アンドロゲン欠乏・エストロゲン曝露の徴候は、試料採取が困難なため検出しにくい精巣生殖細胞癌を除いて、都市部でも農村部でも多くの野生動物にも認められ、限られた地域と種についてではあるが化学物質への曝露に関係づけられている。
放流下水中のエストロゲン様物質による魚類の雄の雌性化は 1990 年代に初めて報告されたが、現在ではいくつかの種について多くの国で観察されており、広く分布した現象であると考えられる。雌性化した雄は精子の産生が少なく生殖能力が低下する。
野生動物に対するこのような一連の現象は、実験動物をエストロゲン様・抗アンドロゲン性 EDC に曝露させることによって実験室的に再現することができる。
性比:EDC に関連する性比のアンバランスはヒト男性の減少として、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシンと 1,2-ジブロモ-3-クロロプロパンについて認められているが、その作用機序は明らかでない。
野生の魚類や軟体動物にも EDC による性比のアンバランスが見られ、一部については EDC の影響であることが実験室的証拠によって支持されている。
ヒトの出生率:出生率は世界的に、特に工業国において低下している。
日本やヨーロッパでは出生率が過去 20~40 年にわたって人口維持水準を下回っており、現在安定しているかに見える人口も高齢化が進んでいるので遠からず急激に減少するはずである。その原因の一部は避妊や家族の社会的構造の変化にあるであろうが、男女ともに増加している生殖機能の健康問題の増加も重要な原因となっている可能性がある。
野生動物の個体数減少:野生動物の種も個体数も世界的に減少を続けており、その原因として挙げられる多くの要因には、乱獲・生息地の減少・気候変動・化学物質による汚染が含まれる。EDC に関する現在の知識に照らして見ると、猛禽類・アザラシ・カタツムリのそれぞれの個体数減少は化学物質(それぞれ DDT、PCB、トリブチル錫)の影響であることはほぼ確実である。2002 年以降、これらの化学物質の使用が制限された後に個体数が増加に転じていることからも、POP が個体数減少の原因であったことが確実になっている。
現在商業的に使用されているEDC が POP と同様な機構によって個体数減少の原因であることが疑われるが、個体レベルでも個体群レベルでも、内分泌系への影響なりその他の影響なりを確実に関連づけることは困難である。
これは化学的影響を他のストレッサーや生態学的要因の影響と区別することが難しいためである。
すなわち、現在の野生動物の個体数減少における内分泌的機構は、可能性はあるがまだ証明はされていない。甲状腺の健康:普通に見られる汚染物質のいくつかのグループ、たとえば PCB、臭素系難燃化剤、フタル酸エステル、BPA、過フッ化物などがヒト血清中の甲状腺ホルモン濃度の低下と関係することが疫学的データによって示唆されている。
実験動物では更に多くの物質により、甲状腺ホルモンの循環濃度の低下あるいは甲状腺ホルモンの作用への直接的干渉が起こることが見出されている。
甲状腺ホルモンの著しい不足は脳の損傷を惹き起こすので、甲状腺ホルモン濃度の普遍的スクリーニングは世界中で行われている。
妊娠中の甲状腺ホルモン不足は中程度(25%)でも、あるいは過渡的なものであっても、小児の IQ 低下、ADHD、更には自閉症と、また成人後の副甲状腺異常と関係づけられる。
更に、血清中の甲状腺ホルモン濃度の低下は、臨床的には正常とされる場合でも閉経後の女性の血清コレステロールの増加、血圧の上昇、骨密度の低下のリスク因子であることが見出されており、化学物質への曝露と疾病との関係を研究する上で有用な尺度とすることができる。
曝露と疾病との関係については、必ずしもすべての研究が同じ結論に達しているわけではない。これは曝露の時期と持続期間を考慮した上で曝露量およびホルモン濃度の測定を標準化することが困難なためである。
甲状腺ホルモンの場合、濃度の個人差が大きいため、「設定値」を精度 5%で推定するには、同一人について複数回の測定を行う必要があり、このようにして得られた変動を実験計画に織り込まなければならない。
問題は、汚染物質への曝露と内分泌機能の各種の尺度と、ホルモンの作用の効果に媒介される集団の健康への効果との間に矛盾がないかどうかである。
データの背景の複雑さを、化学物質がヒトの甲状腺ホルモンに干渉する十分な証拠がないことを示すものと解釈する向きもあるが、甲状腺ホルモン濃度と有害作用、特に小児に対するそれとの関係について強い証拠が存在する以上、予防的アプローチは必要である。
甲状腺ホルモンが脳の発達において果たす役割が、ヒトでも動物でも同様であることを示す十分な証拠が存在する。
したがってヒトの集団の更なる曝露を防止するための化学物質の試験において、齧歯類が有効なモデルとなる。
しかしながら現行の検証済みの試験方法やヒトに対する臨床的測定は甲状腺ホルモン濃度の変化しか考慮していないので、甲状腺ホルモンの作用の変化をも考慮するように改善する必要がある。
すなわち、ヒトに関しては甲状腺ホルモンを攪乱する化学物質への曝露と甲状腺機能の尺度との関係が必ずしも一貫しないかもしれないが、動物においては甲状腺ホルモンの作用に化学物質が干渉し得ることの強力な証拠がある。このことは特に PCB について確実である。