ヨーロッパに比べても少ない日本人の精子数
それでは、日本人はどのような状況なのでしょうか。
1999年、慶應義塾大学では非配偶者間の人工授精のための健康男性の精子による過去30年間の2万人に及ぶ調査から、10%の精子数減少が見られると発表されました。
その後、2006年5月31日付の『読売新聞』の記事によれば、聖マリアンナ大学の岩本晃明教授らが参加した日欧の精子数に関する国際共同研究の結果では、日本人男性の精子数はフィンランド人男性の3分の2しかなく、調査したヨーロッパ4都市の中で最も少ないデンマークとほぼ同程度であることがわかりました。
同教授らはその結果を「最近の精子数の動向と環境ホルモンによる影響」(『環境技術』2010年5月号)に発表しましたが、最近では精子数減少に関する問題の論点は、「経時的減少傾向」から「地域差」とその原因に移っているとのことで、特に精子数減少が激しい地域でその原因の特定に研究者の目が向けられているようです。
その後、国内での精子数研究の進展はみられません。
その原因は、同論文でも指摘されているように、日本では国が EU のようなコホート研究への予算をつけないことにもありそうです。
今回の調査結果だけ見ても、日本の現状は欧米よりもかなり深刻ですので、今後あらためて総合的な調査が必要でしょう。
合成エストロゲンばく露で3世代目には精子生産が不能に
精子に関するもう一つの重要な論文は、ワシントン州立大学の Horanらによる研究で、2017年 PLoS Genに発表されたものです。
論文の共著者には精子や卵子の成長に及ぼす影響研究の第一人者であるHuntも名を連ねています。
この研究では、第1世代のマウスを出生直後に代表的な合成エストロゲン(エチニルエストラジオール)にばく露させると、生殖器官の発生障害を起こして精子数が減少しました。
第1世代に比べて第2世代では精子への影響がさらに悪化し、第3世代では精子生産がほぼ不可能になりました。
環境ホルモンの第一人者であるフォンサール博士によれば、この研究は精子数減少が世代を超えて起こるメカニズムを明らかにしたものです。
これまで数十の論文が、環境ホルモンの継世代的なエピジェネティックな影響について発表していますが、今回の研究のユニークな点は、実験室内でマウスなど哺乳類を単に1世代ではなく3世代継続的に観察し、影響を調べたことにあります。
過去に実験室内で世代を超えた精子への影響がこれほどきちんと確かめられたことはなかったのです。
このマウスの研究をヒトに外挿するならば、ヒトでも祖父母の環境ホルモン曝露によって、孫やひ孫の世代になって精子生産ができなくなる可能性がますます現実味を帯びてきました。
日本でも、第二次世界大戦からすでに70年あまり経過しました。
終戦直後に生まれた父親を第1世代とするならば、1970年~90年代に第2世代が生まれ、そして2000年以降には第3世代が生まれているのです。
今回のマウスの実験とは違い、ヒトの場合は精子生産が不能になるのは3世代目でなくても、あと数世代目には同じことが起きる可能性が推定できます。
私たちがこの問題から目をそらし続けていると、ある時、それは日本人にとっても「不都合な真実」となるに違いありません。
今回の論文に関わった精子研究者たちは「精子数は妊孕(にんよう)性に直結する問題であり、国の経済、社会的負担を増大させる重大な問題である」として、あらためて世界に注意を喚起しているのです。
そして、精子数減少に影響を与えていると見られるのが環境ホルモン です。
環境ホルモンは体内で男性ホルモンに悪影響(抗テストステロン作用)を与え、精子を作る造精機能などに障害をもたらします。
男性ホルモンレベルの低下についても近年各国で報告されています。