・9.1.4 MCS の症例
北アメリカでは、MCS症例のほとんどは、家庭における殺虫剤とその他の化学物質への曝露として言及されている。
化学物質の使用のパターンをアメリカとヨーロッパ/デンマークで比較すると、一般的に、建材及び家庭の家具調度品からの化学物質及び放出ガスへの曝露は、アメリカの方がヨーロッパ、特にスカンジナビア諸国よりも大きいということが推定される。
ヨーロッパとスカンジナビアでは、ほとんどのMCS症例は職場での曝露によって引き起こされ、典型的には様々なタイプの有機溶剤、殺虫剤、又は他の化学物質が使用されているところである。
デンマーク、スウェーデン、及びフランスでは溶剤に曝露した人々のMCSを記述した調査はほとんどない。
木材防腐剤の屋内使用によるMCSの症例はデンマークを含むいくつかのヨーロッパ諸国で報告されている(レントリン)。
屋内環境で体調が悪くなる多くの人々はMCSかもしれない。これらは主にほとんどどこにでもある匂いに悩まされる人たちであり、特定の屋内だけではない。
引き金要素:
第1段階:
有機溶剤やその他の揮発性有機化合物(VOC)、殺虫剤、ヘアーケア製品、塩素ヒュームなどのような化学物質(主に高濃度)
第2段階:
低濃度の全てのタイプの化学物質(第1段階の化学物質を含む。、典型的にはガソリン、排気ガス、洗浄物質、香水、洗剤、パーソナルケア用品、タバコの煙、アスファルト・ヒューム、家庭用品からのヒューム)
9.1.5 有病率(Prevalence)
医学診断に基づく数値によれば、アメリカの一般公衆におけるMCSの発症頻度は0.2~6%である。匂いによる自己申告(主観的)症状の頻度はもっとはるかに高い。
ヨーロッパの一般公衆におけるMCSの発症頻度は調査されていない。化学物質の屋内使用が低いので、発症頻度はアメリカよりも低いと推定される(約1%)。
アメリカとヨーロッパでは、MCSと診断される人々が一般の公衆に比べて、以前に溶剤に曝露したことがある人々の中にかなりの割合で存在する。
アメリカからの数値によれば、それは1%から12%の間であると推定される。
デンマークの有病率は不明であるが、それは約0.1~1%であると推定され、多分、アメリカにおけるよりも曝露が少ない生活パターンのためと考えられる。
・9.1.6 可能性ある機序
MCSの原因機序についての多くの提案がなされている。
研究は、この病気の原因と機序についての知見と文書をまだ確立していない。
そこで、提案されている機序は前もって除外することはできない。
最も言及されている病気の機序は免疫学的な機序である。
MCSが過敏性の病気として記述された時に、最初の数年間は多くの人々はMCS特有のバイオマカーを探した。
しかし、現在でもまだ、免疫学的機序の存在は証明されていない。
鼻の粘膜にある機序が、最終的なMCSの説明になるであろうと多くの人々が考えた。
鼻の粘膜にある嗅覚神経の終末繊維が匂いのような化学的な刺激を感じ、一方、化学物質は他の神経(三叉神経)の終末繊維への刺激として作用する。
両方の脳神経は受け取ったインパルスを異なる経路で脳中枢に伝達し、そこで異なる応答が生成される。
両方の神経が病気の機序に関与しているかどうかまだはっきりしない。
嗅覚神経からの神経線維は脳幹にある神経中枢に直接つながっている。
化学的な匂いは、これら神経中枢のひとつにいわゆる神経感作を引き起こし、それらは直接他の中枢に接続しており、それらは体のホルモンバランスの制御機能を乱すとともに、自律神経系を通じて行動や器官に影響を与える。
実験によれば、外部の物理的及び化学的刺激は、いわゆる”キンドリング(kindling)”操作の方法で、感作を引き起こすことができる。
上述の機序に合致する、ある認識及び行動の変化がMCS患者の中で観察されている。
しかし、この機序がMCSを引き起こすということは直接的には証明されていない。
MCSの原因として他の仮説が心理学的機序を指摘している。
MCSの人々は多分疑いなく心理学的圧力の下にあるが、この圧力がMCSを引き起こすのか、あるいはMCSがこの圧力の原因なのかは明確でない。
多くの人々は以前のトラウマに基づく条件反射機序がMCSを説明できるという意見である。
他の人々は、原因要素としてストレスと対応能力欠如を指摘する。一般的に外部環境ストレスに感受性がより高い人々は、所定の化学物質インパクトに関し、MCSを進展させるリアスクが他の人々より大きいように見える。
MCSは心理社会的及び環境的ストレスの下で、心理社会的(psychosocial)プロセスとして述べられる。
もっと最近の仮説は、初期毒性インパクトが器官の耐性を減少し(毒性誘因耐性消失)、その後、化学的匂いがいくつかの器官からの異常な応答を引き起こす。
この仮説はMCSの実際の進展状況とよく対応する。しかし、どのようにして耐性が消失するのか、どのようにしてMCSの症状を引き起こすのかは証明されていない。
最後に、全体論的(holistic)環境医学は、MCSは外部化学物質に対する体の防御能力及び解毒能力の弱体又は欠陥によって引き起こされ、それが体の内部機能のバランスを崩すという意見である。
臨床環境医師らによって発表されているこの仮説の証拠は、医学界で確立されている客観性、標準化、及び、品質管理の要求に照らして、承認されていない。