13. 主な結論と 2002 以降の知識の進歩
内分泌攪乱一般:内分泌攪乱物質には、ホルモン類似体または阻害剤として、ホルモン受容体に直接作用するものと、ホルモンの正常なターゲット細胞または組織への伝達を調節する蛋白質に直接作用するものがある。
また内分泌攪乱物質のホルモン受容体への親和力はその作用の強度を示すものではない。
ホルモン系の化学的強度は多くの要因に依存する。
内分泌攪乱は毒性の特別の形態であり、このことは EDC 研究の結果の解釈、あるいは EDC の作用解明とヒトおよび野生動物の健康へのリスクの定量化のための研究の計画において考慮に入れなければならない。
環境化学物質が示す内分泌攪乱作用は、エストロゲン、アンドロゲン、甲状腺ホルモンの作用に限られるものではなく、複数のホルモン受容体と同時に相互作用する物質も知られている。
内分泌攪乱に対する感受性は組織発達期に最も高く、発達への影響は成人への影響よりも低い濃度で現れる。
したがって内分泌攪乱の試験においては潜在的な影響を評価するため、発達期と生涯にわたるフォローアップを含めなければならない。
過去 10 年の間に、複数の内分泌攪乱物質が協働して加成的効果を発揮する場合があること、単独では作用が観察できない程度の濃度でも加成的効果は現れ得ることが明らかにされた。
また内分泌攪乱物質の濃度効果曲線は、種々の機序により in vitroでも in vivo でも非線形であることが確認された。
雌性生殖機能の健康:動物実験の示すところでは、発達初期における EDC への曝露により、乳腺および子宮の発達の変化、思春期の早発または遅発、受精周期の乱れ、子宮筋腫または子宮内膜炎様の症候群などが生ずる。
これらはヒトに見られるものと類似しており、EDC がヒトの女性生殖機能に悪影響を及ぼしている可能性は十分にある。
しかし女性生殖機能の障害におけるEDCないしその疑いのある物質の役割を究明した研究は少ない。
現在得られている証拠のほとんどは嬰児や小児でなく成人の研究から得られたものであり、また曝露物質も POP であることが多い。
より新しい化学物質の寄与の研究は最近になって始まったばかりである。
女性における思春期や胸部発達の早発、月経周期、妊娠異常(早産を含む)への EDC の関与に関する疫学的証拠には多くの矛盾がある。
しかし曝露の時期と持続時間を考慮して曝露量尺度と健康上の結果を関連付け、更に母体の年齢、体重、妊婦健診の質などを考慮する複雑さを考えればこれも不思議ではない。
EDC 曝露と多嚢胞性卵巣症候群あるいは子宮筋腫との関係については研究が不十分であり、フタル酸エステルへの曝露と子宮筋腫発症率の増加とを結びつけるデータは限られている。
化学物質への曝露と子宮内膜炎との関係については多くの研究があるが、大部分の研究では成人の曝露しか測定しておらず、PCB・ダイオキシン・フタル酸エステルの関与が疑われているものの、研究結果にはしばしば矛盾が見られる。
歴史的には、バルト海のアザラシの個体群にも子宮筋腫が認められ、汚染物質(特に PCB および有機塩素系農薬)と関連づけられたが、これら物質の濃度低下に伴って回復が進みつつある。
鳥類・魚類・腹足類の雌の生殖障害の増加がPCBやダイオキシンへの曝露と関係することについては証拠が蓄積されている。
これらの EDC への曝露が減少すると、生殖への悪影響も減少している。
雄性生殖機能の健康:妊婦が職業的または偶然にエストロゲン(DES)または男性ホルモン作用に干渉する EDC 混合物(抗アンドロゲン性農薬など)に曝露されると、男児の停留精巣のリスクが増大し、これが成人後の精液品質低下や低妊孕・精巣癌のリスク増大の原因となる。
個々の化学物質との関係は見出されておらず、このことは疫学においても実験室的研究においても混合物の評価を含めることの重要性を示すものである。
停留精巣は陰茎形成不全(尿道下裂)と共に現れることもある。
内分泌攪乱性農薬混合物への曝露によって尿道下裂または精液品質低下のリスクが僅かに増加することが示唆されているが、証拠は限られている。
同じく限られた証拠であるが、母体のフタル酸エステルへの曝露と男児の短い肛門性器間距離(低品質精液を示す)とが関係づけられている。
胎児期の曝露と小児期または成人の生殖機能の健康との関連が調べられている化学物質はほとんどなく、妊婦の曝露と男児の 20~40 年後の精液品質との測定値を含む僅少なデータがあるのみである。
ラットを用いた実験および疫学的研究から、停留精巣、尿道下裂、精巣生殖細胞癌、精液品質低下の併発は胎児発達期におけるアンドロゲンの作用が少ないことに起因し、精巣発育不全症候群の原因となることが強く示唆されている。
ラットモデルを用いて、多くの抗アンドロゲン性およびエストロゲン性EDC が実験用ラットの精巣発育不全症候群を惹き起こし得ることを示した文献は多く、説得力もある。
このモデルで陽性となった物質にはフタル酸エステル系可塑剤や各種の抗アンドロゲン性殺菌剤・殺虫剤があり、鎮痛剤パラセタモールについても多少の証拠がある。
フタル酸エステルがラットに及ぼすような影響はマウスや ex vivo のヒト精巣では見られず、またビスフェノール A(BPA)についてはヒト精巣の方がラットモデルよりも毒性作用に敏感である。
化学的試験に使用するためには、ヒト精巣に対するよりよいモデルが必要である。
runより:この「13. 主な結論と 2002 以降の知識の進歩」はとても長いので読み疲れないよう4記事に別けます。