6. 内分泌攪乱物質と野生動物の健康
野生動物の健康の悪化には化学物質への曝露が一役を演じているが、全世界的な個体数の減少、ないし生物多様性の減退におけるEDCの役割を解明することは困難である。
化学物質以外にも自然的または人為的なストレッサーが存在して問題を複雑にしている可能性がある。
また環境中に存在して野生動物に影響を与えている可能性のある化学物質すべてについて完全な情報を得ることも難しい。
EDC が野生動物の個体数に影響していることの最も明らかな証拠は長期的観察によって得られる。
たとえば鳥類や軟体動物の個体数は、DDT やトリブチル錫などの化学物質への曝露が減少した地域で明らかに増加している。
野生動物の内分泌機能と健康への脅威は全世界的である。汚染の著しいバルト海では 1970~80 年代にアザラシの雌性生殖器疾患や生殖障害が急増し、PCB 汚染と関係づけられた。
現在では PCB 汚染が軽減されたため、この現象は稀になっている。
ハイイロアザラシの甲状腺機能および骨の障害は高濃度の POP が原因とされている(図 10)。
オランダとベルギーのアジサシのコロニーでは、POP 濃度の高い卵は孵化期間が長く、雛の体格が小さいことが認められた。
都市廃水中のエストロゲンや抗アンドロゲンによって魚類が広く影響されることは、特に英国で顕著であるが、他の国でも認められる。
この結果として雄の雌性卵黄蛋白質の濃度が増加し、精巣中に卵が見出されている。船底塗料用防汚剤のトリブチル錫が軟体動物の性的発達を攪乱することは全世界的に観察されている(図 11)。
1970 年代までは、汚染の著しい地域において、経済的に重要なカキを含む多くの種の個体数が激減していたが、使用量と曝露の減少に伴って回復している。
ヒトの障害の増加と野生動物に認められるそれとの間には重要な並行関係が見られる。
たとえばアラスカのオグロジカの或る個体群では雄の 68%に停留精巣が認められたが、モンタナ州でも同様の傾向が見られた。
最近では、ヒトの近くに住む動物にも体重増加の証拠が認められている。
更に PCB に曝露された野生動物の研究から、曝露レベル、初期および無症状の影響、臨床的神経毒性についての重要な情報が得られた。
曝露の結果やその影響の機構はヒトでのそれと類似していることが多い。
7. なぜ憂慮しなければならないか:野生動物の個体数への影響
◆両生類、哺乳類、鳥類、爬虫類、淡水魚および海水魚(図 12)、無脊椎動物の種の絶滅や個体数の減少が世界的に見られる。
◆野生動物の健康と生存に重要な身体システムに対して EDC が悪影響を及ぼすことが知られている。
◆PCB、有機塩素系農薬、メチル水銀などの POP の、ある種の魚食性の鳥類や水生哺乳類に対する身体負荷は生殖や免疫系に影響を及ぼすレベルに達しており(図 13)、絶滅が危惧される、あるいは絶滅寸前の個体群もある。
◆野生動物、特に絶滅危惧種リストで規制されているものの取り扱いに対して法的・技術的・倫理的な制約があるため、個体数減少の化学的原因の研究が妨げられている。
◆野生動物が曝露される化学物質の種類が増え、ホルモン系・免疫系に干渉していることが示されている。
それら化学物質の大部分は、生態系でのモニタリングがなされていない。
曝露された種の個体数も多くはやはりモニタリングされていない。
◆多くの化学物質が内分泌系の発達と機能に干渉し、行動、生殖力、成長、生存、疾病への抵抗力に影響することは、動物実験による研究から明らかである。
EDC への曝露の確率が高まれば、個体群レベルでの影響を受ける可能性が生ずると考えられる。
動物個体に対する EDC の微妙な影響も、長期的には個体群に対する破滅的な結果に至ることもあり得る。
個体数の減少が明らかになる前にこのことを証明するのは困難であるが、その時が来たときには種を救うにはもはや手遅れであるかもしれない。
EDC への曝露は野生動物の生殖系の健康に影響するが、その影響を個体群レベルで明示した研究は極めて少ない。
しかしEDCへの曝露レベルの高い動物が、そうでない動物よりも高い生殖障害の発生率を示すことは事実である。
EDC のレベルの低下と共に個体数の回復を見せた物もある。
脊椎動物、特に海生哺乳類では、EDC が免疫系に作用したため感染症への脆弱性が高まっている。
これらの証拠を総合すれば、内分泌攪乱性の汚染物質への曝露が野生動物の健康に大きく影響していることは明らかである。