野生動物における化学物質への曝露と甲状腺ホルモン攪乱との関係は過去 10 年のうちに、特に PBDE系難燃化剤および PCB について改善が見られたが、その他の物質についての研究は妥当性に欠ける。
野生動物における甲状腺機能の攪乱に対するEDCの役割について強い証拠があることは、ヒトにも同様の現象があるという仮説への裏付けとなる。
OECD の概念フレームワークに挙げられている試験方法では甲状腺攪乱が十分に捉えられないことが認められているが、現在では遺伝系列をなすマウスが容易に得られ、化学物質への曝露が甲状腺ホルモンの作用に干渉する機序の解明に有効と考えられる。
神経発達:必ずしも十分認識されていないが、性固有の行動や生理を制御する神経内分泌回路などの神経発達には、ホルモンが様々の重要な役割を果たしており、したがって EDC は行動の条件つけや精神障害の原因となる可能性があり、その結果は社会的に明らかに現れる。
動物実験によって、子宮内でのEDC への曝露が認知能力に影響することを示す十分なデータが得られており、雌雄二形的行動への影響を示すデータも限定的ながら存在する。
発達神経毒性に対する試験のガイドラインはいくつか開発されているが、現在用いられている化学的試験法では、化学物質のそのような影響を評価することは要求されていない。
ヒトにおいて、甲状腺機能を著しく攪乱する PCB あるいは鉛・水銀など EDC の可能性のある物質への胎児発達期の曝露と、一般的な認知障害や性行動の変化との関係については十分なデータが存在する(ミシガン湖産の汚染魚を摂取した母親の子、PCB に曝露された母親の油症児など)。
しかし比較的低レベルの曝露も認知能力の低下と関係づけられる。
最も一貫した観察がなされているのは実行機能の障害であり、処理速度、言語能力、視覚的認知および記憶の障害がこれに続く。
ADHD は母親のチロキシン濃度が妊娠初期に低かった場合、および今なお有機リン系農薬への高度の曝露のあるいくつかの集団に多く見られる。
神経内分泌系の攪乱物質の混合物がヒトの組織内に存在することが知られており、その影響についての情報はほとんどないが、異なる物質が加成的作用を持つことを示唆するデータは存在する。
EDC 曝露の影響の背後にある機構は動物でもヒトでも類似の場合が多いため、曝露された野生動物の研究によって、曝露レベル、初期および潜在的影響、臨床的神経毒性に関する重要な情報が得られる。
PCB 類の一部や水銀については野生動物の成長、発達、行動への影響を示すデータがあるが、他の EDCについてはデータが少ないか、あるいは存在しない。
ホルモン関連の癌:ホルモン性の癌の原因は多くの研究にも関わらず多くは依然として謎である。
癌組織の成長にホルモンが必要であることは明らかであるが、発癌初期の関与については、後生的効果と推定されるものの明らかではない。
動物実験では、いくつかの内分泌腺(乳房、子宮内膜、前立腺など)が発達初期にホルモン(合成または天然)あるいはEDC(PCB、PBDE、ダイオキシン、ある種の有機塩素系農薬、BPA など)に曝露されると、おそらく幹細胞への影響によって発達に変化が生ずることが示されており、その結果発癌に対する感受性が高まる可能性が考えられ、実際に癌が観察された例もある。甲状腺に幹細胞が存在することは推定されてはいるが実証はされていない。
多くの動物において種々の化学物質が甲状腺癌を発生させることが知られているが、甲状腺癌と内分泌機構とは現在のところ無関係と考えられている。
混合物への曝露を考慮すべきこと、および癌が認められる以前(多くの場合胎児発達期)の曝露量の測定が必要なことがごく最近まで知られていなかたため、多くの実験が不適切な計画のもとになされ、矛盾した知見が得られる結果となっている。
このため、ホルモンがある種の内分泌系の癌のリスク因子であることの証拠が増加しているにも関わらず、EDC との関係を明らかにした疫学的研究は少ない。
乳癌に関しては、ダイオキシンやフランなどエストロゲン性を持たないEDCとの関係の証拠は十分にある。子宮内膜および卵巣癌については研究が極めて少なく、結果には不一致がある。
前立腺癌に関しては、農業および農薬製造業における農薬混合物への曝露、およびカドミウム・ヒ素への曝露との関係には十分な証拠があるが、PCB や有機塩素化合物との関係については一貫した結果が得られていない。
農薬にはアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を持つものが少なくなく、ホルモンの代謝的転換にも干渉するが、極めて多くの化学物質がまだ研究されないままである。
甲状腺癌については、農薬散布従事者の発症率がやや高いとする少数の研究があるが、患者によってはヨウ素欠乏も原因となっている。
野生動物(ある種の海洋性哺乳類および無脊椎動物)や家庭のペットにも同様な内分泌器官(特に生殖器)の癌が見出されている。
野生動物においては、原始的環境に比べて汚染地域に住む動物の方に内分泌系の腫瘍が多い傾向が見られる。
規制に用いられているEDCの試験法には多くの欠陥がある。
発癌性試験のために開発された齧歯類の系統は乳癌の証明のためのモデルとして開発されたものではない。
動物の乳癌に対する発癌性物質はヒトに対しても発癌性である可能性はあるが、その場合のターゲット器官が乳房であるとは限らない。
現在通常の試験には用いられていないラットの系統が一層好適な実験動物であると思われるが、現在までのところごく少数の化学物質の試験に用いられているだけである。
副腎障害:多くの化学物質(主として POP)が、invitro 試験の結果、副腎の構造と機能に影響する可能性があるとされているが、ヒトの副腎ホルモン分泌と EDC の関係はまだ研究されておらず、動物実験の例も少ない。市場に出回っている化学物質のほとんどは試験されていない。
骨障害:エストロゲンが骨を一つのターゲット組織とし、石灰化や成熟に影響することは確立された事実である。
しかしこの過程への EDC の影響については十分な証拠が見出されていない。
例外として、ヘキサクロロベンゼン、PCB、多塩化ジベンゾフランへの事故による大量曝露、およびバルト海産の汚染魚の摂取のケースがある。
代謝障害:代謝の調節には、脂肪組織、脳、骨格筋、肝臓、膵臓、甲状腺、消化管など、内分泌系の様々な成分が関わっている。
動物実験によって、EDC またはその可能性のある物質(トリブチル錫、BPA、有機塩素系または有機リン系農薬、鉛、ペルフルオロオクタン酸、フタル酸エステルなど)への胎児期の曝露がコレステロール代謝に影響し、成長後の過体重や2型糖尿病の原因になり得ることが知られている。化学物質と 1 型糖尿病とを結びつける説得的な動物実験データはないが、BPA、PCB、ダイオキシン、ヒ素、ある種のフタル酸エステルなどは膵臓のインスリン産生ベータ細胞の機能に影響する可能性がある。
これら物質の多くには動物モデルにおいて免疫毒性が知られており、したがって免疫系と内分泌系の両機構を通じて1型糖尿病を惹き起こすことは十分考えられる。
曝露の結果として代謝症候群が生ずることも考えられるが、これについては研究例が乏しい。
妊娠中の EDC 曝露が乳児・小児の過体重の原因になるという考えを支持する疫学データは限られている。