・4.2 長期曝露と疾患の関係
1)呼吸器系への影響
PM2.5の長期曝露による小児の呼吸器疾患発症に及ぼす米国の研究では,小児における肺機能の成長障害,呼吸系症状の増加,喘息の発症などとの関連が報告されている35,36)。
また米国モンタナ州のコホート研究37)では,PM2.5の排出量の少ない暖房器具に切り替えたことにより,小児の喘鳴,呼吸器感染症が減少したと報告している。
一方,わが国では全国7地域において3歳児検診受信者とその保護者を対象に呼吸器症状の調査を4年間継続して行った。
その結果,保護者の持続性咳や痰の有症率はPM2.5濃度が高い地域ほど高かったが,小児の喘息や喘鳴とPM2.5濃度との関連は見られなかった38)。
島(2013)39)は,長期入院中の喘息児童を対象に病院内でもPM2.5濃度の測定を行い,病院内のPM2.5濃度の増加が喘鳴の増加に関連することを示し,実際の生活環境におけるPM2.5濃度の測定と評価の重要性を述べている。
2)循環器系への影響
PM2.5の長期曝露による循環器疾患の発症に及ぼす疫学研究は,死亡との関連に比較すると少数である。WHI研究24)では,循環器疾患のリスクファクターを調整したPM2.5濃度が10μg/m3増加すると,循環器疾患の発症を24%,冠動脈疾患の発症を21%,脳血管疾患の発症を35%増加させると報告している。
一方,イギリスにおける最近の研究40)では,心筋梗塞,脳卒中,不整脈との発症との関連は有意ではなかったが,PM2.5濃度が10μg/m3増加すると,心不全が35%増加すると報告している。
わが国では欧米と異なり,PM2.5の長期曝露と循環器疾患の発症およびその死亡との間に明確な関連が見られない。
日本の場合,循環器疾患死亡に占める脳卒中死亡の割合が高く,虚血性心疾患による死亡の割合が低い。
脳卒中の死亡は人口規模の小さい地区(特に東北地方)で多く41),これらの地区は大気汚染濃度が一般に低い。
すなわち,都市部と農村部での循環器病の疾病構造の違いが,疫学研究の結果に影響を与えている可能性がある。
表2 PM2.5の短期曝露による日死亡率の増加を示す主な疫学研究
4.3 短期曝露と死亡の関係
PM2.5の短期曝露による健康影響の指標として,死亡(総死亡,死因別死亡),医療機関への入院・受診,循環器系症状,呼吸器症状,肺機能変化などが取り上げられている。
この中で最も多くの研究報告があるのは,日死亡とPM2.5濃度の関連に関するものである。
これまでに世界各国における単一または複数都市研究によって,PM2.5濃度が上昇すると当日または数日以内に死亡する人が増加することが報告されている(表2)。
これらは特定の地域における人口動態統計に基づく1日あたりの死亡数とその地域の大気汚染測定局での測定値との関連性を統計モデルによって解析したものであり,交絡因子となりうる気象要因を調整した上でPM2.5濃度が上昇した場合にどの程度死亡率が増加するかを推定している。
わが国における全国20地域の65歳以上を対象にした解析では,PM2.5濃度と総死亡,呼吸器疾患死亡との関連性が認められた6)。
循環器疾患による死亡については,総死亡,呼吸器疾患死亡と比べて関連性は低いが,急性心筋梗塞に絞った場合には,3日~5日遅れで有意な関連性が示された38)。
Maら(2011)48)は,中国遼寧省瀋陽市においてPM2.5濃度と死亡の関係を検討し,寒冷時期よりも温暖時期の方が大気中PM2.5濃度と死亡リスク(総死亡,循環器死亡,呼吸器死亡)の関連が強いと報告している。
これは,瀋陽市の冬季は気温が氷点下になるため,室外での活動が少なくなり,温暖時期の方が室外の滞留時間が長いことに関連すると考察されている。