毒性時代の科学
しかしこの病気を研究している科学者らにとって、その見解は変化しているが、それはミラーの飽くことのない研究と彼女の画期的な発見によるところが大きい。
400人の初期治療患者に関する2012年7月の研究(よく知られた家庭向け医療誌 Annals of Family Medicine にミラーと同僚らによって発表された)によれば、慢性的な健康問題がある人々の22%は、何らかの程度、化学物質不耐性に苦しんでいる。
それは5人に1人以上であり、もし有毒な曝露を浴びすぎると毒物誘発性耐性喪失症(TILT)になりやすいとミラーは言う。
”化学物質不耐性は広く発症しているのにまだ認められていないという事実は、初期治療にあたる医師たちにとって重要なことである”と、ミラーの同僚でこの研究の主著者である医師デービッド・カターンダールは述べている。
”一方で化学物質を避ける単純な治療アプローチが極めて効果的かもしれないし、他方で在来治療(アレルギー注射や免疫抑制)ではうまくいかないかもしれない。このことは、我々はこれらの患者に対する臨床的パラダイムを変えなくてはならないということを意味する”。
この新たな研究は、QEESI (Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory:無料で http://familymed.uthscsa.edu/qeesi.pdf から利用できる)と呼ばれる50の質問の目録に基づいている。
QEESI は、ディーゼル、塗料シンナー、食品、柔軟剤など、一般的原因物質に対する過敏性を分類する。
それは深刻な毒物誘発性耐性喪失症(TILT)になりやすい5人に1人を選び出すのに非常に効果的であり、それはスウェーデン、デンマーク、日本及びアメリカで実証されている。
しかし、個人の生活が重大な影響を受けるのは深刻な毒物誘発性耐性喪失症(TILT)であるとミラーは懸念する。
”私は、研究の中で何らかの慢性的な健康異常のために初期治療クリニックを訪れる人々の6%以上が、 彼らの症状と、QEESIからの化学物質及びその他に対する不耐性スコアーに基づけば、TILTの影響をひどく受けていることを見つけて非常に驚いた。大きく影響を受けるということの意味は、彼らが深刻な慢性健康症状を持っていることであり、彼らは一般的な化学物質、食物、医薬品に対する過敏性に高いスコアを示した”とミラーは言う。
”他の15.8%は、平均値よりは高いが、中程度に影響を受けていた”。
ミラーの使命は、彼らの生活を破綻させる毒性曝露に突っ込む前に、網の中の魚のようにこれら感受性の高い人々を把握することである。
彼女は QEESI が、患者が記入する典型的なフォームとともに標準的な方法となることを を望んでいる。
”TILT は、我々の現代的な毒性時代にユニークな純粋に新たな疾病を言い表している”とミラーは言う。
”人々は全生活において耐えられるはずであった化学物質とその暴露に突然耐えられなくなる。それがTILTであることの証明書である。私が助言してきたある人々は、それを動詞として使用して、tilted(過敏症になった)と言った”。
過敏症の世界にいざなう
毒物誘発性耐性喪失症(TILT)の二段階プロセス、すなわち有害物質に暴露して病気になり回復しないことは、環境が遺伝子の発現を中核となるDNAコード自体は変えずに変更する時に起きるエピジェネティックな変化によりもたらされるのかもしれない。
”環境的な出来事は遺伝子の活動に劇的に影響を及ぼす”と、ミズーリ・コロンビア大学の生殖内分泌学者フレデリック・ボンサールは説明する。
ボンサールは数十年間、内分泌かく乱ん物質として知られるビスフェノールA(BPA)のような化学物質への日常的な低用量暴露の能力影響の研究に費やしてきた。
これらの化学物質は、ホルモンのようにふるまい、特に胎児の発達期間の健康に深遠な影響をあたえる。
高用量では単に活動を停止するだけであるが、驚くほどの低用量では遺伝子活動の制御因子となり得るという結果を得た。
”一旦遺伝子がONになれば”とボンサールは言う。
”そして一旦過敏になると、再プログラムされた細胞を持つことになる。そして細胞が元の状態に戻ることは非常に難しい。例えば、乳房の組織は後の生活においてがんになりやすくなり、子宮内での低用量暴露のために成熟が通常より早く起きる。私は、発達期のエピジェネティックスについて個人的に研究しているが、これらの種類の出来事は生涯を通じて起きることを証拠が示唆している”。
TILTの世界では用量自体が毒にするのではなく、用量とホスト(宿主)が毒とにする。そしてホストの病気への罹りやすさの関連性はわからない。
遺伝子的にぜい弱な場合、過剰な毒性暴露は生命のために体を再校正するように見える。
ウィリアム・バトラー・イェイツの詩”全てが変わる。完全に変わる”が言うように、新たな人々が出現し、通常の世界は今、彼らのために明らかには有害な地雷を生み出しているが、しばしば出っくわすまで気が付かず、被害者らは問題をほのめかすことなく、同じ地雷の上で他人のダンスを傍観している。
ミラーにとってキリングスワースが被った農薬中毒のようなことは、 TILTの事例として、恐るべきことではあるが、まさしく明快である。
1990年代中頃に、彼女と彼女の仲間ハワード・ミツウェルは、有機リン系農薬に暴露した後、永久的に病気になった37人をまた家や事務所の大幅な改造の後に病気になった他の75人について調査した。
農薬被害者らは、はるかに厳しい状態であったが、両方のケースともに、有毒物質への曝露は永久的なダメージを与える足跡を残した。農薬に曝露した時、37人のうち26人はフルタイムで働いていた。
調査時点までに(曝露後平均8年)、農薬曝露者のうち2人だけがフルタイムで働くことができた。彼らの病気は、彼らの生活のあらゆる面で影響を与えてきたと彼らは報告した。
TILTは、文化や国を越えて同様であるように見える。ミラーは一冊の教科書”化学物質暴露:低レベルと高リスク”をマサチューセッツ工科大学(MIT)の政策技術名誉教授ニコラス・アッシュフォードと共著で出版した。
その本の中で、アッシュフォードは、ヨーロッパの9か国における彼の調査に関して報告したが、彼は不可解な新たな化学物質への不耐性の発病の同じパターンを見出した。
”私は、患者らを以前には悩ませたことがないものに通常ではない不可解な反応を示した患者がいたかどうかを医師に単純に問うた”と彼は言う。
”そして私は当然、イエスという回答を得て、その物語を聞いた”。
一方ミラーは、アメリカ、カナダ、日本、ニュージーランド、イギリス、及びオーストラリアからの同様の報告を発表した。
新たな不耐性と多種症状の発症が、ヨーロッパの農業地帯での有機リン系農薬(sheep dip)の散布者、有毒木材防腐剤に暴露したドイツの住宅所有者、大量の漏えいオイルからのガスを吸い込んだ人々、フィルムを現像中に化学物質を吸い込んだニュージランドの放射線医学作業者、そして新たに改造された建物の居住者や労働者の中に表れ始めた。
1987年に、ワシントンDCにあるEPA本部の改造作業に従事した225人の労働者が、27,000フィートの新しいカーペットの敷設を含んで換気が不十分な事務所の建物の広範な改造工事後に病気になった。
ほとんどの人々は回復したが、19人がTILTを発症し、長期間、身体障害となったので、この建物の所有者を訴えた。
湾岸戦争の退役軍人は、もうひとつの過敏症(“tilted”)グループである。彼らの病気は長い間、論争の対象であり、心的外傷後ストレス障害の一種として片づけられたが、最近、本物であると認められた。
ミラーは、驚くべき数の湾岸戦争退役軍人がTILTを発症したことを見つけた。
”1990年に戦争に行った70万人のうち、25万人が慢性的疾病をもって帰還した”と彼女は言う。あるCDC(米・疾病予防管理センター)の研究は、湾岸戦争疾病退役軍人は、健康な退役軍人より多くの化学物質不耐性を報告した。
彼らは、テントの中での農薬、石油燃焼の煙、抗神経ガス剤、砂を固めるために地上に注がれるジーゼル燃料等の多種毒物曝露を経験していた。
ミラーが退役軍人を訪ねた時に、ある者はその部屋のドアに、”香料を身に着けている人は入室するな”という表示をかけていた。
多くの人々は医薬品不耐性の問題を抱えていた。
ひとりの退役軍人は、彼の妻に海外から好きな香水を送っていたが、彼女がその香水をつけて車に乗って家に帰る時に、彼はひどく反応したので、今後は決してそれをつけないよう頼んだ。その後、彼らはコロラドの台地で休暇を取って回復したが、交通渋滞で気分が悪くなるドライブであったと報告してきた。