある」と回答した人は,A 社 1,098 名中 3名(0.3%),B 社 888 名中 4 名(0.5%)であり,「シックハウス症候群と診断されたことがある」と回答した人は,A 社 1,011 名中 0 名(0.0%),B 社 888 名中 1 名(0.1%)であった。

「化学物質過敏症とシックハウス症候群の両方の診断をされたことがある」と回答した人はいなかった。

Miller らの設定した 3 つのカットオフ値を満たし,化学物質に対して高感受性を持つと考えられる人の割合は A 社 0.3%,B 社 1.1% であった。
その後,筆者らは経年変化を観察するために,2006年と 2011 年に,同じ 2 つの会社において,同様の調査を実施した (22)。その結果,シックハウス症候群と化学物質過敏症と診断された人の割合は,2 つの会社のいずれにおいても,2003 年と比較し統計学的に有意な変化は認められなかった。

一方,QEESI を用いた調査においては,Miller らの基準を用いて 2011 年と 2003 年を比較した結果,A 社では増加傾向にあり,B 社では反対に減少傾向にあった。

しかし,いずれも統計学的に有意な差は認められなかった。

また,日本人に適したカットオフ値として提案されている北条らの基準 (23) を用いて,A 社の 2011 年と 2006 年を比較解析した結果,増加傾向が認められたが,統計学的に有意ではなかった。

これらの結果から,我が国の労働者においては,シックハウス症候群の割合や化学物質過敏症の割合,そしてQEESI 調査による調査のいずれの結果においても,2003年から 2011 年にかけて,化学物質による健康障害が疑われる人の割合に大きな変化は観察されなかった。

ただし,本調査の対象者は企業労働者であり,ヘルシーワーカー効果のような選択バイアスが想定され,解釈には注意が必要だと考えられた。
2012 年,東らが WEB を用いた調査(対象者数 7,245 人)を実施している (24)。

この調査結果によれば,Miller らの3項目のカットオフ値を満たしている人の割合は4.4%であり,内山らの 2000 年の対面調査の結果である 3 項目のカットオフ値を満たしている人の割合 0.74% よりも増加しているという結果が得られている。

WEB バイアスの可能性を考慮しながら,筆者らの調査結果と合わせて慎重に解釈していく必要があるが,化学物質の対する健康障害の訴える人の割合は,様々な環境改善にもかかわらず,決して減少していないと考えられた。
一方,人種差についてであるが,筆者らの報告を含めた日本人においては,米国人,ドイツ人と比較し,Miller らの 3 つのカットオフ値を満たした化学物質高感受性者の割合は低いという結果が示された。

しかし,質問票のカットオフ値や人種妥当性の問題,そして化学物質過敏症,シックハウス症候群を診断する医師や住民の病気の存在に関する認識の差を反映している可能性も否定できない。

また,遺伝的に化学物質に対する代謝系の人種差の存在,すなわち感受性の違いが存在する可能性が推測される。