5. なぜ憂慮しなければならないか:ヒトの健康状態の傾向
◆過去数十年間に生殖関連障害が顕著に増えている地域があることは、未知の環境要因が病因に重要な役割を果たしていること強く示唆する。
◆同じ時期に精巣癌(図 7)、乳癌(図 8)など内分泌系関連の癌の発生率も増加している。
◆地域によっては、1 世代のうちに出生率が著しく減少している。
また介助生殖術の利用が目立って増加している。
◆工業化地域の全住民が曝露されている化学物質の中で、ホルモンの合成・作用および代謝への干渉が証明されたものが増加している。
◆実験動物や培養細胞を用いた実験から、これらの化学物質の多くは哺乳類の内分泌系の発達と機能にも干渉することが知られている。
最近では成人の EDC 曝露と肥満(図 9)、心臓血管系疾患、糖尿病、代謝症候群との関係が見出されている。
これらの疾患や障害には発生率が増加しているものが少なくなく、増加が世界的に認められるものもある。
糖尿病のみに対する世界の医療支出は、2010 年に 3760 億米ドルと推定され、2030 年には4090 億ドル、1 人あたり医療費の 12%に達するものと予測されている(Zhang et al., 2010)。
小児科学においても憂慮すべき傾向が見られる。たとえばある種のEDCはヒトおよび動物の甲状腺系統に干渉する可能性がある。
特に妊娠中および出生後において甲状腺機能が正常であることは、脳の正常な発達のために極めて重要である。EDC への曝露は、失読症、知的障害、ADHD、自閉症などの神経行動学的障害の増加と関係づけられている。
この種の障害が新生児の 5~10%に認められる国も少なくないhttp://www.medscape.org/viewarticle/547415_2
)。自閉症スペクトラム障害の発生率は 1%に近づいている
(http://www.cdc.gov/ncbddd/autism/addm.html)。
小児喘息の発生率は過去 20 年間に 2 倍以上に増加し、現在では小児の入院や長期欠席の主要な原因となっている。
停留精巣など、ある種の出生異常も増加傾向にある。
また小児白血病、脳腫瘍、精巣癌も増加している。
これらは厳然たる医事統計上の事実である。
このような複合的非伝染性疾患はすべて遺伝的要因と環境的要因を持つものであり、発生率・有病率の増加は遺伝的要因のみには帰し得ないから、これらの長期的傾向に対する環境の寄与の理解に注力することが重要である。
ヒトの疾病および障害のうち、少なくとも一部の原因が環境要因にあるものが 24%に達するという推定がある (Pruss-Ustun & Corvalan, 2006)。それらの要因を解明することは至難であるが、同時に公衆衛生に影響する環境的要素の改善によって健康状態を向上させる好機でもある。
この困難と機会の認識と、最も普通に見られる疾患が内分泌系に関連しているという事実とから、EDC が注目されることになったのである。